IFRS第15号–公表後の議論の動向

Law, Accounting & Tax
不動産ファンドに関する国際財務報告基準
第44回
IFRS第15号–公表後の議論の動向
清水 毅
PwC あらた有限責任監査法人
パートナー
公認会計士
(ARES マスター M0600830)
太田 英男
藪谷 峰
PwC あらた有限責任監査法人
パートナー
公認会計士
PwC あらた有限責任監査法人
ディレクター
公認会計士
に収益認識のルール
( Topic 360 – Property, Plant
1.はじめに
and Equipment )を定める一方で、IFRSでは IAS
第18号の一般的な収益認識モデルが適用されるな
本連載は、不動産ファンドに関係する国際財務報
ど、提供されるガイダンスのレベルに差異が生じてい
告基準
(
「 IFRS 」
)
の動向及び IFRSの基本的な考え
た結果、いくつかの取引において会計処理に差異が
方を解説することを目的として連載しています。
発生していました。この新しい収益認識基準が公
2014 年 5月28日、 国 際 会 計 基 準 委 員 会
(
「 IASB 」
)は、
「 顧客との契 約から生じる収 益 」
表されたことで、基準のコンバージェンスは概ね達成
されたことになります。
(
「 IFRS第15号」
)
を公表しました。また、米国財務
IFRS第15号 については、第 33回「 収 益 認 識
会計基 準審議会
(
「 FASB 」
)は 同 時 期 に、ASC
-IFRS15号『 顧客との契約から生じる収益 』が不動
Topic 606 – Revenue From Contracts with
産売却および不動産アセット・マネジメント業に対す
Customersを公表しました。これは IASBとFASB
る影響」において解説しましたが、本稿ではその後
が共同で開発した新たな収益認識の基準であり、
の議論の動向から不動産ファンドに関係する議論の
IFRSと米国基準
(
「 USGAAP 」
)において現在適用
内容について補足解説するものです。なお、文中の
されている収益の認識基準を置き換えるものです。
意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらか
現行の両基準では、収益の認識基準について、業種
じめお断りしておきます。
や取引の種別に応じて複数の基準が存在し、これ
らのどの基準を適用するかの検討から開始しなけ
ればなりませんでした。また、たとえば、不動産売
却にかかる収益認識については、USGAAPは個別
102
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
2.公表後の議論の経過
IASBは、2014 年 5月、FASBと共同で新しい収
益認識のルールを公表し、この適用を円滑に進める
て)
収益を認識する
ための方策として、FASBと合同で収益認識移行リ
第 33回「 収益認識 -IFRS15号『 顧客との契約か
ソースグループを創設しました。移行リソースグルー
ら生じる収益 』が不動産売却および不動産アセッ
プは、新たな収益基準の導入によって生じる実務上
ト・マネジメント業に対する影響」では、これらの原
の問題についてメンバーの見解を共有し、両審議会
則について詳細を解説し、不動産アセット・マネジメ
にその内容を伝えることを目的としています。移行リ
ント業に対する影響として、以下のような項目を紹介
ソースグループは 2015 年11月まで両審議会が共同
しました。
で議論を行いましたが、IASBでは概ね議論を終え
(1 )
アセット・マネジメント報酬
たものとして移行リソースグループは当面開催しな
(2 )
パフォーマンス報酬に対する考え方
いこととし、その後開催された2016 年 4月はFASB
(3 )
顧客とはだれか
が単独で議論を行いました。また、IASBは強制適
(4 )
契約と履行義務
用の時期を、FASBとの平仄をとり、当初の2017年1
(5 )
プロパティ・マネジメント報酬
月1日から開始する事業年度から、1年延期し、2018
これらの項目は、アセット・マネジメント契約にお
年1月1日から開始する事業年度とすることを決定
ける報酬の変動性や、契約に含まれる複数の履行
し、2015 年9月に公表しています。
義務に対する取扱いについて述べたものです。
両審議会は移行リソースグループの議論を踏ま
え、異例ともいえる、未だ強制適用前の基準に係る
