Title 等価定理をめぐって Author(s) 野口, 悠紀雄 - HERMES-IR

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等価定理をめぐって
野口, 悠紀雄
一橋論叢, 90(4): 514-528
1983-10-01
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/11401
Right
Hitotsubashi University Repository
第4号 (40)
第90巻
一橋論叢
等価定理をめぐって
はじめに
野 口
雄
えぱ、公債による財源調達は、租税と異なり、インフレ
債とは、経済効果において大きな差があるとされる。例
通常の考えでは、財政資金の調達法としての租税と公
定理﹂の重要性が次第に認識されるようになってきた。
ラウディング・アウトや負担転嫁などの問題も生じない
は何の需要増大効果ももたず、また、公償発行によるク
もないと主張する。したがって、公償を財源とする減税
税と公債とは全く等価であり、経済効果において何の差
ところが、﹁等価定理﹂は、財源調達手段としての租
このように、等価定理は、財政政策上の基本的な問題
やクラウディング・アウトなどの問題をもたらし、また、
て差があるが、租税と公償とが異なる経済効果をもつと
に関して、通常の見解とはきわめて異質な結論をもたら
負担を後世代に移転する可能性があることなどが指摘さ
いう点についての認識は同一である。財政赤字の解消が
すのである。財政赤字のみならず、公的年金についても、
必要も全くないことになる。
経済政策上の大きな目標の一つとされるのも、右のよう
とされる。したがってまた、財政赤字について憂慮する
これを認める場合が多い︶。
策の最終的目標と考えない論者も、中間的目標としては、
な考えに基づくものといえよう︵財政赤字解消を経済政
紀
れる。こうした問題点のどれを重視するかは論者によっ
財政赤字や公的年金の分析に関連して、最近、﹁等価
悠
514
(41) 等価定理をめぐって
いま、貯蓄はすべて資本形成にあてられるとして、こ
rは貯蓄の収益率を表わす︶。
によって生ずるとされる世代間の所得移転効果が、等価
れをKとおけぱ、若年期と老年期における予算制約式は、
等価定理は重要な意味をもつ。なぜなら、賦課方式年金
定理の下では否定されてしまうからである。
次のように表わされる。
若年期
︵H+﹃︶氏■p
ぺHp+宗
づけについての議論を行なうこととする。まず、二にお
いて、ライ7サイクル・モデルを用いて、等価定理を簡
老年期
︵∼︶
︵−︶
以下、本稿においては、等価定理の紹介と、その意義
単な型で示す。一一一では、等価定理の意義をさまざまな側
これら二つの予算制約式は、次のようにまとめて示すこ
面から評価し、四では前提条件についての吟味を行なう。
そして、五では公的年金による所得移転に対する等価定
ともできる。
、“9+− ︵ω︶
H+﹃
9
涯の効用員9一p︶を最大化するように行動する。最
モデルによる
理の含意を論ずる。
ライフサイクル
等価定理を最も簡単な形で示すには、いわゆるO昌−
適消費計画の条件は、通常の消費者行動の場合と全く同
個人は、この予算制約の下で、消費支出から得られる生
彗昌勺巨o亨一〇彗型のライフサイクル・モデルを用いるの
じように、次式で示される。
等価定理の説明
が便利である。
このモデルでは、個人は若年期にγの労働所得を得、
①ミΦp
図1には、以上の手続きが図示されている。この図の
ΦミΦ9
HH+﹃ ︵阜︶
退後の老年期においては、貯蓄の元利合計︵H+﹃旨に
横軸と縦軸とは、qとαであり、予算制約式は、横軸と
これを若年期の消費qと貯蓄8に配分する。そして、引
