新規降圧薬開発における タンパク質分解酵素 DPPIIIの有用性 ○滋賀医科大学 医学部 生化学・分子生物学講座 教授 扇田 久和 1 背景(1) 高血圧患者の現状と高血圧治療薬 (降圧薬)の種類 日本の高血圧患者数:3,000万人 脂質異常症:1,500万人 糖尿病:1,000万人 主な高血圧治療薬(降圧薬) 1. カルシウム拮抗薬 ・・・血管を弛緩させる 2. アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬 ・・・血圧を上昇させるアンジオテ ンシンIIの生合成を抑制する 3. アンジオテンシンII受容体拮抗薬 ・・・アンジオテンシンIIの作用を阻止する 4. 利尿薬 ・・・体内の循環血液量を減らす 問題点 これらの治療薬を複数投与しても、血圧のコントロールが 十分でない患者が存在する → 新たな降圧薬開発の必要性がある 2 背景(2 背景(2) レニンーアンジオテンシンーアルド ステロン(RAA)系とその作用機構 アンジオテンシンI(10 aa) アンジオテンシノーゲン (485 aa) レニン 傍糸球体細胞 (腎臓) アンジオテンシン 変換酵素(ACE) アンジオテンシンII(8 aa) 血圧低下 副腎皮質球状帯 血管平滑筋の受容体 血圧上昇 アルドステロン 血管収縮 アルドステロンの作用: Na+とCl-および水の遠位尿細管での再吸収の促進 3 新技術の特徴・従来技術との比較 ・従来技術 ACE-I, ARB DPP III (新たにアンジオテンシンIIを標的とする酵素の性質と生体における ・新技術 降圧作用を発見) アンジオテンシンI アンジオテンシン 変換酵素(ACE) アンジオテンシンII(Ang II) アンジオテンシンII 受容体拮抗薬 (ARB) アンジオテンシンII 受容体(AT1) アンジオテンシン変換 酵素阻害薬(ACE-I) 分解 DPP III Ang II β αq β ホスホリパーゼC (活性化) αq GTP 活性化 GDP 不活性 細胞内シグナル伝達 血管平滑筋収縮 血圧上昇 4 DPP III(ジペプチジルペプチダーゼIII: Dipeptidyl peptidase III)とは ・分子量 = ~70 kDa (~ 750アミノ酸) の分子 ・エキソアミノペプチダーゼ(N-末カッター)の一種で、3-10アミノ酸程 度からなるポリペプチドのN-末端から2アミノ酸ずつ切断していく ・酵素活性を発揮するためには、2価の金属イオン(Zn2+など)が必要 ・主に、細胞質に分布する。ただ、DPPIIIはシグナル配列や膜標的配列を 有しないものの、形質膜に存在する、あるいは、精漿や脳脊髄液などの 細胞外液中に存在するとの報告がある 5 現在分かっているDPPファミリーメンバー (Human) Prajapati SC and Chauhan SS. FEBS J. 2011 6 DPP IIIによるアンジオテンシンIIの分解作用 DPP III (ウシなどではVal) Asp Arg Val Tyr Ile His Pro Phe アンジオテンシンII(ヒト、マウス) (Ang II) DPP III Asp Arg + Val Tyr Ile His Pro Phe アンジオテンシンIV 7 DPP IIIによるアンジオテンシンII分解の解析 Enzyme 6 nM Reaction time: 2 min Internal standard: 1 µM 100 µl 50 mM Tris-HCl (pH 7.2) Angiotensin II (0~16 µM) DPP III (6 nM) S: 基質(Ang II) P: 分解産物 IS: 内部スタンダード Incubation: 37℃, 2 min Stop reaction: + 2 µL 30% Trichloroacetic acid Analysis: HPLC system 8 DPP IIIのアンジオテンシンIIに対する酵素 反応速度解析 反応速度(µM/min) <酵素反応曲線> Km = 3.7 x 10-6 (M) Vmax = 2.0 x 10-7 (M/min) kcat = 2.8 x 10-1 (/sec) kcat / Km = 7.5 x 104 (/M/sec) アンジオテンシンII濃度(µM) 9 DPP IIIの分子内構造 ペプチダーゼ 活性部位 Zn結合部位 Ref: MEROPS database (http://merops.sanger.ac.uk/index.shtml) 野生型WT 83 変異型 ∆N1 ∆C1 738 1 738 2 2 726 668 ∆C2 10 DPP III野生型(WT)または∆C1変異体による アンジオテンシンII(Ang II)の切断 WT ∆C1 DPP