改訂について検討を行い、IASBは、2015 年7月に、
履行義務の識別、ライセンスの取り扱い、本人代理
4.最近の議論の動向
(1 )
本人か代理人かの検討
人の検討等のガイダンスおよび設例の追加修正のた
企業が、顧客が受け取る財やサービスの対価の総
めに,公開草案「 IFRS第15号の明確化 」を公表
額を受け取るものの、当該財やサービスの提供に第
し、2016 年 4月に最終化しました。この修正は、こ
三者が関与し、受け取った対価の一部をその第三
れらの論点に対するFASBにおける修正の内容と必
者へ支払う必要がある場合、企業の収益として、受
ずしも一致していません。
け取った対価の総額を収益、第三者への支払いを費
用として総額表示するか、これらの純額として企業
3.IFRS第 15 号の概要
が稼得するマージンを純額で収益として計上する
か、その判断には困難が伴うときがあります。
IFRS第15号の原則は、企業が収益の認識を、顧
この点、IAS第18号「収益 」においても、代理の
客への財又はサービスの移転を企業が当該財又は
関係にある場合、回収した金額は、本人のために回
サービスと交換に権利を得ると見込んでいる対価を
収したもので、企業の収入ではなく、この場合には、
反映する金額で記帳しなければならないというもの
手数料の額が収益となるとしており
( IAS第18号第
です。この原則の適用と判断は以下のステップで行
8 項 )、現行の収益認識基準においても、本人か代
われます。
理人かの判断が必要とされ 、企業がその財やサー
1)
顧客との契約を識別する
ビスの提供をする本人である場合には総額、代理人
2)
契約における履行義務を識別する
である場合には純額で計上するべきこととしていま
3)
取引価格を算定する
す。
4)
取引価格を契約における履行義務に配分す
る
5)
履行義務を充足した時に
( 充足するにつれ
2015 年 5月に公表されたIFRS第15号では、本人
か代理人かの判断についてより詳細なガイダンスが
提供されています。この判断のガイダンスについて
September-October 2016
103
は、IFRS第15号の公表後、IFRS第15号の適用を
これらの判断を容易にするために、契約内容の簡素
円滑に進めるためFASBとIASBが共同で進めてい
化や統一化が進む可能性があります。
る移行リソースグループの議論の中で取り上げられ 、
現状のガイダンスに適用の困難性があるものとして、
(2 )
キャリードインタレストの取り扱い
IFRS第15号 の 修正として「 IFRS第15号 の明 確
ファンドマネージャーは、運用するファンドの規模
化 」が 2016 年 4月に最終化されています。修正され
に応じて、例えば純資産額の一定割合などをマネジ
た内容では、修正前のIFRS第15号が代理人である
メント報酬としてファンドから受け取ります。これに
ことを示唆する状況を例示していたのに対し、修正
加え、例えば、5 年や 7年の期限のある不動産やプラ
後では、本人であることを示唆する状況を例示する
イベートエクイティの私募ファンドで、ハードルレート
よう変更が加えられているほか、各状況についてよ
と呼ばれる一定の内部収益率を投資家に優先的に
。
り詳細な説明が加えられています
(図表1 )
分配し、そのハードルレートを超過した場合に、イン
不動産ファンドにおいては、保有している不動産、
センティブとしてその超過分の一定割合をファンドマ
例えば、オフィスビルなどで、電力会社や水道会社と
ネージャーが享受できるマネジメント契約を行ってい
オーナーである不動産ファンドが契約し、テナントの
ることが一般的です。これは、投資家に対して一定
使用分について、別途テナントに使用量に応じて賃
の利益をファンドマネージャーに優先して分配しつ
料と一緒に請求するという実務が行われる場合があ
つ、目標とする利益を超過する部分についてはファ
ります。この場合、テナントに請求される光熱費に
ンドマネージャーにその利益の一部を還元すること
ついて、不動産ファンドがこれらの資源を提供する
で、ファンドマネージャーにインセンティブを与える
本人であるのか、あるいは、これらの資源を電力会
仕組みです。非米国系のファンドではこのインセン
社や水道会社などの第三者が提供するための代理
ティブ報酬を現金で決済し、米国系のファンドでは
人であるのか、判断が困難になることも考えられま
ファンドマネージャーであるジェネラルパートナーの
す。
ファンド持分の増額という形式で配分し、そのため
