監修 東京慈恵会医科大学教授 牛島 定信 薬理学的(Pharmacological)の 5 つに分類し、その頭 睡眠障害は原因に応じた対応が必要 −特に睡眠時無呼吸症候群について− 東京慈恵会医科大学精神医学講座 文字をとったものである。 (1)身体的原因:身体疾患による痛み・かゆみ・発熱あ るいは喘息発作や頻尿などあらゆる身体症状が睡眠 障害の原因になり得る。SAS はここに分類される。 (2)生理的原因:転居・入院など急激な環境変化や睡 山寺 亘 眠には好ましくない生活習慣により、睡眠障害が生 2004年1月 じる。特に、5 時間以上の時差のある外国へジェッ ト機移動した際の時間帯域変化(時差)や看護師・24 時間操業の工場勤務者のシフト勤務など、体内リ 1.はじめに 大規模調査によると、米国成人の約 3 0 % 、本邦成 ズムが外界のリズムとズレてしまうことによる概 日リズム睡眠障害がこれにあたる。 人の約20%が何らかの睡眠障害を有すると推定され (3)心理的原因:仕事上の失敗、失恋、落第、職場・ ている。現代社会の特性として、生活の夜型化や睡 学校あるいは家庭内での人間関係のトラブルなどに 眠時間の不規則化・短縮、さらに産業の多様化によ よる不安や心配といった心理的な問題があげられる。 るシフト勤務やジェット機移動の増加などが指摘され この代表的疾患は、精神生理性不眠症である。元来 ている。現代人の生活は24時間フル稼働の様相を呈 神経質な性格者に何かのきっかけで不眠が生ずると、 しており、生活の質(quality of life;QOL)に悪影響 不眠を心配する余りに、精神的緊張が身体化され睡 を及ぼすと考えられる。QOLの低下の中でも、睡眠障 眠を妨げる連想が学習されるために不眠が持続して 害は深刻である。睡眠不足が長期に持続したり、睡 しまう。実際の臨床場面で最も多く、従来より神経 眠障害が無治療のまま放置されていると、眠気に関 質性不眠症と称されている。 連した産業事故を引き起こし、公共の安全にも危険 (4)精神医学的原因:気分障害、神経症性障害、統 が生じる。本邦でも山陽新幹線の居眠り運転('03年 2 合失調症などの精神医学的疾患に伴って引き起こさ 月) が、それに該当する。また'02年の道路交通法改正 により、重度の過眠症状を呈する睡眠障害が存在す れる睡眠障害であり、全ての精神疾患に出現しうる。 (5)薬理学的原因:降圧薬、ステロイド薬、喘息治 ると、免許の保留・停止になることが定められた。重 療薬、甲状腺剤、アルコール、睡眠薬、コーヒー、 度の過眠症状を呈する代表的な睡眠障害が睡眠時無 タバコなどの薬物や嗜好品によって睡眠障害は誘発 呼吸症候群(sleep apnea syndrome;SAS)である。 される。アルコールや睡眠薬の依存では常用して眠 ることが習慣化し、中止すると反跳性に不眠や過眠 2.睡眠障害の原因 を生じる。 臨床的には睡眠障害の診断に際して、その原因と して考えられるものを“5 つのP”に分類することが 3.SASの概念と定義 推奨されている。5 つの P とは、睡眠障害の原因を '76年Guilleminaultらによって、SASの概念は提 身体的(Physical)、生理的(Physiological)、心理的 唱された。当時は「 7 時間の夜間睡眠中のレム睡眠期 (Psychological)、精神医学的(Psychiatric)そして またはノンレム睡眠期において、10秒以上の換気停 2.SAの概念と定義 止が少なくとも30回以上出現し、かつ反復する無呼吸の エピソードがノンレム睡眠期に認められるもの」と定義さ 3.ケースマネジメント技術の概要 れ、10秒以上の換気停止が睡眠1時間当たりに5回以上(無 呼吸指数;AI≧5)出現することで診断された。'90年睡 眠障害国際分類(ICSD) では、換気停止パターンの優位性 によって、中枢型 (central SAS;CSAS) と閉塞型 (obstructive SAS;OSAS)の 2 病型に分類された。'99年米国睡眠医学 表 閉塞性睡眠時無呼吸低呼吸症候群(OSAHS)の診断基準 日中傾眠が他の因子で説明ができないこと 下記のうち2つ以上の項目が他の因子で説明できないこと ●睡眠中の窒息感やあえぎ呼吸 ●睡眠中の頻回の完全覚醒 ●熟睡感の欠如 ●日中の怠惰感 ●集中力の欠如 終夜モニターで睡眠1時間あたり5回以上の閉塞型呼吸異常があ ること。