人にやさしい自然の中で;pdf

日課である午後の散歩のとき、いつも通るコースに、大きなヒカゲヘゴの群落がいくつもあ
る。オオタニワタリやソテツなども自生している山裾の道で、森林浴には最高の場所だ。アカヒ
ゲの透き通った声も聞こえる。
もうだいぶ前のことであるが、娘の嫁いだ奄美大島へ母が初めてやってきたとき、一番驚いた
のは、島の植物がどれも皆、とてつもなく大きいということだった。
友人への土産話にも「奄美にはお化けのように大きいワラビがいっぱいあった」と言ったそうで
ある。ヒカゲヘゴの大きな芽を見てワラビだと思ったらしい。実家では小さな花を咲かせるベゴ
ニアが、奄美では屋根まで届くほどの高さだったことも感激して話したという。
後日、電話でその話しを聞いたときは、可笑しくてみんなで笑い転げたが、若い頃いろいろ心
配をかけた母が、自然豊かな亜熱帯の島に感動し、奄美に縁ができたことを喜んでくれたのが嬉
しかった。
家の裏の雑木林の中には最近ルリカケスが巣を作ったらしく、毎日「ギャーギャー」と、美
しい姿に似合わない声で鳴いている。ときどき近くを飛んでいるのを見かけるが、驚かさないよ
うにと私の方がつい隠れてしまう。
お化けワラビに感激した母は、晩年を私たち娘夫婦とともにシマで過ごして最期を迎え、もう
かれこれ五年を過ぎた。
自分の部屋のベッドから窓越しに花を眺め、鳥の声を聞いて喜んでいた母の毎日は、都会の喧
騒の中で過ごすよりも、ずっと安らかな日々であったに違いない。
ヒカゲヘゴの横を通るたびに母を思い出し、自分もこの自然の中で、あとどれくらい生きてゆ
くのかなと思うこともある。
しかし奄美の優しい自然は、どんなにつらいときも気持ちを和ませて元気にしてくれるし、嬉
しいときはいつもの二倍ほども光輝いて見えるから不思議である。
どこの自然遺産よりもこの奄美が一番魅力的だと感じながら、きょうもまた歩く。