リサーチ TODAY 2015 年 3 月 18 日 ユーロはパリティに戻るか、でも経常収支黒字の矛盾も 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 ECBは月額600億ユーロの量的緩和を今年1月に決定し1、3月9日から国債購入を開始した。ドイツの債 券市場では、実際に購入が始まる前からすでに5年中期ゾーンまでがマイナス金利であったが、ECBの購 入が実施されたことを受け7年程度までがマイナス金利になっており、ドイツの債券市場は異例な「金利水 没」状態にある。ドイツ10年国債金利は史上最低水準を更新し一時的に0.2%割れまで低下した。ユーロ圏 全体ではQEによる国債購入の結果、QEの期限である2016年時点で国債購入可能額(民間保有のアベイ ラビリティ)が約4,000億ユーロ減少する計算となる2。なかでも最大の影響を受けるのが、2015年以降に新 規債発行を行わないドイツであり、約1,700億ユーロの民間アベイラビリティ低下につながる。期間別には5 ~10年の中期ゾーンの供給減の影響が大きく、昨今の金利の動きは今後需給がタイト化することを織り込 んだものといえる。 このような欧州全般にわたる「金利水没」の結果、下記の図表で示されるように、ユーロの対ドル為替相 場は12年ぶりの水準まで低下した。こうした「金利水没」をもたらす量的緩和は、名を変えた通貨戦争とも言 える。2014年半ばまでユーロは高止まりしていたが、2014年後半からECBが量的緩和に踏み出すとの観測 から一転してユーロ安になっている。それでは、なぜユーロは昨年半ばまで高止まりしていたのか。その要 因はユーロ地域が世界最大の経常収支の黒字地域であるため、ユーロ高は理論的にも自然な結果だった。 こうした経常収支の高止まりにより自国通貨高になる状態は、2000年代後半の日本に類似した「日本化現 象」の一つでもあった。 ■図表:ユーロ為替相場推移 (円/ユーロ) 190 (ドル/ユーロ) 1.7 1.6 170 1.5 1.4 150 ユーロ円(右目盛) 1.3 130 1.2 110 1.1 90 1 0.9 0.8 2000 70 ユーロドル(左目盛) 50 2005 2010 2015 (暦年) (資料)Bloomberg 1 リサーチTODAY 2015 年 3 月 18 日 下記の図表は世界の地域別にみた経常収支の推移である。今日、欧州は世界最大の経常収支黒字の 地域である。2000年代以降、ドイツを中心に北部ユーロ圏は黒字であったが、ギリシャを筆頭に南部ユーロ 圏の赤字が、欧州域内における格差拡大に伴うギリシャ危機から始まる欧州債務危機を生んだ。ただし、 2013年以降これまで大幅な赤字を続けた南部ユーロ圏の赤字が大きく改善し、足元は黒字に転じる状況 にある。欧州域内の不均衡、すなわち、北部の経常黒字と南部の赤字は、南部に黒字転換が生じた結果、 地域全体で世界最大の黒字になった。その原動力は南部地域を中心にした緊縮財政にあり、その副作用 が域内失業率の大幅な上昇とデフレ化である。 ■図表:経常収支の地域別推移 米国 その他先進国 南部ユーロ圏 (10億ドル) 中国 その他新興国 ユーロ圏経常収支 中東・北アフリカ 北部ユーロ圏 1,500 1,000 500 0 -500 -1,000 -1,500 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 (年) (資料)IMF よりみずほ総合研究所作成 従来、日本を中心とする経常収支の黒字地域は、財政支出を中心に内需拡大を迫られた。しかも今日 の世界では、需要不足に伴う長期停滞不安が顕現化している。しかし、2月10日にイスタンブールで開催さ れたG20財務大臣・中央銀行総裁会議の声明は、「金利水没」を促すECBの異例な金融緩和対応に対し て物価安定のための措置としてお墨付きを与えただけで、各国の量的緩和による「金利水没競争」の流れ は継続である。結局、ECBを含めた各国の金融緩和を追認するだけで、財政政策による自律的な成長の 回復はG20で示されていない。 今日の欧州は、経常収支の面からはユーロ高になるべき状況の下で「金利水没」という捨て身の戦略で 無理矢理ユーロ安誘導を行っているようなものだ。本来、経済の活性化のためには、黒字地域の欧州が財 政政策中心の内需拡大で不均衡を是正するのが妥当である。しかし、現実には単一通貨であるユーロの 制度を守るべく、南欧で赤字是正を行うがために財政政策を封印し、同時に他国からの需要(外需)に依 存すべく、自国通貨安誘導を行う「近隣窮乏化」政策がとられている。このようにユーロ地域が世界の需要 を吸い込んでしまうブラックホールのような状況では、世界の景気の改善も期待しにくく、「金利水没」状況 も長期化しやすい。ECBが今後量的緩和をやめればユーロ高に戻ってしまうので、2016年9月までとされる 量的緩和を終わらせることは困難ではないか。 1 2 『みずほ欧州経済情報』(2015 年 2 月号 2015 年 2 月 27 日) 「ドイツ国債の日本化、日独金利逆転は今後も続く」(みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2015 年 2 月 20 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
© Copyright 2024 ExpyDoc