競争優位をもたらす 組織文化を築く

成功を収めている企業には、強い組織文化が備わっている。
組織文化を積極的に築き上げ、競争優位の源泉としていくためには、
どうすればよいのだろうか。
競争優位をもたらす
組織文化を築く
www.pwc.com/jp
2 PwC
目次
はじめに:4
組織文化の変革へ向けた新たな取り組み
未来の金融機関で組織文化が果たす役割 6
組織文化はどうすれば変わるのか 10
まとめ:14
競争に勝てる組織文化は備わっているか
お問い合わせ先 15
競争優位をもたらす組織文化を築く 3
はじめに:
組織文化の変革へ向けた
新たな取り組み
競争優位をもたらす組織文化の構築について
アナリストからCEOへの第一の質問としてよく
挙がるのは、
「将来に向けて、どのような戦略を
立てていますか」という問いかけだ。しかし、よ
り優れた質問を考えるなら、
「成功を収める上で
ふさわしい組織文化が備わっていますか」と問う
べきかもしれない。
優れた組織文化が備わっていれば、顧客第一主
義の徹底から、リスクに対する信頼性の高い統制活
動の実施に至るまで、さまざまな競争優位を得るこ
とができる。イノベーションを促進するために、
また、
デジタル技術、めまぐるしく変わる顧客の期待、相
次ぐ競合の参入などにより大きな変化を遂げる金融
サービス市場で競争していく上で必要となる、変化
へ適応する自発性を促進するために、優れた組織
文化が備わっていることが特に重要である。
組織文化とは
「組織の役職員がどのように振る舞うか、ま
た、それがどのような結果につながるかを予
測する際に参考となる、組織内で共有されて
いる前提や考え方」を、ここでは組織文化と
定義する。
マネジメントの姿勢を一新しようと試み、報
酬制度の変更にも着手しているこうした企業で
は、自社がダメージの大きな過ちを犯すリスクを
負っていないかどうか、どれほどの自信を持てて
いるのだろうか。興味深いのは、金融業界におい
て、従業員の会社に対する信頼感の欠如が自社の
成長に対する阻害要因だと考えている経営者の割
合が増加しつづけていることである1。リスクカル
チャーをテーマにした、500程度の金融機関を対
象としたPwCによる調査では、実際の投資や取り
組みの程度を考慮すればA-レベルの達成度合い
が期待されるにもかかわらず、平均的な達成度合
いはC+レベルであるとの回答が経営者から寄せら
れた2。
競合他社に一歩先んじるために、組織文化をど
の程度生かせているだろうか。おそらく、組織文
化は取締役会にとって第一級の懸念事項となって
いる。しかし、こうした懸念は、競争力を念頭に
置いたものというよりは、外部からの規制圧力へ
の反応によるところが大きいと考えられる。世界
各地の規制当局は、組織の機能不全につながるよ
うな組織文化を是正するよう、金融機関に求めて
組織文化の変革を、主にコンプライアンス上の
いる。このような組織文化がもたらす最悪の帰結 要請事項として扱う取り組みは、ビジネス部門に
が、LIBORやForexの不正操作であるというように。 対して官僚的に横やりをいれる性格をもつ、失敗
しやすいものなのだろうか。こうしたアプローチ
しかしながら、役職員の態度や行動を変化させ は、金融機関の機敏さやチャレンジ精神を妨げた
るべく、強い決意に基づく取り組みに数年間を費 り、また一般的にはイノベーション、投資、成長
やしているにもかかわらず、多くの企業の取締役 を妨げたりするような、悪影響をもたらすものな
会では、なぜ自社の組織文化がほとんど変化しな のだろうか。
いのか頭を悩ませている。
1『第17回世界CEO意識調査
Fit for the future:世界的な潮流をつかむ』
(PwC, 2014)にご回答いただいた、338名の金融機関CEO
2 Cure for the common culture: How to build a healthy risk culture, PwC, 2014
4 PwC
59%
本誌のサマリー
1.組織文化は優れたパフォーマンスを後押しする
大きな変革を迎えている金融業界において、組織文化は、競争優位