よって消費支出αをまかなうものと想定される︵ここで、
515
一一
第4号 (42)
第90巻
一橋論叢
o
Y・T P
若年層に対する一括課税丁で賄ったものとすれば、若年
期の予算制約式は、次のようになる。
ぺード“9+宍 ︵−>︶
ここで、
ド”Q ︵ω︶
である。予算制約式1Aとωとをまとめると、次のように
︶
なる。
︵
p
下﹃1lP+刊 ︵葦︶
図1には、新しい予算制約式3Aが、横軸と縦軸とをそ
︶
れぞれ︵ぺー﹃︶と︵H+﹃︶︵ぺ−ド︶とで切る直線によっ
︵
接点λによって示される。
qも0。も、課税のない場合に比べて減少する。利子率γ
qもαも優等財なら、月はλの左下方にある。つまり、
政経費や国防費︶に支出されたものとしよう。これを、
分所得には影響を与えないような使途︵例えば、一般行
いま、財政支出がθだけ増額され、これは個人の可処
イ 租税による財源調達
考えてみよう。ただし、ここでは、公債の償遺が当該世
次に、前記の財政支出を公償発行によって賄う場合を
回 公債による財源調達︵その1︶
は不変としているのであるから、ω式を参照すれば、資
^2︶
本蓄積xも課税のない場合に比べて減少することが分る。
^ユ︺
いて考えることにしよう。
以下では、このモデルに税や公債を導入した場合につ
て示されており、また新しい最適点が3によって示され
{1+r〕{γ一τ〕
縦軸をそれぞれγと︵一十、︶、で切る直線によって示さ
o+柳
ている。明らかに、予算制約式は平行移動しているから、
α
れている。最適消費計画は、この直線と無差別曲線との
図1若年期と老年期の消費の選択
516
(43) 等価定理をめぐうて
代の生存中には行なわれないか、あるいは、行なわれて
点3からλに移動する。したがって、現時点における消
的な結論である。
費が増大する。結局、滅税による可処分所得の増大によ
この場合には、貯蓄は、資本形成xと公債の購入3と
ハ 公債による財源調達︵その2︶
も人々がそれを消費計画の決定時に考慮しないものとす
にあてられる。いま、公債の利回りは、資本の収益率﹃
り、消費が増大することになる。これは、ケインズ理論
に等しいとすれば、若年期と老年期の予算制約丈は、次
は無視されるとした。しかし、公債が市中消化され、貨
口では、公債の償還や利払いが存在しないか、あるい
る。
のようになる。
遼が必要である。そこで、ここでは、公償の利払いと償
^3︶
若年期 ぺ11P+︵宍十、︶ ︵H田︶
選が一括して、考察対象世代の老年期になされるとし、
幣化されない隈りにおいては、これに対する利払いや償
老年期 .︵−十﹃︶︵べ十由︶H9 ︵N>︶
そのため、老年層に対する一括課税㌘がなされるものと
する。
︶
この場合、若年期の予算制約式は㈲の場合と同様に1B
︵
であるが“老年期の予算制約式は、次のようになる。
ここで、由HQであるO
したがって、最適点は図1のλであり、課税のない場合
︵H+↓︶︵宍十b︶1﹃、11P ︵N団︶
これらをあわせた予算制約式は、倒と同じ形になる。
と同一になる。
る。いま、財政支出面は不変のまま、財源調達方式のみ
である。
ド、”︵H+﹃︶肉 ︵α︶
ここで、
を、租税から公債に変更したとしよう。つまり、公債発
1Bと2Bとをまとめ、㈹を考慮すると、生涯を通じての
右の結果から、減税の消費拡大効果を示すことができ
行によって減税を行なったとしよう。この効果は、イと
予算制約式は、次のようになる。
︵ ︵
︶ ︶
口との比較から知ることができる。図1でいえぱ、最適
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第4号(44)
第90巻
一橋論叢
9
下皐9+引 ︵ 竃 ︶
