赤沢 早人;pdf

奈良教育大学次世代教員養成センター
准教授
赤沢 早人
~「学びを『支える』学習づくりの研究」に係わって~
三重県教育委員会人権教育課による授業改善事業に協力をさせて頂いて、
丸5年になりました。当初は人権教育課よりご依頼頂いた内容に添って助言
をするばかりでしたが、近年では事業の推進に関わって、私から提案をする
機会も出てまいりました。稚拙な提案も多かったと思いますが、それでも事
業担当の先生方には前向きにご検討頂きました。
さて今年度の事業では、「学びを『支える』学習づくり」がメインテーマ
として掲げられました。各教科の授業において、教科内容の習得を通して確
かな学力を身につけさせることが重要であることは言を俟ちませんが、同時
に、生徒たちの人格形成面においても、授業という教育的営みは大きな可能
性を秘めています。担当教師や学校や家庭、あるいは社会の有形無形の圧力
によって外発的に動機づけられるのではなく、主体的に、そして仲間(クラ
スメイト)と一緒に、「今、ここで、この勉強をしたい」という意志を生徒
たちの内面に沸き起こしていくために、私たち教師はなにをどうすればいい
のか。「学びを『支える』」というキーフレーズには、授業改善に関する「古
くて新しい問題」へチャレンジする想いが込められています。とりわけ本事
業では、授業における生徒の「自分づくり」(自己肯定感、自己選択・自己
決定など)や「人間関係づくり」(安心感、受容感、共感など)の支援や介
入というアプローチを契機として、学力形成にも好影響を与えていくことを
目指すものでした。
以下では、今年度の事業でとりわけ特徴的だった取組について、助言者と
しての気づきを含めて整理していくことにします。
(1)事業が始まった当初の段階で、事業に関わって授業公開をして頂く先
生を中心に、自身の授業づくりに関するアンケートを作成、実施して頂きま
した。
ここで言うアンケートとは、近年高校現場等で比較的よく目にするように
なった、学校共通様式の授業アンケート(生徒による授業評価)ではありま
せん。そうではなくて、本事業のキーフレーズである「学びを『支える』」
ことについて、それぞれの先生がこれまで意識してきたことやこれから意
識していきたいことからアンケート項目を作成し、事業期間内で経時的に
実施をするものです。
このような、いわば「オーダーメイド」のアンケートの作成と実施は、
とりわけ高等学校における授業改善に関する実態に鑑みて行われました。
その意図は次のとおりです。
① 言うまでもないことですが、各先生が授業に託す思いや願い(授業観)
は人それぞれです。年齢も、職歴も、そして担当教科も違うとなると、
その違いは顕著になります。もちろん同じ学校に勤務する教員として、
教育観や授業観を一定程度共有することで、授業実施の「足並みをそろ
える」ことは必要でしょう。しかしそれは、それぞれの先生固有の授業
観を学校の方針に従属させることを意味しているわけではありません。
授業に託す思いや授業の方法に相当程度の裁量性を認めつつも、一方で
同じ学校に勤務する同僚と連携しつつ生徒たちの学力形成と人格形成を
果たしていかなければなりません。そのためには、自らの授業観を明確
にするとともに、同僚にそれを公表することが重要なのです。
自らの授業観をベースにして授業アンケートを「オーダーメイド」で
作成することは、まさしく実践レベルにおける授業観の明確化と共有化
の作業であると言えます。「先生の説明はよくわかりますか」や「板書
は見やすいですか」など、教師の授業技術として基本的であっても、そ
うであるがゆえにニュートラルな質問項目をできるだけ取り払い、「こ
の授業中、自分の考えを発表する時に、間違っても大丈夫だという安心
感がありますか」や「この授業で、発表する時、先生やクラスメイトは
しっかりと話を聞いてくれると感じますか」などといった、ある意味で
エッジの効いた質問項目を、それぞれの先生が「決定」し、また同僚の
先生と「相談」することに(実際にアンケートを取ってスコアを集約し、
「成果」と「課題」を数値的に見とるよりも)授業改善に関わる重要な
意味があると考えます。そしてこうした試みは、一般的に授業改善が「教
員個人の課題」とされ、教員集団のなかで共有化されにくいと言われる
高等学校の学校文化(授業改善文化)に求められている「楔」と言える
のではないでしょうか。
ちなみに、アンケートの質問項目は「オーダーメイド」ですから、同
時期に同じ事業を受けて取組を進めている他の先生を比較対象にするこ