や自社の差別化をもたらす重要な源泉となる。レピュテーション、イ
ノベーションおよび顧客第一主義の強化・向上は、その一例である。
われわれの分析によれば、持続可能な高い水準のパフォーマンスと、
強い組織文化との間には、戦略、ビジネスモデル、製品ラインアッ
プとの間に存在する関係よりも高い相関関係を見いだすことがで
きる。
金融機関の経営者のうち、59%が信頼感の欠如
を自社の成長に対する阻害要因だと見なしている3
他社が達成できないことを実現する
2.ビヘイビアを変革することは難しい課題である
多くの金融機関が多額の投資を行い、リスクに対する意識が高く、
倫理的な行動を促す組織文化を根付かせようとしてきた。しかし、
法令規制に対処する課題や不正行為に対する告発が、発生し続けて
いる。
以下では、組織文化に対する新たな取り組みが
必要となる理由を検討する。こうした取り組みは、
組織の戦略目標と組織文化との整合性を高めるこ
とで、組織文化がもつ力を最大限に発揮させるこ
とを狙ったものである。法令規制上の要求事項に
対応し、すでに起こってしまった事態を是正する
というだけでなく、将来へ向けた備えをすること
が最優先課題となる。
3.ビジネス部門からの協力がなければ、
組織文化の変革はありえない
また、組織文化の全てを一度に変えようとする
のではなく、特定のビヘイビアに焦点をあてるこ
とで、変革の取り組みを扱いやすいものとするた
めの方法について、併せて取り上げる。このアプ
ローチは、いわば短時間の外科手術に例えること
ができる。こうした方法は、その効果が測定可能
であるため、進捗状況を追跡し、顧客、規制当局、
その他主要なステークホルダーに説明できるよう
になる点で、重要な意味を持つ。
4.進捗状況を追跡するためのベースライン
より広範囲に及ぶ組織文化の変革には、より多
くの時間が必要となる。しかし、重要度の高いビ
ヘイビアを改善することができれば、広範な改革
に向けた取り組みを正しい方向に向かわせ、軌道
に乗せることができる。
PwCでは、本報告書に続いて、効果的なアセス
メント、測定、改善を実施する際に利用可能なツー
ルや、注目すべき分野について、その概要を記し
た実務担当者向けサマリー資料の発刊を予定して
いる。
組織文化を変革する取り組みが、コンプライアンス上の懸念のみを
背景にしたものだった場合、組織全体の協力を得ることは困難であ
る。過去の経験によれば、組織文化が変化するのは、ビジネスの目
的および従業員の価値観と合致している場合に限られる。こうした
首尾一貫性を確保することが、組織文化の変革に向けた新たな取り
組みを進める際の基礎となる。
組織文化には定まった形がないため、評価・追跡することは困難だ
と考えられることが多い。しかし、組織文化に影響を与えるきっかけ、
および組織文化から生じるビヘイビアや成果を評価することにより、
明確で定量的な評価結果を得ることが可能となる。こうした評価結
果は、従業員が自らに期待されていることを理解しているか、その期
待を日々の活動で実践しているか、期待の理解と日々の実践を促進
する報酬体系やその他の仕組みが適切かなどを判断する手がかりと
なる。ひいては、
組織文化の変化を論じる抽象論を超えて、
明確なター
ゲットを伴う改善策を策定するための基礎を得ることができる。
5.変革に向けた明確で実現可能なアジェンダ
全ての組織文化や働き方を、一夜にして変化させることは不可能で
ある。しかし、重要な意思決定やビヘイビアのあり方は比較的短時
間で変化させることができ、また、こうした取り組み自体が、より
広範な取り組みを軌道に乗せる上で役に立つものとなる。このため、
重要な意思決定が行われるポイントや、大きな影響をもたらす相互
作用(
「重要な瞬間」
)に注目することが大切である。
3『第17回世界CEO意識調査 Fit
for the future:世界的な潮流をつかむ』(PwC, 2014)にご回答
いただいた、338名の金融機関CEO
競争優位をもたらす組織文化を築く 5
未来の金融機関で
組織文化が果たす役割
金融機関のあり方や顧客の期待値が変化するにつれ、利益を上げて
