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粗筋:中井「なぁ、上水。今の SAGE には魅力が無いと思わないか?」と、漏らした
のはゲーム会社『SAGE』に勤める中井。彼は今のゲーム業界に活気が無いことに憂い、
ゲームに飽いた大人達に楽しんでもらえるような新しいメガヒットタイトルを手掛けよう
と思っているのであった。
其の一
中井さん、日本のゲーム業界の未来を考えるの巻
中井「なぁ、上水。今の SAGE には魅力が無いと思わないか?」
上水「何ッスか中井さん。我が社にはソックス先輩がいるじゃないッスか」
中井「だが、ソックスは日本よりも海外で成功したタイトルだ」
上水「まぁ、日本と海外じゃ評価に温度差があり過ぎますよね」
中井「SAGE は日本の会社だ。だったら SAGE は日本で大ヒットするような作品を手掛け
るべきだと思わないか?
無論、日本で大ヒットしたものが世界でも、通用するとい
うのが、一番の理想ではあるが……」
上水「日本でメガヒットかぁ~、それを考えたらウメゾノ大戦は凄かったッスねぇ~」
中井「最高売上数五十万。それでいて未だ根強いファンもいるからな」
上水「でも、我が社の専用ハード〝 夢、叶えし物〟が無くなっちゃいましたよね。あれ
でウメゾノ大戦シリーズも終わったのは悲しかったッス……」
中井「我が社にとって〝夢、叶えし物〟の損失は大きかったな……」
上水「やっぱり中井さんの言う通り、今の SAGE には魅力が無いんっスかねぇ~」
中井「そもそも、今の日本のゲームそのものに、魅力が無いのではと俺は思う」
上水「いやいや、ちゃんとヒットしているゲームもあるじゃないッスか。『アレクレクエ
スト』とか『エフエフ』とか『ダイゴの伝説』とか」
中井「しかし、それはソックスと同様、古くから存在する定番ゲームだ。俺としては定番
ゲームは、トラえもんの映画のようなものだと思ってる。毎回、凄いことは、凄いん
だが、だが、トラえもんはトラえもんだろうって感じだ」
上水「あまり大きな声じゃ言えないッスけど……定番ゲームって、新しいことをやったそ
の特許で未だ続いてるって感じッスからね」
中井「無論、何だかんだでアレクエは良い。あの御伽噺みたいな世界観は他のゲームでは
決して味わえない。そのまま平常運転してくれるのも良い。だが、今年発売されるア
レクエの新作のように、革新的なことをしてくれるのも大歓迎だ。しかし、最近のゲ
ーム業界にはアレクエに匹敵する魅力があって、それでいてアレクエじゃない全く新
しいゲームが産み出されてないように思えるんだ」
上水「そりゃ日本のゲームのアイデアは数年前からもう出し尽くされた感じですもん。そ
れにアイデアはあっても、会社が許可してくれませんし」
中井「不況だからな。会社としても、全く新しいことに挑戦するぐらいならヒット作の続
編か、外伝を出した方が手堅い。あとは精々『グランドレーシング』や『カンタム』
のようなマニア向けの物を作る位だろう」
上水「マニア向けッスか~。『グランドレーシング』も『カンタム』もヒットはしてます
けど、その筋のオタク向けってイメージがありますよね」
中井「無論、普通のファンの方もいるにはいるんだろう。だが、そう言うイメージが定着
してしまってる以上、新規層は寄り付き辛いだろうな」
上水「そりゃ『カンタム』と言えばオタクの代名詞みたいなものッスからねぇ~。『グラ
ンドレーシング』も車オタク向けと言えますし。だって車に興味が無いユーザーから
したら、他のレーシングゲームとの違いなんてわかってくれないでしょうし」
中井「元々ゲーム業界は何でもありだった。面白い物だろうが、面白くない物だろうが、
全てをひっくりめて〝ゲーム〟であると世間に認知されていた。だが、今では〝ゲー
ム〟という言葉には二つの定義付けが出来たように、俺は感じる」
上水「何っスか?」
中井「一つは『アレクエクエスト』や『ダイゴの伝説』のような大ヒット作。もう一つは
マニア向けのゲームということだ。それ以外のゲームは流行の二番煎じに甘えてるよ
うな作品しかない」
上水「今の日本のゲーム業界は新しい物を作るよりも、会社が潰れないことの方に傾倒し
てますからね」
中井「その分、最近では、海外ゲームに流れている日本のユーザーも多い」
上水「あ~、洋ゲーッスか。そう言えば、ちょっと前までは、ゲームと言えば日本のこと
