動き始めた地方創生特区~国・自治体等の連携で

みずほインサイト
政 策
2015 年 3 月 20 日
動き始めた地方創生特区
政策調査部主任研究員
国・自治体等の連携で地方創生のモデルケースに
03-3591-1336
上村未緒
[email protected]
○ 30年後に人口減少で約半分の自治体が「消滅」する可能性があるという、いわゆる増田レポートが
昨年発表されたのを契機に、地方創生の取り組みへの機運が高まっている
○ 地方創生特区は国家戦略特区の第2弾として位置付けられており、規制改革によって地方創生を図
るツールとなる。3月19日には秋田県仙北市、宮城県仙台市、愛知県の3つの地域が指定された
○ 地方創生特区において、国は追加的な規制改革要望への迅速な対応が引き続き求められる。一方、
特区指定を受ける側の自治体は事業計画の策定プロセスでの調整力や国との折衝力が問われる
1.地方創生の機運が高まり、国家戦略特区の枠組み活用へ
地方創生の機運が高まっている。政権発足当初の安倍政権の経済政策は、都市における経済活性化
を図り、次第にその影響が地方に波及して日本経済全体が押し上げられるという、いわゆる「トリク
ルダウン」効果を狙った施策が目立っていたように見受けられる。しかし、時が経過するにつれて、
大都市圏を中心に経済政策の効果が表れてきた一方で、地方圏には景気回復の実感が乏しいとの声が
多く聞かれるようになってきた。こうしたなか、2014年5月に民間の有識者組織から将来の人口減少に
関するレポートが発表されたことをきっかけに、経済・社会の先行きに対する危機意識が地方圏を中
心に急速な高まりをみせた。加えて、2015年4月に統一地方選挙(12日、26日投開票)が控えているこ
ともあり、安倍政権は昨年半ば頃から地方圏経済の底上げを図る地方創生を重点的な政策課題に掲げ
るに至ったのである。
地域活性化については、これまでも長い年月をかけて多くの取り組みが行われてきたものの、地域
経済全体としての停滞傾向を転換するほどの成果は上げられなかったのが実情である。また、従来の
公共事業や補助金による財政政策的な地域活性化策は、国・地方の財政難を考えると長期的な持続性
に欠ける。
そこで安倍政権は、規制改革を主な手法とする「国家戦略特区」の枠組みを活用して「地方創生特
区」を創設することを決定した。国家戦略特区とは、地域を区切って規制の特例措置等を実施する制
度であり、その第1弾として、2014年3月に東京圏(東京23区のうちの千代田区、中央区、港区、新宿
区、文京区、江東区、品川区、大田区、渋谷区の9区、神奈川県、千葉県成田市)、関西圏(大阪府、
京都府、兵庫県)、新潟市、兵庫県養父(やぶ)市、福岡市、沖縄県の6区域が指定されている。これ
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に続く第2弾が地方創生特区として位置付けられ、2015年3月19日には3つの地域(秋田県仙北市、宮城
県仙台市、愛知県)が選出された。今後、夏頃までには今回指定された地方創生特区での具体的な事
業が動き出すとみられる。
以下では、地方創生が安倍政権の重点課題となった経緯を振り返りつつ、地方創生特区について、
その概要や今後の動きを整理したい。
2.「地方創生」に関する議論の盛り上がりとこれまでの取り組み
まず、地方創生に関する議論が活発化するまでの経緯を振り返ってみる(図表1)。そもそもの発端
は、冒頭に述べた通り、2014年5月に民間の有識者組織である「日本創成会議」の人口減少問題検討分
科会(座長は増田寛也元総務相)が発表した「ストップ少子化・地方元気戦略」と題するレポート(い
わゆる「増田レポート」)であった。同レポートでは、30年後には現在の約半分にあたる896の自治体
が人口減少により消滅する可能性があるとされており、「消滅可能性都市」に名指しされた自治体を
中心に大きな反響を呼んだ。以来、政府でも人口減少対策と地域活性化が経済政策の重要なテーマの1
つとなった。
地方創生に向けた安倍政権の動きとして、まずは、2014年6月に策定された「経済財政運営と改革の
基本方針2014」(いわゆる「骨太の方針」)において、50年後に1億人程度の安定した人口構造を保持
することを目指し、少子化・人口減少の克服や地域活性化などに総合的に取り組む方針が盛り込まれ
た。これを受けて、内閣改造後の同年9月には、地方創生担当大臣が新設され、内閣官房に地方創生の
司令塔を担う「まち・ひと・しごと創生本部」が設置された。同年11月には、地方の人口減少抑制や
経済活性化に関する基本的な方向性を定めた「まち・ひと・しごと創生法」および支援策の申請窓口
図表 1
2014年
「地方創生」に関するこれまでの経緯と今後の予定
5月8日
6月24日
9月3日
11月21日
11月26日
12月19日
2015年
12月27日
1月14日
1月22日
2月3日
3月19日
~4月?