成長を続ける上で、組織文化が果たす役割はますます大きくなっている。
1
6 PwC
過去3年間に、組織文化を変えようとした経験が
あるだろうか。どのような理由から、何を達成しよ
うとして、どのような成果が得られただろうか。
変化の担い手としての組織文化
事業を変革する際に、組織文化はどのような役
割を担うのだろうか。組織文化の現状や目標地点
規制当局からのプレッシャーは強まる一方であ は業種業態ごとに異なっている。例えば、保険や
るため、適切かつ持続可能なビヘイビアを根付 リテールバンキングにおいては、顧客第一主義を
かせようとしていることを、規制当局に対して示 徹底することの必要性を強く認識していると考え
すことは重要である。しかし、組織文化を変えよ られる。しかし、役職員は、顧客のニーズを理解
うとする試みが、主に法令規制を理由に行われて していなかったり、顧客のニーズを満たすよう行
いるのだと従業員が見なしているならば、こうし 動する権限を与えられていなかったりするかもし
た取り組みは表層的なものに終わってしまう。組 れない。多くの企業ではテクノロジーを活用した
織文化が、企業にとってマイナスの影響を与える アプローチを取ろうとするが、従業員は慣れ親し
課題としてのみ取り扱われる場合は、競争力と機 んだ仕事の進め方を好むことが多い。変革が進め
会の問題ではなくコンプライアンス上の問題とし ば職が失われるとの懸念がある場合、変えること
て、取締役会やビジネス部門一般ではなく内部監 の難しい習慣やルーチンを変革しようとする試み
査部門の主導のもとに、取り扱われることになる。 は、一層難しいものとなる4。
ビジネス部門の協力
ビジネス部門を巻き込んで組織文化を本質的
に変革しようとする場合、法令規制上の制裁や罰
金を回避できるというだけでなく、営業面で得ら
れる利益を明確にすることが重要となる。ある銀
行では、行政処分が下された後に組織文化のレ
ビューを実施した。その結果、応急的な改善策だ
けでなく、顧客の理解と関与を高めるきっかけが
見いだされた。ビジネス部門を含むこうした広範
な取り組みを通じて、法令規制上の要求事項を満
たし、顧客保護を拡充する上で必要なステップが
明らかになった。
PwCによる調査に寄せ
られた回答によれば、
40%の金融機関では、
自社のリスク管理部門
と事業部門との力関係
が、バランスを欠いて
いると感じている5 。
慎重さやリスク統制を
重んじる組織文化の存
投資銀行では、より協調的なアプローチと、ビ 在は、資本や流動性に
ジネスの成功についての長期的な測定方法を推進 ついてわれわれが策定
することで、
「勝つこと」の定義を変えようとして しうるどのような規制よ
いる。
りも、安全性や健全性
に対する優れた保証と
アセットマネージャーは、組織文化の変革に関 なる。
する取り組みに対して、あまりなじみがないこと
が多い。しかし、コストの透明性や比較可能なリ
ターンに対する必要性が高まっていることから、
新たなマーケットを拡大しようとする場合を中心
に、関心が高まりつつある。
ヘッジファンドや他のオルタナティブ投資の分
野においては、事業の拡大に伴ってコミュニケー
ションの密度が薄れ、規制に縛られる度合いが強
組織文化の力
まる中で、積極性が失われないようにすることが
年金ポー
組織文化は、なぜ重要なのだろうか。優れた組 重要な課題となっている。機関投資家は、
織文化は、イノベーション、顧客第一主義、リス トフォリオにオルタナティブ投資を組み込むにあ
クに対する意識の向上につながる。われわれの分 たり、システマチックな統制活動が行われている
析によれば、持続可能な高い水準のパフォーマン ことを期待している。オルタナティブ投資家が単
スと強い組織文化との間には、戦略、ビジネスモ に承認手続きの数を増やすだけでは、従業員が何
デル、製品ラインアップとの間に存在する関係よ を正しいことと考えるかという価値観を変革しな
りも高い相関関係を見いだすことができる。また、 いまま、いたずらに複雑性を増やす結果となって
あらゆる戦略上、組織上、その他の重要な変革の しまうだろう。
取り組みには、組織文化と関係のある要因が含ま