III-∆C1変異体は、野生型(WT)と同等(以上)のアンジオテンシンII切断活性を持つ 11 ∆C1以外のDPP III変異体はアンジオテンシンII (Ang II)切断活性を持たない Ang II Ang II 反応系に投与したAng IIは分解されないまま残存 12 高血圧マウスに対するDPP IIIまたはその変異体の 効果を調べる実験 マウス (C57BL/6系統) > 2週間 (収縮期血圧 >130 mHg) (1) 浸透圧ポンプ (AlzetTM) 皮下植込み アンジオテンシンIIが、400 ng/kg/min で投与されるよう調整 (2) 1時間後 (3) 3時間後 (4) 1日後 (5) 4日後 (6) PBS(コントロール)または DPP III (200 µg/body ≈ 1 µM) を静注 (1) ~ (6)の時点で、尾の血圧を測定 13 DPP III野生型(WT)または∆C1変異体の降圧効果 (収縮期血圧) DPP III-∆C1 (n = 12) 200 200 180 180 Systolic BP (mmHg) Systolic BP (mmHg) PBS (n = 10) DPP III-WT (n = 8) 160 140 120 100 109±15 80 97±10 60 40 20 160 140 120 100 80 97±14 92±11 60 40 20 0 0 Pre 0h 1h 3h 1d 4d Pre Time 0h 1h 3h 1d 4d Time DPP III-WTには、顕著な降圧効果を認めた DPP III-∆C1変異体も、WTと同等以上の降圧効果を有した 14 DPP III野生型(WT)または∆C1変異体の降圧効果 (拡張期血圧) DPPIII-∆C1 200 200 180 180 Diastolic BP (mmHg) Diastolic BP (mmHg) PBS DPPIII-WT 160 140 120 100 80 60 63±9 40 73±16 160 140 120 100 80 60 40 20 20 0 0 Pre 0h 1h 3h Time 1d 4d 59±15 56±10 Pre 0h 1h 3h 1d 4d Time 拡張期血圧に関しても、DPP III-WT、DPP III-∆C1変異体共に、降圧効果を有した 15 DPP III野生型(WT)または∆C1変異体の心拍数に 対する作用 DPPIII-∆C1 900 900 800 800 700 700 Heart rate (bpm) Heart rate (bpm) PBS DPPIII-WT 600 500 400 300 600 500 400 300 200 200 100 100 0 0 Pre 0h 1h 3h 1d 4d Pre 0h Time 1h 3h 1d 4d Time DPP III-WTおよび∆C1変異体共に、心拍数には影響しなかった 16 生体内におけるDPP IIIの動態と アンジオテンシンII濃度 <血清中DPP III量> ウェスタンブロッティング <血漿中アンジオテンシンII濃度> ELISA 250 DPP III静注後時間 (pg/ml) 200 静注したDPP IIIは、ほぼ1日で体内から 消失した 150 100 50 0 Control Ang II Ang II + DPP III DPP III投与により、Ang IIは劇的に 減少した 17 通常血圧マウスに対するDPP IIIまたはその変異体 の効果(収縮期血圧/拡張期血圧) 200 200 180 180 Diastolic BP (mmHg) Systolic BP (mmHg) PBS (n = 7) DPPIII-WT (n = 8) 160 140 120 100 80 60 40 160 140 120 100 80 60 40 20 20 0 0 0h 1h 3h 1d Time 4d 7d 0h 1h 3h 1d 4d 7d Time PBS投与とDPPIII投与とで、ほとんど差が見られなかったことから、 1) DPP IIIの作用はアンジオテンシンIIに特異的 2) DPP IIIの(エンドトキシン様の)毒性はない と考えられる 18 DPP IIIとカンデサルタンの降圧作用の比較 ・従来技術 カンデサルタン(ARBの一つ) DPP III ・新技術 <収縮期血圧> 200 180 Systolic BP (mmHg) 160 140 120 100 80 60 40 20 0 0h 1h 3h Time 1d 4d カンデサルタン DPPIII DPPIIIはカンデサルタンと同様の降圧作用を持つ 19 新技術の長所: DPP IIIの臓器(心臓)保護作用(1) ・従来技術 カンデサルタン(ARB) DPP III ・新技術 Ang IIポンプ埋め込み後4週間、DPP