これらの異常には閉塞型の無呼吸、低呼吸、呼吸努力に 関連した覚醒反応のいかなるコンビネーションも含まれる。 会(AASM)は、無呼吸だけでなく睡眠中の呼吸量が正常 および 3 を満たすこと ※上記の 1 か 2 、 の1/2以下に低下する低呼吸に伴う中途覚醒も日中の眠 気の原因となるとの観点から、睡眠関連呼吸障害として (1)睡眠関連症状:常習性の大いびきがほぼ必発する。 まとめられ、OSASは閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群 そして呼吸障害がもたらす夜間睡眠の分断化による中途 (obstructive sleep apnea-hypopnea syndrome;OSAHS) 、 覚醒、熟眠困難そして日中の耐え難い眠気を主症状とす CSASは中枢型睡眠時無呼吸低呼吸症候群(central sleep る。居眠り運転を生じる確率が高く、一般人口の3∼5倍 apnea-hypopnea syndrome;CSAHS)と名称が変更され 以上の事故率を有すると想定されている。その他、起床 た。AASMによるとOSAHSは「睡眠中繰り返す上気道 時の口渇、倦怠感、頭痛・頭重感など自覚可能な症状も の部分的あるいは完全閉塞が、吸気努力にもかかわらず 知られている。 低呼吸や無呼吸を起こし、酸素飽和度の低下をもたらし、 (2)精神症状:二次的な抑うつ症状として、抑うつ気分、 長時間に及ぶと動脈血炭酸ガス分圧の上昇を伴い、しば しば覚醒反応を伴って終了する」と定義された(表)。 不安・焦燥感を訴え、注意集中力・知的能力の低下に至る。 また無頓着でのんきといった性格変化をきたすこともある。 臨床で遭遇する睡眠関連呼吸障害の大半は、OSAHS (3)高血圧・不整脈・右心不全:40∼70%に高血圧症が合 である。世界各国の疫学調査をまとめると、OSAHSの 併し、20%前後に洞性頻脈、洞停止、上室性期外収縮な 有病率は一般成人の1%以上であると考えられる。また、 どの不整脈が認められると考えられている。また、重症 明確な性差が認められ、有病率として成人男性の2∼4%、 のOSAHSでは日中の肺高血圧から右心不全を呈する場 成人女性の 0 . 5 ∼ 2 %とされ、SASは 2 ∼ 8 倍の割合で男 性に多く存在する。中高年男性を中心とした隠れたそし 合もある。 (4)虚血性心疾患・脳血管障害:SASが夜間狭心症発作の てありふれた成人病の一つとして、SASが挙げられよう。 誘因になったり、心筋梗塞や脳梗塞の危険因子になりう ると報告されている。 4.SASの病因と臨床症状 SASは、呼吸調節系のどの部位に障害があっても生ず 5.SASの検査方法 る。発生頻度として最も多いのは、上気道の狭窄による (1)終夜睡眠ポリグラフ検査(Polysomnography;PSG): OSAHSである。その他、中枢神経系の障害による呼吸 SASの確定診断には、脳波・眼球運動・筋電図・心電図・呼 調節異常や、中枢・末梢化学受容器異常などが原因とな 吸運動による睡眠状態の判定と動脈血酸素飽和度の記録 り得る。また、高齢になるに従ってSASは増加し、肥満 を並行して行うPSGが必要となる。OSAHSでは単位時 やアルコール・睡眠薬の常用は、SASの危険因子である 間当たりの睡眠関連閉塞イベント (無呼吸低呼吸指数;AHI) と考えられている。SASの臨床症状は、睡眠中の無呼吸・ が、5∼15で軽症、15∼30を中等症、30以上を重症と定 低呼吸によって生じる睡眠の分断、低酸素血症、胸腔内 められ、自覚症状の程度とあわせて、中等症以上では即 陰圧の増大などに影響を受けて出現する。 座に治療の必要がある。ホルター型小型データレコーダ 〔提供〕 ファイザー株式会社 〔後援〕 社団法人日本精神科病院協会 ーや日中の簡易PSGなどを用いてスクリーニングとする 場合もあるが、これらの簡易検査は、SASの除外診断と して用いられるべきではないと考えられる。 (2)上気道の閉塞状態についての検査:特にOSAHSにお ける上気道狭窄の部位と程度を把握し治療法を決定する (2)口腔内装置(補綴的下顎前方固定装置,prosthetic mandibular advancement;PMA) (3)耳鼻科的手術療法:口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP) 、 舌根正中部切除術(LMG)など (4)薬物療法:acetazolamide、三環系抗うつ薬 (imipramine, ために、食道内圧検査、セファログラム(顔面・頸部・頭 clomipramine) 、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) 蓋骨側面撮影)、上気道内視鏡・MRIなどの検査を行う。 