99 会員 奥野 某月某日、『この一冊』を 探すために、銀座の行きつけ の居酒屋『あっとほーむ』に 出かける私であった(この段 階で既に執筆の趣旨を間違っ てはいたようだが…)。 ご 存 じ 八 百 新 酒 造 の「 雁 木 」 を2杯 飲 ん だ と こ ろ で、 左後ろにいた若い男性2人の 会話が弁護士風だったので、 「雁木」1杯をごちそうして、 君らが選ぶこの一冊は何かな と聞いてみた(因みにやっぱ り弁護士であった)。 1人が直ちに曰く、 「吉村昭 の『ポーツマスの旗』です」 。 この答えを聞いて、我が意を 得たり!という思いであった。 奥さんの津島節子さんが芥 川賞作家であるのに対し、吉 村さんは数々の賞を取ったも のの芥川賞を受賞できないま ま世を去ったのであるが、客 観的描写を重視する作家であ って、客観性に乏しい私にと っては、好感を持てる作家で あった。 『ポーツマスの旗』は、日 露講和を実現した小村寿太郎 の苦悩を描いた秀逸な作品で あり、この一冊にするか、と 一瞬思ったが、それでは芸が ないので、吉村さんのほかの 作品について、彼と意見交換 を行っているうちに、やはり これだなと思いついた一作が あった。 明治の初期、行くところが 滋(37期) ●Shigeru Okuno 『ローマ人の物語 1 ―ローマは一日にして 成らず〔上〕―』 塩野七生 著 新潮文庫 464円 (税込) なくなってしまった紀州徳川 家(正しくは尾張徳川家であ る)が、北海道南部の八雲と いう場所に移住を決意し、先 遣隊を送り込んだところ、気 候が不順であるだけならまだ しも、移住した人がヒグマに 次々と襲われるという、踏ん だり蹴ったりの物語である が、ヒグマの生態を詳細に描 いており、これまた秀逸な作 品であった。 これは勿論『羆嵐』という 一作であるはずで、そう決め 込んで本屋に行ったところ、 ヒグマに襲われるところまで は一緒だが、『羆嵐』は北海 道北部の手塩という場所を舞 台にした小説であり、時期も 大正と私の記憶と全く違うで はないか。それでは、何とい う題名だったか、その後いろ いろ調べたが、結局よく分か らず、そもそも吉村さんが書 いたものではないかもしれな いということにすらなってし まった。誰か教えて!! そ の た め に、 吉 村 さ ん は 『この一冊』から脱落し(ご めんなさい!)、結論として 『この四十三冊』を出さざる を得なくなった。一冊でない ため躊躇していたが、ご存じ 塩野七生さんの筆による『ロ ーマ人の物語』の文庫版であ る。現在5回目の読破に挑戦 しているが、読破する価値は 十 分 に あ る。 他 民 族 や 他 人 種を排斥するのではなく、敗 者をも同化する政策、数多く のローマ街道という基幹道路 を整備し、敵に利する危険よ り、他国との交易を図るとい う政策などによりローマ帝国 が 成 長 し た と い う 論 調、 他 方、多神教国家であり、ほか の民族の宗教にも寛容であっ たが故に発展したローマ帝国 が、キリスト教という一神教 を国教にしたことで滅亡に向 かったという論調は独断的だ が説得力がある。塩野さんが カエサルのファンであるが故 にこんな大作を執筆したので はないかと窺わせるところも あって、大変興味深いのであ るが、肝心なことを書く前に 字 数 が 尽 き て し ま っ た。 残 念!! 54 NIBEN Frontier●2015年10月号 D11430_54-55.indd 54 15/09/08 16:13
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