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●小論文ブックポート 103
〈連載〉小論文ブックポート
● 朝井リョウ・著
『 何 者 』 と、よっぽどその人のことを表
ンジと重ねあわせ批判する。
上の階の同居人も、演劇仲
し て い る 」「 ほ ん の 少 し の 言 葉
間だったあいつも、誰にも伝え
の向こうにいる人間そのものを、
なくていい段階のことを、この
想像してあげろよ、もっと」と。
世で一番熱い言葉をかき集めて、
揺れ動く「俺」の傍らで、ま
世 界 中 に 伝 え よ う と し て い る。 ず 瑞 月 が 大 手 損 保 の 一 般 職 に、
想像力が足りない人ほど、他人
続いて光太郎が商社と中堅出版
に想像力を求める。他の人間と
社に内定する。だが「俺」はG
は違う自分を、誰かに想像して
W前なのに一つも内定が出てい
。
ほしくてたまらないのだ
ない。焦る「俺」に、「大どんで
ん返しの結末」が待ちかまえる。
企業に入れば「また違った形
の「何者か」になれるのかもし
本書には人生に向き合う若者
れない。「そんな小さな希望をも
ならではの、珠玉の言葉も散り
とに大きな決断を下したひとり
ばめられている。例えば瑞月の
ひとりが同じスーツで面接に臨 「生きていくことって、きっと、
ん で い る だ け 」。 そ れ が な ぜ 想
自分の線路を一緒に見てくれる
像できないのか。「俺」の心の叫
人数が変わっていくこと」「たっ
びは、切実で怒りに満ちている。 たひとり、自分だけで、自分の
だが数か月後、実は隆良も広
人 生 を 見 つ め な き ゃ い け な い。
告代理店で就活していることを
一緒に線路の先を見てくれる人
知 り、「 俺 」 は「 か ら だ の 中 の
はもう、いなくなった」との一
空洞部分を満たしていた苦々し
言には、一抹の寂しさとともに、
い感覚が、少しずつ、外へ外へ
強い覚悟も感じさせられる。
と発散されていく」のを感じる。 「何者か」になることは、「大
人になる」こと。今は親や先生
「 俺 」 を 劇 団 プ ラ ネ ッ ト に 誘
い、今でも兄貴分として慕って
など伴走者がいる高校生も、実
いる大学院生・サワ先輩は、そ
は「何者か」に向けて旅に出つ
ん な「 俺 」 を た し な め る。「 選
つ あ る こ と を、 本 書 か ら 感 じ
ばれなかった言葉のほうがきっ
取ってほしい。(評
=福永文子)
アメリカ留学中に海外インター
ンシップをしたり、国際教育ボ
ランティアを行うなど、行動派
だ。 就 活 対 策 も 抜 か り が な い。
)
新潮社(定価 本体1620円〈税込〉
部 屋 の テ ー ブ ル に は、 大 学 の
キャリアセンターでもらってき
た、「 内 定 直 結! 最 強 E S へ
の道」と書かれた練習用のエン
トリーシート(ES)が置かれ
ている。理香は、どこでも聞か
中の学生たちの思いや、友人同 「 俺 」 が 密 か に 好 意 を 寄 せ て い
れそうなことへの回答をひたす
世の中の出来事の本質や、人
の心の奥底を掘り下げて捉える
士での「微妙さ」を、リアルに
た人。「俺」は瑞月の雰囲気が大
ら 練 っ て お け ば、「 コ ピ ペ( コ
の が、
「 文 学 」 で あ る。 小 説 な
緻密に描いた作品である。
人っぽいことに驚く。彼女はリ
ピーアンドペースト)で使いま
らば登場人物の眼を通し、私た
「俺」(二宮拓人)は、御山大
ク
ル
ー
ト
ス
ー
ツ
を
着
て
い
た
の
だ
。
わ
せる」と自信ありげに、語る。
ちは幾つもの人格や様々な世界
の4年生。同級生の烏丸ギンジ
強いカードもなく、勉強も真
引退ライブ打ち上げで朝まで
を生きていける。それは楽しく
と「劇団プラネット」を主宰し、 飲んだ後、光太郎もまた、金に
面目にしなかった光太郎は「ぬ
刺激的な瞬間であり、物事へと
脚本も書いていたが、路線の違
近い癖っ毛をバッサリ短く切り、 るぬる文系の俺は面接で話すこ
