第40回 国際財務報告基準による財務諸表−投資

Law, Accounting & Tax
不動産ファンドに関する国際財務報告基準
第40回
国際財務報告基準による
財務諸表–投資不動産
清水 毅
プライスウォーターハウスクーパース株式会社
パートナー
公認会計士
(ARES マスター M0600830)
太田 英男
藪谷 峰
PwC あらた監査法人
パートナー
公認会計士
PwC あらた監査法人
第 3 金融部 ディレクター
公認会計士
ます。ただし、当該開示の例については、IFRSで
はじめに
本連載は,不動産ファンドに関係する国際財務報
唯一認められたものではないことに注意してくださ
い。なお、文中意見に関する箇所については、筆者
の個人的な見解です。
告基準
(
「 IFRS 」
)
の動向および IFRSの基本的な考
え方を解説することを目的として連載しています。
PwCは、定期的に、各産業別にIFRSに基づく財務
諸表の例を公表しています。2015 年11月に、
「 IFRS 設例」は、架空のInvestment Property社
「 Illustrative IFRS consolidated financial
(以下「当社 」
)
およびその子会社
(あわせて以下「 IP
statements 2015 - Investment property
(以 下
グループ」とする。
)
が、英国、ドイツおよび香港に不
「 IFRS 設例 」とする)
( https://www.pwc.com/
動産を保有していて、投資不動産の開発およびオ
ee/et / home/maja a st a a r ua nded /2 015% 2 0
フィスビルの建設を行っているという仮定のもと、作
illustrative%20investment%20property.pdf )を
成されています。
公表しています。今回は、
「 IFRS 設例」の中から、
70
1. 一般的情報
IPグループの連結財務諸表は、
「 国際会計基準
筆者が興味深いと思った開示項目を紹介したいと思
審議会
( IASB )によって公表されたIFRSとIFRS
います。
「 IFRS 設例」において、PwCは、投資不動
解釈指針委員会
( IFRSIC )
によって公表された解釈
産を保有する会社のIFRS 基準で作成された連結
指針に準拠して作成されています。
」と注記「2.1.作
財務諸表について、不動産
( 国際会計基準第 40 号
成根拠 」に記載されています。
「投資不動産 」および同第 2 号「棚卸資産 」
)
に焦点
IPグループの連結財政状態計算書は、
「図表1」の
をあてて、なるべく現実的な開示の例を作成してい
ように例として作成されています。同様に連結包括
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29
図表 1
図表 2
連結財政状態計算書
資産
2015年
2014年
12月31日 12月31日
固定資産
投資不動産
有形固定資産
売却可能金融資産
のれん
繰延税金資産
616,855
132,788
767
1,599
933
600,387
103,178
1,041
496
750
752,942
705,852
棚卸資産
15,917
売上債権
3,742
前払オペレーティング・リース料 6,844
売却可能金融資産
1,578
金融派生商品
1,464
現金および現金同等物
905
5,885
6,958
478
1,196
35,152
流動資産
売却目的として分類した
非流動資産
資産合計
資本
30,450
989
31,439
784,381
親会社の所有者に帰属する持ち分
資本金
62,720
資本剰余金
10,606
利益剰余金
494,791
資本合計
負債
固定負債
借入金
テナントからの預り金
繰延税金負債
流動負債
買掛金およびその他の債務
借入金
テナントからの預り金
金融派生商品
未払法人税等
引当金
売却目的の固定資産に関
連する負債
負債合計
負債および資本合計
49,669
5,421
55,090
760,942
62,720
4,787
490,153
連結包括利益計算書
12月31日を終了日とする事業年度
収益
投資不動産評価益
地代費用
修繕及び保守費
不動産に係るその他の直接営業費用
人件費
前払オペレーティング・リース料の償却
前払手数料の償却
有形固定資産の減価償却費
損益を通じて計上される金融商品の公
正価値の純変動
その他費用