だったのに、今じゃ海外での日本のゲームの売上は上位二十位以内にちらほらとしか
入ってませんッスね」
中井「洋ゲーの台頭は、日本のゲーム業界にとって正に黒船の来航とも言えるだろうな。
火縄銃を発展させた日本人が、鎖国によって数百年後、黒船には為す術も無かったこ
とに似ている。そのことからしてこの国は江戸時代から何も変わってない」
上水「でも、日本は昔から海外の文化を積極的に受け入れて進歩してきたんッスから、こ
れからは洋ゲーの良い所を受け入れていけばいいんじゃないんッスかね?」
中井「無論、洋ゲーからは学ばなければならないことはいっぱいある。だが、今の日本の
ゲーム業界の体質だと、洋ゲーの〝 表面的〟な良い所だけを猿真似しそうなんだ。
それじゃ駄目なんだ。日本のゲーム業界は、洋ゲーの良い所だけじゃなく、悪い所も
よく吟味した上で、和の流儀を貫かなければならないんだ。特に GTO のようなゲー
ムからは学ばなければならないところが多い」
上水「GTO は今、社会問題になってまッスからね……」
中井「GTO は凄いゲームではあるし、GTO の存在や、GTO の支えてるファンを否定しよ
うというわけではないが、日本で GTO のようなゲームがもっと一般的になったら小
学生が、学校で『昨日、ゲームで人を殺した』という会話が日常的に行われるように
なるかもしれないんだ」
上水「それはちょっと……アレっすね」
中井「これからネットの発展に比例してゲームはもっと重たいメディアになっていくだろ
う。それに比例して、規制を訴え掛ける声は強くなってるが、メディアには自由が必
要だ。だが、無法であってはいけない。だからこそクリエイターには超えてはならな
い一線を踏み止まる道徳性というか、例えその一線を踏み越えたとしても、そこにク
リエイターとしての〝流儀〟が必要だと俺は思うんだ。まぁ、これについては俺も明
確な答えをまだ持ててないが……」
上水「じゃあ、中井さんは GTO には、その〝流儀〟が無いって言うんッスか?」
中井「以前、GTO の制作チームと会ったことがあるんだ。その時、俺は『GTO に置ける
暴力の扱いとは?』と問うたんだ。だが、彼等は何も答えてはくれなかった。虚しか
ったよ。俺は、俺個人としては、正直、GTO のことが嫌いだが、GTO はある意味、
ゲームが行き着いた答えの一つだと思っていたからな」
上水「まぁ、米国と、日本じゃ、暴力と SEX への価値観が大分違いますからね」
中井「確かに、単に国柄が違うだけで、GTO にも GTO なりの〝流儀〟があるんだろう。
そうじゃないと世界的に大ヒットするわけがない。だが、俺は日本のゲームクリエイ
ターとして、GTO のようにゲームにあれこれと色々な要素を積み込むことに関して
は、躊躇しなければならないと思うし、俺としてももっと、躊躇した上で前へと進み
たいんだ」
上水「でも、そんな神経衰弱で、ポーカーやってる海外と同じ土俵には立てませんよ」
たかしましゆうはん
中井「だったら、俺は高 島 秋 帆になりたい」
上水「誰ッスか、高島秋帆って?」
中井「幕末の人物だ。清国がアヘン戦争で敗れたことで、幕府に砲術の近代化を訴えた人
物だ」
上水「幕府側の人間なのに、随分先見性がある人ッスね」
中井「MGO のように海外に立ち向かうゲームがあるなら、俺は心底から応援する。しか
し、俺は日本がガラパゴス化しているというならば、ガラパゴス化上等。退かず、媚
びず、省みず、流されず、日本海の波打ち際で欧米諸国の高波に立ち向かえるような
ゲームを作りたい。出来ればそのゲームで、今の日本のゲーム業界を活気付けたい。
ゲームに飽いた大人達が楽しんでくれるような強いゲームを作りい。俺の持つ哲学の
全てを込めた、これまでにないような、全く新しいゲームを作りたい」
上水「つまり、中井さんは海外は視野に入れず、今の日本で新しいメガヒットタイトルを
作りたいって言ってるんッスか?」
中井「そうだ」
上水「それは無理ですって……。メガヒットタイトルは本当の意味で〝これまでに無かっ
たもの〟を作るという意味なんッスよ。中井さんにそんな超斬新なアイデアがあるん
ッスか?」
中井「いや……だが、少し頭を捻れば良い案が生まれると思うんだ。多くのメガヒット作
が新しいことをやった。だが、その新しいことが世に定着するのが早過ぎると思わな
いか?
