ヴァイオリンとフィドル ∼ 二足のわらじ も履き慣れて クラシックとアイリッシュの掛け持ちをするよ うになって久しい。一橋大学管弦楽団に入団以 来、30年以上オーケストラでヴァイオリンを弾き 続け、モーツァルト、ベートーヴェンはもちろん、 マーラーやブルックナーなどの大曲に取り組み、 国内外の一流の指揮者、演奏家との共演の機会に も恵まれている。また、アイルランド音楽をメイ ンとする民族音楽バンド フェアリー・ドクター (Fairy Doctor) のフィドラーとしての演奏活動 も四半世紀を超えている。物珍しさも手伝って各地からの出演依 大宮フィルハーモニー管弦楽団 http://music.geocities.jp/oomiya_phil/ 頼も多く、これまでのステージは100回を超え、結成10周年、20周 年にそれぞれ自主制作したCDも素人芸ながら評判は悪くない。 意外に思われる方も多いかもしれないが、日本における洋楽の 受容の最初期から、アイルランド音楽は身近な存在である。アイ ルランド民謡 The Last Rose of Summer が「庭の千草」と名 付けられ、文部省音楽取調掛(奥中康人『国家と音楽:伊沢修二 がめざした日本近代』春秋社、など)が編纂した明治17(1884) 年発行の『小学唱歌集第三編』に早くも収録された。これを嚆矢 として、 「ロンドンデリーの歌」などのチューン(楽曲)が広く Fairy Doctor 親しまれ、現在ではテレビのCMやBGMに(多くの場合、それと と違って航空運賃の別料金は取られなかった) 。宿の近くのアイ は気付かれずに)アイルランド音楽が頻繁に使われている。とは ルランド・パブで、同行の某教授が旅の解放感からか「日本から いえ、アイルランド音楽は今知られている以上に多様で奥が深 フィドラーを連れてきたので店で弾いていいか?」と軽口で交 い。その詳細は、ヌーラ・オコーナー著『アイリッシュ・ソウルを 渉すると、パブのマスターは「勝手にどうぞ」的な答え。それで 求めて』 (大栄出版)などの類書に委ねることとして、ここでは はと宿に戻り、楽器を携えて再び店に。場の雰囲気からダンス・ 伝統音楽について少し触れてみたい。 チューンがいいだろうと弾き始める。その途端、カウンターで アイルランドの伝統音楽は口承で伝えられてきたがゆえ、作曲 話をしていたお客の面々がこちらを向き始め、弾き進むにつれ 者不詳のチューンが数多い。その中にあって異彩を放つのがカロ 近くに寄ってきて「もっと弾け!」 「この曲は弾けるか?」のリ ラン(Turlough O Carolan, 1670∼1738, 英語式の発音では「キャ クエスト責め。アイリッシュダンス独特のステップを器用に踏 ロラン」 )である。通貨統合前のアイルランドの紙幣に肖像が用 んで踊る面々も出て、パブはお祭り騒 いられるなど、300年の時を超え、彼の音楽は人々に愛され、弾 ぎに。かけ出しのフィドラーが弾いて き継がれている。病気のため青年期に失明、ハープ奏者として糧 もここまでの反応があるのかと心底驚 を得るべく修業の後、アイルランド各地を旅した。訪れた地のパ いた。 トロンや友人に捧げるべく作曲された作品は、処女作 Si Bheag, コンサートホールとパブ、およそか Si Mhor(大きな妖精、小さな妖精) を皮切りに200を超える。 け離れた場で奏でられる音楽。どちら 当時流行のイタリア音楽の影響を受けながら、憂愁をたたえた独 がどうと比較することは無意味であろ 自の情緒あふれる作品から活気に満ちたものまで多彩である。 う。心の琴線に触れ、奏でる側、聴く そして、アイルランドの伝統音楽と言えばリールやジグなどの 側がともに幸せな気分になれる音楽で ダンス・チューンである。昔からアイルランドでは、ダンスが共 あればいい。 二足のわらじ もだいぶ 同体の生活体系に織り込まれ、日々の会話と同じくらい自然な営 履き慣れてきた。 1stCD「ALMOST IRISH」 定価:1,800円(税込) みであった。この点はバンド活動を始め ヴァイオリンとフィドル 社会学研究科教授 尾崎正峰 た当初から 教科書的 には理解していた 最後にひとつ。クラシックでは「ヴァ つもりであったが、否が応でも実感した イオリン」 、カントリー・ミュージックや のが今から20年ほど前のこと。学会と現 ブルーグラス、民族音楽などのジャン 地調査のためロンドン周辺に滞在したが、 ルの場合「フィドル」を用いることが 2週間ほどは一人旅となるので退屈しのぎ 多い。では、楽器として違うのかとい にとヴァイオリンを抱えて行った(現在 う問いに対する答えは「同じ」である。 2ndCD「TWILIGHT」 定価:2,000円(税込) 〈お問い合わせ〉 Fairy Doctor OFFICIAL BLOG http://fdhp.exblog.jp/ 52
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