「貯蓄から投資へ」の時代の中で プライベートバンカーが果たすべき役割

「貯蓄から投資へ」の時代の中で
プライベートバンカーが果たすべき役割とは
花岡幸子氏
公益社団法人
日本証券アナリスト協会
PB 教 育 委 員 会 委 員
大和証券株式会社
CMA
投資戦略部長
私は大和証券投資戦略部というリサーチ部門におります。投資戦略部では投
資のお役に立てていただくために、内外の経済動向や株式市場、為替の見通し
など多種多様なジャンルの資料や情報を発信しています。サービスをさせてい
ただく対象は個人の投資家から運用を専門に行なう機関投資家まで大変幅広く、
その中にプライベートバンカーの方々がお客様としている富裕層も含まれてい
ます。
富裕層の方々が貯蓄をどのように運用するかは日本経済全体に大きな影響を
与えるという意味で注目されています。富裕層の定義はいろいろあるかと思い
ま す が 、 総 務 省 「 家 計 調 査 報 告 ( 貯 蓄 ・ 負 債 編 )」 に よ る と 、 4 , 0 0 0 万 円 以 上 の
貯蓄を保有する世帯は全体の約 1 割にすぎませんが、総貯蓄額に占める割合は
4 割 と い う 結 果 に な っ て い ま す (図 1 )。 ま た 貯 蓄 額 が 増 え る に 伴 い 、 貯 蓄 に 占
め る 有 価 証 券 の 比 率 が 高 く な っ て い ま す (図 2 )。 つ ま り 、 富 裕 層 ほ ど 有 価 証 券
を保有しており、株式市場をはじめとする各マーケットがどのように動くのか
に大変関心をもっていることがわかります。
図1
貯蓄高別分布状況(2人以上の世帯) %
~総貯蓄額に占める割合(2013年)~ 20
500~
1,000万円
7.7%
(18.8%)
500万円
未満
3.7%
(31.9%)
3 , 0 0 0万 円 以 上
2 , 0 0 0~
3 , 0 0 0万 円
1 , 6 0 0~
2 , 0 0 0万 円
1 , 2 0 0~
1 , 6 0 0万 円
1 , 0 0 0~
1 , 2 0 0万 円
8 0 0~ 1 , 0 0 0
万円
出所:総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)」
6 0 0~ 8 0 0万 円
4 0 0~ 6 0 0万 円
2 0 0~ 4 0 0万 円
2,000~
4,000万円
27.1%
(16.9%)
注:()内は世帯数全体
に占める割合
4,000万円
以上
44.0%
(11.1%)
貯蓄高別世帯(2人以上の世帯)
図 2
~貯蓄額に占める有価証券の保有割合~
2 0 0万 円 未 満 の
世帯
1,000~
2,000万円
17.5%
(21.3%)
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
実際、株価上昇による資産効果は富裕層の購買行動に出やすく、全体に大き
な影響を与えています。ここもとの富裕層の資産効果と見られる動きは、美術
品や宝飾品、高額マンション、高額パック旅行などの売れ行きの好調さに現れ
ています。
こうした富裕層向けに有用な情報を提供することが、プライベートバンカー
の重要な役割の1つでしょう。では有用な情報とは何でしょうか。
お客様が資産の運用、保全などを考える際、いったい何から情報をとり、ど
のように判断したらいいのかと悩んでいらっしゃる方が多いようです。金融商
品の情報や専門家の意見などはインターネットや各メディアなどから簡単に入
手できます。事実、大和証券のホームページでは、多種多様な金融商品の情報
をはじめ、日本のみならず世界の経済、産業、企業の見通しや株式市場、為替
市 場 の 動 向 と い っ た 調 査 レ ポ ー ト 、動 画 に よ る 解 説 な ど を 見 る こ と が で き ま す 。
昔と違って、あふれている情報をどう取捨選択するのか、専門家の意見をどの
