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第5章 終章:「交流型イノベーション」定着への道
本研究では、交流型イノベーターが多種多様なイノベーションを創出する社会を目指すため、如何に交
流型イノベーターを発掘・育成し、その活躍を支援できるかについて検討を行った。検討においては、
「動
機・姿勢(マインド)
」
「資源・能力(リソース)」
「つながり(ネットワーク)」の3要素が交流型イノベ
ーションを創出するためには欠かすことができないものであるが、必要なタイミングでこの3要素をバ
ランスよく揃えることが困難であることから、コミュニティを通じてこれら3要素を揃えることを助け、
かつその成長を促すことが重要であることが指摘された。
コミュニティを通じた交流型イノベーターの発掘・育成と支援について、本研究においては、
「交流型
イノベーターを育てて活かすコミュニティの特徴」「コミュニティが交流型イノベーターに果たす機能」
「交流型イノベーターが直面する課題」の3点に分けて整理を行った。コミュニティの形成・活性化によ
る交流型イノベーターの発掘・育成・支援に必要な要素を整理すると図 3 のような形になると考えられ
る。
イノベーションの創出においては、イノベーションのきっかけをつかんだとしても定着までにはさら
なる困難がある。また、イノベーションの萌芽を確かな基盤へと変えていくためには様々な取り組みが必
要となる。ここで鍵となるのは、イノベーションの各段階において「合理的に進めなければならない部
分」と「可能性を探索するため、一見合理的ではない行動が必要となる部分」を適切に見極めることであ
る。例として、コラム 14 において例示されているような、既存の枠組みに詳しくない人間を主担当とし
て、プロジェクトを進めるような形がある。一見、素人に担当させることでコミュニケーションコストが
増大し、合理的には進まないように見えるが、素人であるが故に既存の枠組みや常識にとらわれない新た
なアイディアをゼロベースで再構築できる場合もある。これは、新たな可能性を探索するために、あえて
一見合理的ではないことに取り組む例である。また、インタビューにおいても製品開発から商品化の段階
(インタビュー 9)これ
で、アートのフィールド・考え方を通過させることの有効性が指摘されている。
は、通常の合理的な思考においてはまず行わないことにあえて取り組んでみることで、新たな視点を創出
することを目的としている。
さらに、地方創生等の流れの中では、多くの交流型イノベーターが日本及び世界各地で成長し活躍す
ることを通じて、身近な文化や伝統、風習や技能などの中にある価値を違った視点で見つめ、地域の価
値を再発見・再定義し、活性化するための核とすることで、地域における産業が活性化されることが期
待される。
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国際競争力強化の基盤形成
(世界との競争と共創)
イノベーション創出
交流型イノベーター
つながり
(ネットワーク)
資源・能力
(リソース)
3要素のバランスの良い成長
◆動機の引き出し
◆課題の当事者化
育成
◆ロールモデルとのインタラ
クション
◆出会いを活かした成長
◆成長途中の保護
支援
◆ 「目利き」と「後見人」の存在
◆リソース(能力・資源)の確保
◆セーフティネットの整備 等
機能 ≫
≪
発掘
目的 ≫
≪
動機・姿勢
(マインド)
コミュニティによる交流型イノベーターの発掘・育成・支援
○多様性確保とコミュニ
ケーションコスト低減の両立
○ Pay forwardの意識 等
コミュニティの質の担保
○参加者の魅力の意識的
な引き出し
○相性ベースのマッチング
○淘汰の戦略 等
コミュニティの活性化へ
の工夫
○リアル(Face to Face)と
ネットの有機的な使い分け
○当事者意識 等
特徴 ≫
≪
コミュニティの多様性の
オーケストレーション
コミュニティ
図 3
コミュニティの形成・活性化による交流型イノベーターの発掘・育成・支援
本研究は交流型イノベーターとして交流型イノベーションを創出することに取り組む人と、その支援
を周囲で行う人によって活用されることを意図としている。特に、交流型イノベーターを育てて活かすコ
ミュニティは、そのつながりがゆるやかなものから濃密なもの、あるいは企業内のコミュニティや企業間
のコミュニティ、中小企業同士のコミュニティや地域振興を目指したコミュニティなどその目的や存在
する場所、規模や歴史、段階などによって抱える課題は異なっていることが想定される。本研究において
整理した要素は特定の類型コミュニティを想定して記載したものではないが、幅広く共通する特徴・工夫
等について分析しているものであり、それぞれのコミュニティと交流型イノベーターの実情に合わせ適
宜活用されることが期待される。
最後に、交流型イノベーションの基盤として、異なるものへの敬意と尊重が重要である。他者や海外
を含む異文化など、自分達がこれまでに経験したことがないことに対して興味と関心をもち、敬意を示
した上で理解を深める姿勢が、結果として交流型イノベーションを呼び込むと考えられる。この相互理
解にもとづく共創は、イノベーションの萌芽となるアイディアを呼び込むと同時に、海外を含むイノベ
ーションの成果を活用する場を発見・創出するための鍵となるであろう。
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アイルランド出身の劇作家、ジョージ・バーナード・ショーがその著作 Maxims for Revolutionists
(革命家のための金言)に記した言葉に、“The reasonable man adapts himself to the world; the
unreasonable one persists in trying to adapt the world to himself. Therefore all progress depends on
the unreasonable man.” (合理的な人間は、自分を世界に適応させる。非合理的な人間は、自分に世