目を見開くきっかけにもなる。
いから袂を分かつ。大学を中退
黒髪に染めた。「この学祭終わっ
となんて何もねえ!」とたじろ
して新たな演劇集団を立ち上げ
たら、就活始めるって決めてた
ぐ。一方、「俺」は、「面接って、
そこで今号は朝井リョウ著
『何者』
(新潮社)を読む。本書
た ギ ン ジ に 対 し、「 俺 」 は 芝 居
か ら さ、 断 髪 式 は 結 構 い い ス
確かに自分が持っているカード
が書かれた時、著者は若干 歳。 を諦め就活する。だが内定は0。 イッチになったかも」と光太郎。 を出していく作業みたいなもん
直木賞受賞最年少記録ともなっ
就職浪人を決めていた。
だろうけど、どうせどんなカー
瑞 月 は、 拓 人 た ち と 同 じ ア
た、ベストセラーである。
パートの一つ上の階に住む、理
ドでも裏返しで差し出すんだよ。
そんな「俺」は、学園祭の最
終日、ルームシェアする同級生・ 香と友人同士だった。瑞月が理
いくらでも嘘はつけるわけだか
大学生にと っ て の 就 活
光太郎がボーカルを務めるバン
香の部屋で一緒に就活の対策を
ら……」と言い放つ。
ドの引退ライブに来ていた。会
練っていたところに、偶然「俺」
このように、本書の登場人物
場には1年間のアメリカ留学か
が電話をかけ、光太郎も含めて
は個々の事情は違うものの、皆
ら 帰 国 し た、 瑞 月 も 来 て い た。 4人で軽く宴会することになる。 「 5 年 生 」 が 決 定 し て い る と い
瑞月は光太郎の元カノジョだが、
外国語学部に所属する理香は、 う設定だ。その中で就活を経験
多くの大学生にとって、就活
(就職活動)は人生の大きな分
岐点である。本書は著者自身の
就活をも下敷きにしながら、渦
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した「俺」だからこそ言えるの
登場人物たちは常に携帯電話
が、
「就活のつらさ」
。 一 つ は、 を持ち歩き、事あるごとに就活
もちろん「試験に落ち続けるこ
の進み具合や、自らの思いを「つ
と」
。単純に誰かから拒絶され
ぶ や く 」。 そ し て「 俺 」 は つ ぶ
る体験を繰り返すのは、つらい。 やきに対して過剰と思えるほど
もう一つは「そんなにたいした
の、 反 応 を 示 す。「 俺 た ち は 短
ものではない自分を、たいした
い言葉で自分を表現しなければ
もののように話し続けなくては
な ら な く な っ た 」「 ほ ん の 少 し
ならないこと」
。 就 活 は「 ト ラ
の言葉と小さな小さな写真のみ
ンプのダウトみたいなもの」だ。 で自分が何者であるかを語ると
き、どの言葉を取捨選択すべき
語られなか っ た 、 言 葉
なのだろうか」と戸惑う。
タイトルにもあるように、本
時には友人たちの話を値踏み
書は就活を通して否が応でもぶ
し て み る。「 俺 」 は 実 名 で の ア
ちあたる、自分とは「何者なの
カウントとは別のアカウントで、
か」
「 何 者 に な り た い の か 」 を 「 本 音 」 を こ っ そ り と「 麻 薬 の
問うことが、中心的なテーマに
ように」打ち込んでいたのだ。
なっている。その思いを発露す
例えば、理香の同棲相手の隆
る場として重要なのが、「ツイッ
良。大学を1年間休学した隆良
タ ー」
「フェイスブック」など
は「会社に入らなくても生きて
のSNS(ソーシャル・ネット
いけるようになるため」、コラム
ワーキング・サービス)だ。
を 書 い た り、人 脈 を 築 い た り し
て い る。「 就 活 就 活 っ て い う 人
を見てると、なんか、想像力が
ないんじゃないのかなって思う。
それ以外にも生きていく道は
いっぱいあるのにそれを想像す
ることを放棄してるのかな、っ
て 」 と 語 る 隆 良 を、「 俺 」 は ギ
2015 / 3 学研・進学情報 -20-
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