あの時をやり直せたら。

あの時をやり直せたら。
安田女子大学心理学部 准教授
平石 界(ひらいし かい)
足がつったことってありますか。いえね,別
じ状況をただ単に再プレイするときと,前の動
に足つって好機を逃したあの瞬間をやり直した
きがなぞられてしまう場合で「タイムトラベル
いとか,そういう話ではないのです。時々足を
感」が違うんじゃなかろうか。動きをなぞられ
つるんですが,それが本当に「足がつった」と
たほうが「時間旅行したぜ感」が高まるんじゃ
世間で言われている状態なのか,いまいち自信
なかろうかってことだったんです。なので,ゲ
がないのです。ひょっとして,他の人はぜんぜ
ームを終えた参加者さんにきいてみたそうで
ん違う状態のことを「つった」と言っているん
す。どうですタイムトラベル感はありました
じゃないのかって。だって他の人の「足がつる」
か?
7 点満点で何点でした?って。
感じを体験したことがないのですから。考えは
もうね。脱力しますよね。さんざん手間かけ
じめると「胸焼け」とか「胃のもたれ」とか
て実験して,最後は「タイムトラベル感」。あ
「空の青さ」とか,ことごとく自信がなくなっ
なたと私のタイムトラベル感が同じかなんて
「足つった感」以上にわかりません。しかもオ
てきて。
そういうわけで,イスラエルのフリードマン
レンジを食べたことのない人たちにファンタオ
さんご一行 6 名様(Friedman et al., 2014),や
レンジを飲ませて「オレンジ感は何点?」とき
り直しの研究をしています。実験参加者さんに
いているかのような。ダメな研究だと言いたい
パソコンゲームをやってもらいましょう。画廊
わけじゃないんです。どんなに手間とお金とテ
のエレベーター係っていやに地味な設定のゲー
クノロジーの限りを尽くしてみても,その人が
ムで,お客さんの要望をきいて 2 階に上げたり,
どう感じたのかは,究極的には本人にきくとい
そのまま 1 階に案内したり。2 階に 5 人,1 階に
う超ローテクに頼らざるを得ないという現実
1 人を案内した 7 人目のことです。
「2 階ペルファ
と,そのローテクの頼りなさに,何もかも放り
ボーレ」って言うからエレベーターを上げたらこ
投げて蝶々になったほうがいいんじゃないかと
れがとんでもない奴でいきなり銃を抜いてばん
一瞬思ってしまったまでで。
ばんばんばんと他の客を撃ち始めた! あわわ
それで肝心のタイムトラベル感なんですが,
わとジタバタしてると画面が反転,最初の客を
キャラが前の行動をなぞるっていう,それだけ
案内するところに戻る。うむむと思っていると
では別に高まらなかったようです(交互作用は
自分のキャラが勝手に前の行動をなぞり始める
ありました)。今後の改良に期待することにし
んですね。あれあれもう 6 人案内してしまった
ましょう。でもそれでタイムトラベル感を味わう
ぞ,ああ 7 人目だどうしようそうだアラームだ
方法がわかったからといって,本当にタイムトラ
アラームを押してこいつを 1 階に閉じ込めれば
ベルしたときのタイムトラベル感と同じかは,や
2 階の 5 人はって! なにこっちに銃向けてる
っぱりわからない。どうしたもんでしょうね。
んだなにをするっってところで反転,3
回目注。
これがまたえらく手が込んだゲームで,参加
者はヘッドマウントディスプレイをつけ,身体
の動きを計測するスーツを着て,まぁちょっと
デートには行けない格好で仮想空間に入り込ん
でプレイするのです(Frontiers in psychology
というインターネットで読める雑誌なので図 1
をご覧ください)。そこまでやってフリードマ
ンさんたち何を知りたかったのかというと,同
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注:お気づきの方もあるかと思いますが,トロッ
コのジレンマをもとにしたゲームです。
Profile ― 平石 界
東京大学大学院総合文化研究科
博士課程退学。東京大学助手・
助教,京都大学助教を経て,
2012 年 4 月より現職。博士(学
術)
。専門は進化心理学。