アスプルンドから未来へ ストックホルム市立図書館

アスプルンドから未来へ
─ストックホルム市立図書館
竹内 比呂也
選出されている。1920年には公共図
千葉大
学
有名な建築家が作った図書館はどれも
書館建築について学ぶためにアメリカに
ンディアナポリスとデトロイトの公共図
旅立った。この旅行でアスプルンドはイ
で あ る。 そ の 意 識 が 過 剰 で あ る 場 合 に
に近い機能的な図書館で、ストックホル
書館に出会う。これらはいずれも正方形
興味深いものである。よくも悪くも建築
は、そればかりが気になって時間が経つ
家の強い個性と意識が見え隠れするから
うちに飽きてくることが多いが、エリッ
ンフロアには、放射状に書架が置かれる
ことが想定されていたようである。今は
メインフロアには壁面の3層の書架以外
には書架は置かれていない。そして自然
光と間接照明に映える乳白色の壁と天井。
壁面にわざと凹凸をつけているのだろう。
そこで光が乱反射し、空間全体を柔らか
図書館内の資料は主題別配置がなされ
な光で満たしている。
ている。メインフロアの周囲に配置され
を行き来することによってアクセスでき
ている各主題分野室には、メインフロア
ム市立図書館には、この過剰が全く感じ
〜 1940
)が設
Gunnar Asplund, 1885
計し1928年に竣工したストックホル
な 街 で あ る が、 こ の 公 園 は 小 高 い 丘 に
れている。ストックホルムは比較的平ら
らそれほど遠くない公園の一角に立てら
ストックホルム市立図書館は中心街か
あたかも全体がオレンジ色に発光してい
図書館の円筒形の部分を照らしていたが、 けではなく、より詳細な調査が必要な質
る。筆者が訪問したときには夕日がこの
るようになっている。メインフロア中央
られない。
なっており、頂上には天文台があって市
付近には総合的なレファレンスに対応で
アスプルンドは、北欧にモダニズムを
るかのようにであった。
(写真1)
ク・ グ ン ナ ー ル・ ア ス プ ル ン ド(
ム市立図書館の基本設計はその影響を強
Erik
く受けていると考えられる。
もたらし、アールトなどの著名建築家に
内を一望できる。図書館の計画は、この
架されている資料は、スウェーデン語だ
とっていることが容易に想像できる。排
問については各主題部門を紹介する形を
レクションがその周囲におかれているわ
おかれている。大規模なレファレンスコ
きるようにインフォメーションデスクが
影響を与えた存在として一部では知られ
公園を含むエリア一体の都市開発の一環
界遺産に登録されるなどして再評価が進
での欧州の図書館建築に比べると、素っ
美しい装飾が見られる。しかし、それま
様装飾が施されており、内装においても
図書館の正面玄関には象形文字風の文
アのほぼ中央で360度本に囲まれた空
上がりきった場所は、円形のメインフロ
るように書架が目に入ってくる。階段を
階段を上りながら少しずつ視界が拡大す
隣接する丘の上から見下ろすと円筒形を
に立ったときの最初の感動は筆舌に尽く
多く受け入れている社会の状況を反映し
はっきり打ち出している。一つは難民を
い。 サ ー ビ ス 面 で も い く つ か の 特 徴 を
しい建物にただ安住してきたわけではな
ストックホルム市立図書館は、この美
ごく当たり前のように並んでいる。
る と 階 段 を 見 上 げ た 先 に 書 架 が 見 え る。 けではなく、欧州の様々な言語の資料が
中に歩を進めてみよう。正面玄関を入
てはいても、世界的な名声を博してきた
でもあった。
かれている。ストックホルム市立図書館
み、わが国でも2007年に回顧展が開
年という比較的短い生涯の中では
気 な い ほ ど シ ン プ ル な 外 観 を し て い る。 間のど真ん中である。このメインフロア
また
た多文化サービスの展開である。アスプ
ル ン ド の 図 書 館 の 後 ろ に は 別 館 が あ り、
らもあらゆる知識にアクセスできるよう
しがたい。自分がまさに知識の中心に位
形の美しさを主張するためには外装は余
な 気 分 に な っ て く る の で あ る。 こ れ が、 いる。これは逐次刊行物の提供と多文化
置していて、知識の総量に圧倒されなが
計なものであったと見るべきではないか。
アスプルンドが演出した本と人との出会
がはめられているように見えるが、この
そのシンプルさゆえか、外壁は特徴的な
その入口には「国際図書館」と書かれて
オレンジがかった明るいレンガ色であり、 いである。
こ の 図 書 館 は、 Knut and Alice
からの百万ス
Wallen-berg Foundation
ウェーデンクローネの寄附を基に建てら
待っている。カウンターの後ろには「本
ざまな言語で書かれた資料群が利用者を
サービスに特化された建物であり、さま
れた。アスプルンドは1918年にこの
デザイン図を見ると、この円形のメイ
近隣の建物よりも強い個性を主張してい
した中央部分を取り囲む形で正方形の枠
はアスプルンド唯一の図書館建築であり、
一つである「森の墓地」がユネスコの世
建築家ではない。しかし、彼の代表作の
写真 1
図書館建築のための委員会のメンバーに
る。
前半生を代表する作品と言えるものであ
55
丸善ライブラリーニュース 復刊第 1 号
面に各国語の新聞が並べられており、多
る。入口に続く新聞のコーナーでは壁一
タフェースは複数の言語で表示されてい
