2014年12月 BOOK REVIEW メコン地域開発と ASEAN 共同体-域内格差の是正を目指して- 西口清勝,西澤信善 編著 晃洋書房,2014 年 397 頁 アジア成長研究所主任研究員 坂本 博 本書はメコン地域(GMS:Greater Mekong Sub-region)の開発の現状と問題点についてまと めた書である。 本書によると GMS はタイ,カンボジア,ラオス,ミャンマー,ヴェトナム(カンボジア以 降の 4 カ国は国名の頭文字を使って CLMV と呼ばれたりする)および中国の雲南省と広西自 治区から成り立っていると定義している。そして本書ではそれぞれの国における代表的な研究 者を招き,彼らの視点で現状を考察している。この 6 カ国については 1 つの国に 2 つの論文 を収録しているため,ここだけで 12 章ある。結局のところ,本書全体は 18 章に及び,これ らを 4 つの部分に分類して構成している。大著の部類であると思われるが,各章は比較的独 立しており,全文を最初から読む必要はない。しかも,いくつかの章の間にはコラムが書かれ ており,これにより本書の読解を手助けしている部分がある。 各章の内容であるが,ほとんどの章が表面的で,事実関係を整理したものが多く,統計デー タを用いて厳密に仮説を検証する話は全くない。もっとも,これに関しては統計データの整備 といった条件のもとで議論されるべきなので,データ整備が未発達であれば,研究のしようが ない。また,事実関係を整理したあとで,何か政策的に訴えていくような主張もあまり見られ なかった。したがって,研究書としては導入的な価値にとどまるだろう。 しかしながら,GMS を全体的に扱う書物としては,本書の「まえがき」にも書かれている ように,日本ではおそらく初めてではないかと思われる。したがって,内容の未熟さよりはこ の点を評価すべきだと思う。 次に,GMS を構成する国として中国を上げている点が特徴的である。ASEAN などもそうで あるが,この一帯の社会を語る上で,華人の存在を無視することはできない。時の安倍政権は, 日中間が政治的に不安定なのを理由に GMS を含めた ASEAN を日本側に取り込もうと外交を 展開しているようであるが,どこの国も華人社会が存在する中で,安全保障が約束できない日 本に何ができるのかと考えてしまう。もちろん,すべての華人社会が北京政府寄りではないが, 日本人よりは華人同士のほうがビジネスは容易であると思われる。したがって,GMS 開発に おける中国の動きは知っておく必要があるだろう。 とはいえ,本書で紹介している中国は,雲南省や広西自治区といった日本人にはほとんど関 心のない地域である。この 2 省は中国国内では比較的貧しい地域とされているが,ヴェトナム などと比較すると,彼らのほうが数字の上では発展した地域に属する。したがって,GMS 開 発における中国の役割は,投資をする側となる。しかも,陸続きのため,投資もするし,移住 もするし(非合法も含めて),労働者も送りこめるといった開発手法が可能である。よって, 開発の過程で新しい華人社会,ネットワークを形成させることができる。当然華人と現地住民 (現地に同化,帰化した華人も含む)との関係も課題の 1 つである。第 8 章「ミャンマーへの 118 東アジアへの視点 中国人移住」および第 13 章「カンボジア経済の発展における中国の役割」は,華人の行動に ついて知る 1 つの手掛かりにはなるだろう。また,第 14 章「GMS 開発における中国雲南省の 参与,問題点と展望」では,中国の 1 地方政府である雲南省の経済政策の中に,GMS の開発 を取り込もうとしている姿勢がうかがえる。最後に,第 16 章「GMS 協力への中国の参加」で, 中国の国家としての動きが紹介されている。 では,日本の動きはどうなのか。第 1 章「ASEAN 域内経済協力の新展開とメコン地域開発」 と第 2 章「3 つの経済回廊沿道の都市と国境地域の評価」が GMS のダイナミズムを知る上で 興味深い章となるだろうが,日本に関する直接的な記述は第 15 章「メコン地域開発と日本の アプローチ」だけしかない。もちろん,政府資金である ODA の動きが紹介されているが,こ こでは官民のコラボレーションを強調しているようだ。なお,日本を含めた ODA の受け手側 の国としてはカンボジアが紹介されている(第 3 章「カンボジアの社会経済開発における政 府開発援助の役割」)。 本書は副題として, 「域内格差の是正を目指して」が掲げられている。途上国および開発経済 の一番の関心事は,いかにして,現状の経済水準を向上させ,先進国経済に近づけるかである。 言うまでもなく,格差是正のためには開発途上国の経済成長率が先進国,中進国より上回ってな ければならない。非常に有能なリーダーが存在すれば,リーダーの掛け声で経済成長をすること ができるが, 一般的には市場経済の導入が求められる。特に CLMV 諸国は市場経済の導入が遅く, 未発達である。各国の現状については第 4 章「市場経済化以降のカンボジア経済成長とその資本 源泉」 , 第 5 章「内陸国の制約を超えて」 , 第 6 章「ASEAN・Divide の克服」 , 第 7 章「新生ミャンマー とメコン経済圏」 , 第 9 章「GMS 開発計画による経済協力とヴェトナム」で紹介されているが(第 5,6 章はラオスが対象) ,そこには貧困問題も含まれている。 また,市場経済の導入においては,法制度の整備が求められている。しかも法制度が運用も含 めて先進国のレベルまで高いことが望まれるが(そうしないと法制度の不備をつく経済活動が行 われる) ,GMS ではまだ問題があることが,第 12 章「GMS 3 カ国(タイ,ラオス,カンボジア) における知的財産制度の現状と課題」で論じられている。 さらに,最近の経済開発においては環境保全も求められている(第 10 章「メコン川流域開発 とヴェトナムにおける環境保全」 , 第 11 章「GMS 開発のためのタイ環境保全政策」 ) 。このように, 世界経済が発展すればするほど開発におけるハードルが高くなっていることがうかがえる。 GMS の経済開発の当面の目標経済水準は ASEAN 諸国になると思われる(第 17 章「ASEAN と GMS」 ) 。また,GMS 以外にも国際的な開発が行われている地域がある(第 18 章「東アジア における 2 つの国際河川開発」 ) 。こういった国際環境の中で,GMS がどのように発展していく のか,これからも注目されることは間違いないだろう。 このように,全 18 章は大著でバラエティに富んでいるが,GMS の全てを網羅したものではな い。そもそも 1 国・1 地域の経済社会の全貌は 1 冊の本では語り切れない。よって,読者の関心 の一部にしか応えられていない。しかしながら,GMS 特に CLMV 諸国の経済書はかなり少ない。 したがって,本書を通じて,GMS でまだ解明がなされていない問題を提起し,これらの問題に 答えていくべく研究が進んでいくことを望みたい。そういった意味でも,本書は研究のスター ト地点としての価値があると思われる。 119
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