組織文化を取り巻く事情は、各地域においても
れている。
異なる。例えばオーストラリアにおいては、他の
組織文化は、法令規制への適合性のみに関連 西欧諸国で見られるような組織文化の問題は見受
するものではない。強い組織文化には、自発性を けられない。主要4行の間には大きな差異がなく、
促す力がある。役職員が期待されるとおりの振る 組織文化が重要な差別化要因であると考えられて
舞いをするという信頼感があれば、自ら意思決定 いるためである。
を行い成長のきっかけをつかむ機会を、より多く
対照的に、スペインにおいては、相互銀行との
与えることができる。また、強い組織文化は組織
の経営理念をより忠実に伝えるものであるため、 急速な合併を契機として、公共機関に見られるよ
新たに加わる社員に対して、何が求められている うな組織文化から、一般的な民間企業で期待され
る組織文化へと、従業員が適応することが求めら
のかをより明確に伝えることができる。
れている。この変化は、新たな信用調査基準や厳
格なパフォーマンス管理など、さまざまな分野に
現れている。また、組織規模が拡大し人間関係が
希薄化する中で、従業員の忠誠心や貢献度を維持
するという課題にも対処しなければならない。こ
こからは、大きな組織変革の際に組織文化が果た
す役割の大切さを見て取ることができる。
Ravi Menon,
Managing Director,
Monetary Authority
of Singapore6
リスク管理の担当者や
法務部門により実施さ
れているコンプライアン
スプログラムは、数値
達成を目指す号令を邪
魔する雑音だと理解さ
れているだろうか、それ
とも、経営陣の考え方
や価値観を反映したも
のとなっているだろうか
Governor Daniel
Tarullo,
Board Member,
Federal Reserve
4 保
険業界における組織文化とビヘイビアについては、
‘Insurance 2020: Unleashing the value from values’http://www.pwc.
com/jp/ja/assurance/research-insights-report/insurance2020-change-opportunity1201.jhtml)を参照。
(日本語訳発刊予定)
5 Cure for the common culture: How to build a healthy risk culture, PwC, 2014
6 Thomson Reuters 汎アジア規制サミット(2013年9月)での講演より
競争優位をもたらす組織文化を築く 7
日本の銀行では、東南アジアにおけるポジショ
ンを強化するため、数々の買収を行っている。こ
こでの重要な課題は、大きな企業グループに加
わることが従業員自身の将来にプラスとなること
を理解させて、現地の従業員をつなぎとめ、モチ
ベーションを向上させることにある。また、より
根本的な課題としては、経済的にも文化的にも異
なるマーケットでのニーズに対応できるよう、オ
ペレーションやガバナンスのモデルを変化させて
いくことが挙げられる。
結果を出すために
以上の事例から分かることは、組織文化を変え
るのは、一般に言われているよりもずっと困難だ
ということである。成功事例がある一方で、多く
の会社の取締役会では、高い志が、組織全体に及
ぶ実際の変化に結びつかないという悩みを抱えて
いる。
変化をもたらすことが、なぜこんなにも難しい
のだろうか。多くの金融機関では、取り組みが消
化不良を起こしているようだ。われわれの経験で
は、組織文化とビジョン・価値観・ビヘイビアを
結びつける、包括的なフレームワークを策定する
ことから取り組みを始めている例が、こうした企
業に多く見られる。しかし、取り組みが具体的で
ないことから、変化を持続させるための数多くの
施策を同時に実施せざるを得なくなり、次第に変
革へのコミットメントが薄れる結果となってしま
う。
変革するのが特に困難なのは、社内にしか目を
向けず手続きにこだわるような組織文化である。
また、金融危機の経験を経てリスクに対する意識
