報告番号 ※ 第 主 号 論 文 の 要 旨 論文題目 コムギ澱粉変異体の作出とその特性に関する研究 氏 新畑 名 智也 論 文 内 容 の 要 旨 コムギは紀元前から世界中で栽培されてきた重要な穀物であり、大半が製粉工程を 経て小麦粉にされ、食品の原材料として広範囲に利用されている。今般の、消費者ニ ーズの多様化と食品メーカーの差別化戦略の両面から、小麦粉を利用した製品には色 々な特徴が求められている。食品メーカーは副資材や加工技術の開発を進め、製品の 味や食感の改良を図っているものの、これら技術的改良のみでは十分な成果が得られ ているとは言い難い。 小 麦 粉 の 約 70% を 占 め る 澱 粉 は 、栄 養 源 (エ ネ ル ギ ー 源 )と な る ば か り で な く 、加 工 性や製品の食感に大きな影響を持つことが知られている。即ち、澱粉特性の改変によ って小麦粉の品質を改良できれば、消費者ニーズに適合した、差別化された製品の開 発が可能となる。澱粉は、グルコースを基本構成単位とした高分子で、構造の違いか ら ア ミ ロ ー ス も し く は ア ミ ロ ペ ク チ ン に 分 け ら れ る 。ア ミ ロ ー ス は 、α -1,4 結 合 を 介 し た 、基 本 的 に 直 鎖 状 の 構 造 で 、コ ム ギ 澱 粉 の 約 25 か ら 30%を 占 め る 。も う 一 方 の ア ミ ロ ペ ク チ ン は 、 α -1,4 結 合 の 主 鎖 に α -1,6 結 合 を 介 し た 側 鎖 を 持 つ 樹 状 構 造 を 取 り、アミロースより大きな分子量を持つ。この両者の比率(アミロース含量)の違い や、アミロペクチンの分子構造(側鎖の分岐頻度や側鎖長等)の違いは、糊化特性や 老化特性、あるいは糊液の粘度特性といった澱粉特有の物理化学的特性に影響を与え ることで加工性や製品の食感の違いをもたらす。 澱粉の生合成には多種類の酵素が関与し、イネ、トウモロコシ、オオムギでは、そ れ ら 酵 素 の 変 異 に 起 因 す る 、澱 粉 変 異 体 が 同 定 さ れ 、そ の 遺 伝 的 背 景 、澱 粉 の 特 性 (構 造 的 、物 理 化 学 的 性 質 等 )が 解 析 さ れ 、そ の 幾 つ か は 、古 く か ら 食 品 利 用 が 進 ん で い る 。 こ れ ら 2 倍 体 植 物 に 比 べ て 、 コ ム ギ は ゲ ノ ム 構 成 が 複 雑 (異 質 6 倍 体 )で あ る た め 、 天 然の澱粉変異体は容易には見出されず、酵素系の研究や遺伝学的手法による澱粉の特 性の改変は容易でなく、相対的に研究は進んでいない。 そこで本研究では、コムギの澱粉合成に関わる 2 種類の酵素をターゲットとして、 ①新規澱粉変異体開発のための技術基盤の開発、②新規澱粉変異体候補の開発とその 種子澱粉の特性分析、を目標とした。具体的には、アミロペクチン側鎖伸長に係わる 酵 素 の 1 つ で あ る starch synthase IIa( SSIIa) の 、 変 異 体 選 抜 の た め の DNA マ ー カ ー 開 発 、SSIIa 変 異 体 の 澱 粉 特 性 の 分 析 、さ ら に 、ア ミ ロ ー ス 合 成 を 担 う granule bound starch synthase I( GBSSI) と の 新 規 二 重 変 異 体 に お け る 澱 粉 や 種 子 の 特 性 の 分 析 等 を行い、その将来の可能性を展望した。 第 一 章 で は 、コ ム ギ SSIIa 変 異 体 の 選 抜 に 資 す る DNA マ ー カ ー の 開 発 を 目 的 と し た 。 普 通 系 コ ム ギ は 、7 対 の 相 同 染 色 体 で 構 成 さ れ る 3 セ ッ ト の ゲ ノ ム( A、B、D ゲ ノ ム と 呼 称 さ れ る ) か ら な る 異 質 6 倍 体 で あ る 。 