金井雅之ゼミ卒業論文講評 因果推論を中心とする論理的思考力と データの統計的分析能力を身につけるゼミナール 担当 金井 雅之 金井ゼミは、現代社会の諸問題の計量的実証 石塚早織「公的な同性愛容認のための結婚制 研究を目指して 2010 年 4 月に発足した。今年度 度――世界価値観調査による二国間比較」は、 提出された 7 本の論文は、第 4 期生にあたるも 異性愛を前提とした結婚制度が同性愛への寛容 のである。 性に影響を与えるという仮説を検証するために、 社会調査データの計量分析には、さまざまな 2005 年に同性婚を容認したスペインと、こうし 知識とノウハウが求められる。社会統計学や多 た制度変更を経験していない日本とを比較した 変量解析法の数学的理解はもちろん必要である ものである。データは世界価値観調査を使用し が、それに加えて統計ソフトウェアの使い方や、 た。分析結果は、スペインにおいて同性婚制度 データ加工のための細かいノウハウがなければ、 が導入される前は同性愛への容認に正の効果を 実際の分析結果は出せない。本ゼミナールでは、 与えていた「結婚の時代錯誤感」が同性婚制度 卒業後も継続して利用できるという利点を重視 導入後には有意な効果を失ったというものであ して、無償の統計ソフトウェア R の使用を課し り、同時期のいずれにおいても「結婚の時代錯 ている。R は最先端の手法を用いて効率的にデ 誤感」が同性愛への容認に有意な効果をもたな ータ分析がおこなえる優れたソフトウェアであ かった日本との比較をふまえて、スペインにお るが、コマンドベースであるため、習熟するた ける結婚制度の変更が、同性愛一般への寛容性 めには相当量の反復練習を必要とする。 を増加させたと結論づけている。WVS データを 1 学年上の先輩にあたる第 3 期生は、社会学 丹念に加工し、既存の変数から言えることを工 パソコン室に連日こもって互いにわからないと 夫した努力が高く評価される。 ころを教え合うというスタイルを自主的に確立 藤岡悟「新規学卒一括採用制度の変容―― して、この課題に応えた。今年度卒業する第 4 2005 年 SSM 調査による世代間比較」は、戦後日 期生も、3 年次にこうした先輩たちの教えを受 本において、初職正規雇用すなわち良好な就業 けることを通じて、この伝統をうまく継承した 機会に恵まれることに対する、(1)大卒であるこ ことが、有意義な分析結果を導出する原動力と との効果と、(2)大卒者に限った場合に、卒業後 なったと考えられる。こうした意味でのピア効 すぐに就業することと、大学の職業斡旋機能を 果は、ゼミナールならではのものであろう。 利用することの効果が、時代によってどう変わ ただし、計量的二次分析による卒業論文にお ってきたかを分析したものである。使用データ いてもっとも重要なのは、研究の社会学的含意 は 2005 年 SSM 調査である。分析結果は、(1)は にかんする自然言語を用いた考察部分であろう。 1960 年代頃に見られた大卒であることの優位 先行研究を深く読み込むことによって有意義な 性が 2000 年代に入ると機能しなくなった、(2) リサーチクエスチョンを立て、計量分析を通じ は新卒採用、大学の斡旋機能ともに、時代によ てそれに対するどのような答えを導き出せたの らず良好な就業機会に有利に働いてきた、とい かを論理的で説得力のある文章として表現する うものである。この結果から著者は、現在でも ことは、計量分析の知識やノウハウとは別の次 大学の職業斡旋機能をもっと活用すべきである 元の能力である。本来こうした能力もゼミナー と主張する。幅広い生年コーホートを含む SSM ルでの議論を通じて養っていかなければならな データの特長をうまく生かして、説得力のある いものであり、今後の課題と言える。 結論を導き出した地道な努力が高く評価される。 1 金井雅之ゼミ 小澤真帆「母親による児童虐待の規定要因」 活動も非勉学活動もともに重要ではあること、 は、近年注目されている児童虐待の要因を、母 専門性や設置区分の違いは系統的な影響は与え 親の社会経済的地位や価値観の中に探ろうとし ていないこと、が明らかになった。この結果か たものである。使用データは 2008 年にベネッセ ら著者は、大学において「何かをまっすぐに取 教育総合研究所が実施した「第 3 回子育て基本 り組む」ことの重要性を指摘している。データ 調査(幼児版) 」である。