が高い組織文化の構築が進んできた反面、この傾
向が行き過ぎて、リスクに対する消極的な姿勢が
イノベーション、チャレンジ精神、企業の成長を
阻害している例も見られる。
しかし、こうした困難にもかかわらず、結果
を出すことは可能である。次節では、変革の取
り組みを扱いやすいものとするための方法を検
討する。
8 PwC
競争優位をもたらす組織文化を築く 9
組織文化はどうすれば変わるのか
組織文化を一夜にして変化させることは不可能である。しかし、顧客
や事業上の成果に大きな影響を及ぼす重要な意思決定やビヘイビアの
あり方は、比較的短時間で変化させることができる。
2
10 PwC
図1:測定のためのフレームワーク
1
2
フレームワーク
価値観
ビヘイビア
戦略
ミッション
インプット
行動規範
(方針、手続、統制)
3
4
5
6
ビヘイビアの試行
ビヘイビアに対する
現状理解
(定量的・定性的)
組織文化を全面的に刷新することは、難しい課
題である。場合によっては、修正したい側面とあ
わせて、本来の優れた側面までが取り除かれてし
まい、生産性が下がってしまうことも考えられる。
変革を外科手術のように捉え、組織文化全体の変
革ではなく特定のビヘイビアに焦点を当てるアプ
ローチが望ましい。
出発地点となるのは、ビジネスで何を達成した
いのかを明確にし、そのためには組織文化がどの
ように役立つかを判断することである。その上で
初めて、改善すべきビヘイビアは何か、こうした
ビヘイビアが最も大きな影響をもつ相互作用のポ
イントはどこか、およびこうしたビヘイビアが人
材の選抜、教育、目標設定、賞与の評価といった
報奨メカニズムとどのように関連しているかを識
別、診断することが可能になる。
KPIの設定
アウトプット
KPIの測定
成果の評価
(事業目標、レピュテー
ション、戦略の観点)
測定尺度には、従業員の関与度合いなどの先行
指標が含まれることがあり、こうした指標は、成
果が達成できるか、または将来のリスクが積み上
がっているかを判断する上で役に立つ。また、顧
客との関係のあり方といった定性的な指標を用い
ることで、測定の実効性を高めることができる。
アンケート調査やフォーカスグループを利用した
調査では、困難な状況や利害の衝突を伴う状況に
置かれた際に、従業員がどのように振る舞うか判
断することができる。例えば、本社では顧客を第
一に考えるよう指示しているにもかかわらず、直
属の上司は収益目標を達成するための売り上げ増
加を命じている場合があるかもしれない。
さらに、望ましいビヘイビアが十分にかつ一貫
して奨励されているか、考慮する必要がある。こ
の問いに対する答えは、上位管理者層にとって
予想外のものかもしれない。ある銀行では、中核
的な価値観が首尾一貫して組織全体に伝達され、
測定できるものは達成できる
理解されていると考えられていた。しかし、精査
こうした診断を行う基礎として、効果的な測定 の結果、組織内のビヘイビアはグループの経営陣
手段が必要となる。図1は、主な強み、改善が必 が求めている水準に達していないことが明らかと
要な分野、およびどのようなアクションが必要か なった。多くの場合、手続きが迂回されたり無視
を識別する上で、効果的な測定手段がどのように されたりしていた。そうでない場合でも、従業員
は、自身に何が期待されているか、あるいはグルー
役立つかを示している。
プの中核的な価値観をどのように日常的な意思決
組織文化それ自体を測定することは困難だが、 定に反映させればよいのか、十分に理解していな
文化に根差した態度やビヘイビアは測定すること かった。一貫性や整合性を測定するには、明確な
ができる。全てのビヘイビアを常に検証すること ガイダンスがない状況やトレードオフが必要とな
は不可能であるため、
「重要な瞬間」−ビヘイビ る状況で、従業員がどのように振る舞うかを観察
アの結果に大きな影響を及ぼす、相互作用や意思 することが有効である。
決定が生じるポイント−に着目することが重要と
なる。着眼点の例としては、商品の適切性評価や
苦情や保険金請求の処理といった分野での、顧客
への対応方法が挙げられる。また、組織内では、