ここで、由HQH﹃に留意すると、これは、3Aと同じで
︶
えれぱ、マクロ的な財政問題において、財政赤字は本質
的な重要性をもたない。政治的議論では、通常、財政赤
あ谷こ と が 分 る 。
右のことは、企業金融におけるモジリアニーーミラーの
当化されないことになる。
字に大きな関心がよせられるが、それは経済学的には正
つまり、この場合の解は、税を財源とする場合︵図1
命題︵⋮o︹冨=彗一彗q彗5﹃□H8o。]︶と類似のものと解
︵
の3︶と同じになるのである。結局、公債の利払いや償
税の存在を無視する隈り︶企業の総個値はその企業の実
釈しうる。モジリアニHミラーの命題によれぱ、︵法人
還を考えると、公債と租税とは、全く同一の経済効果を
^4︶
もつことが分る。これが﹁等価定理﹂に他ならない。
態的活動︵具体的には、期待利益︶のみによって定まり、
イ 支出面のみで決まる財政活動の効果
できる。以下に、それらを列挙しよう。
等価定理の意義は、さまざまな面から評価することが
等価定理は、減税の効果について、伝統的なヶインズ
口 消費増大効果をもたぬ滅税
源調達方法に経済的意味がないことを主張している。
には依存しない。等価定理は、政府活動についても、財
企業の資金調達方法︵株式、内都留保、社債等の区別︶
等価定理によれぱ、財源調達手段としての租税と公債
理論とはきわめて異質の結論を導く。ケインズ理論にお
三 等価定理の意義
の間には、経済効果において何の差異もない。これは、
いては、財政赤字拡大︵公債の増発︶。による減税は、消
いる。しかし、これは、一定の財政支出の下で財源調達
財政活動の経済効果が財政支出のみによって定まること
の影響は、︵少なくともマクロ経済の見地からみる限り︶
方法を税から公債に転換することに他ならないから、等
費支出を増大させ、有効需要を増大させると考えられて
財政支出の規模と内容のみに依存してきまるのであり、
価定理によれぱ、消費支出には影響が及ぱない。したが
を意味する。つまり政府活動の経済的意義や経済全体へ
その財源をいかに調達するかには無関係である。いいか
518
(45)等価定理をめぐって
︵5︶
って、減税の需要拡大効果は否定されることになる。
しかし、等価定理の下では、利子率上昇や投資の抑制
頂度減税額だけ増大する。ところが消費支出は不変なの
右のような減税を行なうと、現時点での可処分所得は
を拡大しても消費支出等の有効需要は増加しない〃であ
化してしまうからである。別の表現をすれば、財政赤字
うに、公債発行と同額の貯蓄が増加し、これが公債を消
といった現象は一切否定される。なぜなら、前に見たよ
であるから、貯蓄が増大することになる。その規模は頂
るから、そもそもクラウディング・アウトを発生させる
ハ 自らに対する需要を創造する公債
度減税規模に等レく、したがって、公債発行規模に等し
前提条件が存在しないのである。
ホ ﹁公債の負担﹂の否定
る。
ウトを否定する点では、反マネタリスト的であるといえ
インズ的であるが、公償発行によるクラウディング・ア
等価定理は、減税の消費拡大効果を否定する点で反ケ
い。つまり、公債発行は、頂度それと等しい規模の貯蓄
増大をもたらすのである。この貯蓄は公償の購入にあて
られる。したがって、公債発行は、﹁自らに対する需要
を創出する﹂といえる。
ニ クラウディング・アウトの否定
﹁クラウディング・アウト﹂の間題がある。これは、よ
公債発行の間趨点としてしぱしぱ指摘されるものに、
題である。仮にクラウディング・アウトによって民間投
間題点の一つは、公債の負担が将来世代に及ぶという間
クラウディング・アウトと関連して指摘される公債の
投資支出を抑制するという間題である。貨幣需要が利子
く知られているように、公債発行が利子率を上昇させ、