よ う に 取 り 入 れ た ら い い の か 、と い っ た ア ド バ イ ス が 必 要 と さ れ て い る の で す 。
2012 年 12 月 の 安 倍 政 権 の 誕 生 か ら 、 日 本 経 済 は 活 気 を 取 り 戻 し つ つ あ り ま
す 。 2015 年 度 の 企 業 業 績 は 2 ケ タ 増 益 を 達 成 し 、 過 去 最 高 と な っ た 2007 年 度
を 上 回 る 高 い 利 益 水 準 が 見 込 ま れ て い ま す 。こ う し た 好 調 な 企 業 業 績 を 受 け て 、
幅 広 い 業 種 で 人 材 の 奪 い 合 い と な っ て い る ほ か 、政 府 の 後 押 し も あ り 、
「賃上げ」
の動きが活発化するなどの明るさも見えてきました。日本経済において、個人
消費に火がつき、内需主導の自律回復に向かう土壌が着々と整ってきたといえ
るでしょう。ただ、目を凝らすと決していい話ばかりではありません。国内で
は「少子高齢化」がいよいよ現実の問題として立ちはだかっていますし、海外
では「イスラム国」の台頭や相次ぐテロなど不安定要素も増しています。
プ ラ ス 面 、マ イ ナ ス 面 を 内 包 す る 数 多 く の 事 象 を 、ど の よ う に 評 価 す る の か 。
これをマーケットに関心のある富裕層にお伝えするのもプライベートバンカー
の大切な役割でしょう。少子高齢化は人口減少による国力衰退をもたらすと考
えられていますが、果たしてそれだけでしょうか。この課題を乗り越えるため
に「介護ロボット」などロボット技術の開発が進んでいるほか、シニア向けの
バリアフリー住宅やスポーツクラブといった商品やサービスの進化などの動き
が出ています。日本は世界の中でもいち早く少子高齢化を経験している「課題
先進国」です。そのノウハウは今後、高齢化が進むと見られる中国をはじめと
した新興国で活用することになるでしょう。
また人口減による内需の縮小に備えるべく、アベノミクスの成長戦略の中で
は「 観 光 立 国 」を 掲 げ て い ま す 。ビ ザ の 緩 和 な ど で 訪 日 外 国 人 旅 行 者 を 増 や し 、
「インバウンド消費」を拡大することが狙いです。実際、外国人観光客の購買
意欲は旺盛で、滞在期間中の消費金額も大きく、効果は目に見えて出てきてい
ます。
もともと日本は資源が少ないというマイナス面を補うために、工業化を推し
進め、省エネルギー技術などを磨いてきました。地震などの自然災害が多いと
いうマイナス面も防災技術の進化として結実しています。
「塞翁が馬」のことわざではないですが、何が幸いし、何が不幸の原因なの
か分からないものです。意外と悪い話の中にビジネスチャンスが埋まっている
か も し れ ま せ ん 。バ ブ ル 崩 壊 後 の 日 本 は い い と こ ろ な し の よ う に 見 え ま し た が 、
水面下では変革が進んでいたのです。第2次安倍政権発足後の為替の円安転換
や 、2 0 2 0 年 東 京 五 輪 開 催 の 決 定 な ど を 契 機 に 様 々 な チ ャ ン ス を つ か め る 環 境 に
なってきたのではないでしょうか。
マーケットについて情報を提供する際には、現在、起こっている事象をどう
と ら え 、将 来 を ど う「 読 む 」か が 重 要 な ポ イ ン ト に な り ま す 。
「悪いようにみえ
る け れ ど 実 は ・・・ 」
「 マ ー ケ ッ ト は い い け れ ど 、こ う い う 点 に は 注 意 し た ほ う
がいい」といったアドバイスこそお客様が求めているサービスの1つではない
でしょうか。
このようにプライベートバンカーはあふれる情報の中で、先行きをしっかり
見定め、的確な情報をお伝えする重要な役割を担っています。また「貯蓄から
投資へ」という流れを加速し、今後の証券市場の活性化のカギを握っていると
もいえます。
皆様のご活躍を切にお祈り申しあげます。