何が委員会での検討事項となるか、いったん決
まった事項を覆す用意があるか、なぜ特定の従業
員が昇進するかなどが挙げられる。
競争優位をもたらす組織文化を築く 11
価値観に関する迷いへの答え
測定することの真価は、数値化された結果その
ものではなく、組織文化を論じる抽象論を超えて、
明確なターゲットを伴う改善策を策定する上で役
立つことにある。明確な評価と目標設定を通じて、
実行可能なアジェンダと、変革がパフォーマンス
の改善につながることを示すビジネスケースを得
ることができる。いったん変革が始まれば、当初
の評価結果は改善状況を測定する上でのベースラ
インとなり、取締役会、規制当局、その他のステー
クホルダーに成果を説明する際の根拠となる。
的を絞った改善措置
組織文化の診断は、
「重要な瞬間」にかかわる
ビヘイビアに焦点を当てる上で役に立つ。急激な
変革は、頻繁に行うわけにはいかない。どのよう
な変革を、なぜ、どのように進めたいのか、十分
に検討することが大切である。
いっそうの改善例としては、価格構造、報告体
制など、事業が過度に複雑化した分野を簡素化す
ることで、透明性を高め、組織と顧客のために最
適な成果を届けられるようにすることが考えられ
る。
PwCによる最近の調査
に参加した銀行のうち
75%では、従業員は非
金銭的な報酬よりも金
銭 的 な報 酬からモチ
ベーションを得ている
と回答している7。
さらに、組織文化の診断は、不当販売や制裁の
回避といった行動上のリスクに対する脆弱性を洗
い出す際にも役に立つ。行動監視システムなどの
仕組みと併せれば、逸脱行為をする恐れのある個
人やチームを特定することに活用できる。
変革の取り組みが働き方に与える影響や、単に
ルールを順守する以上のことを行えばどのような
利益が得られるか理解させるためには、コミュニ
ケーションが非常に重要である。何がよくて何が
悪いかを教えることだけがコミュニケーションな
のではない。従業員をとりまく環境、文化、事業
に関連したストーリーを語り、どのようなことが
達成可能か、また、自身に対する期待に背けばど
のような影響があるか、実感を持たせることが必
要となる。
各国のまたは事業運営上の文化的な差異に配
慮するために、ある程度の柔軟性をアプローチに
持たせることは必要だが、期待値や制裁措置は首
尾一貫したものでなければならない。また、従業
員に適切な支援を提供することも重要である。例
えば、顧客のニーズを深く理解して対応できるよ
うに、システムや研修への投資を行うことが考え
られる。
7 Cure for the common culture: How to build a healthy risk culture, PwC, 2014
12 PwC
優先順位のつけ方やバランスのとり方に
迷っている従業員を助けるためには、仮に
パフォーマンスが落ち込んだとしたら何を
するかと尋ねることが有効である。例えば、
2カ月連続で目標達成に失敗したことを、あ
と1週間で報告しなければならないという状
況を考えてみる。考えられる答えは、制裁
への恐怖心のあまり結果を隠し、なんとか
改善されるよう祈ることから、リスク回避
的で不必要なほどの大変革を行うことまで、
さまざまであろう。こうした両極端の中間
としては、短期的にできることを探し、実
際の結果と改善策を併せて報告するという、
よりバランスのとれたアプローチが考えら
れる。その上で、管理者層は何を望んでい
ると思うか問うてみるのもよい。管理者層
の考えは、必ずしも明確にはなっていない
ことがある。こうした評価方法は、事業に
取り組む態度を明らかにするだけでなく、
自身に対する期待、自身のビヘイビアの動
機(制裁への恐怖心や組織の価値観に忠実
であろうという気持ち)および従業員の考
え方がどれほど組織の期待と合致している
かについて、従業員の理解を評価する上で
も役に立つものである。
従業員は、直属の上司やCEOといったリーダー
の振る舞いを見ている。組織のリーダー層は、首
尾一貫した断固たる姿勢で、自らの言葉を行動に
よって裏付けなければならない。言行一致が大切