率に非 弾 カ 的 と い う マ ネ タ リ ス ト 的 な 世 界 に お い て は 、
準を引下げるというのが﹁負担転嫁論﹂のエツセンスで
おいて、現時点における公債の発行は将来世代の生活水
させ、したがって消費可能量を減少させる。この意味に
ヅクが減少する。これは将来時点における産出高を減少
資支出が抑制されると、将来時点に持越される資本スト
貨幣供給量が不変である限り所得︵11総需要︶も不変に
留まらざるを得ないから、財政赤字を拡大しても総需要
は不変に留まる。すなわち、完全なクラウディング・ア
ウトが生ずることになる。
519
一橋論叢第90巻第4号(46)
^6︶
しかし、仮に等価定理が成立するならぱ、右の意味で
との類似性を指摘したが、ここでも同様のことが指摘し
前記イにおいて、等価定理とモジリアニn、ミラー命題
るのである。
の負担転嫁も生じない。なぜなら、転嫁の前提となるク
うる。.モジリアニー−ミラー命題によれぱ、個々の企業が
ある。
ラウディング・アウトが生じないからである。
投資家はさまざまな企業の株式や社債を購入することに
いかなる資本構成︵株式と社債の組合わせ︶をとろうが、
ずるのは、租税を財源とする場合に比べて、公償の場合
より、自らが欲するポートフォリオを所有する。つまり、
この結果は、次のようにも解釈しうる。負担転嫁が生
には現時点の消費が増加するからである︵前記二の口の
企業がカクテルを作らなけれぱ、投費家がホームメイ
ド・カクテルを作ってしまうのである。等価定理におい
結論︶。しかし、等価定理が成立するなら、租税の場合
と公債の場合とで、現在の消費量に差はない︵前記二の
ても、家計が政府の借入れ行動を相殺するため、経済全
ろうがなかろうが、個々の経済主体がそれら組織の伸介
体の貯蓄は、結局は家計が欲するレベルに調整されてし
なしに取引できる選択肢を持っている限りにおいて、個
ハの結論︶。したがって、資源配分の時間的バタンに差
前記ハの結果は、次のようにも表現しうる。政府貯蓄
個の経済主体の基本的選好が支配的カを持つ﹂という意
まう。↓o巨自[H凄o]は、このことも、﹁政府や企業があ
は政府の経常収入︵税、社会保険料など︶から経常支出
味において、﹁︵企業や政府という︶社会的な組織を格下
は生ぜず、負担転嫁も生じないのである。
を差引いたものであるから、公債の増発による減税の実
げする﹂ものであると表現している。
へ 経済全体の貯蓄の不変性
施は、同額だけの政府貯蓄の減少を意味する。ところで、
質的な差があるとされる。なぜなら、外国債の場合には、
通常の経済学の議論では、内国債と外国債の間には本
ト 内国債と外国債との同一性
等価定理の下では、家計貯蓄は頂度減税額だけ増加する。
つまり、政府が貯蓄を減少させると、同額だけの家計貯
蓄が増加することとなり、したがって、︵企業貯蓄が不
変であるとすれぱ︶、経済全体の総貯蓄量は不変に留ま
520
(47)等価定理をめぐって
国全体としての利用可能資源量が発行時点で増大し、償
還時点で減少する︵したがって、最も直接的な意味での
生じない。
地方償についても、住民の地域間移動を無視すれぱ、
右と同一の立論をなしうる。ただし、現実には、住民の
地域間移動が可能であるから、議論はやや複雑になる
﹁負担転嫁﹂が生ずる︶のに対して、内国債は国内都で
の貸借であるため、そうした効果が生じないと考えられ
︵この問題に関する詳細は、野口︹昭五七︺を参照のこ
﹃、、u︵−十﹃i軋︶お
ここで、
︵H+﹃︶申十︵−十﹃1軋︶■−﹃、、H9 ︵N︶、
る。
このときには、老年期の予算制約式は、次のようにな
低位にあるとすれぱ、どうであろうか。
しいものとした。仮に、公債の利回りがこれよりdだけ
二のハでは、公債の利回りは実物資本の収益率γに等
