Ⅲ.主な小児救急疾患 12. 外因系疾患 1.頭部外傷 1.疾患概論 1)初期診療 ● 頭部単独外傷の可能性が高いと思われても,他部位の致命 的な外傷が否定されるまでは外傷初期診療ガイドライン (JATECTM)に従った診療を行うことが望ましい. ● 小児頭部外傷では占拠性病変による脳ヘルニアよりも二次 性脳損傷によるびまん性脳腫脹が多い. ● 頭部外傷の初期診療の目的は,気道・呼吸・循環を安定化 させて二次性脳損傷を最小限にすることである. 2)頭部外傷の重症度 ● GCS スコア(付表 3)で定義される. 軽症(mild) :GCS 13∼15 中等症(moderate):GCS 9∼12 重症(severe) :GCS 8 以下 ● 中等症以上の症例は,脳神経外科医と小児科医がいる施設, もしくは救命救急センターへの搬送が望ましい. 3)Pitfall ● しばしば頸部外傷を合併する. ● 頭部単純 X 線の意義はほとんどない. ● 外傷の治療だけでなく予防教育に努める. ● ヘルメット着用は頭部への衝撃の加速度を 87%減少させ るとの報告もあり,有効である. 4)重症頭部外傷の治療 ①気管挿管 ● 上気道閉塞の危険,GCS スコア 8 点以下,または呼吸・循 298 1.頭部外傷 環動態の不安定は気管挿管の適応である. ● 頭蓋底骨折のリスクがある場合には経鼻挿管は避ける. ● 気管挿管の手技で頭蓋内圧を上昇させないように十分な鎮 痛鎮静を行う.また,脱分極性筋弛緩薬(スキサメトニウ ムなど)は使用しない. ②酸素化と換気 ● 酸素化は SpO2 95%以上に維持する. ● 脳 血 流 量 が 減 少 す る た め, 盲 目 的 な 過 換 気(PaCO2 < 35 mmHg)は避ける. ● 脳ヘルニア徴候がないかぎり,PaCO2 は 35∼40 mmHg 程 度に維持する. ● 脳ヘルニア徴候を伴う急激な頭蓋内圧亢進に短時間の過換 気は有用である. ③頭部の位置 ● 頭部を 15∼30° 挙上し,正中位を維持する. ④高浸透圧利尿薬(マンニトール,濃グリセリン) ● 頭部外傷にルーチンに使用すべきでない. ● 占拠性病変に対する手術までの切迫脳ヘルニアへの対処と して使用する. ● 循環血漿量減少や電解質異常などに常に注意が必要である. ● 高張食塩水(3%食塩水)が有効との報告がある.明確な 投与量のエビデンスはなく,2∼6 mL/kg を初回投与量とし, 0.1∼1.0 mL/kg/時で持続投与する方法がよく用いられる. ⑤体温 ● 高体温は積極的に是正する. ⑥予防的抗けいれん薬投与 ● 受傷後 7 日以内に起こる早期外傷後てんかんの予防のた めにフェニトインを投与する. ⑦頭蓋内圧(ICP)センサーの挿入 ● 一般的に GCS スコア 8 点以下で ICP モニタリング実施. 299 Ⅲ.主な小児救急疾患 12.外因系疾患 ● 年齢によって ICP 正常値は異なるが,15∼20 mmHg 以内 が望ましい. ● 脳血流を保つには平均動脈圧から ICP を引いた脳灌流圧 (CPP)の維持が重要である. ● CPP は少なくとも 40 mmHg 以上, 年齢を考慮して 40∼ 65 mmHg 以上に維持するのが望ましい. ⑧手術適応 ● 小児の指針はなく,成人頭部外傷による頭蓋内血腫の手術 ガイドラインを参考に施設や医師の判断にゆだねられる. 2.各論 1)頭蓋骨骨折 ● 頭蓋骨骨折単独であっても経過観察入院とし,脳神経外科 医へつなげることが望ましい. ①線状骨折 ● 合線との区別が重要である. ● 皮下血腫や頭蓋内血腫から骨折が明らかになる場合もある. ②陥没骨折 ● 開放性骨折であることが多い. ● 手術適応は,開放性骨折,硬膜損傷で髄液流出がある,頭 蓋骨の厚さ以上の陥没,骨片が脳内へ迷入したり異物混入 があったりする,美容上の問題,などがあげられる. ③頭蓋底骨折 ● 髄液鼻漏,耳漏,Battle 徴候,パンダの眼徴候などの所見 に注意する. ● 錐体骨の骨折時には顔面神経麻痺の有無に注意する. ● 頸動脈管を横切る骨折は頸動脈損傷を示唆する. 