2015
42,354
7,660
(1,736)
(7,656)
(1,212)
(1,448)
(104)
(237)
(5,249)
2014
40,088
5,048
(1,488)
(2,801)
(1,315)
(1,400)
(104)
(212)
(2,806)
571
520
(1,496)
(2,029)
金融収益
金融費用
1,915
(8,025)
1,042
(11,640)
税引前利益
法人税
25,337
(6,056)
22,903
(6,152)
営業利益
純金融費用
当期利益
31,447
(6,110)
19,281
その他の包括利益
当期利益にその後に振替えられる可能性のある項目
為替換算調整勘定
5,799
売却可能金融資産の価値の変動
20
33,501
(10,598)
16,751
1,247
2
その他の包括利益
当期包括利益
5,819
25,100
1,249
18,000
568,117
557,660
当期利益の帰属
親会社の所有者
19,281
16,751
107,224
1,978
52,670
102,804
2,247
49,038
当期包括利益の帰属
親会社の所有者
25,100
18,000
0.48
0.42
161,872
154,089
45,562
2,192
590
595
4,735
550
54,224
36,083
2,588
608
747
4,392
1,601
46,019
168
216,264
784,381
親会社の所有者に帰属する一株あたりの当期利益
3,174
203,282
760,942
利益計算書は、例として「図表2」のように作成され
れる予定で建設または開発されている不動産
ています。
が含まれています。
オペレーティング・リースの下で保有されたてい
2.投資不動産の会計方針
投資不動産の会計方針については、注記「2.5 投
資不動産 」においてかなり詳細に記載されています。
主な記載は以下のとおりです。
る土地は、投資不動産の定義の要件を満たす
場合、投資不動産として分類し、会計処理して
います
(筆者注;土地の賃貸借権については、公
正価値処理を選択することが可能です。
)
。
投資不動産は、関連する取引コストと借入コスト
( 該当がある場合)
を含めた取得原価で当初に
(1 )
投資不動産の定義および範囲に関する記載
長期賃貸収益またはキャピタル・ゲインあるいは
測定し、認識します。
当初認識後は、投資不動産は公正価値で計上
その両方のために保有され 、連結グループ内の
されます
(筆者注;IPグループの選択です。
)
。
会社によって占有されていない不動産は、
「投
建設中の投資不動産で、信頼性をもって公正価
資不動産 」として分類されます。
投資不動産には、将来投資不動産として使用さ
値を測定することができないものは、取得原価
(減損控除後)
で測定します。
January-February 2016
71
公正価値が信頼性をもって測定可能になった時
または、工事が完了した時のいずれか早いタイ
の価格設定を行う時に市場参加者が用いると
考えられる仮定などを反映しています。
ミングにおいて、当該不動産は公正価値で測定
されます。
(3 )
修繕費および資本的支出について
取得後の支出は、当該支出に関連する将来の
(2 )
投資不動産の公正価値に関する記載
経済的便益がグループに流入することが確実に
公正価値は、活発な取引が行われている市場
見込まれ 、関連するコストを信頼性をもって測
価格に基づいていますが、必要に応じて特定の
定することができる場合にのみ、資産の帳簿価
資産の性質、場所や条件の違いについて調整し
額として資産計上されます。
ています。
上記の情報が利用できない場合、IPグループ
上記以外の修繕費及び保守費用は発生時に費
用処理されます。
は、流動性の低い市場における直近の取引価
投資不動産の一部が取り替えられる際に、取り
格や、割引キャッシュ・フロー予測に基づく価格
替えられる部分については、帳簿価額から控除
などの代替的評価方法を使用しています。
されます。
公正価値の評価は、専門家として認知されてお
り、当該評価の対象となる不動産の地域および
種類について直近の経験を有する適切な鑑定
人により、決算日において実施されています。
(4)
リースの下で保有されている投資不動産に
について
リースの下で保有されている投資不動産に関す
投資不動産としての継続的使用のため再開発さ
る評価額が、すべての支払見込みの控除後の
