デジタ ル 化時代 の 図書館の役割と使命 ︵ 第三 回︶

以下ОA︶の動きだ。一般にО
Access,
デジタル化時代の図書館の役割と使命︵第三回︶
Aは電子的提供、無料公開、著作権や使
用権に制約されない利用という三点を
││ より包括的なデジタルコレクションの構築を目指して ││
特 徴 と す る が、 О A の 対 象 と な る 情 報
ミシガン大学 シェーナ・キンボル
Shana M. Kimball の 種 類 と 範 囲、 О A 雑 誌 の 類 型 の 定 義
ミシガン大学 ニコルス林奈津子
Natsuko H. Nicholls に は 狭 義 の も の と 広 義 の も の が 並 存 し
て い る。 紙 幅 の 関 係 で О A に つ い て 詳
論 で き な い が、 こ こ で は О A 型 ア ー カ
イブの一つの手法である機関リポジト
リ︵ Institutional Repository,
以下IR︶
について概観する。
IRは大学等の学術機関内で作成され
た多様なデジタル情報︵研究者の学術雑
誌掲載論文、学位論文、研究発表資料な
ど︶を収集、蓄積、発信することを目的
とした学術情報資源管理システムである。
インターネット上で学術成果の視認性を
ションを明確に分ける立場をとる。つま
最大化することは、論文の利用度と大学
り一旦出版された書籍、学術雑誌論文等
の社会的認知度を高めることであり、ま
をオープンアクセス化したアーカイブの
た被引用数などによって示される研究業
形で収集、保管、組織化するためにはリ
績のインパクトの向上にも繋がり、結果
ポジトリとは別のシステムの構築と運用
的に研究者や大学の評価の最大化につな
が必要だという考えだ。それが次項で紹
がる。したがって知的活動情報の集積と
介するハーティトラストである。電子化
発信を使命とし、書誌情報に関するノウ
された蔵書を年代、分野別などで細かく
ハウを蓄積してきた大学図書館はこのよ
分類しキーワード検索を可能にしたハー
うな活動に対して全面的にコミットメン
ティトラストは個々のIRの機能を大き
トしていく必要がある。大抵のIRの運
く超えるものだ。
用窓口が図書館である理由だ。前号で紹
介したとおり、本学ではIRのコンテン
ツ形成とシステム運用は MPublishing
の
3
デジタルコレクションとしての
ハーティトラスト
傘下にある
が担当している。
DeepBlue
IRによるОA型アーカイブが普及し、
ハーティトラストとは2008年にミ
図書館がその運用窓口になると、既存の
シガン大学図書館を中心に米国内の の
流通システムに基づかない学術情報を図
協力機関によって設立され、現在 の参
書館資料として認識するべきか、それを
加機関から構成される電子化推進団体で
図書館のアーカイブの対象とするべきか
ある。構成メンバーの中には書籍電子化
という問題が提起される。ОA型アーカ
事業でグーグルと協力関係にある図書館
イブに関しては様々な意見があるが、ミ
も少なくない。一般にハーティトラスト
シガン大学図書館はリポジトリとコレク
は共同リポジトリ事業として理解されて
電子情報資源の保存と管理の方向性を示
1
はじめに
すと共に、デジタルコレクションが旧来
の刊行物中心のコレクションに与える今
近年、教育研究活動の成果を流通する
後の影響を展望し、連載を総括する。
にあたって情報発信の迅速性と公開され
た情報の高い視認性が求められる。また
学術情報の電子化が進む中で、発信力の
2
学術情報流通の新しい動き │
強化を促すために冊子体の学術雑誌論文
オープンアクセスと
機関リポジトリ
に限定されない学術情報が多様なメディ
アで目的、範囲、手段を変えて重複して
学術情報流通の電子化の流れには二つ
流通される傾向にある。それゆえに、知
の大きな潮流がある。一つは既存の学術
に関する情報の体系的な収集と蓄積、保
雑誌︵冊子体︶と同じ内容の電子ジャー
管および利活用に関わるシステムの構築
ナルを刊行することによって実現される
と運用において大学図書館はより一層大
電 子 化 だ。 米 国 研 究 図 書 館 協 会︵ ARL
︶
きな役割を担うようになっている。そこ
の統計によれば、図書館が電子ジャーナ
で電子化という文脈の中で図書館の役
ルの購読︵ライセンス契約︶に充てた費
割 を 再 検 討 す る た め に、 本 連 載 で は 教
用はここ5年間で全体予算の2割弱から
育、情報、出版基盤として多機能性と柔
5割強に増え、主要学術雑誌の8割が電
軟性を持ち合わせたシステムの構築を目
子化されている今日、図書館による電子
指すミシガン大学図書館の様々な取組み
ジャーナルの導入は伸び続けると推測さ
