失語・脱抑制により意思疎通が困難だった症例 〜行動パターンから欲求

第9回 健育会グループ チーム医療症例検討会 in 石巻
演
題 名
失語・脱抑制により意思疎通が困難だった症例
~行動パターンから欲求を推察した取り組み~
施
設 名
竹川病院
発
表 者
○安田侑加(作業療法士)・牧野博幸(理学療法士) ・篠﨑一香(言語聴覚士)
大原晶子(看護師)・中村友香(看護師)・田村政子(看護師)・植野佳子(介護福祉士)
田中良子(ケアワーカー)・木内幸子(医療相談員)・種市良盛(医師)
概
要
【はじめに】
左被殻出血により右片麻痺・高次脳機能障害を呈
し、意思疎通を図ることが困難だった症例を経験し
た。症例は入院時より常に不快な表情で、非麻痺側
による体動が激しく、便をこねる、オムツを外す、
壁を叩く、大声を出す等の行為(以下:問題行動)が
頻繁にみられていた。多職種で情報を共有し、症例
の要求を汲み取る工夫をすることで、問題行動の理
由を分析した。その結果、トイレ誘導を契機に問題
行動が軽減し、ADL 介助量軽減、自宅退院に至った
ので以下に報告する。
【症例紹介】
60 歳代男性 178cm55kg 左利き
診断名:左被殻出血(H25.7.24 発症)
キーパーソン:妻(50 歳代)
病前:ADL は自立、主夫として家事をしていた
【作業療法初期評価】 (H25.9.11~9.20)
細身だが高身長で若い。
非麻痺側による体動が多く、
問題行動が毎日続いた。
意識レベル:JCSⅠ-1~Ⅱ-10
Br.stage:Ⅱ-Ⅱ-Ⅱ
感覚:右上下肢重度鈍麻
高次脳機能:失語症・脱抑制・注意機能障害
感情失禁
コミュニケーション:理解・表出共に困難
ADL:基本動作全介助
(食事:経管栄養、排泄:終日オムツ、入浴:機械浴)
FIM:23/126 点
(運動項目:15/91 点 認知項目:8/35 点)
【治療計画】
入院時より頻繁にみられていた問題行動は、失語
症や脱抑制等の高次脳機能障害が大きく関与してお
り、オムツに排泄する事が嫌だった、排泄後のオム
ツが不快だった、また、要求をうまく伝えることが
できないもどかしさから起こる行動なのではないか
と考えた。秋山らは「通常であれば自分で気兼ねな
くできる排泄が当たり前にできないことは、大きな
苦痛である」としている。実際に、経管栄養後や失
禁後に問題行動が多く見られたこと、下着交換後に
は問題行動がみられなかったことから①トイレ誘導
②コミュニケーション手段の獲得を方針とした。
【経過】
50 病日:問題行動あり(86 病日まで毎日続く)
52 病日以降:汚染した下着を外す、脱ぐ
64 病日:下着交換後、問題行動なし
68 病日:トイレ誘導開始(4 人介助)
72 病日:初めてトイレでの排泄成功
83 病日:病棟へトイレ介助デモ実施、排泄成功
88 病日:ナースコール導入、トイレ誘導(2 人介助)
99 病日以降:ナースコール、尿器を使用し確立
177 病日:自宅退院
【作業療法最終評価】(H26.3.1~3.7)*変化点のみ
意識レベル:清明
高次脳機能:上記の症状すべてに改善あるも残存
コミュニケーション:理解は短文レベル、表出は単
語レベルの発話と書字、ジェスチャー併用
ADL:下衣更衣、入浴動作以外は見守り
FIM:78/126 点
(運動項目:60/91 点 認知項目:18/35 点)
【考察】
今回の症例を通し、身体・精神機能に沿った活動
能力を提示するリハビリ側と、リハビリ以外の生活
の様子を提示する病棟側の相互の情報を発信、共有
していくことが重要であったと考える。問題行動を
本人の表出として捉えることで、本人の訴えや行動
パターンを把握することができた。症例にとってト
イレで排泄ができたということは、自分の要求が伝
わるということを実感できたと考える。また、西井
らは「何とかトイレで排泄したいと願う障害のある
人の排泄に対する意欲が、他の生活行為を自立に向
けていくひとつの過程でもあり、排泄の支援は生き
ていく自信をもつための尊厳を支える」と述べてい
る。症例にとってトイレでの排泄が大きな契機とな
り、コミュニケーション手段の獲得、トイレ動作以
外の ADL 介助量軽減にも繋がったと思われる。
意思疎通が困難な症例であっても、多職種間で連
携を図り、行動の意図を表情や行動パターンから推
察することで、
症例の要求を汲み取ることができた。
病棟での生活における成功体験の積み重ねが症例の
自信へとつながり、ADL 介助量軽減、自宅退院へと
繋がった。