図 書 館 と の 出 会 い を つ く っ て く れ た 人 福 田 な を み 女 史 を 偲

利用ではなく、もっぱら「図書館の閲覧
高山 正也
図書館との出会いをつくってくれた人
福田なをみ女史を偲びつつ
国立公文書
館
図書館雑誌の最近号は小さなニュース
舎も貧困であった。
記 事 で 福 田 な を み さ ん の 訃 報 を 載 せ た。 席」の利用であった。まだまだ住宅も校
「福田なをみ」を知る人は今や少ないで
とは断固拒否されるプロフェッショナル
言われていたが、それは筋の通らないこ
イトに行く前に「福田さんは怖いよ」と
を英語で厳しく叱責もしていた。アルバ
背丈の倍はあろうかという大男の利用者
え目で裏方に徹する生き方や仕事の仕方
と理解できる。それは福田さん自身の控
ロだ」との福田流の教えでもあったのだ
を言うだけでなく、実践もできてこそプ
ろ!。 し か し、 今 に し て 思 え ば、「 理 屈
福田さんは1920年代に米国ミシガ
にもつながる。
書館員の基本を叩き込まれた。今にして
ン大学図書館学校を出て、米国議会図書
としての姿でもあった。筆者はここで図
思えば、只々有難いことである。すなわ
ち、初心者である筆者は選書、分類・目録、 館 日 本 課 で 日 本 資 料 の 収 集 に 携 わった。
タッチさせてもらえなかった。やらされ
日本では帝国図書館長が田中稲城氏を継
た の は シ ェ ル フ・ リ ー デ ィ ン グ、 装 備、 にあって米国からの図書館使節団を迎え、
レファレンスなどの専門的業務には一切
長期を迎えていた。企業戦士が脚光を浴
その使節団と日本の館界との仲立ちを果
折しも世間は戦後復興から高度経済成
びる中、多くの人にとって図書館は魅力
閲覧・貸出し手続きなどである。
特にシェ
たし、戦 後日 本の民 主化の基 盤の一つに
あろう。しかし、筆者にとって福田さん
的な職場には映らない時代であった。そ
ルフ・リーディングは徹底的に叩き込ま
イメージは悲惨の一語に尽きた。焼跡の
このような年代の者にとっての図書館の
学・日本学を中心とする著名な研究者が
かでちり一つない室内に主に内外の東洋
だが、美しい日本庭園に面し、明るく静
の国定教科書を使用した学年なのである。 化会館の図書室は蔵書数数万冊の小規模
六本木鳥居坂にある旧岩崎邸跡の国際文
されたのが国際文化会館図書室であった。
ルバイトをすることとした。そして紹介
を得なくなった。そのために図書館でア
途切れると寸時を惜しみ、手にブックエ
勤務に就く前後はもとより、利用者が
の前に立つべしである。
しでも空き時間があれば図書館員は書架
の席に留まることは許されなかった。少
当番の時も利用者との応対の時以外はそ
と叩き込まれた。サーキュレーションの
の本の列の隙間は図書館員の心の隙間だ
の乱れは司書の心の乱れであり、書架上
よく言っていたことである。書架上の本
書の人間性がわかる!」とは福田さんが
つことを嫌ったが、日本の現代図書館史上、
教え込んだ。こうして、今日の日本の図書
アーを主宰して、図 書 館 改 革の在り 方を
校と言われた米国の主要図書館の見学ツ
の図書館界のリーダーたちには、福田学
書室で「日本の参考図書」を創刊し、当時
スを定着させるために、国際文化会館図
たと断言できるし、レファレンス・サービ
学科も、福田さん無ければ存在しなかっ
国立国会図書館も、慶應義塾大学図書館
いだ松 本 喜一氏の頃である。戦 後は日本
人である。
こそ、図書館との出会いを作ってくれた
んな中で、思いがけず筆者は図書館・情
米国流の図書館を導入する筋道をつけた。
バラック建ての図書館と称する建物の中
ベット順の辞書体目録で、件名標目によ
出 入 り し た。 図 書 館 の 目 録 は ア ル フ ァ
その影響の大きさ、深さは第一人者である。
年代生
まれの人間が少ないということにお気づ
今まで知らなかった図書館を理解せざる
報 学 系 の 大 学 院 に 籍 を 置 く こ と と な り、 れ た。「 書 架 上 の 本 の 状 態 を 見 れ ば、 司
にはわずかな書架と閲覧机に、これまた
ンドをもち、シェルフ・リーディングを
筆者にとっての真の図書館との最初の
読者の方々は図書館界に昭和
の世代は、その前の昭和一桁に比べても
きであろうか。今現役を退きつつあるこ
わずかな黄ばんだわら半紙の本が夏の西
りたちどころに求める主題の図書が検索
した。書架上の本が棚板に垂直に立って
出会いは国際文化会館図書室であり、図
年4月である。最後
年生まれの筆者の小学校入学は
戦後間もない昭和
昭和
メージにある。
格段に少ない。その一因は、図書館のイ
日の照り返しの中で砂ぼこりにまみれて
できた。これだけでも筆者の図書館観は
いるか、本の背が棚板の前縁にきちんと
その前では、一様に畏まって文献や研究
女性がおられた。著名な内外の研究者が
ラ リ ア ン シ ッ プ は 理 屈 じ ゃ な い の よ。
」
こ と を や ら せ る の か と 尋 ね た。「 ラ イ ブ
ある時、生意気にも何故、このような
感じるとともに、ご冥福を心から祈りた
田さんの訃報に接し、時の流れの無常を
田なをみ、その人であった。今、その福
揃 っ て い る か、 ブ ッ ク エ ン ド を あ て て、 書館人としての思考や行動の原点を教え
館界の基盤と骨格が出来上がった。表立
いた。学校の図書室は床に穴があき、羽
大きく変わった。
た本が並べられ、普段は入れないように
の相談をしていた。この女性が図書室長
てもらったのはその図書室長であった福
鍵がかけられていた。木枯らしが吹き試
の福田なをみさんであった。ただ物静か
少しのずれやゆがみも無くした。
験シーズンが近づくと、主な公共図書館
(理事)
の周りには本とノートを持った学生の行
い。合掌。
で控えめなだけではなく、時には自分の
とかわされた。理屈の前に、身体で覚え
列が取り巻いた。入館者は「図書館」の
この図書室には物静かで小柄な高齢の
目板が破れた木造校舎の片隅の空き教室
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内の書架に生徒が各自の家から持ち寄っ
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丸善ライブラリーニュース 復刊第 1 号