イ 公債と実物資本の利回りの差
こととしようo
必要である。ここでは、それらについての吟味を行なう
等価定理が成立するためには、いくつかの前提条件が
四 等価定理の前提条件の吟味
と︶。
るか ら で あ る 。
しかし、等価定理の下では、外国債の場合にも、右の
ような負担転嫁は生じないと考えられる。なぜなら、外
国債の発行時点においては、右に述べたように民間の貯
蓄が増大すると考えられるが、これは海外に対する投資
にあてられる。なぜなら、国内の経済主体は、家計も企
業も外国債の発行によって支出計画を変更させることは
ないため、貯蓄の借り手がいないからである。このよう
にして、政府が対外負債を増大させる反面では、民間が
対外資産を増大させ、かくして、対外純資産は不変に止
まる。
他方、外国債の償還時において民間の対外投資を回収
すれぱ、国全体としての利用可能資源量が滅少すること
はない。したがって、負担転嫁も生じないこと・になる。
このように、等価定理の下では、内国債のみならず、
外国債によっても、負担の後世代への転嫁という現象は
521
第4号 (48)
第90巻
一橋論叢
ハのケースの中間になる︶
口 流動性制約
二で述べたモデルでは、所得は若年期においてのみ生
ずるものと想定された。したがって、仮定により流動性
の問題は排除されていたことになる。
しかし、現実の世界では、多くの家計が流動性制約に
において生じ、しかも、家計の借入れに制約が存在する
直面している。これは、所得のかなりの部分が将来時点
これは、若年期の租税で財源調達をした場合と同一の式
である。したがって、②式は実は②式と同じものになる。
ぱ、予算制約式は図の巧凪巧を結ぷ折線となる︵家計の
将来所得を担保とした借入れが巧まで可能であるとすれ
得られるが、現時点においてはぜ口であるものとしよう。
例えば、図2において、所得は将来時点において巧が
ことから発生する問題である。
であり、最適解は図1の∠になる。したがって、この場
借入れ利率が貯蓄の利回りより高いとすれぱ、巧凪部分
このような場合、風を通る無差別曲線の傾きが予算制
の傾きは、図1の予算制約線より急になるであろう︶。
︵H+、︶︵氏十由︶1包由−1ρ
たものとしよう。増加額が微少であっても、屈折点は右
ここで、流動性制約が緩和され、借入可能額が増加し
が流動性制約下での最適点となる。
約線の傾きより急であれぱ、図に示すように、屈折点凪
となるから、図1における予算制約線は、口のケースと
ぺ ー 刊 1 − P + H ‡
匙由 9
となり、生涯を通じての予算制約式は
制約式は
含にも、等価定理は成立するわけである。
α
︵なお、この場合、口の結論は異なる。老年期の予算
図2流動性制約が存在する場合
522
(49) 等価定理をめぐって
に移動するから、最適点は右に移動する。すなわち、現
時点での消費は増大する。借入可能増加額が十分に大で
あれば、最適点は図2の易のように、予算制約線と無差
別曲線との接点になろう。この場合にも、もちろん現在
に発行された公債の償還が、その世代の死亡後になされ
る可能性がある。仮に、考察の対象とする世代がそれを
無視するなら、事態は二の口の場合に戻り、租税に比べ
て公債は現時点での消費を増大させるとの結論が得られ
よ・つo
しかし、ある世代が後世代の負担を全く無視するとい
の消費は増加することになる。
このように、流動性制約に直面する家計は、制約が緩
う右の前提は、必らずしも成立しない。なぜなら、ある
ある。仮に、公債が存在しない場合に、ある世代が次の
世代は、遺産を通じて次の世代とつながっているからで
和されれば現在の消費を増大させる。ところで、公償発
行による減税は、現在の可処分所得を増加させるから、