これらの判断は、例えば、個別のテナントの専有
一般に後者はキャリードインタレストと呼ばれていま
部分に対する判断とテナントの共用部分に対する判
す。現状の新しい収益認識基準はこうした持分の
断が異なる場合もあるでしょう。また、それぞれの
増額という形式で配分されるキャリードインタレスト
不動産により、テナント、オーナー、電力会社や水道
について範囲に含むことが明確ではなく、2016 年 4
会社の契約条件は異なり、対象となる不動産に対し
月に、FASBの移行リソースグループでは、このキャ
て個別に検討が必要になると考えられます。また、
リードインタレストが新しい収益認識基準の範囲に
図表1 本人か代理人かの判断指標
項目
104
IFRS 第15 号における規定
- 企業が代理人であることを示唆する状況の例示
IFRS 第15 号の修正公開草案
- 企業が本人であることを示唆する状況の例示
(a)
他の当事者が、
契約履行の主たる責任を有している。
(b)
顧客が財を注文した前後において,出荷中にも返品時にも , 特定された財又はサービスが顧客に移転される前 、又は当該
企業が在庫リスクを有していない。
移転の後に 、企業が在庫リスクを有していない。
(c)
当該他の当事者の財またはサービスの価格の設定において 特定された財又はサービスの価格の設定において企業に裁
企業に裁量権がなく、
そのため、
企業が当該財またはサービス 量権がある。
から受け取ることのできる便益が限定されている。
(d)
企業の対価が手数料の形式によるものである。
(e)
当該他の当事者の財またはサービスと交換に顧客から受け取 (削除 )
る金額について、
企業が信用リスクに晒されていない。
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
企業が、特定された財またはサービスの履行の主たる責任を
有している。
(削除 )
含まれるべきかどうかについて、議論が行われまし
た。
(3 )
セール・アンド・リースバック取引
現行のIAS第17号「リース」では、セール・アンド
・
現行の米国基準における収益認識では、このキャ
リースバック取引に関して、リースバック取引がファ
リードインタレストの取り扱いは、収益計上にかかる
イナンス・リース取引か、オペレーティング・リース取引
不確実性がなくなった際に計上する方法と、報告日
かにより、異なる会計処理が適用されます。一方、
時点においてファンドが清算したならば支払われる
2016 年1月に公表された新リース基準
( IFRS第16
であろうファンドマネージャーのキャリードインタレス
号)
では、セール・アンド・リースバック取引の売却取
トの額を見積って計上する方法の2 種類の方法が認
引は IFRS第15号「 収益認識 」の支配の移転の考
められています。そのため、現在後者の方法により
え方に基づいて、売却の有無を判断します。IFRS
計上している会社は、キャリードインタレストは、そ
第15号の支配とは、当該資産の使用を指図し、当
の経済的実態はファンドに対する持分であること、
該資産からの残りの便益のほとんどすべてを獲得す
金融資産の定義を満たすこと、また、連結の判定に
る能力を有している状態を指します。例えば、売手
おいても変動持分として考慮されていることとの整
が買戻しオプションを有する場合は、資産の使用を
合性をとること、などから、キャリードインタレストは
指図し、便益のほとんどすべてを獲得する能力が制
収益認識のルールではなく、別のルール
( たとえば、
限されていると考えられ 、支配の移転は認められま
金融商品に適用されるルール)により会計処理され
せん。支配の移転が発生したかどうかは判断が伴
るべきものと主張しました。
いますが、以下の項目は履行義務の充足がどの時点
しかしながら、ファンドの持分の配分という形で
で起きたかを判定する指標とされており、支配の移
支払われるものであっても、決済方法により会計処
転を示唆する状況として参考になると考えられます
理に差異を設けるべきでないこと、ファンドマネジメ
。これまで、リース基準において規定され
( 図表 2 )
ントサービスに対する対価であることには変わりは
ていたセール・アンド・リースバック取引の収益認識に
ないこと、連結の判定において考慮すべき変動持分
ついて、一般原則により判断されることで、会計基
とは損失のリスクがない点で本質的に異なることを
準の全体的な体系化が図られたと言えます。
あげ、キャリードインタレストも新しい収益認識基準