コ ム ギ SSIIa に は 、 各 ゲ ノ ム に 由 来 す る 3 種 類 の 同 祖 遺 伝 子 が 存 在 し( SSIIa-A1 、-B1 、-D1 )、そ れ ぞ れ が SSIIa-A1( 115 kDa)、 -B1(100 kDa)、 -D1( 108 kDa) を コ ー ド し て い る 。 ま た 、 各 々 の 欠 失 型 変 異 体 が 見 出 さ れ て お り 、 3 種 の 変 異 体 を 集 積 し た SSIIa 完 全 欠 失 変 異 体 で は 、 ア ミ ロ ペ ク チ ン の 単位鎖長分布における短鎖比率が増加し、同時に、アミロース含量が通常に比べて 3 から 4 割程度増加した、高アミロース澱粉となることが知られている。種子は細身と なるため製粉歩留まりが低くなるという小麦粉生産上には不利な特徴も併せ持つもの の、この澱粉には整腸作用等の生理作用が知られている難消化性澱粉が多く含まれる こ と か ら 、こ の コ ム ギ は 健 康 機 能 素 材 と し て の 利 用 が 期 待 さ れ て い る 。SSIIa-A1 、-B1 、 -D1 各 々 の 欠 失 型 変 異 体 の 遺 伝 子 配 列 解 析 の 結 果 、変 異 型 SSIIa-A1 に は 開 始 コ ド ン を 含 む 289 塩 基 の 欠 失 お よ び 8 塩 基 の 挿 入 が 、変 異 型 SSIIa-B1 に は エ ク ソ ン 8 へ の 175 塩 基 の 挿 入 が 、そ し て 変 異 型 SSIIa-D1 に は エ ク ソ ン 5 と イ ン ト ロ ン 5 の ジ ャ ン ク シ ョ ン を 含 む 63 塩 基 の 欠 失 が 、そ れ ぞ れ 見 出 さ れ た 。こ れ ら の 遺 伝 子 配 列 情 報 を 基 に 、野 生 型 と 変 異 型 を PCR フ ラ グ メ ン ト サ イ ズ の 違 い で 識 別 可 能 な 、 共 優 性 DNA マ ー カ ー を 開 発 し 、 こ れ が SSIIa 変 異 体 の 選 抜 に 利 用 で き る こ と を 確 認 し た 。 3 種 の SSIIa の 野 生 型 と 変 異 型 の 組 み 合 わ せ は 、 SSIIa-A1、 -B1、 -D1 の 順 に 野 生 型 を ○ 、 変 異 型 を ×で 表 し た 場 合 に 、 ○ ○ ○ 、 ×○ ○ 、 ○ ×○ 、 ○ ○ ×、 ○ ××、 ×○ ×、 ××○ 、 ×××の 8 通 り で あ る 。 第 二 章 で は 、 第 一 章 で 開 発 し た SSIIa 変 異 体 選 抜 用 の DNA マ ー カ ー を 用 い て 選 抜 さ れ た 、 組 み 合 わ せ の 異 な る 8 系 統 の 準 同 質 遺 伝 子 系 統 の 種 子 を 用 い て 、 澱 粉 の 構 造 や 特 性 を 比 較 し 、 SSIIa の 澱 粉 の 構 造 や 特 性 に 及 ぼ す 量 効 果 ( dosage effect) 、 お よ び 3 種 類 の SSIIa の 寄 与 度 (表 現 形 質 へ の 影 響 の 違 い )を 比 較 す る こ と を 目 的 と し た 。そ の 結 果 、SSIIa を 1 つ 欠 失 (1 酵 素 欠 失 型 部 分 変 異 体 )、 2 つ 欠 失 (2 酵 素 欠 失 型 部 分 変 異 体 )、 全 て 欠 失 ( 完 全 変 異 体 ) と な る に 従 い 、 澱 粉 の 構 造 や 特 性 に お け る 野 生 型 と の 差 異 は 拡 大 し 、 SSIIa の こ れ ら 澱 粉 特 性 に 対 す る 量 効 果 が 確 認 さ れ た 。さ ら に 、3 種 類 の SSIIa の 、澱 粉 の 構 造 や 特 性 へ の 寄 与 度 に は 、 SSIIa-B1> D1> A1 の 違 い が あ る と 結 論 し た 。 