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利他の経済学(5) 費用逓減産業(自然独占)
中湖 康太
自然独占企業とロックイン
今回の考察も、独占・寡占市場における企業行動の延長です。費用逓減産業とは、生産にお
ける規模の経済により、生産量の拡大によって、平均費用が逓減するような産業のことです。
生産における収穫逓増が働くため、早く市場に参入し、生産量を拡大した企業の優位がロッ
クインされてしまうため、競争企業による新規参入のインセンティブが働らかなくなりま
す。その点において、収穫逓減産業における独占とは異なります。通信、電力など多大な初
期投資、開業費用が必要なインフラ事業がその典型とされますが、コンピューターの OS な
どテクノロジーの分野にも収穫逓増によるロックインが生じる場合があります。
収穫逓減産業における独占又は寡占では独占的利潤をシグナルに競争企業による新規参入
のインセンティブが強く働きます。したがって、参入障壁は遅かれ早かれ崩されることが合
理的に期待されます。しかし、費用逓減産業においてはこのようなインセンティブが働きま
せん。通常の競争市場においては自由な参入退出によって存続するプレイヤーが決定され
ます。これに対し収穫逓増が働く費用逓減産業においては、どのようにロックインが生じ、
自然独占企業が決定されるかについて歴史的経緯や歴史的偶然が支配することになります。
自然独占に対する政府の介入
当該自然独占企業が自己の利潤最大化を目的として行動すれば、限界収入と限界費用等し
いところで生産量が決定されるため、当該製品サービス市場における総余剰(豊かさ)が最
大化される最適生産量より少ない生産量と、最適生産量で形成されるであろう価格より高
い価格が設定されてしまいます。このような独占価格が設定されると、独占的利潤が生じ、
消費者利益が損なわれ、社会的総余剰(豊かさ)も損なわれます。このため、通常の経済理
論においては政府の介入が正当化されます。社会全体の豊かさ(総余剰)を最大化させる価
格政策は、限界費用原理です。従って、政府は基本的には限界費用原理に従って価格を設定
するように介入するわけです。
CSR や顧客第一主義は企業の「利他の経済学」のあらわれ
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利他の経済学(=社会的利益最大化)の立場から、このような自然独占企業に自ら利潤最大
化生産量よりも生産を拡大し、限界費用原則にしたがって価格を設定するかどうかのイン
センティブが働くかどうかについて考察してみたいと思います。このような自然的独占企
業が自己利潤最大化を目的に行動すれば、政府の介入や、新しい代替的テクノロジーの開発、
製品サービスの開発、消費者の反乱等、ロックイン解除の圧力が生じることは経験的に観察
されます。
今日、企業の社会的責任 CSR が叫ばれていることはその表れです。CSR は、企業が自己の
利益のみを追求して行動することをチェックしようという社会的要請であり、また企業の
セルフコントロールでもあります。しかし、CSR は言葉として新しいですが、
「利他の経済
学(1)はじめに」で述べたように、
「顧客利益第一主義」という考え方は今に始まったことで
はありません。むしろ、日本にも古くからある実業の考え方です。
政府介入と利他の経済学の自律的なチェック
しかし、標準的な経済学においては、自然独占へのチェックは、自律的には働かず、政府の
役割、政府介入を正当化するという形で取り扱われます。政府は社会的利益最大化のために
重要な役割を果たします。利他の経済学の観点からも、政府は重要なプレーヤーです。さら
に、利他の経済学は、独占の弊害の解除のインセンティブが自律的に働くことを主張します。
そして、そうした企業行動は、社会的利益を最大化させると同時に、永続企業としての条件
を備えることになると推定されます。
生産量を拡大し続け、価格は限りなくゼロに近づく
当該自然独占企業が、利他(=社会的利益の最大化)の経済学の観点から、社会的利益の最
大化を目的に行動すれば、当該独占企業に生産を委ねることが社会的にも適正ということ
になります。利他の経済学の観点からは、当該自然独占企業は、限界費用価格原理にしたが
って、生産量を拡大させることになります。その過程で開業費を回収してゆきます。そうす
ることによって社会的利益(社会的総余剰)が最大化されるからです。平均費用が下がり続
ける、ということは、限界費用も下がり続ける、つまり、価格は下がり続け、価格は限りな
くゼロに近くなるというわけです。雇用を拡大し、社会に欠くべからざる製品サービスを限
りなくゼロに近い価格で提供する企業となるわけです。
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自然独占と永続企業の条件、QWERTY 経済学
そのような製品サービスを提供する企業を排除するリスクは限りなく小さいといえるでし
ょう。そのような企業は永続企業の条件を備えることになります。企業ではありませんが、
テクノロジーの世界でキーボードの QWERTY(クワティー)配列が収穫逓増とロックイン
の例として、経済学で取り扱われています(これをクルーグマンは QWERTY 経済学と呼
んでいます)。この配列は実は、19 世紀にタイプライターが開発された当時の技術的制約か
ら、最も頻度の高い a、s が左端にある、つまり、操作上、最も非効率な位置に配置にされ
ているのです。これは、あまり早くタイプを打つとタイプライターがうまく作動しないため
だと言われています。ところがこれがドゥファクトスタンダード(de fact standard)とな
り、多くの人がこれに慣れ親しんでしまったために、収穫逓増が働き、これを変えるインセ
ンティブが働かなくなった、あるいは変えるコストが大きくなったと考えられています。現
在でも PC やスマホなどほとんど全てのキーボードの英数字の配列は QWERTY 配列です。
この配列の知的所有権によるライセンスフィー等はなく無料です。勿論、ロックインが歴史
的経緯や歴史的偶然で生じたように、ロックインの解除も、歴史的偶然に支配されることに
なりそうです。
(2014.12)
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