選 評 選 考 委 員 長 盛 田 隆 二 ︵ 作 家 ︶ 平 成 二 十 四 年 度 に ﹁ 川

選 評
選考委員長
盛田 隆二︵作家︶
平成二十四年度に﹁川越市市制施行九十周年﹂を記念して創設された﹁高校生小説大賞﹂
。小説創作を志
す高校生諸君の好評を得て、四回目となる今年度は、これまででもっとも多い五十二作品の応募があり、
選考委員一同、嬉しい悲鳴を上げることになった。
さて、応募作品を一作一作、読んでいく。これは毎年の傾向なのだが、友の交通事故死、自殺願望、余
命半年の少女、霊界からの生還など、
﹁死﹂をモチーフにした作品が大変多く寄せられた。小説を書くこと
に目覚めたばかりの者にとって、それは確かに普遍的なテーマだが、観念ばかりが先走ってしまい、日常
のリアリティに裏打ちされた、切れば血が出るような世界が、ドラマとして立体的に立ち上がってこない
憾みがある。
そんな応募作の中で、群を抜いて光っていた作品があった。笹平桃花さん︵川越南高校二年︶の﹃猫は
見ていた﹄だ。離婚して疎遠になった父と娘をめぐる長い歳月の物語を、父と娘の視点を交差させつつ描
いていくが、ふたりの人生が交わるところに常に一匹の﹁猫﹂がいて、小説の世界を俯瞰している。その
考え抜かれた構成にも舌を巻いたが、何よりも感涙を誘うラストが見事だ。
笹平桃花さんは昨年度、
﹁金魚﹂を主人公にした﹃水葬と花葬﹄により奨励賞を受賞したが、たった一年
でこれほど小説の腕を上げるものかと驚いた。笹平さん、どうぞこれからも書き続けてください。
続いて、優秀賞。秋谷優太くん︵星野高校三年︶の﹃逆襲﹄は、娘が母親への復讐を企み、それを成就
させるという、表面的には大変悪意に満ちたストーリー。母親が祖母にされたことを、娘がそっくりその
ままくりかえす。これは単なる反復にすぎない、という感想を持つ読者もいるかと思うが、秋谷くんは、
児童虐待の負の連鎖として、この﹁反復の物語﹂を自覚的に描いている。読後感は重いが、
﹁小説をつくる﹂
ことへの強い意志が感じられる。
もう一作の優秀作は、小澤実和さん︵豊島岡女子学園高校三年︶の﹃忘れ人の歌﹄
。高校生離れしたその
文章力にまず驚いたし、プロットの組み立てや、キャラクター造形の完成度も高い。
﹁雨が降っている。女はふと視線をあげて、窓枠に背をあずけて座している若い男を見た﹂
どの文章を切り取っても、才気が感じられるが、この作品で描かれる﹁陰陽師﹂の世界は、やや技巧に
走りすぎた分、全体を人工的に作り込みすぎた印象が拭えず、その点で最優秀賞に一歩届かなかった。
打井洋平くん︵城北埼玉高校三年︶の﹃本の虫﹄は、書物を食べる虫の生態をひたすら観察し、研ぎ澄
まされた集中力をもって描写し続ける異色作。出口の見えないラストにやや不満は残るが、ある種の民俗
学的な面白さは、柳田國男の﹃遠野物語﹄を髣髴させ、強く興味を引かれた。
出口綾夏さん︵星野高校三年︶の﹃光明の音﹄は、ピアニストの夢を断たれた人物が調律師を目指すス
トーリー。物語の構えが大きい分だけ、芸術をめぐるテーマの掘り下げがやや未消化になった部分はある
が、これはまぎれもない力作。
舟山晃陽くん︵城西大付属川越高校一年︶の﹃父の夢﹄は、
﹁読後感の良さ﹂という点で、選考委員の意
見が一致したショートショート。リーダブルで素朴な物語かと思いきや、ラストのどんでん返しはなかな
かのもの。まだ一年生なので、今後の成長が楽しみだ。
以上、奨励賞の作品も、いずれも劣らぬ力作・快作で、優秀作とはほんの紙一重だった。
近い将来、皆さんの中から僕のライバルとなる小説家が誕生することを大いに期待したい。
人は、なぜ書くのでしょう。
選考委員
武田 ちあき︵埼玉大学教育学部准教授︶
ことばを通して、こころを見つめる。こころからあふれだすことばを、受けとめる。それは、人が人と