を紹介してきた。最終回の本稿では学術
れる。学術雑誌︵冊子体︶を電子化する
コミュニケーションの新しい動きをオー
という意味では学術情報の電子化は着実
プンアクセスの観点から検討し、オープ
に進展しているが、これは従来の流通シ
ンアクセス型のアーカイビングに果たす
ステムを枠組みとし、根幹には商業出版
図書館の役割について論じた上で、ミシ
社と大手学会、大学図書館を繋ぐ旧来の
ガン大学図書館が中心となって2008
依存関係がある。
年に立ち上げ、カリフォルニア大学ほか
一方、学術コミュニケーションの変容
多くの参加機関と共に牽引する共同リ
で冊子体の学術雑誌が持つ機能が徐々に
ポジトリ事業であるハーティトラスト
解体されつつある中、学術雑誌を完全に
︵ HathiTrust
代替するまでには至っていないにして
︶ に つ い て 紹 介 す る。 個 々
も、既存の流通システムに制約を受けな
の機関リポジトリにはない大規模なデジ
い形で進むもう一つの電子化の流れがあ
タルコレクションの構築を目指すハー
テ ィ ト ラ ス ト の 特 性 に 着 目 す る こ と で、 る。 い わ ゆ る オ ー プ ン ア ク セ ス︵ Open
13
35
14
丸善ライブラリーニュース 第 12 号
いるが、単に個々の機関リポジトリの集
合体というよりは組織的および技術的に
安定したインフラを備え、より包括的な
デジタル資料の保存と組織化および持続
可能なアクセスを保障するデジタルコレ
クションの構築を目指している。すなわ
ちハーティトラストは﹁知的産物を電子
形態で集積、保存、無料公開し、公益の
利益に奉仕する﹂ことを使命とし、その
意味で電子化が進む前から長年にわたっ
て 大 学・ 研 究 図 書 館 が 担 っ て き た 公 益
性の高い学術情報サービスの提供と研究
支援、並びにコレクションの構築という
普遍的な役割を継承しているといえよ
う。実はハーティトラストの活動と成果
はグーグルあるいは個々の図書館による
書籍電子化事業を発端とし、それに依拠
し て い る。 一 方 で、 図 書 館 が こ れ ま で
培ってきた学術情報の収集と蓄積に関す
る知識と経験を﹁デジタルキュレーショ
ン︵ Digital Curation
︶
﹂という形でハー
ティトラストの活動に反映させているの
が最大の特徴だ。それは膨大な数の文献
や資料が電子情報資源として再生された
後に、人材とノウハウを備えた大学図書
館に突きつけられる﹁データの一元的な
集約、提供、運用をどう図るか﹂という
新たな課題への取組みでもある。
現在、ハーティトラストは約700万
点のデジタル資料︵約400万冊の書籍
と約 万タイトルの定期刊行物︶を収録
す る。 そ の 内、 5 6 0 万 点 が パ ブ リ ッ
ク・ドメイン内︵著作権保護対象外︶の
資料である。言語別に見ると全体の9割
を主要 言語が占め、上位から英語、独
語、仏語、中国語、ロシア語、スペイン語、
日本語と続く。日本語のデジタル資料は
全体の約4%を占める。収録数に関して
言えば、ハーティトラスト設立の背景に
トラストへの参入の是非をめぐって︿た
は 年来のミシガン大学による電子図書
だ乗り﹀の問題があまり争点にならない
館構想と2004年以降の米グーグルに
のは、メンバーに限られるPDFダウン
よる本学の蔵書電子化事業の進展が大き
ロードなどの特典にあるといわれる。も
く影響していることもあり、当初、ハー
う一つはハーティトラストが加盟大学の
ティトラストのデジタル資料のほとんど
出版会に認めるコンテンツの収録がある。
が本学図書館の蔵書であった。だが参加
ミシガン大学出版会を含めハーティトラ
機関数が まで拡大したことで、今では
ストの加盟大学の出版会が電子版の新刊
ミシガン大学の蔵書の占める割合は全体
やバックナンバーの一部あるいは全文を
の6割を切る。先日、ハーティトラスト
ハーティトラストで公開し始めているが、
の 番目の加盟校となったコーネル大学
ハーティトラストの集客力と検索力が魅
は約 万点のデジタル資料を委託する予
力となる。ОAの潮流の中で新たなビジ
定だと発表したが、ハーティトラストの
ネスモデルの再構築を迫られている学術
拡充はデジタルコレクションの量的、質
出版社、商業出版社が敢えて公益性の高
的な拡充に繋がるだけではなく、図書館
いハーティトラストとの連携を模索して
間協力とその専門知に裏打ちされたネッ
いる現状にこそ、既存の学術情報流通シ
トワーク内外の利用者便益の増大にも資
ステムの変容が現れている。
する。
その便益を引き出すハーティトラスト
の特性の一つに、統一的な規約の下で行
4
コレクションの行方
連載のむすびにかえて