れている投資不動産、または市場があまり活発
額となっている場合、連結財政状態計算書に
でなくなってしまった投資不動産についても引
認識されている関連するリース負債の額を足し
き続き公正価値で測定されています。
戻して、会計上の投資不動産の帳簿価額を算定
建設中の投資不動産の公正価値を信頼性を
しています。
もって測定することが困難なときがあります。IP
グループの経営者は、建設中の投資不動産の
公正価値を信頼性をもって測定することができ
るかどうかを評価するために、以下の要因を考
慮しています:
工事契約の条項
工事工程
プロジェクト/ 不動産は、標準的であるか
特殊なものであるか
(5 )
公正価値の変動等について
公正価値の変動額は、包括利益計算書上、純
損益として計上されます。
投資不動産が処分された場合は、認識は中止
されます。
IPグループが独立企業間取引において、投資
不動産を公正価値で処分する場合、売却直前
の帳簿価額が取引価格になるよう調整し、その
工事完成後の入金の信頼性の程度
調整額を損益として投資不動産評価益に計上
当該不動産に特有の開発リスク
しています。
同様の建設に関する過去の経験
建設許可の状況
( 6 )投資不動産から他の資産( および他の資産
から投資不動産 )
への振替について
投資不動産の公正価値は、現在の賃貸契約か
らの賃料収入および現在の市況下での不動産
72
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29
投資不動産が自己使用不動産となる場合は、
有形固定資産に再分類されます。
再分類された日の公正価値は、その後の取得原
価として計上されます。
たがって、建物の建設が完了したときにその不動産
の公正価値が確実なものになることが期待されるも
自己使用不動産の一部について、その用途が変
のの、経営陣は、この段階では決定できないと結論
更されて投資不動産になった際には、当該変更
付けました。従って、当該不動産は、取得原価で計
日における帳簿価額と公正価値の差異について
上されています。
は、国際会計基準第16号に基づいた「再評価」
と同様の方法で処理します。それにより不動産
(2 )
自己使用不動産か投資不動産かの判断
の帳簿価額の増加となる場合は、過去の減損
① IPグループは、当期中に、1つのオフィスビルを
損失の戻入となる範囲でその増加額を損益計
購入しました。IPグループは、その一部を投資
算書で認識します。残りの増加額は、その他の
不動産用とし、一部を自社使用として購入しまし
包括利益として認識し、株主資本の再評価剰
た。不動産の異なる部分について、別途売却す
余金に直接に計上します。
ることまたはファイナンス・リースに基づき個別に
不動産の帳簿価額の減少となる場合は、その
リースすることは不可能となっています。
IPグルー
減少額を、まずその他の包括利益における以前
プは、25フロア中の24フロアを貸出し、残り1フ
に認識された再評価剰余金に対して計上し、残
ロアを自社使用します。したがって、経営陣は、
りの減少額は損益計算書に計上します。
自社使用部分は重要でないと判断し、当該オフィ
投資不動産について用途変更があり、それが売
却を目的とした開発の開始によって裏付けられ
る場合、当該不動産は棚卸資産に変更されま
す。
会計上、棚卸資産としてのみなし原価は、その
用途変更時の公正価値を使用します。
スビル全体を投資不動産として処理することを決
定しました。
② IPグループは、10 年のオペレーティング・リース
契約の下で国際ホテルグループが運営するホテ
ルを保有しています。当該建物の構築物は、当グ
ループの保険によってカバーされているものの、
IPグループは、このホテルグループから月額固定
3.会計方針を適用する際に
用いられた重要な判断
IPグループの会計方針を適用する際に用いられた
重要な判断については、注記「4.重要な会計上の見
料金を受取っており、経営陣は、このホテルを投
資不動産であると決定しました。その理由として
は、提供されるサービスが重要ではない上、ホテ
ル事業のキャッシュ・フローの主要なエクスポー
ジャーが運営会社にあると判断したためです。
積りおよび判断 」
の中で記載されています。主要なも
のは以下のとおりです。
(1 )
建設中の物件
4. 投資不動産に関する注記
投資不動産に関しては、会計方針に加えて、注記
「 IPグループは、当事業年度中にドイツに投資不
「4.投資不動産 」において、各セグメントごとの公正