ま た 、 部 分 変 異 体 6 系 統 (野 生 型 と 完 全 変 異 体 以 外 )の 種 子 は 野 生 型 と 外 観 上 の 違 い は 見 ら れ な か っ た こ と か ら 、こ れ ら 系 統 は 製粉工程を経ても歩留まりへの影響は低いと考えられた。部分変異体の中では、 SSIIa-A1 の み を 持 つ 系 統 が 、野 生 型 と の 差 異 が 最 大 と な り 、特 に 老 化 耐 性 に 優 れ て い るため、老化の進行が遅い食品の開発に利用できる可能性があると考えられた。 第 三 章 で は 、 SSIIa 遺 伝 子 に 関 す る 同 DNA マ ー カ ー と 、 既 に 開 発 さ れ て い た GBSSI 遺 伝 子 の 同 様 の DNA マ ー カ ー を 用 い て 選 抜 さ れ た 、 SSIIa と GBSSI を 全 て 欠 失 し た 、 新規な二重変異体の特性を明らかにすることを目的とした。得られた二重変異体の種 子 は 、開 花 後 35 日 目 付 近 ま で は 、野 生 型 の コ ム ギ と 、外 観 上 の 差 異 は 見 ら れ な か っ た 。 し か し そ の 後 の 水 分 含 量 の 減 少 に 伴 い 種 子 の 形 状 が 変 化 し 、完 熟 種 子 は 皺 粒 と な っ た 。 こ の 種 子 の 登 熟 期 全 般 で 、低 分 子 糖 、特 に マ ル ト ー ス と ス ク ロ ー ス 、の 蓄 積 が 見 ら れ 、 特 に 開 花 後 25 日 目 付 近 で の 蓄 積 が 顕 著 で 、種 子 は 甘 く 感 じ ら れ た 。従 っ て 、こ の 二 重 変 異 体 は 、 ト ウ モ ロ コ シ の 甘 味 種 ( sweet corn ) と 同 様 、 コ ム ギ の 甘 味 種 ( sweet wheat:SW)に 分 類 さ れ る 最 初 の も の と 言 え た 。SW の 種 子 の 澱 粉 粒 子 は 微 小 化 し 、ア ミ ロースは検出されず、アミロペクチン分子の低分子化と単位鎖長分布の短鎖側へのシ フ ト ( 特 に 重 合 度 2 お よ び 3 の 単 位 鎖 比 率 の 増 加 ) が 見 ら れ た 。 さ ら に 、 重 合 度 14 程度を中心とした直鎖状のマルトオリゴ糖と、わずかに分岐した低分子αグルカンが 検 出 さ れ た 。 こ れ ら は 澱 粉 合 成 過 程 に お け る β -amylase や isoamylase の 関 与 を 示 唆 するものであった。 第 四 章 で は 、SW の 種 子 特 性 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し た 。SW の 種 子 の 成 分 分 析 の結果、澱粉含量の著しい低下と、脂質、食物繊維、低分子糖の増加が認められた。 水溶性食物繊維を分析した結果、フルクトオリゴ糖(フルクタン)含量の、3 から 6 倍の増加が見られた。フルクトオリゴ糖のプレバイオティクス効果の報告は多く、 SSIIa 完 全 変 異 体 と 同 様 に 健 康 機 能 素 材 と し て 期 待 さ れ る 。 ま た 総 遊 離 ア ミ ノ 酸 含 量 も 3 から 4 倍に増加し、特にプロリン、アスパラギン、グルタミンの著しい増加が観 察 さ れ 、 風 味 の 改 良 効 果 も 期 待 さ れ る 。 こ れ ら の 結 果 は 、 コ ム ギ の GBSSI と SSIIa の 二重変異が、澱粉特性ばかりでなく、種子成分へも影響することを示していた。 第 五 章 で は 、SSIIa 変 異 体 お よ び SW の 解 析 結 果 に 基 づ き 、実 用 化 へ の 可 能 性 と 課 題 を考察した。さらに、コムギ澱粉変異体の今後の研究を展望した。
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