なうコンテンツの形成と登録方法がある。
│
標準化される電子コンテンツは各種のシ
本学図書館のジョン・ウィルキン情報
ステム間のメタデータ連携を可能にする
技術担当准館長兼ハーティトラスト常
だけでなく、統一化されたメタデータは
務理事は﹁アクセスの保障と持続可能な
リポジトリの集客力の増強と収録文献の
保存なくしてデジタルコレクションの
より一層の視認性の向上を促す。例えば
構築はない﹂と語る。来年には収録数が
欠損していた文献情報がハーティトラス
800万を超えるといわれる世界最大
トの図書館間協力によって補充された場
規模のコレクションの構築と運用を支
合、メタデータが統一化していれば全文
えるのは、膨大な数のデジタル資料の発
検索力の機能が最大限に活かされ、これ
掘を促す高い検索力とコンテンツの永
まで発見されにくかった文献の幅が広が
続的保存を可能にする技術的工夫︵例え
るというわけだ。より包括的なデジタル
ばミシガン州とインディアナ州の2ヶ
コレクションへのアクセスが世界に保障
所 の サ ー バ ー で す べ て の デ ー タ を 保 管・
されることになる。
バックアップする仕組み等︶である。こ
ハーティトラストには参加機関だけが
れらを支えるのはハーティトラストに
享受できる便益も当然ある。一つはハー
特有の大規模な図書館間協力であり、後
ティトラストが収録するコンテンツ︵主
ろ 盾 と な る 財 政 力 と 技 術 力、 書 誌 情 報・
に著作権保護対象外の文献︶をPDF
著作権に関する専門知だ。近年、予算逼
フォーマットで提供するというサービス
迫の問題が多くの図書館を悩ませてい
の展開だ。一定のコストを伴うハーティ
る。 前 号 で 紹 介 し た MPublishing
の設
立、本稿で紹介したハーティトラストの
各事例は財政力と技術力の限界に挑む
図書館の再編、学内機関連携、学外︵図
書館間︶協力の在り方と可能性を広く示
唆するものである。
図 書 館 の 経 費 削 減 と の 関 連 で 言 え ば、
デジタルコレクションは従来の蔵書の保
管 経 費 を 大 幅 に 削 減 で き る と い わ れ る。
本 の 所 蔵・ 収 録 に か か る コ ス ト は ハ ー
ティトラストで1冊平均9ドル、従来の
館内︵書庫︶保管で平均 ドルだ。明ら
かに経費の削減にはデジタル化が理にか
なっている。またハーティトラストの加
盟図書館に限って言えば、ここ1年で印
刷版と電子版の蔵書の重複が %から
%に急上昇した。重複が進めば、デジ
タルコレクションが印刷版の書籍購入や
雑誌購読に与える影響は一段と大きくな
るであろう。
デジタルコレクションは従来の図書館
が扱ってきた情報とシステムの範囲を大
きく超える。だからこそ図書館の役割と
使命を再確認する作業が必要になる。忘
れてならないのは学術情報の発信者であ
る研究者との協力である。最後に、研究者、
大学、学 術研究活動との関わりへの配慮
なく図書館の発展はないという理念を再
確認し、本連載を閉じることにしたい。
60
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な地平﹂ 2008
http://www.nii.ac.jp/irp//archive/report/pdf/csi_
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・ Courant, P. N. and J. P. Wilkin. “Building ‘AboveCampus’ Library Services” EDUCAUSE Review
︵ ︶
45
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http://www.educause.edu/EDUCAUSE+Review/
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・ Courant, P.N. and M. B. Nielsen. “On the
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http://www.clir.org/pubs/abstract/pub 147 abst.
html
・国立情報学研究所﹁学術コミュニケーションの新た
参考文献
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丸善ライブラリーニュース 第 12 号
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