日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 5(2015) 身近な素材を用いた安価で簡易な霧箱 Simple and Inexpensive Cloud Chambers using Familiar Materials ○ 吉永恭平 大西和子 鎌田正裕 YOSHINAGA, Kyohei ONISHI, Kazuko KAMATA, Masahiro 東京学芸大学 Tokyo Gakugei University [要約] 本研究では,身近にある素材で手軽に準備できる霧箱を作製した。その際に,ドラ イアイスや液体窒素等の冷却材の代わりに,食塩水を凍らせたものを使って飛跡を観察でき るようにした。さらに,準備がより容易な冷却材として,市販されているアイスシャーベッ トをそのまま利用できないかについても検討した。 [キーワード] 霧箱,簡易型,氷,食塩,アイスシャーベット はじめに 平成 20 年の中学校学習指導要領改訂で, 理科第 1分野の内容(7)のアの「 (イ)エネルギー資源」 の取り扱いについて, 「放射線の性質と利用にも触 れること」との記述が加わった。また,平成 23 年 3 月の東京電力福島第1原子力発電所の事故以 来,放射線・放射能についての正しい理解が広く 一般に求められるようになってきた。 一方で学校現場での放射線に関する学習は,そ の取扱いの難しさから実体験をもとに理解を深め ることが十分にできていないという現状がある。 その中で「霧箱」の実験は,放射線の存在を視覚 的に示すことができ,観察者の興味関心をひき, さらに放射線の性質理解にもつながる有用な教材 の一つである。そこで学校現場で利用しやすい, 簡易かつ安価な霧箱の開発に取り組んだ。 1 2.研究の目的・背景 現在学校現場において使用されている簡易霧箱 の多くは,霧箱内部に温度勾配を設けるために冷 却材として液体窒素やドライアイスを用いる。し かし,液体窒素やドライアイスは長期間の保存や 再利用ができないため,授業に合わせて調達する 必要があり,学校現場からは授業で実際に扱うこ とが難しいとの声がある。 東京学芸大学鎌田研究室では,霧箱の研究・開 発,改良を継続的に行っており,その先行研究の 中で,冷却用に「フローズンシート-18」という融 点が-18℃の保冷剤を用いた霧箱がある(Kamata, Kubota, 2012)。この霧箱では,フローズンシー ト-18 を2枚のアルミ板で挟み,コールドプレー トを作製し,これを霧箱の底面に使用した。霧箱 の構造と外観を図 1 に示す。 フローズンシート-18 は冷凍庫で凍結し,一定時間-18℃を保つが,液体 窒素やドライアイスと比べると高温である。そこ で霧箱上部のステンレス容器にお湯を入れること で,霧箱上部を加熱し,霧箱内に十分な温度勾配 を確保する仕組みである。 図 1 コールドプレートを使った霧箱の 外観(右上)と構造(左) フローズンシート-18 を使わず,塩と氷を霧箱 の冷却材とした研究がある(Yoshinaga, Kubota, 2015)。 ドライアイスや液体窒素の代わりに,砕いた氷 と食塩を混ぜ合わせることで,約-20℃を得ること が可能である。しかし,氷と食塩を混合した寒剤 は,混合の仕方によって温度にむらができること がある。この問題を解消するために,放熱フィン ― 17 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 5(2015) を氷と食塩の寒剤に挿し込むことで,その温度の むらを最小限に抑え,効率的に霧箱底部を均一に 冷却することができる。これによってほとんど失 敗することなく,長時間飛跡を観察することが可 能となる。氷と食塩の寒剤と放熱フィンを用いた, 小型のコレクションボックス型霧箱の構造図と外 観を図 2 に示す。 線源にはトリウムが含まれているマントルを, その繊維が散らないよう,ガムテープに貼り 10mm ×5mm 程度に切り分け,割りピンで挟んで固定し たものを使用した。マントルからはβ線も放出さ れるが,観察は確認が容易なα線の飛跡を中心に 行った。飛跡を可視化するための液体にはエタノ ールを用い,作製時に上部のフェルトに 5ml 程度 しみ込ませた。 また,霧箱上部には,霧箱内部の温度勾配を大 きくし,エタノールの蒸発を速めるために,お湯 (70℃)を入れるためのプラカップを取り付けた。 その構造と外観を図 3 に示す。 プラカップ お湯 アルミテープ フェルト 黒画用紙 線源 アルミテープ 図 3 プラスチックコップの霧箱の構造(左) と外観(右) (2)氷と食塩の冷却材の作製 霧箱に使う冷却材は,食塩水を冷凍庫で凍結さ せたものを用いた。その外観を図 4 で示す。 図 2 氷と食塩を用いたコレクションボック ス型霧箱 本研究では,これらの霧箱を改良し,より手軽 に準備できるように,凍結させた食塩水を使って 飛跡を観察できる霧箱を開発した。また,冷却材 の準備をより容易にするために,市販されている アイスシャーベットを使用した霧箱についても試 作し,凍結食塩水の場合と比較した。 3 研究の方法 (1)霧箱本体の作製 図 1,図 2 に示した霧箱では小型のコレクショ ンボックスを観察部に使用したが,本霧箱ではこ の部分にプラスチッククコップを使用した。その 際,内部にアルコールで湿らせたフェルトや線源 を入れ,その後に底面を封じ,エタノールの補充 が不要な閉鎖型で作製した。 ― 18 ― 図 4 食塩水を凍らせた冷却材の外観(左) 霧箱をその上に乗せたもの(右) 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 5(2015) 冷却材として使用した食塩水を凍結させたもの は,NaCl の比率が 23%程度の時,寒剤の冷却性 能が最も高いとされている。今回は食塩濃度が 23%の食塩水 200mL を,PET ボトル容器の底部 をカットして作製した容器に入れて,凍らせたも のを使用した。 (3)アイスシャーベットの冷却材 冷却材をより容易に準備できるようにするた め,市販されているアイスシャーベットがそのま ま使えるかどうかについて検討した。 アイスシャーベットには「サクレ SACRE レモ ン」200ml(¥88)を使用した。使い方は,上で 述べた凍らせた食塩水の場合と同様で,シャーベ ットのカップのふたを開け,3. (1)で作製した 観察部をそのまま乗せて使用する。その様子を図 5 で示す。 図 6 冷却材の温度変化 4.結果と考察 (1)凍結食塩水での放射線の飛跡の観察 霧箱本体を,冷凍庫から出したばかりの凍結食 塩水の上に直接置き,霧箱上部のプラカップに湯 (約 70℃)を 65ml 程度注ぐ。塩化ビニール製のパ イプで霧箱本体に静電気を与えながらしばらく待 つと,2 分程度で図 7 に示すような,α線の飛跡 が確認できた。 凍結食塩水は低温状態を長く保持できるため, お湯の温度を下げないよう適宜注ぎ足しすること で,20 分以上安定してα線の飛跡を観察すること ができた。 図 5 アイスシャーベットを用いた霧箱 (4)低温状態の比較 (2)と(3)の冷却材が冷凍庫(約-23℃)から出し て,室温(22℃)でどの程度低温を保持できるか, 霧箱を乗せる前の状態で温度の測定を行った。そ の結果を図 6 に示す。温度は,それぞれの冷却材 の中心部を測定し,計測には温度測定範囲が-60℃ ~+500℃の放射温度計(A&D 社の放射温度計 AD-5611A)を使用した。 グラフから分かるように,食塩比率が 23%の冷 却材は 20 分以上-20℃前後の温度を保つことがで きた。また,アイスシャーベットでは,徐々に温 度上昇が見られるが,冷凍庫から出してすぐの温 度の低い状態であれば,霧箱の冷却材として使え る可能性が示唆された。 図 7 観察されたα線の飛跡(凍結食塩水) (2)アイスシャーベットでの放射線の飛跡の観察 冷凍庫から出したばかりのアイスシャーベット のふたを取り,4.(1)と同様にしてしばらく待つ と,2 分半程度で図 8 に示すような,α線の飛跡 が確認できた。 しかし,α線の飛跡が見えはじめから 10 分後に は,α線の飛跡が見えにくくなり,12 分後には飛 跡を観察することができなくなった。この時のア イスシャーベットと湯の温度をそれぞれ測定する と,アイスシャーベットでは-7.8℃,湯は 50.4℃ を示していた。 ― 19 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 5(2015) 冷却材として凍結させた食塩水を用いると,霧 箱の冷却材の準備が容易となるだけでなく,冷却 材の大きさに合わせて,霧箱本体も様々な大き さ・形状で作製することが可能となる。また,線 源として温泉水由来のラドン(半減期 3.8 日)な どを容器内に封入することができれば,連続的に 観察することでα線の飛跡が徐々に減ってくるこ とを確かめられるので,半減期の学習に役立つも のと考えられる。 図 8 観察されたα線の飛跡 (アイスシャーベット) これらのことをまとめると, ・閉鎖型のプラスチックコップを利用した簡易型 霧箱でも,α線の飛跡を観察することができる。 ・凍結食塩水を使うことで 20 分以上安定してα線 の飛跡が観察できる。 ・アイスシャーベットでも同様にα線の飛跡を観 察することができるが,観察できる時間は 10 分程 度であった。 5.おわりに 本研究により,身近な素材で霧箱を作製できる こと,また,市販されているアイスシャーベット を冷却材としてα線の飛跡が観察できることが分 かった。 今回利用した身近な素材としてプチクリアカッ プ(10 個\140) ,クリアグラス(8 個\114) ,アイ スシャーベット(1 個\88)であり,霧箱を 1 つ作 る材料に換算すると 116 円程度となる(アルミテ ープ,フェルト,線源(マントル)代を除く)。 引用及び参考文献 Kamata, M. and Kubota, M.: “Simple cloud chambers using gel ice packs”, Phys. Educ. 47, 429-433, 2012 Yoshinaga, K., Kubota, M. and Kamata, M.: “Simple cloud chambers using a freezing mixture of ice and cooking salt” ,Phys. Educ. 50, 23-27,2015 本研究の一部は,文部科学省国立大学改革強化推進 補助金「大学間連携による教員養成の高度化支援シ ステムの構築-教員養成ルネッサンス・HATO プロ ジェクト-」の助成を受けて行ったものです。 ― 20 ―
© Copyright 2025 ExpyDoc