暴力行為と無視行為を の制約(測定の曖昧さ)により十分な分析がで 従属変数とする分析の結果、自分自身のことよ きなかった点が惜しまれるが、因子分析やクラ りも子どものことで悩んでいる母親ほど、有職 スター分析などの高度な手法に積極的にチャレ 者よりも専業主婦ほど、そして子育てにおいて ンジした努力は多としたい。 自分自身を優先する母親ほど、虐待傾向が高ま 菊地卓哉「初職非正規雇用からの離脱 ることがわかった。この結果から著者は、社会 ――2005 年 SSM 調査から」は、初職が非正規雇 ネットワークの希薄化で子育ての仕方を教わる 用の人を対象に、初職の継続期間が次の職で正 機会が少なくなった現代社会において、マニュ 規雇用に移行できるかどうかにどう影響を及ぼ アル通りにいかない育児に不安を募らせる孤立 すかを、バブル崩壊前後の世代差も考慮しなが した母親像を指摘し、情報交換や悩み相談の充 ら検討したものである。データは 2005 年 SSM 実を訴えている。同級生の中でもいち早く手堅 調査を使用している。分析の結果、男性とバブ い結果をまとめた努力が高く評価される。 ル崩壊後の女性では 2~5 年間初職非正規を継 飯島美緒「既婚女性における追加出生希望の 続した人が正規雇用に移行しやすいことと、女 形成要因」は、既婚カップルにおける出生力の 性の場合バブル崩壊前は非正規の初職を長く続 低下という問題にサポート・ネットワークの観 けることが正規雇用への移行を妨げることが明 点から取り組んだものである。使用データは、 らかになった。この結果について著者は、前者 内閣府経済社会総合研究所が 2012 年に実施し は一定期間仕事を続けることが企業に対するシ た「インターネットによる少子化と夫婦の生活 グナルとして機能すること、後者はバブル崩壊 環境に関する意識調査」である。子どもを 1 人 前には女性は非正規職に就いた後に結婚すると もつ既婚女性の追加出生希望を従属変数とした いう性別役割分業規範が残っていたことの反映、 分析の結果、配偶者の親によるサポートや公的 と解釈している。初職非正規者という限られた サポートを受けている人ほど追加出生意欲が高 ケース数から社会学的に興味深い知見を導き出 いことに加えて、親によるサポートと公的サポ した努力は高く評価される。 ートとの間に負の交互作用があることがわかっ 屶網華子「正社員転職はなぜなくならないの た。つまり、配偶者の親によるサポートをあま か――労働社会の変化と転職の展望」は、正規 り受けられない人ほど、公的サポートが追加出 雇用者における転職意向に影響を与える要因を 生意欲を高める効果が大きい。この結果から著 探ったものである。使用したデータは、連合総 者は、自治体が地域の実情やニーズをよく把握 合生活開発研究所が 2013 年におこなった「勤労 した上で公的サポートシステムを構築すること 者の仕事と暮らしについてのアンケート」であ の重要性を指摘している。何度も研究室に足を る。分析の結果、 「賃金処遇」は壮年層で、 「人 運び、粘り強いデータ分析によって実践的な含 間関係」は長期勤続者において転職意向に正の 意を導き出した努力が高く評価される。 効果をもつことがわかった。これについて著者 竹中淳悟「目的別に考える大学生活の成果― は、年功賃金制の崩壊による壮年層の低賃金化 ―因子分析を用いて」は、大学で身につく能力 や、成果主義の台頭による職場環境の変化、と が、在学中に力を入れたかこととどう関連する いう解釈を施している。なぜ正規雇用なのに転 かを検討したものである。データはベネッセ教 職しようとするのか、という素朴な疑問から出 育研究所が 2008 年に実施した「大学生の学習・ 発しながら、最終的には労働市場における転職 生活実態調査」を使用した。分析の結果、勉学 の意義に気づいた著者の成長が評価される。 2 2014 年度 卒業論文要旨 公的な同性愛容認のための結婚制度 新規学卒一括採用制度の変容 ―世界価値観調査による二国間比較― HS23-0004H 石塚 ― 2005 年 SSM 調査による世代間比較 ― 早織 HS23-0006D 近年,同性愛を取り巻く環境が変化し,同性婚 を認める国が増加している.一方で,同性愛その ものを否定する国も未だ存在している.そのよう な中で,日本は制度として同性愛を容認していな い国の一つである.本稿では日本において同性婚 が認められないことの原因の一つに「異性婚を前 提とした結婚制度」があると考え,仮説を設定し た.また,同性婚を認めているが,日本と同様に, 異性愛を前提とした結婚が明記された憲法を持つ スペインと分析結果の比較を行い,同性婚が容認 されるための要因を探った.