東京ウィメンズプラザ平成26年度配偶者暴力(DV)防止講演会 「身近な人の、身近な問題 DVを知って DVをなくす」 講師:西山さつきさん(NPO法人レジリエンス)」 ●はじめに・・・ レジリエンスでは、被害者を輝ける力を持っている方々であるという敬意とメッセージを込め、「☆(ほ し)さん」と呼んでいます。暴力をふるう加害者は、英語の「Batterer」から「Bさん」と呼んでいます。 内閣府「男女間における暴力に関する調査(平成23年)」によると、現在4人に1人がDVを経験してい ます。身近で起きているかもしれないDV問題に対応するには、今までこの問題に気づいていなかった人が 気づき、適切な対応をしていくことが大切です。 ●DVの特徴と種類 DVとは、夫婦間や恋人間などで起きる暴力のことです。特徴としては、対等であるべき関係性が、片方 のみ力を持ち、もう片方が力を持つことが許されないという上下関係にあり、そして、力を持っている方が もう片方を自分の思いどおりに支配しようとすることなどが挙げられます。この支配を強烈にするために用 いられるのが暴力です。DVの関係の特徴は、☆さんが恐怖を感じていることかもしれません。DVは、暴 力があって安全でなく、言いたいことが言えず話し合いもできないような圧倒的な支配関係の中で起きます。 相手を支配するための暴力には、 「身体的暴力」 「性暴力」 「経済的暴力」 「精神的暴力」そして、インター ネットや携帯電話を使った「デジタル暴力」の5種類があります。「身体的暴力」は、殴る蹴る、髪を持っ て引きずるなどの直接的な暴力が多いのですが、眠らせない、病院に行かせない、飲み物や食べ物を与えな いなど、間接的な暴力もあります。「性暴力」は、見知らぬ人からのレイプの他、夫婦間などの親密な関係 の中でも発生し、避妊に協力しないのも暴力に含まれます。夫婦間などにおいて、本当の意味で同意をして いない性行為は性暴力と考えられます。性暴力は、その人の生きる意欲を蝕んでいくような破壊力を持ちま す。「経済的暴力」は、生活費を渡さない、足りなくなるような額だけ渡すなどがあります。これは非常に 貧しい家庭での話ではなく、中間層や裕福な家庭の中でも起きます。「精神的暴力」は、ばかにする、見下 したような扱いを繰り返し行う、周囲に悪い評判を広めて☆さんの価値を落としていく、外出する際には許 可制にし、☆さんを孤立させるなどがあります。 「デジタル暴力」は、携帯電話をチェックして誰と連絡をと っているのかを把握する、GPS機能でいつどこにいるのか常に監視するなどがあり、若い人の中で特に問 題になっています。携帯電話の普及により、第三者は介入ができなくなりつつあり、風通しの悪い2人だけ の世界で問題が悪化していくケースもあります。また、FacebookやTwitter等のSNSにおいては、なりす まして変なことを書かれたり、勝手に友達を拒否設定されていたりもします。体の写真や動画をネットに公 開すると脅されたりもします。 1 行為だけをみていると見逃してしまうものもあります。2人がそこに至るまでの関係性や歴史を深く見て いかないと、DVが見えてこないケースもあります。 ●なぜ別れられないのか DVにはあるサイクルがあります。暴力が発生した後、多くのBさんたちは謝ったり優しくなったりし ます。暴力を受けても、優しくされることによって、もう一回信じてみようと思ってしまう場合も多いです。 しかし、また緊張感が高まり暴力が行われる。これが何度も繰り返され、別れられなくなるのがDVの特徴 です。経済的な理由、サポートの少なさ、相手の暴力が恐くて別れられないなど、別れられないことには様々 な理由がありますが、トラウマティックボンディングという心理が関与しているとみることもできます。暴 力をふるって緊張を強いた後、反対に優しくするという行為が繰り返されることで、 「別れられない」 「何と かここでやって行かなくてはならない」と思ってしまう特殊な心理に陥ります。 また、 「なにがあっても我慢するべきだ」 「子供がいるから考えなおした方がいい」という周囲の対応がDV からの離別を阻むこともあります。そして離別後の☆さんや子供たちのケアの場やサポート体制をもっと充 実させることも重要です。☆さんがDVから逃れられない理由は社会の中にもあるのです。 ●暴力を“選ぶ”Bさんとその二面性 暴力をふるったBさんは、 「相手にも問題がある」と主張することがあります。そう聞くと、周囲の人は、 この件についてBさん☆さん双方の責任を問い始めてしまうかもしれません。しかし、どんな問題があった としても、暴力以外の解決方法が必ずあるということに注意しなければなりません。暴力をふるっていい理 由は1つもありませんし、暴力をふるわれても仕方のない人もいません。そういう意識を社会で高めていく ことが、暴力を減らしていくことにつながっていきます。 さらに、Bさんは二面性を持つという特徴があります。Bさんにとって有益な人間関係の中では良い人を 装い、自分が見下してもいいと思っている人間関係の中では横柄で暴力的な態度をとる人もいます。DVに 精通したランディ・バンクロフト氏<ランディ・バンクロフト氏が答えるQ&A ドメスティック・バイオレ ンスの真実 NPO法人レジリエンス著・編集 2011>が言うように、外見上は非常に紳士的でフレンド リーな良い人が家の中ではひどい暴力をしている、ということは珍しいことではありません。そのことを調 停や裁判に関わる人たちが知っていくことが大事です。Bさんから離れた☆さんを、非常に良い人の雰囲気 で追跡してきた場合、対応する側のガードが緩んでしまい、情報が漏れ、☆さんやその子供たちの命に関わ る問題に発展することがあります。 Bさんたちが回復していくための方法として、もともとアメリカで開発された“加害者更生プログラム” があります。日本では、民間団体の「aware(アウェア)」等がファシリテーターを養成し、各地で実施され ています。 2 ●DVの心理的な影響 暴力のある関係性の中で、☆さんは、その人らしさを否定され、身体だけでなく心に大きな傷を受けます。そ れはトラウマとして残り、様々な影響を及ぼします。身体の傷と異なり目には見えないものですが、大変大きな 問題です。トラウマは記憶にも影響を及ぼします。周囲の人からは不審に思われることがあるかもしれませんが、 トラウマに関する記憶がところどころ落ちている、時系列に並べることができない、肝心なところの記憶が全部 ないといったことが起きるのは、トラウマの記憶ゆえの特性だということを知っておいてください。 また、DVのある関係では☆さんの内側にも様々な深刻なダメージが発生します。DVの環境では、相手と話 をする時、自分の意見は言わなくなっていくことがあります。自分の意見が暴力につながることを恐れて、会話 をしながらも、何を言えば自分は安全でいられるか、そればかり考えるようになります。自分はどうしたいのか、 どう感じているのかという大事な情報が、認知できなくなることもあります。自分が今どのように感じているの かは、その人にとってとても大切な情報です。それが分からなくなることは思っている以上に深刻な事でもある のです。 また、いつ何が起こるか分からない環境では常に緊張を強いられ、心身ともに疲れ切っていくこともあります。 そういったことは体の傷とはまた別なDVの悪影響となるのです。 DVから離れた後にトラウマの症状が強くでることもあります。フラッシュバックの症状などに圧倒された時、 元の環境に戻りたくなるということも発生しやすくなります。不思議な感覚なのですが、フラッシュバックに圧 倒された時、相手の元に戻ると一瞬ですが、トラウマの症状が緩和されるような気がするのです。 離れた後2、3カ月の間は、心理的なサポートや、子育てや生活のサポートを受けられるような仕組みをつく っていくことも必要です。 ☆さんが回復していくために、講座に参加してみたり、DVに関する本を読むなどして情報を得ることは とても大事なことです。レジリエンスでは、DV・トラウマからの回復のため「こころのcare講座」を実施 しています。大変な経験をしてきた☆さんたちに、自身に起きていることについての情報を届け、DVによ って失われている自尊心や力を取り戻していく場所が必要だと考えています。 ●周囲からの気づき、サポートについて 相談窓口カードを渡す、講演会に誘う、書籍を紹介するなど、できるだけたくさんの選択肢を提案してく ださい。押しつけてしまうと負担に感じられることもありますので、選ぶのは☆さん自身というところがポ イントです。例えBさんから離れないという選択をした時も、支援のつながりを途切れさせないことが大事 です。