界を適応させようと、粘る。あらゆる進歩はこの「非合理的な人間」に頼っているのだ。
)との言葉が
ある(8)。交流型イノベーター及び交流型イノベーターを取り巻くコミュニティは、その特性を活かして
我々の進歩を支える様々な非合理を、世界と適合させるのではなく、世界に調和させることを通じて、
イノベーションが多数創出される世界を生み出す。本研究が我が国の科学技術イノベーション政策の具
体化の参考となると同時に、多くの交流型イノベーターが生み出され、日本、あるいは世界で交流型イ
ノベーターを輩出するコミュニティが多数形成されることを通じて多くの人がイノベーション創出に関
わることができる世の中となる一助になれば幸いである。
コラム 14:交流型イノベーションの定着
専修大学 経営学部 准教授 三宅秀道
新商品のかたちを取った交流型イノベーションを成功させようとする場合に、問われるのはせっか
くつかんだイノベーションのきっかけを無駄にせず、いかにうまく定着させるか、その方法である。
技術革新による性能強化型イノベーションとは着眼点が異なる交流型イノベーションは、商品として
はニューコンセプトに基づいて、技術的には革新性が必ずしも存在しないことが多い。つまり、その
商品が「どのような問題を解決しようとするか」という点において新しいといえる。
そうした商品では、問題の設定からの新しさを実現するために、しばしばその分野の既存の枠組み
に詳しくない、若手の人材が抜擢されることが多い。手帳の市場で十年以上もトップに立ち続ける T
社の「H 手帳」の開発に際しても、そうした方法が採られた。全くと言っていいほど手帳の分野に予
備知識のない若い社員に、I 社長が「一切既存の手帳を参考にしないように」という指示を出した。
担当社員はゼロベースからの手帳のコンセプトの見直し、機能スペックの決定に取り組まざるを得な
かったが、そうした革新的な商品開発に成功した要因は、まさに「ずぶの素人」であるという事実だ
った。
そもそも文房具とはなんの関係もなかった広告制作事業が本業だった同社が手帳の商品開発に取り
組んだのは、社員行きつけの蕎麦屋でしばしば顔を合わせた印刷業者との出会いがきっかけだった。
相手の営業担当者がノリよく「I さん、なにか一緒に仕事をやりましょうよ!」と社長に語ったこと
で、
「本ってそんなに簡単に作れるのなら、手帳も作れるんじゃないの?」という風に話がまとまり、
手帳開発に取りかかった。
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まず基本デザインを任された若い担当者によれば、
「印刷所のおじさんが「書くときに、いちいち手
でおさえなくてもパタンと開いたままにできる製本があるよ」とか、
「うすくて軽い、良い紙があるよ」
とか、ほんとうにいろいろ教えてくれて、基本仕様ができていった」という。
担当者の予備知識のなさがむしろいい方に転がって、改めて根こそぎの情報共有が可能となり、細
部までの吟味を可能にした。もしこれが半端に手帳開発の定石を知っていた担当者ならば、既存の枠
組みを援用してしまうことでむしろ根本的な見直しが難しくなっていただろう。
こうしたことが可能だったのは、いわば否応なしに「初心」で問題に向かい合わざるを得ない、若
い予備知識のない担当者が開発に携わったからである。しかしここにはひとつのパラドックスがある。
一般的にはこうした素人的人材が、特に社外との業務の調整に携わることは、コミュニケーションの
コストを増やすことにもつながり、歓迎されない。それを補ったのが、同社のトップ I 社長による、
思いきった若手社員への授権と後ろ盾の提供であった。
同社に限らず、優れた交流型イノベーションを起こす企業には、若手社員に業界を行脚させ、様々
な見聞を積ませる文化が共通して見られる。よく言われるのは、ある業界で 100 社を訪問して業務を
観察する機会を得ることがひとつの目安になり、それだけの経験量が成果の質的改善、飛躍につなが
るということである。
得てして会社員は、交流してなにか新事業につながる革新の参考になりそうな相手であっても、驚
くほど交流をする機会が少ない。それは自分と相手先、相互の機会費用を考えるとしようがない面も
ある。
しかしごく一部、交流型イノベーションの可能性を無意識的にも信じている組織風土の企業は、積
「うちの名刺を持っているとたいていの人に会えるか
極的に人材を、特に先入観の少ない若手社員を、
らいろいろ勉強させてもらってこい」と送り出すことで、自社に対し絶えず外からの刺激が加わるよ
うに、交流のチャンネルをオープンにしている。
筆者が知る限りでも、業界を代表するような名門老舗企業がそれを実践している。これは知名度や
人脈がそれほどではない新興の企業ではなかなか難しい優位であるが、よほどの見識を持ったトップ
がいる組織こそ可能である。現状に胡座をかく危険をトップが痛感するからこその施策である。
一方対照的に、かつては業界を代表するような栄華を誇った組織でも、衰退する企業はこれとは対
照的である。自社の事業にプラスになる情報を持っていそうな相手でも、
「出入り業者を呼びつける」
ような傲慢で横柄な社風が確立してしまい、それを異常と思わなくなる。同じ会社ではみながそうす
るようになっているからである。
しかしそうした悪しき慣例が確立してしまうと、礼節を持ってなおかつ率直なコミュニケーション
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を取っていれば、様々な気づきとイノベーションにつながりそうな交流が本来は可能であるはずの相
手でも、形式的で最低限の情報交換でそそくさと席を立つようになる。そもそもそこにいることが不
愉快であるような状態にまでなっているからである(このような現象は民間企業も官庁も問わず起こ
り得る)。忙しさを理由にして担当者の腰がきわめて重くなる。このような組織で交流型イノベーショ
ンを起こせる可能性はきわめて低い。
そうした病理が蔓延ることを防げるのは、社員の活発な社外との交流をバックアップできる、トッ
プの姿勢と哲学こそである。
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