伊藤, 高弘 Citation 研究年報, 1987: 32-34 Issue Date - HERMES-IR

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体協「新スポーツ憲章」の検討
伊藤, 高弘
研究年報, 1987: 32-34
1987-08-01
Departmental Bulletin Paper
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http://hdl.handle.net/10086/7436
Right
Hitotsubashi University Repository
lV.現代のスポーッ動向
一時事問題検討会のまとめ一
1.第2グループ (86.6.10)
m.r新憲章」の投じた波紋一とくに中・高体
連地方体協の動向
体協r新スポーツ憲章」の検討
伊藤高弘
1.競技団体は多様な動きをみせているが本報
告では省略する。
1.r新スポーツ憲章」検討の意味について
2.中。高体連関係一rスポーツ憲章につい
1。 日本におけるスポーツの普及と向上の関係
て行けぬ」、r金銭、賞品与えぬ」の発言が、
および戦前・戦後のスポーツ界の構造と体質
競技力の主要な部分をジュニアに依拠する体
が浮彫にされるであろうし、
操、水泳関係から相つぐ。
2,スポーツを政治、経済、社会、文化、教育
3,地方体協(神奈川)一各紙の論調で紹介。
などの一環に位置づけることによって、政治
的・営利主義的利用の実態と政・官・財界戦
W.各紙の論調(要旨)
略が明らかとなるであろう。
1. 「読売」(’86.4,15、牛木、’86.5.7)
3, また、10C、ANOC、IF、ASOI
アマチュア振興の妨げにならない。オリソピッ
F(五輪夏季競技大会連合)との関係で、
クの「参加選手規定」と並べて批判するのは
見当違い。金権主義がはびこるだろうと心配
r新憲章」の国際スポーツ界における位置が
示されよう。
するのは、スポーツのあり方を知らないか中
央集権の統制主義(征矢野仁『読売新聞。日
n.r新憲章」制定・発効にいたる経過
本テレビ同時代叢書』汐文社:、1979参照)。
1986(昭和61)年5月7日、日本体育協会(日体
2。 「朝日」(社説、》86。5,11〉
協)は「プロフェッショナルの登録を認める新し
スポーツはほんらい個人が楽しむもの。プロ
いrスポーツ憲章』を制定し、7日の理事会で承
認し、即日発効した」(「朝日」、「毎日」、r読
化する競技にではなくて、ジョガー・早朝野
売」、r日経」、r赤旗」他、いずれも’86.5.8付)。
家の道具ではない。
日体協は、1985(昭和60〉年3月20日、J O C(日
(イソタビュー、猪谷千春・I O C委員、聞
きて中条一雄、’86.4.27)
本オリンピック委員会)総会で、昨年(1984)来
rアマチュア規定を再検討する方針を打ち出して」
球などに税金を支出すべきで、スポーツは国
さらに一年有余の時間をかけて、理念、ビジョソ、
スポーツマソの人権侵害や使い捨ては、個人
の問題であってそれなりの覚悟が必要。 r高
度化スポーツはプロ化必然」。
前後するがr朝日」 (’86.5.2)ではr日体
政策を示す基本方針、大綱(本当にそうであるの
協は、五輪オープソ化がこのような形で足踏
か、どうかは検討課題の一つ)としてr新スポー
みするとは思いもよらなかったとみえ、五輪
ツ憲章」を制定した。
憲章の先を行くような草案をねりあげた。…
(r朝日」’85.3.19)以降、この問題にどのように
決着をつけるのか、が注目されていたのであるが、
・10Cはプロ化促進ではなく、阻止が使命
一32一
という意見」があることを紹介。
(r毎日」)ことと関連した動向の報道についてみ
3. 「毎日」(’86.5,8 大野)
てみよう。r毎日」(’86・4・24)は、1986年4月23
r体協は寄付行為第3条でr本会はわが国ア
マチュアスポーツの統一組織』と規定し、総
日ANOC(国内オリソピック委)総会はソウル
で開催され、これには、152ケ国。地域代表が参
予算の3分の1を国庫補助に。新憲章は寄付
行為に抵触しない(体協)との考えだが、プ
ロ選手への補助、国体参加の是非など問題を
加した。プロ化反対は、ソ連、東独、チェコなど。
残す。競技団体まかせ、技術的変更やアマ・
スホッケー、テニスの3競技へのプロの参加を決
スポーツ界への商業主義への流入の拡大は、
定した。I F、A S O I F(五輪夏季競技大会連
体協の存在自体をゆり動かす」。
合)はいずれもプロを容認しており、残るはAN
4. 「神奈川新聞」(’86、4,13)
OCのみであったために、ANOC総会(ソウル)
rこのまま地方体協に適用するのは無理があ
る」、神奈川体協副会長・馬飼野正治は、地
r赤旗・時事」(’86.4,24)(’86.4。28)は、サマ
賛成はフラソス、英国など。これまでの経過とし
て、1985年3月、10C理事会はサッカー、アイ
の決定が注目されていた(要旨)と報じた。
方自治体からの補助金ストップを憂慮。
ラソチ会長のr財源は複数がよい。T V放映権料
5. r赤旗」(’86.5.18栗山)
に限定するのは危険。」したがってI S Lと契約
新憲章には、選手の身分・生活保障・権利の
したが「利益は五輪運動全体に還元されるべきだ」、
欠落があり、スポーツの発展の方向がない、
またr1988年のカルガリ、ソウル五輪では、新し
としている。
い競技者コードを使わず、従来通り五輪憲章参加
6. 「夕刊 読売」(’86.5.30〉のr論点’86。5
の資格規定第26条を適用するだろう」との発言を
月》下《」では、新憲章には直接のべてはいな
紹介した。
いが、記号論的立場からみたスポーツ商品市
場について各論を掲載した『現代思想』(青