流動性制約を緩和させる効果をもつ。したがって、家計
世代に一定額の正の遺産を残すべく決意しているとき、
公償の償遼が次の世代の負担となるのであれぱ、親世代
が流動性制約に束縛されているなら、これによって現時
点の消費は増大するであろう︵減税が可処分所得を増加
はネツトの遺産を一定額に維持すべく、グロスの遺産を
ようになっている。
ものとする。すなわち、若年期と老年期の収支は、次の
代から∠の遺産を引き継ぎ、次の世代にがの遺産を残す
としよう。このとき、考察の対象となる世代は、前の世
まず、財政支出をθだけ増額し、これを租税rで賄う
これを、より具体的に述べれぱ、次のようになる。
場含と同一になり、再び等価定理が成立するはずである。
増加させるであろう。この結果、現時点の消費は、租税の
させるためには、現時点においても一定の所得がなけれ
ぱならない。したがづて、減税の効果は、図2からは単
純に導けない︶。
ハ 後世代での償還と遺産の作用
一一のハでは、公債の償還が、当該世代の生存中になさ
れるものとした。これは、あたかも、個人が無隈に生存
すると想定することに等しい。いうまでもなく、現実に
は、個人の生涯は有限であり、他方、政府はそれより長
期にわたっ寸存続する。したがって、ある世代の若年期
523
第90巻第4号(50)
一橋論叢
若年期
若年期
︵H+﹃︶肉“p+﹄、
ぺ十㌧ ー ド H 9 + 肉
︵NO︶
︵一〇︶
これらをまとめた生涯の予算制約式は、
p+㌧、
ぺ十㌧−QHP+ ︵ωO︶
H + ﹃
である。なお、ここで、ドHΩの関係を用いた。
次に、同額の財政支出増加が公償Bによって賄われ、
その利払いと償還とが次の世代への課税によってなされ
るものとしよう。この場合に、考察の対象となる世代が
‡
︶ ︶
当するだけ遺産が増加するとしよう。すると、1Dと2Dを
︵ ︵
あわせた生涯の予算制約式は、
p+㌧、
﹃十﹄−Q1−“十
H+↓
となる︵ここで、ω式および由1lQの関係を用いた︶。
この式は、3Cと同一のものである。したがって、最適消
︶
費計画も不変に止まるであろう。
︵
つまり個人の生涯が有隈で公債償還の負担が次世代に
転嫁される場合においても、遺産の調整が適切になされ
るなら、租税の場合と公償の場合の消費計画は同一にな
り、等価定理が成立する。いいかえれぱ、遺産の存在を
考える限り、個人の生涯が有限であるという事実は、等
価定理の成立にとって基本的な障害とはならない。これ
︵なお、ここで述べたのは、厳密な意味での証明ではな
が、田胃﹃o︹岩ミ]によって示された重要な結果である
︵−∪︶
い。なぜなら、ここでは、公債償還の負担が転嫁された
バローの議論に対しては、もちろん反論の余地がある。
ーの文献を参照のこと︶。
ないからである。これに関する厳密な証明は、右記バロ
場合の最適遺産がなぜω式のようになるかを証明してい
︵NU︶
次世代に残す遺産ががであるとすると、若年期、老年期
ぺ十﹄1lQ里十︷十■
の収 支 は 、 次 の よ う に な る 。
若年期
︵H+、︶︵宍十由︶119+﹄、、
︵N︶
老年期
ここで.、仮に
㌧讐“1−㌧“十︵H+﹃︶由
であるものとしよう。つまり、 公償の利払いと償遼に相
脳
(51)等価定理をめぐって
第一に、子供をもたぬ家計や、子供があウてもその厚生
に無関心な家計がありうる。これらの家計は、公債を財
とする財源は、消費拡大効果をもつこととなる。
とはありうる。この場合においては、公償の負担が次世
も、なおかつ、最適遺産がぜ口の端点解となっているこ
第二に、ある世代が次世代の厚生に関心があったとして
で示されたように、当然、消費を増大させるであろう。
ある世代の年金給付は次世代の拠出によって賄われるか
得移転は生じえない。これに対して、後者の場合には、