とはできません。事業に取り組む先生は、他の先生との比較という「相
対評価」に惑わされることなく、あるいは共通化された達成基準という
「絶対評価」に苛まれることもなく、取組期間における自らの授業(と
それを通した生徒の意識)の変容という「個人内評価」において、自ら
の授業改善の成果と課題に向き合っていくことになります。
② 「授業に託す思いや願い」と言っても、多種多様なものがあります。
それは、各先生によって多様であるというだけではなく、同じ先生でも、
時期によって、あるいはクラス(講座)によっても、多様であることで
しょう。授業改善とは、授業者自らの授業観を明確にしたうえで、それ
を実現するための授業方法(取組と手立て)を工夫するものです。「教
師がどんな思いや願いで授業に臨んでいるのか」という点がぶれてしま
うと、「どの取組や手立てがどのように功を奏して生徒の成長をもたら
したのか(あるいは、もたらさなかったのか)」を検討することがまっ
たくできなくなってしまいます。目的と方法の整合性が不明瞭だと、
「あ
る方法がある生徒にポジティブに作用してよい成長を促す」ことが偶発
性に左右されることになってしまうでしょう。
授業に託す先生の思いや願いを直接的にアンケート項目に変換し、実
施するということは、見方を変えると、授業をよくしていくことにかか
わる先生の「手の内」を、同僚の先生たちだけではなく、生徒たちにも
晒すことでもあります。生徒にも知られてしまったからには、朝令暮改
というわけにも行きません。「オーダーメイド」の授業アンケートには、
「学びを『支える』」授業を創りだすのだという先生たちの「覚悟」を
固めるということにもつながるのです。
(2)事業指定校で実施される3回の「研究協議」の目的と方法について、
前年度までの取組よりもさらにメリハリがつくようにして頂きました。
1回めの「研究協議」については、「学びを『支える』」授業の創造と
いう本事業のコンセプトを事業指定校の先生たちと共有するために、公開
されたそれぞれの授業の「よさ」と「課題」について、助言者である私が
コメントするという形式を採らせて頂きました。これは、前年度までの取
組と基本的には同様です。
2回めの「研究協議」については、助言者である私のコメントは最低限
に抑えて、授業を公開された先生が授業観について述べたり、参観者も交
えて授業の事実に関する気付きや相互コメントを出し合ったりする時間を
出来るだけ多く採って頂くようにしました。ただし、自由批評ではなく、
事前に公表されている「授業アンケート」や授業者の授業意図を示した資
料等に基づき、「授業者の意図を実現することにむけて、本日の授業は生
徒たちにどのような意味を持ったか/持たなかったか」という視座からは
ぶれないように注意を払いました。
3回めの「研究協議」については、事業期間における授業改善の確実な
成果を見とることはもちろんのこと、事業期間が終わってからも、持続可
能な形で授業改善を続けていくための観点についても検討されました。
(3)今年度の事業の取組を集約する形で、「授業改善の意識に関するア
ンケート」の原案を作成して頂きました。
事業を担当された人権教育課の先生方に「この事業で大切にしたいこと」
を①授業づくり、②事業推進、③事業指定校の学校文化醸成、という3観
点にまとめて頂き、助言者である私が、それを教師用アンケートとして整
形しました。本アンケートの原案が策定されたのが年度末(3月)であっ
たため、アンケートの実施と分析結果については、本報告書に掲載するこ
とはできませんでしたが、本事業をステップにしながら、今後新たな授業
改善の事業を展開していかれる際の重要な道標になるのではないかと思い
ます。
以上のような取組を含めて、今年度の事業指定校の先生方には、「学び
を『支える』」授業の創造を目指して努力を重ねて頂きました。その成果
は、それぞれの学校の報告に委ねますので、ここで言を重ねることはしま
せん。ともあれ、授業アンケート項目の作成、公開授業のための資料の作
成、公開授業の実施、そして事後協議の際のやりとりのどの機会において
も、本事業を通して授業改善に取り組まれた先生方の工夫や努力と、そし
て、やや上から目線になることをお赦し頂けるなら、先生方の授業の確か
な変容とを、しっかりと見届けさせて頂くことができました。
今年度も意欲あふれる先生方とともに授業改善に関わらせて頂き、感謝
の思いでいっぱいです。こうした機会を作って頂いた三重県教育委員会人
権教育課の皆様、そして事業指定校の先生方に、改めて感謝申しあげます。
ありがとうございました。