である。例えば、収益の落ち込みに対して株主か
ら圧力がかかっている状況でも、売上と顧客への
対応は、業績評価において同列に扱われることを
強調することが挙げられる。
信頼の再構築
事業を長期的に成長させ、優れた人材を惹きつ
けるためには、信頼が重要である。
広報活動や取締役会からのメッセージは、それ
だけでは不十分である。例えば顧客が支店を訪れ
た際に受けた接客などを通じて、顧客が自分自身
の目で確かめるまでは、信頼は得られないだろう。
われわれの経験では、組織の従業員が互いを信
頼できるようにすることが重要だと考えている。
組織内部の信頼関係がなければ、外部からの信頼
は得られない。また、どんなに優れた収益を上げ
ていても、ある個人やグループが特別の扱いを受
けることがないよう、一貫したアプローチが取ら
れていることが必要となる。
行動は言葉よりも雄弁
複雑な組織の中では、人々の行動はハイ
レベルの掛け声よりも複数のシグナルに影
響される。組織の暗黙のルールを形作り強
化していくこうしたシグナルの例として、質
問の9割は案件の収益性に関するもので、倫
理性に関する質問はたった一つしかないと
いった会議が挙げられる。ここから伝わる
のは、収益をあげることが倫理性より重要
だというメッセージである。
同様に、
あるリー
ダーが示した期待は、その後の会議で別の
従業員が見せたビヘイビアによって打ち消
されてしまうことがある。こうした状況では、
従業員は異なる判断ごとに異なるリーダー
について行くようになるかもしれない。ある
いは、
リーダー層もそうしているのだからと、
自分勝手な解釈をするようになるかもしれ
ない。
社会的意義のある活動を支援している企業は、
より企業価値が高く応援すべき会社だと見なされ
る可能性が高い。日本の保険会社が東日本大震災
の際に見せた、保険金の請求者を積極的に捜し出
してその生活再建を助けようとした姿勢は、よい
例である。この結果、保険業界に対する認知度が
向上している。
どれくらいの時間がかかるのか
ビヘイビアは、ITシステムを入れ替えるよりも
短期間で変えることができる。しかし、目的、方
向性、スケジュールは、明確に描いておかなけれ
ばならない。経験に照らすと、目指している改善
措置に着手するまで1年以上かかるようであれば、
勢いが失われてしまう恐れがある。
ビヘイビアの変化は比較的短期に軌道に乗せる
ことができるが、成果が実現し測定可能となるま
でには、ビジネスの実行、評価、改善のサイクル
を2回以上まわすことが必要となるだろう。組織
内の異なる部門ごとに、別々のアプローチが必要
となる。例えば、リテールバンキング部門は指揮
命令系統が明確で変化が比較的容易である。一方
で、投資銀行部門は自律性が高く、変化に時間が
かかると考えられる。
対照的に、より根本的な組織文化の変革には、
数年を要することがある。会社の文化には多くの
前提条件があり、そうした条件はゆっくりとしか
変化しない。本質的な変革は漸進的なものである。
しかし、このような焦点を絞った改善措置は、正
しい方向に進むよう人々を促し、長い取り組みを
軌道に乗せるための有効な手段である。
競争優位をもたらす組織文化を築く 13
まとめ:
競争に勝てる組織文化は備わっているか
組織文化およびこれを支えるビヘイビアの変革は、あまりに大きな
課題であるように見えることから、他の喫緊の課題が片付くまでは後
回しにしておこうという気持ちになってしまいがちである。しかし、焦
点を絞ったビヘイビアの変革は、市場での認知度向上や顧客の理解
度向上に取り組む際の触媒として機能し、また、めまぐるしく変わる
市場環境へ適用する機敏さの源にもなる。
組織文化がもつ力を最大限に発揮させようと
する場合、以下の六つの質問を考えてみるべき
である:
1. 明確かつ説得力のあるビジョンや価値観が存
在し、何が期待されているかが組織内で理解
されているか。
2. 組織文化のどの部分を伸ばし、どの部分を変
えるべきか。
強い組織文化を構築することが、レピュテー
ションの向上、信頼の醸成、持続可能な長期的成
長につながる。こうした課題に取り組まなければ、
成長の鈍化や信用の失墜といったリスクにさらさ