して生きていることの手ごたえを確かめる営みであり、人が生きていく中でこの上なく輝く瞬間であり、
そして人が自分の生きた証をほかの人に伝える出発点であるからかもしれません。
人生は美しいだけのものではありません。そしてまた、小説家が人格者である必要もありません。けれ
ど書くということは、暴力でなく芸術に通じるべき道のはず。虚飾や驕慢を脱ぎ捨て、自分の心を裸にす
る勇気を持てた者だけが、本当に人の心に届くものを書ける。そこにこそ、ことばの力が宿っているので
す。
今回もまた、ひときわたくさんの作品が寄せられました。書くからには、読者をびっくりさせてほしい。
ありきたりな着地におさめることなく、いまここでしか作れない話、自分にしかできない物語へと、突き
抜けていってほしい。受賞作はいずれも、そんな期待に応えてくれた力作です。
清新で純粋、迫力と凄味、華麗なる飄逸、さらには老練とすら言えるほどの静謐。それぞれの作風が、
いずれも個性と魅力、そして書くことの喜びにあふれて、読者を圧倒します。これだけ粒揃いの作品がこ
れほど多く集まるところに、川越という文化都市の底力を見る思いがします。
いい本、好きな本は、人に話したくなる、人に薦めたくなるもの。この作品集に掲載された佳品もまた、
きっとそんなふうに広まって、人の心に残っていくことでしょう。
高校生のみなさんは、人生も、小説を書くという挑戦も、まだ始まったばかり。今だからこそ見える風
景に目をこらしつつも、これから果てしなく広がっていく世界の扉へ思いを馳せて、今の自分をどんどん
超えていってください。
選考委員
安食 邦明︵埼玉県立朝霞高等学校長︶
﹁平成二十七年度高校生小説大賞﹂に入選された皆さん、おめでとうございます。心からお祝いを申し上
げます。また、作品を応募してくださった五十二名の皆さん、ありがとうございました。
作品は力作ぞろいで、読んでいて感心することがたびたびありました。小説の舞台は、日本や海外、現
代やそれ以前の時代、と様々でした。また、登場人物︵動物も含む︶も多彩でした。訴えたい内容も様々
でした。しかし、共通していたことは、どの作品からも皆さんの意気込みが伝わってきたことです。
入選した作品は、作者の視点のすばらしさ、高校生らしい感性、ストーリーや結末の意外さ、工夫され
た構成、登場人物の心理描写の丁寧さ、作者の訴えたいことなどが高く評価されました。これが高校生の
作品なのかと驚かされる表現や描写が随所に見られました。惜しくも入選できなかった作品にも、光る部
分が数多くありました。皆さんの今後の益々の努力に期待したいと思います。
さて、皆さんに一点お願いがあります。今後より良い作品を創作するに当たって大事なことは、いろい
ろなジャンルの作品をたくさん読むことではないか、と思います。私自身は小説を書いたことはありませ
んが、高校生・大学生のころはよく本を読みました。青春を題材とした小説、歴史小説、推理小説、古典
文学など、興味の赴くままに読んでいました。今振り返ってみると、若い時代の読書体験がその後の人生
を豊かにしてくれました。ぜひ皆さんも多くの作品に触れて、自分の世界をさらに広げてください。そう
することによって作品の深みが増していくのではないかと思います。
さて、私事になりますが、私は平成二十四年度から二十六年度まで、市立川越高等学校に勤務しました。
川越は歴史と伝統のある町で、私は蔵造りの町並みなどが大好きです。今回選考委員として思い出深い川
越市に関わることができ、非常に光栄でうれしく思いました。関係の皆様にお礼を申し上げます。
むすびに、未来を担う高校生たちが、来年度以降もこの﹁小説大賞﹂を目標に互いに努力し合って、す
ばらしい作品を書いてくださることを期待しています。