関, 春南 Citation 研究年報, 1987: 34-35 Issue Date - HERMES-IR

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日本体育協会の財政構造
関, 春南 研究年報, 1987: 34-35
1987-08-01
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/7429
Right
Hitotsubashi University Repository
2.第1グループ (86.9.30)9
(1) 日本体育協会の財政構造
関春南
はじめに
日本体育協会(体協)は、70年代にはいりr国
民スポーツの振興」とr競技力の向上」という2
本の柱を目標に掲げ活動を展開している。日本経
済の低成長を後目に体協予算は増大してきた。そ
こで、1975年から1985年までの10年間を振返り、
予算の内訳はどのようになっているのかを検討し
た。その場合、国庫補助と商業資本がどのような
位置を占めているかを中心的な視点として見る。
日本体育協会の財政構造
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①予算総額 一 ③国庫補助額 一・一・一
②スポーツ振興事業特別会計一一一 ④寄附金特別会計一,・}一一
⑤②十③ 一一一一
L国庫補助と商業資本をめぐるいくつかの特徴
1,全体での比率
図のなかの折線⑤が示すように、両者の全体で
の占める比率は、75%から60%と極めて高い。し
かし、80年代にはいると次第に低下してきている。
これは、折線③が示すように、国庫補助が減少し
一34一
てきているからである。しかし逆に点線②と線④
が示すように、スポーツ振興特別会計つまり日本
自動車振興会、日本小型自動車振興会、日本船舶
振興会、日本宝くじ協会等いわゆるr寺銭」から
の収入および④の寄附金特別会計つまりr商業資
本」、財界からの寄附金収入が、ふえている。体
協が、日本船舶振興会の笹川良一会長に頭が上が
らなかったり、アマチュア規定を改訂せざるをえ
ない物質的基盤がここにある。
2,1983年という時点
国庫補助が低下し反対に寄附金が増加して丁度
クロスするこの時点は、体協の財政構造からいう
と、その性格を明らかに変える契機をなしている
という意味において、重要である。
3,ス、ポーツ振興事業特別会計と寄附金特別会計
の性格
かつて体協では、戦後初期の歴史のなかで(19
55年)体協の財源をどこから得るかをめぐってし
れつな論争がおこなわれた。その時の対象がまさ
にr寺銭」とr商業資本」であった。r大衆化」
路線を主張した時の理事長清瀬三郎は、「寺銭」や
r商業資本」を排し健全な財源にもとずくことを
主張した。これに対してr高度化」を主張した水
連の田畑会長に代表される者は、これに反対し、
結果的には、清瀬構想は否定し去られた。この矛
盾は、70年代まで尾をひくが、80年代に入り精算
され、とりわけ83年以後体協は新しい財政基盤に
立つことをもの語っている。
4.国庫補助減少化の持つ意味
国庫補助は、81年をピークに減少しているが、
これをどう評価するかという原理的につめなけれ
ばならない問題がある。
一35一