など。 (3)眠気の他覚的(客観的)評価法:日中の眠気を客観的 適応選択として、n - CPAPは効果が確実で非侵襲であ に計測することは、患者自身が主観的には眠気を把握し り、保険適応により経済的にも負担が軽く、中等度以上 づらいという特徴があるために、なおさら重要である。 のOSAHSと診断された場合の第一選択となる。しかし、 多回睡眠潜時検査(multiple sleep latency test;MSLT) 欧米と比較して本邦のOSAHSでは肥満が少なく、扁桃 は、PSG の手法を用いて日中に 2 時間間隔で 4 ∼ 5 回にわ 肥大のみならず他の上気道疾患や顎顔面形態などのさま たって睡眠潜時を測定し、入眠傾向を評価する検査であ ざまな因子に影響を受けている可能性がある。これらを る。一日の平均値は健常成人で10分以上であり、5 分未 考慮に入れれば、SASの治療には精神科、呼吸器内科、 満で病的に強い眠気があると判定される。SASでは平均 循環器内科、神経内科、耳鼻咽喉科および歯科・口腔外 MSLT値が10分未満を示すとされている。また、覚醒維 科など各専門分野による視点を統合・連携し、多角的な 持検査(maintenance of wakefulness test;MWT) アプローチで個々の症例に最も適合した治療を行う必要 とは、MSLTと同様の手法を用いて、どれだけ長く起きて があると考えられる。 いられるかという覚醒維持能力を評価する検査法である。 (4)眠気の自覚的(主観的)評価法:代表的な日中の眠気 7.おわりに に関する主観的な評価尺度はESS(Epworth sleepiness SASは定義の提唱から30年弱しか経過していない新し scale)である。眠気をもたらす 8 つの状況に対する眠気 い概念であるが、医療上の重要性から急速に進歩し、同 の合計点が、健常成人で6点前後であるのに対して、 時にマスコミを通じて一般に浸透したといえよう。SAS SASでは12点以上であると報告されている。 あるいは睡眠障害を主訴として医療機関を受診する患者 は、今後とも増加の一途をたどることが予想される。安 6.SASの治療 易な診断そして治療は、患者の不利益につながることは SASの重症度を修飾する要因として、肥満、小顎、高 いうまでもないことである。不眠あるいは過眠といった 齢、扁桃腺肥大などを有することで重症化しやすく、そ 症状の原因がいずれにあって、どんな治療が必要である の他アルコール・睡眠薬の常用、アレルギー性鼻炎など かの診断は、多様化・複雑化の一途をたどる現代におい の鼻疾患の合併、口を開けて眠る習慣などが増悪因子と てこそ、睡眠医療の専門医に委ねられるべきである。 してあげられる。治療はそれぞれの要因に対処すること が必要となる。しかし実際は1症例で複数の要因を有す 〈参考文献〉 ることが多く、SASを短期に根治するのは難しいのが現 状である。OSAHSに関する主な治療法として、以下の 中から選択される。 (1)経鼻的持続陽圧呼吸(nasal continuous positive airway pressure:n-CPAP) 1)井上雄一:A-4呼吸関連睡眠障害.[I]病態、診断. 臨床精神医学講座, 第 13巻睡眠障害. 東京, 中山書店, pp239-264, 1999. 2)岡田保,粥川裕平:A-4呼吸関連睡眠障害. [II]睡眠時呼吸障害の治療. 臨床精神医学講座, 第13巻睡眠障害. 東京, 中山書店, pp265-273,1999. 3)The report of an American Academy of Sleep Medicine Task Force: Sleep-related breathing disorders in adults: Recommendations for syndrome definition and measurement techiniques in clinical research. Sleep, 22: 667-689, 1999.
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