学長・館長からの寄稿;pdf

「学生協働」に期待する
鶴 衛 学長
こととある。
つまり、
「学生を鍛え上げる」と
は、一方的に厳しく教える教育よ
本学には建学の精神「教育は
愛なり」、そして教 育 方 針「常に
神と共に歩み社 会に奉 仕する」
りもむしろ、学生の主体性・自主
がある。この 2 つの教 育 理 念に
大 学は 今、さまざまな改 革を
性を重んじる教育への質的転換
は「協働」と相通じるものがある
迫られている。例えば、グローバ
である。図書館も学生の自学自
と思う。
ル化への対応、あるいはイノベー
習を支援する「ラーニングコモン
本学の附属図書館では、大学
ション創出のための教育・研究
ズ」の場として役割がますます重
院生が図書館学生アドバイザーと
環境づくりなどである。安倍内閣
要になってくる。
して活 躍している。図 書 館 業 務
の教育再生実行会議が平成 25
これらの改 革を実 現させるに
の一端を学生が担い、他の学生
年 5 月に出した第 3 次提言では、
は、教 員だけでは 無 理だし、経
の学 習を支 援する「学 生 協 働」
それらのほかに「学 生を鍛え上
営事務職員だけではもちろん不
である。まさに本学の教育理念
げ社会に送り出す教育機能を強
可能である。
「教職協働」、つまり
を具現化する素晴らしい活動に
化する」よう大学に求めている。
教員と経営事務職員が力を合わ
他ならない。
さらに、具 体 的 には「大 学 は、
せてはじめて可能になる。そこで
教育改革に「教職協働」が欠
学 生の能 動 的な活 動を取 入れ
重要なことは、力を合わせる 旗
か せないのはもちろん、学 生の
た授 業 や 学 習 方 法(アクティブ
印 の 存 在である。それぞれの
理 解と協 力なしには成り立たな
ラーニング)、双 方 向 の 授 業 展
大学が掲げる教育理念や目標な
い。
「学生協働」に頼もしさを感
開など教育方法の転換を図る」
どがそれに当たる。
じ、期待するゆえんである。
「本気」でなければ
意味がない 三熊 祥文 館長
1980 年 代のアメリカテレビドラ
マで、大学生の主人公が人文系
1
なっているということでした。
さて、現 在 図 書 館 界で 話 題の
の必修科目の単位を取るために、
中心となっている「学生協働」もま
大学のテレフォン相談センターで
さにそのような「本気の仕事参加」
のボランティアをするエピソードが
の1つの形だと言えます。
「図書館
主義による学習論です。職員、学
ありました。同級生の同僚と2 人
業務の一端を、職員とともに、利
生いずれもそのコミュニティーの構
しか いない 夜 に、ある学 生 から
用者でもある学生が担う」ことを
成メンバーであるからには、そのコ
「自殺をしようかと思っている」と
意 味 する「学 生 協 働」にお いて
ミュニティーを維持発展させる任務
いう深刻な悩み相談の電話が掛
は、単 位 化こそされないものの、
を帯びていると考えるべきであり、
かってきます。最初はマニュアルど
学生がちょうど上記の物語と同様
一方で図書館業務に参加しなが
おりの対応をしようとするのですが
のシチュエーションに置かれます。
ら他方で図書館の資料にアクセス
うまくいかず、結局自分をさらけ出
大学という教える者と教わる者の
し、授業その他での学びに資する
して本気で誠実に励ますことで相
作り出すコミュニティーを円滑に運
学生は、まさにあるべき「学習コ
談者を前向きにさせるストーリー
営していくための営みに、旧来は
ミュニティーの成員」を代表してい
でした。いくら研修を受けた身と
教わるだけの立場だった者が運営
ると思われます。
は言え大学1年生の素人にこんな
する側として関わるという役割の
「本 気」でなけれ ば 意 味 が な
ヘビーな相談を担当させるとは、
シャッフルは、単に教室での学習
い。それは、単なるシミュレーショ
と驚いたものですが、それ以上に
者活動を活発化させるのとは一
ンとしてではない学習の場作りへ
の参画の必要性を意味し、
「学生
驚いたのは、学生が単なるシミュ
線を画す「本気の社会参画」によ
レーションではなく本当に相談員
るアクティブラーニングです。学習
協働」はそういった状態を実現す
になって仕事をすることがアメリカ
にはコミュニティーの成 立が 重 要
るためのコンセプトなのです。
の 大 学 のカリキュラムの 一 部 に
要件であると考えるのが社会構成