の世代の若年時の積立により賄われるから、世代間の所
課方式とがある。前者の場合、ある世代の年金給付はそ
周知のように、公的年金の財政方式には稜立方式と賦
五 公的年金による世代間所得移転と等価定理
代に転嫁されるなら、当該世代は遺産を増大させず、増
ら、年金制度のみをみる限り、世代間の所得移転が生ず
源とする減税によって可処分所得が増えるなら、二の口
加した可処分所得を消費の増加にあてるであろう。
なら、社会全体としての将来所得の不確実性は減少する
来に延期し、これと同時に公償の利払いと償還を行なう
な所得として期待しうる。したがって、現在の課税を将
ところが、公債の利子と償還金は、将来における確実
からの収益である場合には、こうした不確実性は大きい。
ことが多い。特に、所得が賃金所得やリスクのある投資
しかし、実際には、将来α所得には、不確実性が伴なう
これまでの議論においては、不確実の間魑を無視した。
らである。しかし、世代間所得分配の問題を明示的に考
は、租税と公債との等価性を示すことに重点があったか
られるものとして、この問魑を無視した。そこでの議論
議論においては、賃金率や資本の収益率は外生的に与え
分配を考えるうえで重要な意味を.もっている︵前記=の
時点での労働生産性に影響を与えるから、世代間の所得
は、社会全体の資本蓄積に影響を与え、したがって将来
することはできない。第一に、世代全体としての貯蓄額
しかし、世代間の所得移転を、年金制度のみから判断
る。
と考えられよう。これは、人々の消費を増大させるであ
える際には、これらを外生的に所与と考えることはでき
二 不確実性の減少
ろう。したがって、こうした効果が働けぱ、公債を財源
525
ず、資本蓄積による影響を考慮しなければならない︶。
第二に、遺産は直接に次世代の可処分所得に影響を与え
は、
﹃ p
こで以下では、ライフサイクル・モデルを用いてこれら
公的施策による世代間移転を相殺する可能性がある。そ
すでに公償の負担に関してみたように、遺産額の調整は、
えて戻ってくるのに対し、賦課方式の年金では拠出額と
入により、生涯を通じての可処分所得−若年時所得で
︶
評個した値1が、3E式の左辺第二項だけ減少すること
︵
になる。これは、個人の貯蓄なら老年期に利子分だけふ
となり、㈹式とは異なるものとなる︵賦課方式の年金導
下引†“十引 ︵、内︶
の間題を考察することとしよう。
同額の給付しか得られないからである︶。
るから、世代間所得移転に関して明らかに重要であるが、
まず、一一の最初に示したラィフサィクル・モデルに賦
したがって、最適消費計画は年金のないときとは異る
︵一向︶
若年期の所得が上昇し、老年期の所得が低下しよう。仮
るなら、賃金は上昇し、資本の収益率は低下するから、
ものとなり、資本蓄積最も変化する。資本蓄稜が減少す
と、ω、②式は次のように変更される。
K−肉nO堂十肉
︵N向︶
ここで、仮にγやγが固定的であるなら、若年時の可
ら考えられる。
打ち消され、ネットとして逆向きの移転が生ずることす
︵H+﹃ ︶ 宍 十 お H p
処分所得が五だけ減少し、老年時の可処分所得が月だけ
次に、遺産が存在する場合を考えよう。まず、年金の
にこうした変化が十分に大きけれぱ、年金による移転が
増加するから、確かに、若年層から老年層への所得の移
︵−句︶
ない場合の予算制約式が、次のとおりであるとする。
しかし、これらが固定的という仮定は、一般には成り
︶ ︶
立たない。実際、1Eと2Eとを結合した生涯の予算制約式
/、 ︵
若年期 ぺ十㌧H“十氏
転が行なわれることになる。
老年期
若年期
第90巻
課方式の年金を導入しよう。年金額11拠出額を五とする
第4号 (52〕
橋論叢
526
(53)等価定理をめぐって