インがあるだけでなく、OPACのイン
を読みましょう」と書かれた日本語のサ
か な い。 R F I D 対 応 の 返 却 口 も 用 意
て い る の で、 一 見 で は そ れ と は 気 が つ
の家具と同じデザインの外装が施され
を し て い く。 こ の 自 動 貸 出 機 に は ほ か
ないように自分で操作をして貸出処理
と い う こ と は な い。 利 用 者 は 何 事 で も
フ ロ ア で 模 型 が 展 示 さ れ て い た( 写 真
に は、 い く つ か の 候 補 に つ い て メ イ ン
ン ペ が 行 わ れ た。 筆 者 が 訪 問 し た と き
書 館 の 増 築 を 計 画 し て お り、 設 計 の コ
ス ト ッ ク ホ ル ム 市 立 図 書 館 で は、 図
調和がとれているのである。
おいて図書館という場所を考える上で
は、 イ ン タ ー ネ ッ ト が 普 及 し た 今 日 に
ミュニケーションができる図書館」と
述 べ て い る。「 明 る く、 オ ー プ ン で、 コ
に最も良
and communicative library”
く合致したからであると審査委員長は
りながら、すべてがいかにもさりげなく、 こ の 設 計 案 が
)というドイツ人建築家の作品
Hanada
である。彼女はドイツに活動の基盤を置
公表されたが、千以上の応募作の中から
新しい図書館は、丘の麓にあるという
それとは対照的である。
成 し て い る。 新 し い 図 書 館 は 明 ら か に
アスプルンドの図書館が決して閉鎖的
重 要 な ヴ ィ ジ ョ ン と 言 っ て い い だ ろ う。
“vision of a light, open
くの利用者が思うままに新聞を読んでい
そりと設置されている。(写真2)
さ れ て い る が、 目 立 た な い 場 所 に ひ っ
いているが、1990年代後半に東京大
立地とアスプルンドの図書館との調和を
月半ばに審査結果が
る。上のフロアには各国語の資料が言語
にも様々な言語の図書が並べられていて、 置されているインフォメーションデスク
学大学院に留学しており、2007年に
)。 20 07 年
別に置かれ、一番奥まったところに日本
も小ぶりのものが置かれている。のっぺ
は取手市と東京芸術大学による取手アー
のタグが
そこにも日本語の資料がある。
館内のインフォメーションデスクなど
りしたカウンターもなければ、言わずも
考えながらデザインされなければならず、
語のコーナーがある。週刊誌もあって多
こ と も な い。 ブ ッ ク ト ラ ッ ク も 同 様 で、 トプロジェクトの企画で展覧会を開いて
がなの醜いサインがでかでかと出ている
いるなど日本にもゆかりのある建築家で
きる。ハナダの作品は、アスプルンドの
困難な仕事であったことは容易に想像で
選ばれたのは、ハイケ・ハナダ( Heike だ と は 思 わ な い が、 知 識 の 結 界 を 作 る
かのように円環という閉じた空間を形
R F I D( I C タ グ ) も す で に 活 用
ある。
るのではないようだ。各主題別部門に設
さ れ て い る。 貸 出 カ ー ド は 磁 気 式 で あ
さりげなく資料の展示やパンフレット置
もそうだが、家具類は既製品を置いてい
る が、 資 料 に は 13・5 6 M
き場にも使いながら、デザイン的にも異
くの在住日本人が利用しているようであ
貼 付 さ れ て い る。 館 内 の さ ま ざ ま な 場
(写真:筆者提供)
(文学部准教授 )
の新館開館が待ち遠しい。
形で未来につながっていく。2013年
アスプルンドの図書館がより開かれた
である。
園全体と一体となった図書館になるはず
館は丘に食い込むように建てられて、公
断して、庭の静寂を保つ役割も持つ。新
割をはたし、しかも北側の道路と庭を遮
館と新館と丘の麓の公園を結びつける役
(基壇状の建物)がアスプルンドの図書
屋上緑化が計画された低層のボディウム
円の存在を予感させるものとなっている。
に壁面や書架にも弧を用いてより大きな
開しながら、庭と建物を取り込み、さら
ハ ナ ダ の 作 品 が 選 ば れ た 理 由 と し て、 図書館がもつ円形のイメージを巧みに展
写真 3
る。また本館の一階にある児童コーナー
所 に 貸 出 機 が 置 か れ て い て、 出 入 口 の
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物があるようには見えないようになって
いる。メインフロアでは、デスクを囲む
形でブックトラックが配置され、図書館
員が使うレファレンスブックの書架とし
て機能している。図書館の中には、悪い
意味で目立つもの、すなわち周りのデザ
い(コピー機は専用の別室に置かれてい
インと調和しないものは何も置かれてな
る)
。 目 に 入 る も の す べ て が、 は じ め か
らそのようにデザインされたかのように、
自然に一つの風景としてそこにあるので
ある。空間の大きさにも影響されている
と思うが、多くの利用者がいてもうるさ
い( 音 量 的 な 意 味 で は な い ) と い う 印
象を与えることがない。それゆえ図書館
の中にいて目が疲れるとか、いらつくと
いうことがない。個性的なデザインであ
丸善ライブラリーニュース 復刊第 1 号
3
近くに複数の貸出機が集められている
写真 2
Hz