VI.論点
土社、1986,5)と『身体の政治技術』(新評論、
1.r新憲章」と地方体協・補助金・スポーツ
1986)が紹介、評価されている。
の大衆化の関係はどうなるのか。
7, この他新聞ではないが、本報告後『スポー
2.r新憲章」によって競技力の向上は達成で
ツのひろば』(’86。7)には藤沢朗r肝心なこ
きるか。
とは国民のスポーツ振興と安心して競技でき
3.「新憲章」と教育との関係や影響はどのよ
る環境づくり」、広畑成志rスポーツに求め
うにあらわれるか。
られている社会的要求に応えきれなかった日
4.r新憲章」は日体協(加盟団体を含む)、
」OCを組織論(理念、目的、寄付行為など)
体協『憲章』」、(’86、8)には、高橋昌嗣r優
ツ憲章』に寄せて」、『文化評論』(’86。8)川
的にみてどのように変化させるか。
5.新憲章にみられる日体協、J O Cの対応は
本信正rスポーツ身分制」、r赤旗評論版」(’
臨調スポーツ版一財界戦略と関連したものと
86.7〉には広畑成志「日体協『スポーツ憲章』
してとらえることは可能か。
を考える」がそれぞれ掲載された。
6.r新憲章」・日体協・」OCと10C、A
れた才能が活かされるか? 日体協rスポー
V.10CおよびANOC総会とr新憲章」
三大紙の論調の違いは、前述の要旨紹介で明ら
かになったと思われるが、「五輪憲章の先をいく」
(r朝日」)、 r体協の存在自体をゆり動かす」
NO Cの関係はどうなるのか。
7.lV.6の動向は、直接的にはふれていない
が、政官財界戦略のイデオロギー版を反映し
ているのではないか(r赤旗f86,8.8は、主
張「芸術の『民活』とは何か」で、文化庁の
一33一
2.第1グループ (86.9.30)9
「民間芸術活動の振興に関する検討会議」の
まとめた報告r芸術活動振興のための新たな
(1) 日本体育協会の財政構造
方途」をとりあげ批判した。それによれば軍
関春南
拡と大企業奉仕は、文化庁の予算と事業をさ
らにきりすて一史上最低の0.069%、活動補
はじめに
助はヘリコプター一機分の3分の1一芸術・
文化にたいする大企業の支配をもたらすこと
日本体育協会(体協)は、70年代にはいりr国
を指摘している)。
民スポーツの振興」とr競技力の向上」という2
本の柱を目標に掲げ活動を展開している。日本経
さて、こんご財団法人日体協のr新憲章」
済の低成長を後目に体協予算は増大してきた。そ
についての検討は10C総会、ソウルアジァ
こで、1975年から1985年までの10年間を振返り、
大会や財界戦略との関連で進められると考え
予算の内訳はどのようになっているのかを検討し
るが、その一つの視点・方法として、拙稿
r商業主義のスポーツ“侵略”」(r体育科
教育』’83.1)でのべたように、1970年代の
位置を占めているかを中心的な視点として見る。
た。その場合、国庫補助と商業資本がどのような
日本体育協会の財政構造
動向、なかんづく1979年1月の経済同友会の
産業構造の転換の提起、これと連動する文化
記号論などの動向、たとえぱ、多木浩二「遊
単位:百万
鵬
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びはコードだ、このコードの有限性のなかに
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発生しいとなまれる。これは記号論を文化の
コードとして考えるのと同じ」(『現代思想』、
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」‘聖博
40億
青土社、1983.2.、P.244)や、島田稔夫r記
号としてのモノという消費対象は、個人とし
ての消費者にコードのなかの位置をとらせる。
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ここからは集団的連帯は生みだされることは
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ない」とD,」.ブーアスティン「消費の共和
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国」(『現代思想』、青土社、1982.5)などと
結合させて行なうことである。今一つは、た
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るレベルをこえて、『大月経済学事典』(大
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的性格」の、商品、貨幣、資本の精神的性格、
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④ 画
あるいは、『哲学事典』(青木書店、1971)の
19ア5 1976 197ア 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985
「物神崇拝」の項目にみられる、 (スポーツ
の)商品交換関係が資本vs労働の関係をかく
①予算総額 一 ③国庫補助額 一・一・一
②スポーツ振興事業特別会計一一一 ④寄附金特別会計一,・}一一
⑤②十③ 一一一一
す一幻影的な姿で現われてくるなどの規定を
L国庫補助と商業資本をめぐるいくつかの特徴
想起しつつ、あるべきスポーツと組織・運動
1,全体での比率
図のなかの折線⑤が示すように、両者の全体で
の像を結ぶための努力の必要性・重要性を痛
感させられたことを記して報告にかえたい。
の占める比率は、75%から60%と極めて高い。し
かし、80年代にはいると次第に低下してきている。
これは、折線③が示すように、国庫補助が減少し
一34一