何とか別れさせようとするのではなく、☆さんの選択を尊重しつつ、支援者がつながりながらリスク アセスメントを行い、心のケアを行っていくことが大切です。すぐには無理でも後々役に立つということは 多々ありますので、できるだけたくさんの情報を持っていてください。 ☆さんは、トラウマにより決断力や判断力が落ちていることもあります。今すぐ決めるということが非常 に難しい場合もありますので、可能な場合は検討する時間をおくようにしましょう。PTSD(心的外傷後 3 ストレス障害)の症状があるときは、外見上元気そうに見えても、内側に症状が隠れていることがあります。 レジリエンスでは、<支配があるかどうかのチェックリスト>を作成しました。チェックリストにいくつか あてはまる場合は、力の差があり、相手からコントロールされている関係の可能性があります。 ●子供への影響 子供への虐待発生率は、DV家庭の方がそうでない家庭に比べ、数倍高いと言われています。DVと児童 虐待はすごく近いところにある問題として考えていかなければなりません。子供がDVを目撃することは児 童虐待の一種と言われており、安定した養育環境が維持できないと、様々な形でトラウマの影響が出てくる ことがあります。小さな赤ちゃんであっても、まばたきが増えたり、睡眠、嚥下(えんげ)障害といった症状 が起き得ます。子供がまだ小さい内は、家を出るのが怖いと思われるかもしれませんが、早い段階の方が子 供へのDVの影響が少ないということもお伝えしたいと思います。 子供は虐待やDVがある状況下でも、何とか生き延びようと対策をとっています。周りの大人から見ると、 問題児や厄介な子というふうに見えてしまうかもしれませんが、それは、その子なりに安全でいようとして いることなのかもしれないということを理解し、何か家の中に問題があるのかもしれないと念頭に置きなが ら対応していく必要があります。また、つらい経験から心を守るため、つらさを感じないようにする解離症 状が起きている場合もあります。解離症状の場合は、問題行動を起こす場合より問題が見えにくく、ケアに つながらないこともありますが、そういう子供に対しても配慮していくことが重要になってきます。 また、子供には大人との間にアタッチメントとなるつながりが必要です。親だけではなく、地域の人との 良いつながりが子供を育てていくことになります。いい人間関係のあり方、お互いを尊重し合うような関係 性、適度な距離感の取り方は、身近な大人の生き方から学びます。子供に対して、お互いを尊重した暴力を 4 使わないような生き方をして見せるということが大事です。 さらに、トラウマを受けた子供は大変大きい緊張感を抱えているため、接する時には、前もって今後の予 定を言葉で伝えておくと安心感を与えることができます。 「自分は大丈夫」 「やっていける」という体験を感 覚として積んでいくことが必要になってきます。 子供のケアにおいてとても重要なのが、☆さんの回復です。☆さんの回復が子供の生活を安定させ、その ことが子供の回復の基礎になります。 絶対的な支配の中では、☆さんが子供を守り切れず暴力に加担しなければならない場面も発生しますので、 DV家庭に介入することは子供を守っていくことにもつながります。おかしいなと思うところがあったら、 ぜひ相談機関につながってください。☆さん自身が電話相談につながらない場合でも、危険度が高いときに は周囲の人から直接相談員に相談することもできます。 ●PTG(心的外傷後成長)とは DVが起きた後は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などトラウマによって体や心に色々な影響が出 てきます。しかし、そのトラウマの後には、PTG(心的外傷後成長)があります。「G」は「Growth(成 長)」を表し、つまりトラウマを経験したことによって、成長の力を得ます。つらくて悲しい経験をしたこ とによって、人のつらさ、人の悲しみに寄り添う力、そんなPTGもあります。何らかの傷つきを経験した 人というのは、弱い人ではありません。PTGという強さも持っている人です。その人たちが自分の強さを 感じられるよう、回復の道を歩めるような社会をつくっていきたいです。 5
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