「日本創成会議」が「ストップ少子化・地方元気戦略」に
て30年後の「消滅可能性都市」を指摘
「経済財政運営と改革の基本方針2014」で50年後の人
口1億人程度の維持が目標に
まち・ひと・しごと創生本部が設立
まち・ひと・しごと創生法、地域再生法の一部を改正する
法律が成立
自民党の公約が「地方創生特区」の創設について明記
国家戦略特区諮問会議において「地方創生特区」創設
の方針が提示
地方創生の総合戦略と長期ビジョンが閣議決定
2015年度の予算案と税制改正大綱が閣議決定
地域再生計画が認定(改正地域再生法に基づくもの)
2014年度補正予算が成立
地方創生特区の区域が指定
2015年度予算が成立見込み
(資料)日本創成会議「ストップ少子化・地方元気戦略」(2014 年 5 月 8 日)、まち・ひと・しごと創生本部ホームページ
などより、みずほ総合研究所作成
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の一本化などを定めた「地域再生法の一部を改正する法律」が成立した。そして同年12月27日に、地
方創生に関する2020年までの方針や具体的な施策からなる「総合戦略」と、50年後の展望である「長
期ビジョン」がまとめられた。
足元では、上記の2つの法律に沿って、地方創生に関わる予算・税制上の手当てが進められている。
具体的には、2015年度税制改正において地方に移転する企業への減税などが盛り込まれたほか、2014
年度補正予算では、自治体が使途を自由に決定できる交付金が創設された。地方創生関連として合計
で約3兆円が計上されている2015年度予算案が国会で審議中であり、2015年4月頃の成立が見込まれて
いる。
3.国家戦略特区第 2 弾としての「地方創生特区」指定
前節で述べた予算・税制上の手当てに加え、地方創生に向けた取り組みの1つとして、安倍政権は「地
方創生特区」を推進しようとしている。地方創生特区は、安倍政権下で創設された国家戦略特区の枠
組みを活用し、地域を限定した規制改革を通じて地方圏の産業・雇用創出を図り、ひいては自律的で
持続的な社会の創生を目指すものである。地方創生特区の構想は、2014年12月14日の総選挙に向けた
自民党の公約に初めて記載された。そして、選挙直後の同年12月19日には国家戦略特区諮問会議が開
催され、安倍首相が行政府の長としての立場で、国家戦略特区の第2弾として地方創生特区を指定する
方針を明らかにした。これを受けて、2015年3月19日に秋田県仙北市、宮城県仙台市、愛知県の3区域
が新たな特区に指定された。
地方創生特区指定のプロセスをみると、国家戦略特区第1弾の時と同様に、まず、内閣官房に設置さ
れている国家戦略特区ワーキンググループ(メンバーは民間の有識者)が、自治体から寄せられた提
案1のなかから一定の条件の下で候補を選出してヒアリングを行い、さらに絞り込んだ上で、最終的に
は国家戦略特区諮問会議において特区に指定される地域が決められた。
地方創生特区に指定されるためには、自治体による提案が国家戦略特区の指定基準を満たしている
ことがまず求められた。すなわち、①特区内における経済的社会的効果、②国家戦略特区を超えた波
及効果、③プロジェクトの先進性・革新性等、④自治体の意欲・実行力、⑤プロジェクトの実現可能
性、⑥インフラや環境の整備状況である。さらに、上記基準のうち④自治体の意欲・実行力を判断す
る際には、以下の3つの「基本的考え方」を適用することとされている。
「基本的考え方」の第一は、国家戦略特区法(2013年12月成立)で整備されている規制改革項目(い
わゆる「初期メニュー」
、次頁図表2)のうち、調整等の実務上のコスト負担が大きいことから第1弾で
の活用があまり進んでいない項目の確実な活用である。具体的な規制改革項目としては、農業委員会
改革や公設民営学校の設置、古民家を旅館として活用する旅館業法の特例措置などが挙げられている。
今回指定を受けた地域のうち、たとえば愛知県の提案では、農地所有に係る事務を農業委員会から市
へ権限移譲することや、県立愛知総合工科高等学校の運営を民間事業者に開放することなどが含まれ
ている。
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第二の考え方は、今通常国会に提出される国家戦略特区法改正法案に盛り込まれている追加的な規
制改革項目(いわゆる「追加メニュー」、前掲図表2)の積極的な活用である。特区に指定された地域
の提案のなかでは、たとえば仙北市が、市内の広大な国有林の民間貸付・使用拡大による林業の効率
化、活性化を図る計画を提示している。また、東北地方随一の人口を抱える仙台市は、NPO法人の起業
手続きの迅速化などによる雇用創出といった東北復興のアイデアを提案している。
そして第三は、無人飛行・自動飛行、無人運転・自動運転、遠隔医療、遠隔教育、ロボット、人工
知能(AI:Artificial Intelligence)などの、いわゆる「近未来技術」に関する実証実験の積極的な
受け入れであり、今回指定が決まった3つの地域の事業においても、無人飛行や自動運転の実証が組み
込まれる方向となっている。
図表 2
国家戦略特区において活用可能な規制改革事項と検討中の追加項目
主な特例措置
・病床規制の特例による病床の新設・増床の容認
