マウスを用いた運動(運動刺激・冷気刺激) 誘発性

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研究紹介
マウスを用いた運動
(運動刺激・冷気刺激)
誘発性気管支喘息発症のメカニズムの解明
新潟大学大学院医歯学総合研究科 内部環境医学講座 呼吸器内科分野
月 岡 啓 輔、小 屋 俊 之
はじめに
は週5日
(月曜日~金曜日)
、
1日1回の運動刺激、
近年気管支喘息は増加の一途をたどっており、
冷気刺激とした。評価にあたり運動刺激、冷気刺
その有病率は小児で10%、成人で6~7%と言わ
激ともになし
(コントロール群)
、
運動刺激のみ(運
れている。中でもスポーツ選手では罹患率が高い
動群)
、冷気刺激のみ(冷気下コントロール群)、
と言われており、IOC 基準に基づき気道過敏性
運動刺激+冷気刺激(冷気下運動群)の各群間で
検査(メサコリン負荷)と可逆性検査にて喘息と
の比較検討を行った。また、刺激を与える期間で
診断されたオリンピック選手は20%以上と報告さ
の変化を検討するため1週間、3週間、5週間刺
れている 。また、
冬季スポーツにおいて、
フィギュ
激での各群でも評価を行った。評価項目として、
アスケート選手のリンクサイドでの運動負荷試験
①気道過敏性検査(メサコリンに対する)
、②気
で30 ~ 35%と高率に運動誘発性気道攣縮を認め
管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage fluid;
たと報告されている 。運動選手において気管支
BALF)中の細胞数と細胞分画(リンパ球、
好中球、
喘息罹患率が高い傾向にある理由として、元々喘
好酸球)
、③組織学的解析(好酸球浸潤、杯細胞形
息患児が運動を推奨されスポーツを始めた、アレ
成、気道リモデリングの評価)などを行い、評価時
ルゲン暴露の機会が増加した等の環境要因も指摘
期として、最終運動刺激、冷気刺激後24時間後を
されているが、過酷な換気条件(運動刺激、冷気
基本プロトコールとし、各群間で比較検討した。統
刺激)による気道障害も大きな要因の一つと考え
計処理はT検定を使用し、
P<0.05を有意な差とした。
1)
2)
られている。各種目の中でも夏季種目と比較して
冬季種目に気管支喘息患者が多く認められること
結果
から、冷気の大量換気が気管支喘息発症に影響を
気道過敏性検査において、1週間群ではメサコ
及ぼしていると考えられるが、そのメカニズムは
リン濃度12.5mg/ml でコントロール群と比較して
詳細には解明されていない。
本研究では、
運動刺激、
冷気下運動群(P=0.009)に、冷気下コントロール
冷気刺激によるマウス気管支喘息モデルの作製を
群と比較して冷気下運動群(P=0.012)に有意に気
行い、
その発症に至るメカニズムを詳細化していく。
道過敏性の亢進を認めた。3週間群ではメサコリ
ン濃度12.5mg/ml でコントロール群と比較して冷
方法
気下運動群(P=0.03)に有意に気道過敏性の亢進
モデル動物は BALB/c 系のマウス(主に雌、
を認めた。5週間群では運動群、冷気下運動群に
8週齢程度)、運動刺激としてマウス用トレッド
気道過敏が亢進する傾向を認めたが、各群間に有
ミル(TMS4、MELQUEST 社)を使用し、1回
意差は認めなかった。また、有意差は認めていな
の刺激時間を45分とした。速度設定は BALB/c
いが、運動刺激、冷気刺激を与える期間が長期な
系マウスにおいて最大酸素消費量の50 ~ 70%に
ほど%気道抵抗値は上昇する傾向が認められた
(図
相当するトレッドミル(常温、傾斜角度なし)の
1)
。BALF 中の総細胞数、細胞分画に有意な変
速度は15m/min ~ 22m/min である との報告か
化は認めなかった。組織学的所見として気道平滑
ら、140r/min(約22m/min)と設定した。冷気
筋は運動群、冷気下運動群で肥厚している傾向が
刺激は4℃環境下で45分間と設定した。刺激頻度
認められ、刺激期間が長期なほど顕著であった。
3)
新潟県医師会報 H27.1 № 778
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図1 気道過敏性検査
考察
疫組織染色、
肺組織での遺伝子発現の評価を行い、
運動刺激、冷気刺激を与えることで、気道平滑
運動刺激・冷気刺激によって誘発される気管支喘
筋の肥厚が進行し、気道過敏性が亢進することが
息のメカニズムの詳細化を進めていく。
確認された。過去の文献では、喘息患者において
機械的刺激が炎症とは独立して気道リモデリング
謝辞
を誘導する との報告があるが、本実験での気道
本研究に対して平成26年新潟県医師会学術研究
平滑筋の肥厚は運動刺激や冷気刺激といった機械
助成金を賜り、
この場をお借りして感謝申し上げます。
4)
的刺激に加え、過度な換気による気道上皮の傷害、
気道炎症も合わさって生じた気道のリモデリング
文献
と考える。気道過敏性とは各種刺激に対して気道
1)Dickinson JW, Whyte GP, McConnell AK, et
が過剰に収縮する状態を指すが、その成因は単一
al: Impact of changes in the IOC-MC asthma
ではなく気道炎症、気道のリモデリング、気道収
criteria:British perspective. Thorax 2005; 60:
縮能の増強などが関与しているとされる 。本実
629-632.
5)
験での気道過敏性の亢進は気道のリモデリングが
2)Mannix ET, Farber MO, Palange P, et al:
関連していることは示唆されるが、気道炎症を惹
Exercise-induced asthma in figure skaters.
起するようなサイトカイン産生などの評価は未施
Chest 1996; 109: 312-315.
行で、今後評価を進めていくことが必要と考える。
3)Hewitt M, Estell K, Davis IC, et al: Repeated
気道過敏性検査において5週間群では有意な差は
bouts of moderate-intensity aerobic exercise
認められなかったが、解析数を増やすことで1週
reduce airway reactivity in a murine
間群、3週間群と同等の結果が得られるものと考
asthma model. Am J Respir Cell Mol Biol
えている。今回、運動刺激に冷気刺激を追加する
2010; 42: 243-249.
ことで気道過敏性はより亢進する傾向が確認され
4)Grainge CL, Lau LC, Ward JA, et al: Effect
たが、詳細なメカニズムは不明である。運動誘発
of bronchoconstriction on airway remodeling
性気管支喘息のメカニズムと考えられている気道
in asthma. N Engl J Med 2011; 364: 2006-
の反応性充血、細胞の浸透圧亢進、血管透過性亢
2015.
進等の一時的な変化も影響していると推察され
る。今後、BALF 中サイトカイン(ELISA)
、免
5)伊藤理 : 気道平滑筋の病態と咳 . THE LUNG
perspectives 2013; 21: 338-342.
新潟県医師会報 H27.1 № 778