動産の建設を開始しました。建物の立地は現在非
価値評価額およびその増減分析
( <図表3>参照)
常に悪い条件にありますが、再開発の可能性が非
が記載されています。また、公正価値の評価に関す
常に高く期待されています。その理由として、その立
るガバナンスおよびプロセスの記載 、DCF 法で用い
地は、現在ドイツで設置される高速鉄道網の駅敷地
られた各インプット情報の説明および使用された見
を含んでいることが挙げられます。この再開発の正
積りの説明等が記載されています。レベル3 投資不
確なタイミングと影響は現在のところ不明です。し
動産については、公正価値のインプットを変更させ
January-February 2016
73
図表 3 投資不動産の変動表
公正価値のヒエラルキー
公正価値 期首残高
英国オフィス 英国オフィス
レベル3への(からの)変更
当期取得
直接取得
企業結合による増加
企業結合以外の子会社を通じた取得
追加の資本的支出
前払手数料
前払手数料の償却
資産計上した借入コスト
有形固定資産への振替
棚卸資産への振替
売却予定資産からの振替
処分
公正価値の変動の純額
その他包括利益に計上された為替差額
2
9,302
3
84,400
(9,302)
989
200
4,931
(25,456)
29
2,394
(1,500)
第三者の評価に基づく市場価値
10,520
55,467
公正価値 期末残高
10,520
59,420
ファイナンス・リース
AFS 賃料保証
リース・インセンティブ受取債権
4,203
(250)
た場合の影響度分析の結果等が記載されています。
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
2.7.
合計
600,387
2,797
17,570
9,732
28,213
2,362
(237)
4,568
(25,456)
(14,234)
3,594
(15,690)
7,660
(8,622)
612,644
6,806
(2,345)
(250)
616,855
リースの会計方針
2.16. 借入金の会計方針
おわりに
2.17. 借入コスト資産化の処理
2.21. 収益認識
今回は、紙面の関係で、
「 IFRSの設例」の中か
15.
売却目的で保有する非流動資産
ら、投資不動産の会計方針、注記に関する部分のみ
25.
子会社の取得
紹介しましたが、他にも以下の記載が興味深いの
25.a. 企業結合
で、ぜひ、英文ですが、本体にアクセスしてみてくだ
25.b. 資産の取得
さい。
74
しみず たけし
おおた ひでお
やぶたに たかし
公認会計士、日本証券アナリスト協会
検定会員、不動産証券化協会認定マス
ター PwC あらた監査法人・プライス
ウォーターハウスクーパース株式会社
パートナー 資産運用インダストリー
公認会計士、PwC あらた監査法人 第
3金融部(資産運用)パートナー 不動
産運用インダストリー全般、J リートお
よび私募不動産ファンドなどに対して、
監査およびアドバイス業務を提供。主た
公認会計士、PwC あらた監査法人 第
3金融部(資産運用)ディレクター 不
動産運用インダストリー全般、J リート
および私募不動産ファンドなどに対し
て、監査およびアドバイス業務を提供。
リーダー 不動産ファンドおよび運用会
社に対して、監査およびアドバイス業務
を提供。主たる著書として、「投資信託
の計理と決算」(中央経済社・共著)、「不
動産投信の経理と税務」(中央経済社・
共著)
「集団投資スキームの会計と税務」
、
(中央経済社・共著)等。あらた監査法
人の不動産業・IFRS チャンピオン、お
よび PwC・Global の IFRS・業種別委
員会・不動産部会の委員を務める。
る著書として、「ファンド投資のモニタ
リング手法」(中央経済社・共著)、「不
動産投資法人(J リート)設立と上場の
手引き」(不動産証券化協会・共著)、「集
団投資スキームの会計と税務」(中央経
済社・共著)、
「投資信託の計理と決算」
(中
央経済社・共著)等。不動産証券化協会
IFRS コンバージェンスグループ委員及
び日本公認会計協会 投資信託等専門部
会及び経営研究調査会、バリュエーショ
ン専門部会 専門委員。
PwC ニューヨーク事務所で 2 年間勤務、
不動産ファンド及び運用会社の米国基
準・IFRS 基準財務諸表の監査に従事。
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29