・国際医療拠点における外国医師の診察、外国看護師の業務解禁(一部※)
・保険外併用療養(部分的に認められている保険診療と保険外診療の併用)の拡充
・医学部の新設に関する検討
ュー
初 ・雇用条件の明確化
期 ・公立学校運営の民間への開放(公設民営学校の設置)
メ ・容積率・用途等土地利用規制の見直し
ニ
・エリアマネジメントの民間開放(道路の占用基準の緩和)
・農業委員会と市町村の事務分担
・農業生産法人の要件緩和
・農業への信用保証制度の適用
ュー
追
加
メ
ニ
・農家レストランの農用地区域内設置の容認
・古民家等の歴史的建築物の建築基準法の適用除外など(※)
(特区における特例措置である「歴史的建築物に関する旅館業法の特例」を含む)
・開業などの各種申請ワンストップセンターの設置
・公証人の公証役場外における定款認証
・「地域限定保育士」(仮称)の創設
・NPO法人の設立手続きの迅速化
・国有林野の民間貸付・使用の拡大
(注)1. 初期メニューは、「国家戦略特区における規制改革事項等の検討方針」(2013 年 10 月 18 日決定)における規制改革事項。
2. 追加メニューとは、「国家戦略特区における追加の規制改革事項等について」(2014 年 10 月 10 日取りまとめ)における主な
規制改革事項。
3. (※)は全国規模で認められる規制改革事項。
(資料)国家戦略特区諮問会議「規制改革事項の追加及び地方創生特区の指定について」(2015 年 1 月 27 日)より、
みずほ総合研究所作成
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4.自治体に求められる 2 つの調整力
以上で述べてきた地方創生特区は、地方創生の起爆剤的な役割を果たすことが期待されている。そ
のためには、どのような点に留意する必要があるのかを最後に考えてみたい。
安倍政権が進める地方創生においては、これまでの地域振興策にしばしば見られた全国一律型の支
援ではなく、地域の自主性や主体性を尊重し、それぞれの地域の実態に合った支援策を講じるという
方針が打ち出されている。そうした方針に照らし合わせると、先述した地方創生特区の指定に当たっ
ての「基本的考え方」は果たして妥当であるか、若干の疑問がわいてくる。繰り返しになるが、
「基本
的考え方」では、すでに国家戦略特区法や同法改正法案に盛り込まれた規制改革項目を活用した事業
計画であるかが特区指定の際に考慮される方針が示されている。省庁間での調整を経て認められるこ
ととなった規制改革項目の活用を促したいという国の思惑もわからなくはないが、こうした姿勢を強
く打ち出し過ぎると「国からの押し付け」の性格が強まり、地方創生の基本哲学とも相反してしまう
のではないだろうか。地域が「法律で認められている規制改革を盛り込んだ特区事業の良いアイデア
はないか」と考えるようになっては本末転倒である。3月19日に開催された国家戦略特区諮問会議では、
仙北市、仙台市、愛知県が地方創生特区に指定されたが、今後も行われる地方創生特区の追加指定で
は、現行の「基本的考え方」のような判断指標は取り払われるべきであろう。逆に、地方から国に対
して追加的な規制改革要望が出される場合には、それが新規の特区提案によるものか、あるいはすで
に特区認定を受けた事業の実施過程で出てくるものであるかにかかわらず、国は引き続き迅速な対応
を図ることが求められる。
一方、特区の認定を受ける側である自治体としては、2通りの調整力が問われる。1つは、特区事業
の計画策定に当たっての調整力である。当該地域に固有の地域資源をいかにして発掘し、それを存分
に活用した有望な事業計画を練り上げていくか、自治体の腕のみせどころとなる。そういう意味では、
行政を中心としたアイデアだけでは限界があることを前提としたうえで、企業や地域住民など地域経
済に係る多様な主体を巻き込み、場合によっては他地域の企業など(いわゆる「よそもの」)の参画も
得ながら、多角的な視野に立った議論を行い、そこから得られた気づきや発見、具体的な提案等を自
治体が調整役となって事業計画に適切に反映させていくことが重要であると考えられる。
自治体が発揮すべきもう1つの調整力は、国との調整力である。地方創生特区(およびそのベースに
なっている国家戦略特区)の枠組みでは、特区事業の推進段階で新たな規制・制度上の課題が発生し
た場合、国は必要な改革を確実に実現していくこととされている。そこで自治体に求められるのは国
とのパイプ役であり、地域の代表者として規制・制度改革の追加的要望を国に随時伝えるとともに、
必要に応じて国との折衝に汗を流す役割が求められる。
地方創生特区は今まさに始まろうとしているところであり、これからの運営次第でその成果も大き
く変わりうる。国・自治体・企業等が上手く連携しつつこの仕組みを活用し、地方創生のモデルケー
スと呼べるような特区が多く誕生することが望まれる。
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2014 年 7 月~8 月に国家戦略特区の第 2 弾指定に向けた募集が行われた。提案総数は 206 件 157 団体(うち、個人・企業等が
109 団体、自治体等が 48 団体)であった。
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