2)頭蓋内出血 ● 新生児では凝固異常の存在に注意する. ● 新生児や乳児の頭蓋内出血の場合,ショックや貧血をきた すことがある. 300 1.頭部外傷 ● 海外の臨床研究の予測ルールの一部は軽微な頭蓋内出血の 検出を目的にしていないため,注意を要する. ①急性硬膜外血腫 ● 成人と比べると頻度は少ない. ● 乳幼児では意識清明期の後に数時間以内に神経症状が増悪 する典型的症例(lucid interval)は少ない. ● CT 上,高吸収域で凸レンズ上の血腫がみられる. ● 大量血腫になることがあり,頭部単独外傷でもショックに なりうる. ②急性硬膜下血腫 ● 架橋静脈の損傷によって起こることが多く,乳児の発症は 緩徐な進行である. ● 乳幼児の急性硬膜下血腫では虐待の存在を忘れない. ● CT 上,高吸収域で頭蓋骨内板に沿って三日月状の血腫が 診られる. ③脳挫傷・外傷性くも膜下出血 ● 成人と比べて contrecoup injury は少ない. ● 受傷後 24∼48 時間で最も明確となる. 3)びまん性脳損傷 ● CT 上異常を認めないか,ほとんど異常がないにもかかわ らず,重度の意識障害など広範な脳機能障害を生じる損傷. ● 病変の描出には MRI の感度が高いが,初期診療時に撮影 しなくてもよい. ①びまん性脳腫脹 ● 受傷後 24∼48 時間後に出現することが多い. ● 脳溝や脳槽の圧排や脳室の圧迫偏位が典型的な画像所見. ● 二次性脳損傷によって生じるものの予後は不良であり,予 防が重要である. ● 小児では一次性脳損傷によって脳血液量が増加する病態が あり,この場合は過換気療法が著効し,二次性脳損傷と異 301 Ⅲ.主な小児救急疾患 12.外因系疾患 なって予後は良好である. ②びまん性軸索損傷 ● 一次性脳損傷で脳組織全体に強い剪断力が加わって生じる. ● 受傷直後から昏睡状態が 6 時間以上遷延するのが特徴. 4)脳震盪 ● 外傷が関係した意識状態の変容やさまざまな症状を総称し たもので,意識消失の有無は問わない. ● 脳震盪で自分の名前や生年月日を忘れることはない. ● 一般的に,一過性健忘は数時間以内に改善することが多い. ● 解剖学的損傷を伴わないため,臨床症状から診断する. ● 発達中の脳への潜在的な危険性が指摘されており,小児で は特に注意を要する. ● さまざまなアセスメントツールがあるが,まだ単独で確立 したものはない. ● 対症療法が基本で症状が強い場合は経過観察入院も考慮. ● American Academy of Neurology の 脳 震 盪 ガ イ ド ラ イ ン (2013 年)では,重症度の Grade 分類はなくなった. ● スポーツへの復帰の確立した記載はない. 鎮痛薬などの内服なしに完全に症状が消失してから復帰 を試みる. 軽度であれば症状が消失してから少なくとも 24 時間以 降が望ましい. 段階的に競技活動レベルをあげて復帰するのが望ましい. 受傷から 10 日以内は次の脳震盪を受傷しやすい状態に あるため,コンタクトスポーツへの復帰は慎重にすべき. 高校生以下の小児ではより慎重なほうがよい. ● 軽症の脳震盪後に,その症状が消失しない,あるいは消失 した直後に 2 度目の外傷を受けて重篤な状態に陥るもの をセカンドインパクト症候群という. (萩原佑亮) 302
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