使用したデータは世 界価値観調査(World Values Survey)の第 2 波 と第 5 波調査の日本データとスペインデータを抜 き出したものを用いた.使用した変数は「同性愛 の正当性」 ,結婚制度を見る変数として「結婚の時 代錯誤感」などを用いた.分析手法として,重回 帰分析,二項ロジスティック回帰分析を行い,仮 説を検証した. 分析結果では,スペインデータの第 2 波と第 5 波の分析結果の比較から, 「結婚の時代錯誤感」は 「同性愛の正当性」に関連が見られ,仮説は支持 された.またその結果から「結婚の時代錯誤感」 に注目して分析を行った結果,スペインの第 2 波 において「同性愛の正当性」に強く関連している ことがわかった.先行研究と照らし合わせると, 同性婚を容認しているイギリスは,同性愛の容認 という土台が作られ,同性愛を容認する制度が作 られる運動が起こり,同性愛を容認せざるを得な いという状況になったとされていた.スペインも 同様の手順により同性婚が容認されたと考えられ る.日本においては,未だ同性愛の容認という土 台が形成されていないため,同性婚が容認される のは難しいといえる. また,若年層の女性が同性愛を容認する傾向が あると証明された.この若年層が中年層や壮年層 になった時に同性愛を容認するのかを調査してい くことが今後の課題である. 藤岡 悟 高度経済成長期以降,日本の若者の失業率を防 ぐ役割を担ってきた新規学卒一括採用制度が,近 年揺らいでいる. 1970 年以降の大学進学者の増加や非正規雇用 の増加,1990 年以降のバブル崩壊をはじめとする 経済情勢の悪化など,新規学卒一括採用制度を取 り巻く環境は大きく変化している.そのなかで, 現在においても新規学卒一括採用制度が大卒者の 良好な就業機会の提供に貢献しているのかという 問題を設定し,本稿では 2005 年 SSM 日本調査を 用いて 2 つの分析を行った.はじめに,大卒とい う学歴が良好な就業機会の提供に与える影響の世 代間比較を,多項ロジスティック回帰分析を用い て分析を行った.次に,新規学卒一括採用制度に 特徴的な「間断のない移行」 「学校による職業斡旋 の利用」が良好な就業機会の提供に与える影響の 世代間比較を, 重回帰分析を用いて分析を行った. 分析結果では,1 つ目の分析からは,1976~1985 年生まれの人において, それ以前の世代と比較し, 大卒であることが良好な就業機会に与える影響は 弱くなり,1960 年代頃生じていた大学卒業者に有 利な学歴格差が現在では機能しなくなっているこ とが明らかとなった.2 つ目の分析からは, 「間断 のない移行」 「学校の職業斡旋の利用」が世代や学 歴に関係なく現在まで良好な就業機会の提供に貢 献していることが明らかとなった.しかし,学校 による職業斡旋が現在も良好な就業機会を提供し ている一方で,学校の就職部の利用率は近年減少 している.これはインターネットの普及により, 就職活動ナビサイトによる自由応募が活発になっ たためであると考えられ,学校の就職支援の利用 を活発にすることで,良好な就業機会に巡り合う 可能性が高まるのではないかと考察した.また, 移行期間のある人が正規雇用に就きにくいという 分析結果から,これまで環境の大きく変化してき た新規学卒一括採用制度そのものを見直す必要が あると考察した. 3 金井雅之ゼミ 母親による幼児虐待の規定要因 HS23-0007B 小澤 既婚女性における追加出生希望の 形成要因 真帆 HS23-0011K 児童虐待は非常に深刻な社会問題となっている. 2000 年に施行された「児童虐待の防止等に関する 法律」を境に,児童虐待相談件数は現在に至るま で高い水準で推移している.そして,近年の特徴 とも言われているのが, 加害者の過半数が “母親” ということである.自分の産んだ子どもに虐待を 加える異常な事態は母親に大きな負担がかかって いることが影響しているといわれている.それで は一体どのような環境におかれている母親が虐待 を引き起こすのであろうか. 本稿では,暴力行為と無視行為が引き起こる要 因として「しつけ」, 「就業状況」,「自身の生き方 の意見」に焦点をあてて検討していく. 使用したデータは,ベネッセ教育総合研究所に よる「第 3 回子育て基本調査(幼児版) ,2008」 を用いた.幼稚園・保育園に通う 3 歳から 6 歳の 子どもを持つ母親を対象にしたデータで,多変量 解析によって分析した. 分析結果としては,自分(母親)自身のことよ りも子どもの食・日常生活等のことで悩んでいる ほど,有職よりも専業主婦のほうが,子育てをし ていく中で自分を犠牲にできないほど虐待傾向が あることがわかった.