老年期 ︵一十﹃︶肉⋮9+﹄
︵u︸︶
なお、ここでは、三と異なり、定常状態を考えることと
し、前の世代からの遺産と次世代への遺産は等しいもの
︶ ︶
とした。1Fと2Fとをあわせた生涯の予算制約式は、次の
ようになる。
︵ ︵
、 9
、十引㌧H9+司 ︵竃︶
ここで、月の賦課方式年金が導入されたとしよう。こ
︵ωo︶
︵NO︶
︵HΩ︶
のときの遺産を〃とすると、予算制約式は、次のように
、十㌧、ーおn9+肉
なる。
若年期
︵−十↓︶床十お”ρ十㌧、
、
1
、
︶
H
9
+
9刊
、 十﹃
引 ︵﹄
老年期
生涯
ここで、仮に\、⋮﹄十5であるなら、1G,2G,3G式は、
︶ ︶ ︶
それぞれ、1F,2F,3Fと全く同じものになる。したがっ
︶ ︶ ︶ ︵ ︵ ︵
て、最適消費計画も、年金のない場合と変りがない。
︵ ︵ ︵
すなわち、この場合には、遺産が年金分だけふえるこ
とによって、公的施策による世代間移転が完全に相殺さ
れてしまうのである。このように、世代間移転の問題は、
年金制度だけを切り離して論じられないことに注意しな
けれぱならない︵なお、ここで述べたことについて、四
のハで述べたのと同じ留保条件が附されることは、いう
までもない︶。
︵ユ︶ 本節においては、賃金および貯蓄の収益率は外生的に
与えられており、課税や公債発行によって影響を受けない
と仮定する。後に五で述ぺるように、一般には、この仮定
︵2︶注︵1︶で述ぺたようにい賃金や貯蓄の収益率が変化
は正しくない。
︵3︶ 公債の償還が当該世代の生存中になされなくとも、こ
すれぱ、このことは一般的には主張しえない。
の世代は公債を次世代に売却することにより、老年期に
︵4︶ 団昌す彗彗[宅ぎ]は、この考えをリカードの著作に
︵−十﹃︶bの収入を得られることに注意。
見出し、﹁リカードの等価定理﹂とよんだ。ただし、リカ
である。
ードが本当にこうした定理を侶奉していたか否かは、疑問
ている。
なお、等価定理は、ω邑2[是s]においても述べられ
52?
のは明らかである。な由、負担転嫁については、後記トも
いから、消費に影響を与えないということになる。
ず短期的なものであり、したがって恒常所得を変化させな
的にいえぱ、滅税は将来の増税によって賄われる限り必ら
︵5︶ 恒常所魯仮説によっても、滅税の潴費拡大効果には否
定的な結論が下される。ここで述ペポことを恒常所得仮説
冒oO−o冒旨串■一﹃二芭目O冒−−o﹃−峯一匡二..↓ゴoOo叩けohO芭O芹凹−
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ω邑oさ峯.﹄.一ミミ“§ミ、ミo§雨§・こ、雨、ミ富卜豊雨トエ
第4号(54)
が内国債である限り、国金体としてみれぱ、公債発行は自
で公債が負掴を将来に転嫁するといわれる。しかし、公償
↓o巨p﹄二\竃ミ\o§§ミトミ︷§§軋向s§§、﹂き冒︷言
章。
野口悠紀雄、﹃公共経済挙﹄昭五十七、目本評諭社、第四
﹄§ミー§s向sso§㌻勾§軌㎞§−目目o;轟・
︵一橘犬挙教授︶
目本経済新聞社。︶
回経済挙の再検討 国憤累積と合理的期待﹄、昭五十六、
㎏富昌里害斥老①戸6ooo.︵浜囲宏一、藪下史郎訳﹃マク
完患§ざ婁§o§膏§、ミ昌ミミ§さ§o§§亭−一ぎo§
らに対する借入れであり、また、公債償還は自らに対する
㌧§§ミ県、き§ミ■8ミOミ・20くく08・6ミ・
田胃冒一戻二、>冨Ωoき;§g↓吋o目まzo叶≦塞匡ニニ一
参考文献
参照。
償還であるから、右のような意味での負担転嫁が生じない
OoH勺o﹃嘗匡O目司−目里目o9串目ρけ−o↓−oo﹃㌣o︸−目くo洛目5目F、
第90巻
︵6︶ 公債に関する通俗的議論では、家計の借金と同じ意味
一橋論叢
5鯛