れることになる。
変化が激しい時代には、組織文化は、最良の援
軍にも最大の敵にもなりえる。貴社では、組織文
化を味方に付けられているだろうか。
3. 組織のリーダー層は、組織の価値観にどこまで
忠実か。それをどの様に行動で示しているか。
4. 従業員のビヘイビアは、組織のビジョンとどの
程度整合しているか。ビヘイビアはどのように
モニタリングされ、違反した場合はどのように
取り扱われているか。
5. 組織文化に影響を及ぼす、説明責任の構造や
報告体制は、どの程度明確で、実際に順守さ
れているか。
6. 報酬、パフォーマンス管理、その他の報奨の
仕組みが、望ましい組織文化やビヘイビアを
支えるものとなっているか。
14 PwC
組織文化とビヘイビアを変革させる
ことは困難な課題です。焦点を絞り、
取り組みやすく測定可能な変革を進め
るために、PwCでは、金融機関に対
する多数の支 援実績をもとに、利用
可能なツールや注目すべき分野に関す
る、実務担当者向けサマリー資料の
発刊を予定しています。
お問い合わせ先
あらた監査法人
リスク・アシュアランス システム・プロセス・アシュアランス
宮村 和谷
パートナー
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辻 信行
シニアマネージャー
080-3445-2034
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田中 大介
マネージャー
080-4122- 9281
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江原 悠介
シニアアソシエイト
080-3270-9027
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関 達也
シニアアソシエイト
080-3246-4627
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遠藤 健史
アソシエイト
080-4757-0069
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競争優位をもたらす組織文化を築く 15
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PwC Japanは、
日本におけるPwCグローバルネットワークのメンバーファームおよびそれらの関連会社(あらた監査法人、
京都監査法人、
プライスウォーターハウスクーパース株式会社、
税理士法人プライスウォーターハウスクーパース、PwC弁護士法人を含む)の総称です。各法人は独立して事業を行い、相互に連携をとりながら、監査およびアシュアランス、アドバイ
ザリー、税務、法務のサービスをクライアントに提供しています。
PwCは、世界157カ国に及ぶグローバルネットワークに195,000人以上のスタッフを有し、高品質な監査、税務、アドバイザリーサービスの提供を通じて、企業・団体や個人の価値
創造を支援しています。詳細は www.pwc.com/jp をご覧ください。
本報告書は、PwC メンバーファームが2015年1月に発行した『Forging a winning culture』を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある
場合は、英語版に依拠してください。
電子版はこちらからダウンロードできます。
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オリジナル(英語版)はこちらからダウンロードできます。www.pwc.com/gx/en/financial-services/publications/forging-a-winning-culture.jhtml
日本語版発刊月:2015年4月 管理番号:I201502-7
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