つまり,マニュアル通りに ならない子育てに不安がつのるのは,社会ネット ワークの希薄化で子育てを教えてもらう機会がな く対応の仕方がわからない状況がある.また,働 くことの負担よりも長時間子育てに従事すること が,精神的な負担が大きく追い込まれることの危 険性を示している.そして,自分を大切にしたい という気持ちがあると自由な時間を確保できない 子育てが妨げとなり母親にとって苦痛となる. 子育てのあり方・考え方が変容する中で未だに 根付く「性別役割分業」が示唆され,企業と上手 く付き合っていくことが重要と考えられる.そし て,母親の孤立は事態を悪化させることから,積 極的な情報交換や悩み相談が精神的な負担を軽減 させるひとつの手立てとして考えられる. 4 飯島 美緒 日本の少子化は,未婚化・晩婚化を主たる原因 としていた.しかし近年では,既婚夫婦間におけ る出生率の低下が新たな原因として挙げられてい る.理想の子ども数を実現することへの妨げとな っている出産・育児の負担を軽減するものとして, 先行研究でサポート・ネットワークが重要視され ている.そこで本稿では,調査実施時点で子ども を 1 人もつ既婚女性の追加出生希望に対して,ど のようなサポート・ネットワークが影響を与えて いるのか, について分析した. 使用したデータは, 内閣府経済社会総合研究所の「インターネットに よる少子化と夫婦の生活環境に関する意識調査」 を用いた.分析手法として,カイ二乗検定,二項 ロジスティック回帰分析を行った. 分析結果として,配偶者の親によるサポートを 受けている人と,公的サポートを受けている人は 追加出生希望をするという結果を得られた.さら に詳しく分析を進めた結果,近所の知人や友人に よるサポートを期待できない環境にいる人にとっ て,配偶者の親によるサポートが追加出生希望に 正の効果を与えていることがわかった.知人・友 人にサポートを要請できるような関係性を築くこ とができるかどうかは,性格により様々であるた め,知人・友人によるサポート・ネットワークを 持たない人にとって,配偶者の親によるサポート が重要になると考えられる.また,配偶者の親に よるサポートを受けられない環境にいる人におい て,公的サポートの存在を知っていることが,追 加出生希望を高めることがわかった.親族や友人 のような,身の回りの人々からのサポートを期待 できない環境で生活する女性にとって,利用でき る公的サポートにどのようなものがあるかどうか 把握していることが,出生や育児において安心感 を与えているのではないかと考えられる.子ども の数や地域によって状況は異なるため,ニーズを 理解している自治体を主体とした,公的サポー ト・システムの配置が必要である. 2014 年度 卒業論文要旨 目的別に考える大学生活の成果 初職非正規雇用からの離脱 -2005 年 SSM 調査から- -因子分析を用いて- HS23-0118B 竹中 淳悟 HS23-0131G 近年日本では大学進学率が高まっている.し かし一方で授業に熱心でない学生も増えており, 諸外国の学生と比較しても日本の大学生は勉強だ けが目的ではないことがわかった.そこで本稿で は近年の日本の大学生が志向する大学生活の目的 を説明変数に,そして大学生活での成果を従属変 数にして理論仮説を作成し分析を行った.また文 系と理系でモチベーションに差があること,国公 立と私立に対する意識の差なども近年の大学生に 関する事象であることを鑑みて,説明変数の一つ とした.使用したデータはベネッセ教育研究所が 2008 年に実施した「大学生の学習・生活実態調査」 であり,分析手法として説明変数を大きく勉学志 向と非勉学志向の二つに分類するための因子分析 と重回帰分析を用いた. 分析結果ではまず勉学,非勉学が卒業後に身に 着ける能力に差が見られるという仮説において勉 学要素の方が従属変数に及ぼす影響が大きくなっ ており,ここから勉強に重きを置く方が社会に出 たときにやや有利であることが判明した.次に文 系理系で卒業後に身につく能力に差が見られると いう仮説において,従属変数がそもそもコミュニ ケーション力を中心とした文系職に必要とされて いるものを中心としていたために,目指す方向性 が違うことから身につく能力にも差が見られると いう結論に達した.最後に国公立大学と私立大学 で身につく能力に差が見られるという仮説では国 公立の質実剛健な学風よりも私立大学の柔らかな 学風の方が多様な議論を生み出せること,また私 立大学では積極的にアルバイトやサークル活動を 行い,そこからチームワーク力や自己管理力を身 に着けられることがわかった.