IIIまたはカンデサルタンの連続投与 コントロール 心筋の線維化率 (青色部分) 1.1% アンジオテンシンII 33.4% アンジオテンシンII + カンデサルタン アンジオテンシンII + 2.0% DPP III 0.6% DPPIIIはカンデサルタンと同等以上に心臓線維化の抑制効果を有する 20 新技術の長所: DPP IIIの臓器(心臓)保護作用(2) ・従来技術 カンデサルタン(ARB) DPP III ・新技術 LVPWd アンジオテンシンII + カンデサルタン アンジオテンシン II + DPP III 心臓重量: 291 mg 1.0 120 * 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 心臓重量: 186 mg DPPIIIはカンデサルタン以上に心肥大を抑制した 100 * ** 80 60 40 20 0 コントロール Ang II Ang II + カンデサルタン Ang II + DPP III アンジオテンシン II 左室重量(mg) コントロー ル 140 コントロール Ang II Ang II + カンデサルタン Ang II + DPP III 心エコー所見(薬剤投与4週間後) 拡張期左室後壁厚(LVPWd, mm) 1.2 * p<0.05, ** p<0.01 vs Ang II 21 新技術の長所: DPP IIIの臓器(腎臓)保護作用(1) ・従来技術 カンデサルタン(ARB) DPP III ・新技術 マウス蓄尿装置 Ang II + カンデサルタン Ang II + DPP III Ang II + カンデサルタン + DPP III Ang II コントロール (kDa) 分子量マーカー 尿中アルブミン排泄量(各薬剤投与4週間後) ウシ血清アルブミン(µg) <リファレンス> 0.2 0.5 1.0 1.5 2.0 250 150 100 尿中 アルブミン 75 50 37 82 604 92 97 55 1日アルブミン尿中排泄量(µg/日) 夏目製作所HPより DPPIIIとカンデサルタンを同時投与することで、相加的に尿中アルブミン排泄を抑制 22 DPPIIIを投与することで、腎障害・炎症マーカーの発現を抑制した Ang II + カンデサルタン + DPP III Ang II + DPP III Ang II + カンデサルタン Ang II コントロール Ang II + カンデサルタン + DPP III Ang II + DPP III Ang II + カンデサルタン Ang II コントロール Ang II + カンデサルタン + DPP III Ang II + DPP III Ang II + カンデサルタン Ang II コントロール 新技術の長所: DPP IIIの臓器(腎臓)保護作用(2) ・従来技術 カンデサルタン(ARB) DPP III ・新技術 腎障害・炎症マーカーの発現量(Real time-PCRによる比較) * p<0.05 vs Ang II 23 研究成果のまとめと想定される用途 ・ DPP IIIがアンジオテンシンIIを分解する詳細な酵素学的特性を明ら かにした ・ DPP III野生型または∆C1変異体が、個体の高血圧に対して著明な降 圧作用を有することを初めて示した(in vivoでの初のエビデンス) ・ DPP IIIの連続投与により、ARB(カンデサルタン)と同様以上の臓 器保護効果(心臓、腎臓)を示した 想定される用途 高血圧症に対する治療薬 24 実用化に向けた課題と企業への期待 課題 ・ DPP IIIのSpecificityについてはどうか? ・ DPP IIIの安全性・ヒトへの用量についてはどうか? ・ DPP IIIの製造コストについてはどうか? など 企業への期待 上記課題を解決し、臨床応用への可能性を探るために 製薬企業などとの共同研究を希望 25 謝 辞 滋賀医科大学 分子病態生化学 清水 昭男 Xiaoling Pang Dimitar P. Zankov 栗田 宗一 竹内 圭介 腎臓内科 久米 真司 安田 真子 琉球大学 理学部 石田 哲夫 (敬称略) 26 本技術に関する知的財産権 • 発明の名称 :高血圧症の予防又は 治療用医薬 • 出願番号 :特願2015-121371 • 出願人 :滋賀医科大学 • 発明者 :扇田久和、栗田宗一、 逢 暁玲 27 お問い合わせ先 国立大学法人 滋賀医科大学 研究協力課 産学連携係 産学官連携コーディネーター 江田和生 松浦昌宏 TEL 077 - 548 - 2847 FAX 077 - 548 - 2086 e-mail hqsangaku@belle.shiga-med.ac.jp 28
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