考えてもみろ。数十年前まで影も形も無かったトラえもんが、今では子供の
落書きでも産み出すことができるんだ。それにトラえもんは面白いが、今更トラえも
んを〝凄い〟と思う人間はいるか?
作品をメガヒットに導くアイデアは俺達のすぐ
身近に転がってると思うんだ」
上水「それは否定しませんけど、殆どのクリエイターがそのアイデアを見出すことができ
ず挫折したり、身の丈を弁え、営業が喜んで、ユーザーもそこそこ楽しんでくれたり
するような手堅い物を作るようになってるんッス」
中井「お前は、俺がそこそこのゲームしか作れないような男だというのか?」
上水「中井さんは凄い人です。でも、アレクエの堀井亮二にはなれません」
中井「上水……確かに俺は全然凄くない男だ。だらしないし、短気だし、すぐムキにもな
る。根は酒好きの普通のオヤジだ。単純なバカっタレでしかない(※名越さんがブロ
グでご自身のことをそう謙遜されていました)。それに猫好きだ。自分の猫にはステ
ィーブ・カレルって名付けている。因みに雄で、人間ならもう四十歳だ」
上水「猫のことはどうでいいです!」
中井「そうか?
まぁ、つまり一皮捲れば、俺はかなりのワガママだということだ。しか
し、こんな俺にも付いてきてくれる仲間いる。俺のチームの連中は、皆、優秀な奴等
ばかりだ。今はまだ大きな活躍の〝場〟を与えられてないだけで、本当はもっと大き
な仕事をできる奴等だ。そんな皆に営業にも、客にも媚びたようなそこそこのゲーム
を作らせていいのか?
逆に営業や客が黙ってついてくるような〝背中を見せる〟ゲ
ームを作らせてやるべきじゃないのか?」
上水「気持ちはわかりまッスけど、中井さん……。でも、ゲームを作るということには内
容以外のことも関わってきます。それはご存知ッスよね?」
中井「ああ……会社の方針や資金的なこととかな」
上水「それに、人間関係もッス。最近では、俺等のチームには〝派閥〟のようなものがで
きつつあります」
中井「何だと?」
上水「亜門君から聞きましたよ。尾田と斉藤のグループが二つ分かれて、いがみ合ってい
るようッス」
中井「まさか、そんな……」
上水「中井さん。これが現実ッス。俺達はこう言う程度の低い次元で、頭を悩ませなけれ
ばならないんッス。仲間達と一丸になって、一年以内に新作を出そうとしたり、大御
所の俳優をキャスティングしようとしたり、大企業のタイアップを取ろうとしたり、
主人公を増やすか、タイトルに副題を付けるか、パッケージをカラーにするかって議
論して、それで数十万以上必ず売れるゲームを作るなんて、夢のまた夢ッスよ」
中井「……」
中井(まさか、俺のチームに派閥ができていたとは……ショックだ。しかし、よく思えば
俺のチームは統廃合によって生まれた。これまでアーケードゲームを作ってきたスタ
ッフと、コシューマー向けの開発を行ってきたスタッフが集まったのだ。全く違った
世界で生きていたメンバーが会社の勝手な都合で突然一つとなったのだから、直ぐに
馴染むわけではないだろう)
中井(上水の言うことは全て正しい。だが、それでも俺は新たなメガヒットタイトルを作
りたいという〝夢〟は捨て切れない。しかし、今はチームのメンバー同士の理解を深
めさせることが、先決だ。それにはどうしらいいものか……)
中井(そうだ、明日、仕事が終わったら、飲みにも連れてってみるか)