売却取引として取り扱われない場合には金融取引
の範囲である点を確認し、その明確化
( Topic 606 )
として処理されますが、売却取引として取り扱われ
のために基準の変更を行うことを検討するとしまし
る場合、リースバック契約の終了時の原資産に対す
た。
る残存持分にかかる売買益のみ売買処理において
認識します。たとえば、概念的には、経済的耐用年
図表 2 支配の移転の指標
支配が移転した時点を判断する指標
(a)
企業が資産に対する支払を受ける現在の権利を有している
(b)顧客が資産に対する法的所有権を有している
(c)企業が資産の物理的占有を移転した
(d)顧客が資産の所有に伴う重大なリスクと経済価値を有している
(e)
顧客が資産を検収した
September-October 2016
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数 50 年の建物を売却して25 年のリースバックを行
た、不動産ファンドのマネージャーは運用するファン
う場合、売却に伴う売却益は半分
( 25/50)
だけ認識
ドのマネジメント報酬が収益となり、いずれの場合
し、残りの半分はリースバック取引の借手になること
も、収益の認識は他の業種に比べ相対的に複雑で
により生じる使用権資産の減額として処理すること
はなく、IFRS第15号またはASC Topic 606 の適用
とされています。
(なお、この売買益の計上に関する
上の論点は限定的であると考えられます。しかしな
制限は、FASBが公表した新リース基準ASC Topic
がら、本人か代理人かの判定を明示的に行い、代
842 – Leasesの規定には存在せず、この点について
理人として判断された場合には、収益の認識を純額
相違が生じています。
)
こうした、セール・アンド・リー
で行うことになり、収益計上額は大きく減少する可
スバック取引の会計処理は、不動産ファンドやリート
能性があります。また、不動産私募ファンドのキャ
のスポンサー企業に主に影響を与えることになるで
リードインタレストをファンドマネージャーの収益認
しょう。
識の問題とするか、ファンドマネージャーのファンド
持分とするかの議論は興味深く、今後の収益認識の
おわりに
議論によっては、キャリードインタレストの仕組み自
体が見直される可能性があります。今後も、新しい
不動産ファンドの収益は、保有する不動産の賃貸
収入と不動産の売却による収入により構成され 、ま
しみず たけし
公認会計士、日本証券アナリスト協会
検 定 会 員、 不 動 産 証 券 化 協 会 認 定 マ
ス タ ー、
PwC あ ら た 監 査 法 人 パ ー
トナー 資産運 用 イ ン ダ ス ト リ ー リ ー
ダー 不動産ファンドおよび運用会社に
対して、監査およびアドバイス業務を提
供。主たる著書として、「投資信託の計
理と決算」
(中央経済社・共著)、「不動
産投信の経理と税務」
(中央経済社・共
著)
、
「集団投資スキームの会計と税務」
(中央経済社・共著)等。PwC あらた
監査法人の不動産業・IFRS チャンピオ
ン、および PwC・Global の IFRS・業
種別委員会・不動産部会の委員を務める。
106
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
収益認識の基準の適用上の問題について引き続き
注目されます。
おおた ひでお
やぶたに たかし
公認会計士、PwC あらた監査法人 第
3金融部(資産運用)パートナー 不動
産運用インダストリー全般、J リートお
よび私募不動産ファンドなどに対して、
監査およびアドバイス業務を提供。主た
る著書として、「ファンド投資のモニタ
リング手法」(中央経済社・共著)、「不
動産投資法人(J リート)設立と上場の
手引き」(不動産証券化協会・共著)、「集
団投資スキームの会計と税務」(中央経
済社・共著)、
「投資信託の計理と決算」
(中
央経済社・共著)等。不動産証券化協会
IFRS コンバージェンスグループ委員及
び日本公認会計協会 投資信託等専門部
会及び経営研究調査会、バリュエーショ
ン専門部会 専門委員。
公認会計士、PwC あらた監査法人 第
3金融部(資産運用)ディレクター 不
動産運用インダストリー全般、J リート
および私募不動産ファンドなどに対し
て、監査およびアドバイス業務を提供。
PwC ニューヨーク事務所で 2 年間勤務、
不動産ファンド及び運用会社の米国基
準・IFRS 基準財務諸表の監査に従事。