「クリニカルクエスチョン単位の医学文献評価選定」 神奈川歯科大学内科 教授

「クリニカルクエスチョン単位の医学文献評価選定」
神奈川歯科大学内科 教授
森實 敏夫
クリニカルクエスチョンの作成
クリニカルクエスチョンは臨床上生じた疑問であり、それに対する解答が得られること
によって、患者のアウトカムが改善する可能性があるものである。EBM の実践における最
初のステップが患者の問題の定式化であるが、クリニカルクエスチョンの作成はそれに相
当する。医療従事者から発せられる場合もあるし、患者から発せられ医療従事者がそれに
答えなければならない場合もある。
臨床にかかわっている医療従事者であれば、誰でもクリニカルクエスチョンが作れると
思われるかもしれないが、それほど容易な作業ではない。診療の大部分は、疑問の余地の
ない範囲で行われており、定式化された作業を間違いなく行うことに重点が置かれていて、
どうしたら良いか分からない、あるいは、複数の選択肢からどれかを選ばなければならな
い、という状況はむしろ少ない。疾患専門家であるほど、豊富な知識と経験を有している
ため、専門領域におけるクリニカルクエスチョンの作成が容易でないということも起こり
うる。
クリニカルクエスチョンの作成には、患者の問題に直面してできるだけでなく、文献を
読んで、そこから疑問として生まれてきたり、思いつきで出てくる場合もあり、さまざま
な機会をとらえる必要がある。さらに、ランダム化比較試験などの文献を疾患単位で広く
検索し、それらを RefViz のような概念で分類するソフトウェアを用いて、分類し、それぞ
れの文献集合から対応するクリニカルクエスチョンを作成する方法もある。ウェブで広く
募集することも有用である。
クリニカルクエスチョンの構成
クリニカルクエスチョンは、疾患/病態、予知因子:介入/要因曝露、対照、アウトカム、
す な わ ち PECO あ る い は PICO の 4 つ の 要 素 か ら 構 成 さ れ る 。 Patients,
Exposure/Intervention, Control, Outcome の各項目である。さらに、そのクリニカルクエ
スチョンに解答を出しうる研究デザインを想定する。これら 5 項目は文献検索の際に必要
な項目でもある。さらに、そのクリニカルクエスチョンの臨床的重要性を考えるために、
予測される効果、効果指標の値、影響を受ける患者の割合、などもあらかじめ考慮する。
1
文献検索
クリニカルクエスチョン単位で文献検索を適切に行うためには、可能な限り特異的にか
つ漏れを少なくしなければならない。文献検索のための検索式は、クリニカルクエスチョ
ンの各構成項目を表す語句を組み合わせるが、すべての項目が必要とは限らない。複数の
検索式を試みて、検索結果のアブストラクトを読んで、検索語句として使用すべき語句を
拾い出す作業が必要である。適切な検索式が複数になる場合には、それぞれの検索結果を
統合する必要があるが、時期を変えて検索と選定が行われるような場合には、差分だけに
ついて、選定を行えるよう、ソフトウェアの支援が必要である。すべての、検索はクリニ
カルクエスチョンとともに、記録されなければならない。そのためには、一定の形式の文
書を用意して、記入する方法が便利である。
選定
一次選定は、アブストラクトまでの情報に基づいて行う。まず、クリニカルクエスチョ
ンに対応したものかをチェックする。次に、治療・予防に関する研究であれば、ランダム
化比較試験、予後に関する研究であれば、コホート研究、診断に関する研究であれば、コ
ントロールを含む、といった基準を定めて選定を行う。さらに、選定された文献について、
選定者が理解できるかどうか(Meaningfulness)によって、選定する。その上で、出版時
期を考慮して、最終的な選定を行う。Minds では、選定された文献について、構造化抄録
を作成し、妥当性(Validity)、信頼性(Reliability)、臨床的意義(Clinical Relevance)
の評価を行う。
文献の評価
まず、研究デザインを特定するが、このためのアルゴリズムを利用する。危険因子が同
定された時点では、患者にはベネフィットは直接もたらされることはない。危険因子が制
御されて、患者に意味のあるアウトカムが改善することが証明された時点で始めて、患者
にベネフィットがもたらされる。予後についても同様であり、予後を知ることによって、
患者の QOL が改善することが証明される必要がある。したがって、これらを証明しうる、
ランダム化比較試験が臨床的にはもっとも重要である。
以下に、Validity、Reliability、Clinical Relevance についての判定基準を紹介する。
2
Validity について:
介入/治療に関する研究の場合
評価項目
スコア
A.
介入以外の条件がまったく同じ群が比較されている
4
3
2
1
0
B.
各群のすべての被験者の受けた介入は均質である
4
3
2
1
0
C.
データの記録、管理が厳密である
4
3
2
1
0
D.
エンドポイントの測定が比較される群で同じように
4
3
2
1
0
4
3
2
1
0
正確に行われている
解析方法が適切である
E.
スコアの基準:4: 強く同意、3: 同意、2: どちらでもない、1: 反対、0: 強く反対
Reliability について:
•
•
•
High(高)
‒
当該研究を含め 2 つ以上の研究が同じ結果である
‒
大規模臨床研究である(αエラー、βエラーが小さい)
Moderate(中)
‒
当該研究が 1 つだけであるが、サンプルサイズが十分大きい
‒
選択バイアスが小さい
Low(低)
‒
サンプルサイズが小さくαエラーまたはβエラーの可能性がある、95%信頼
区間が広い
‒
選択バイアスが大きい
あるいは、次の基準で判定する。
スコア
基準
4
異なる対象で行なわれた 2 つ以上の研究で同じ結果が得られている
3
同一の研究の中で異なる対象で同じ結果が得られている
2
同一の研究の中で 1 つの群を 2 つにランダムに分割して別の時点で研究が行なわれ同
じ結果が得られている
1
同一の研究の中で同じ対象で同じ結果が得られている
0
異なる対象者で行なわれた 2 つ以上の研究で相反する結果が得られている
ND
判定保留(Undefined)
3
Clinical Relevance について:
スコア
基準
4
患者にベネフィットのあることが直接証明されている
3
患者にベネフィットのあることが間接的に証明されている
2
今後ベネフィットが証明される可能性がある
1
今後ベネフィットが証明される可能性はほとんどないまたはない
0
患者にベネフィットはない
治療法に関しては次の基準も適用される。
現在の標準治療 過去の研究
研究の対照
有効性
安全性(害)
判定
(−)
(−)
プラセボ
優
不定
A
(−)
(+)
プラセボ
優
不定
A, B, C, D
(+)
(+)
現在の
優
不定
A
現在の
同等または
不定
B
標準治療
非劣性
プラセボ
優
不定
A, B, C, D
標準治療
(+)
(+)
(+)
(+)
判定基準
A
現状の介入より優れている
B
現状の介入と同等
C
現状の介入より劣る
D
不明
文献
森實敏夫、福岡敏雄、中山健夫、山口直比古、宮木幸一、星 佳芳:EBM 実践のための医学文
献評価選定マニュアル。ライフサイエンス出版、2004 年 10 月。
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