まとめとしては説 明変数と従属変数に強い相関が見られた一方で, 統制変数にはあまり強い影響を及ぼさなかったこ とから,学生生活では学部学科など選択したもの よりもそこでいかに真剣に取り組めたかが重要で あると考察するに至った. 菊地 卓哉 総務省の調査において,パート・アルバイトや, 契約社員,派遣社員といった,非正規雇用者の増 加が指摘されている.非正規雇用者は正規雇用者 に比べ賃金が低く,勤続年数が増加しても賃金が 上昇しないこと,社会保険加入率が低いことなど から不安定な雇用形態にあるとされ,その増加は 社会的にも大きな問題として扱われるようになっ ている.また,我が国の新規学卒採用といった雇 用慣行から,一度非正規雇用となってしまうと正 規雇用への移行が難しいものになってしまうとい った問題も存在している.そしてその中でも特に 女性は正規雇用への移行がしにくいといわれてい る.このような非正規雇用を取り巻く現状から, 本論文では,初職が非正規雇用である人に対象を 限定し,初職の次の職で正規雇用に移行するため の要因と効果の違いを探るため,初職継続期間と 世代,性別に焦点を当て,分析を行った. 使用したデータは,2005 年 SSM 調査委員会が 2005 年に実施した「2005 年 SSM 日本調査」で ある.分析手法としてはカイ二乗検定,二項ロジ スティック回帰分析を用い,分析を行った. 分析結果では,男性とバブル崩壊以降の女性に 2~5 年といった期間非正規の初職を続けること が正規雇用への移行にプラスの効果があることが わかった.初職が非正規の職であっても,一定の 期間仕事を続けることが企業に対しての仕事を続 ける能力があるというシグナルとなり,非正規雇 用者の希望となりうると考えられる.一方で男性 においては見られなかった世代の効果の差が女性 において見られた.バブル崩壊前の女性はバブル 崩壊後の女性に比べ,初職を続けることが正規雇 用への移行にマイナスに働いていた.これはバブ ル崩壊前において性別役割分業意識が強く働いて おり,女性は仕事をやめなければいけない環境が あったと推察できる.バブル以前と比べ性別役割 分業意識が比較的和らいでおり,現代の女性は男 性の働き方に近づいてきていると考えられる. 5 金井雅之ゼミ 正社員転職はなぜなくならないのか ―労働社会の変化と転職の展望― HS23-0133C 屶網 華子 日本社会で働く正社員にとって安定労働の象徴 であった終身雇用制度は,バブル崩壊後に実施さ れた,企業の非正社員の積極採用や戦略的採用な どの景気回復政策によって,現在ではその存在が 確実なものとはいえなくなると共に,正社員にな りたくてもなれない労働者が増加をも招くことと なる.そんな中,苦労して自身の手でつかんだ正 社員という立場を自ら捨て,職を変える自発的転 職者が後を絶たない.人間関係や収入面,近年で は仕事のやりがいを求めた転職も少なくはなく, そのほとんどは若年層にあたる人々であると先行 研究で指摘がある.彼らを参考に「正社員転職」 から推測できる現代の労働問題や今後の労働社会 のあり方について調査するため,連合総合生活開 発研究所の「勤労者の仕事と暮らしについてのア ンケート」を使用し,従属変数を「転職意向」 ,独 立変数を「仕事のやりがい」や「人間関係」など の職場環境とする二項ロジスティック回帰分析を 行った.さらに詳しい分析のために先行研究で指 摘された,年齢別・勤続年数別の分析も行った. その結果,年齢別では「賃金処遇」が壮年層の みに,勤続年数別では「人間関係」が長期勤続者 のみに有意な結果が表れ,それらに不満があるほ ど転職意向があることが判明した.いずれも考え られるのは,年功序列の崩壊による壮年層の低賃 金化や,成果主義の台頭による個人優先の職場環 境化が影響しているといえる.また,年齢別・勤 続年数別のすべてにおいて「仕事の満足度」が低 いほど転職を考えおり,労働者個人のワークライ フを充実させるために転職をすることがうかがえ た.働くことが生活の一部となっている日本で転 職が絶えることはないといえる.だからこそ「転 職」ということに日本の労働社会全体が向き合う べきである.実際,転職によるメリットは新しい 知識の流入という面で企業側にも存在し,さらに は日本社会の発展にも繋がることとなる.今後, 転職が日本社会にとって重要なものとなるだろう. 6
© Copyright 2024 ExpyDoc