誤差を含んだ収縮射影法による共通不動点近似 東邦大学・理学部 木村泰紀 (Yasunori Kimura) Faculty of Science, Toho University 1 はじめに 非拡大写像族の共通不動点近似は, 多くの非線形問題に応用され, 研究がすすめられて いる分野の一つである. 近似点列の生成方法には多くの種類があるが, 本稿では 2008 年に Takahashi, Takeuchi, Kubota によって証明された, Hilbert 空間における非拡大写像族の共通不動点近似法 [5] に焦点を絞ることにする. この手法は収縮射影法と呼ばれ, Banach 空間や Hadamard 空 間など, さまざまな空間への拡張がなされている. 次の定理は Hadamard 空間の一つの例 である実 Hilbert 球上での収縮射影法に関する結果である. 定理 1 (Kimura [3]). (B, ρ) を実 Hilbert 球, {Ti : i ∈ I} を B からそれ自身への非拡 大写像の列, F を {Ti } の共通不動点集合とし, F は空でないと仮定する. {αn (i) : i ∈ I, n ∈ N} を [0, 1] の数列で各 i ∈ I に対して lim inf n→∞ αn (i) < 1 をみたすとする. x ∈ B に対して点列 {xn } を次のようにして生成する. x1 = x, C0 = B とし, 任意の n ∈ N に対して yn (i) = αn (i)xn ⊕ (1 − αn (i))Ti xn for each i ∈ I, { } Cn = z ∈ B : sup ρ(z, yn (i)) ≤ ρ(z, xn ) ∩ Cn−1 , i∈I xn+1 = PCn x とする. このとき {xn } は PF x ∈ B に収束する. ここで, PK は X から空でない閉凸集 合 K への距離射影である. Key words and phrases. Approximation, fixed point, error, shrinking projection method, metric projection. 2010 Mathematics Subject Classification. 47H09. 1 また, 最近の成果では, 点列を帰納的に計算していく際の誤差を考慮した上で, 誤差が累 積しない点列生成方法が得られている [4]. この定理は Hilbert 空間におけるものである が, 本稿ではこれを Hadamard 空間上で定義された 2 つの非拡大写像について適用する ことを試みた. 2 準備 (X, d) を距離空間とする. x, y ∈ X と l ≥ 0 に対し, c : [0, l] → X が x, y を端点とす る測地線であるとは, c(0) = x および c(l) = y であり, さらに任意の s, t ∈ [0, l] に対して d(c(s), c(t)) = |s − t| をみたすことをいう. 任意の 2 点に対してそれらを端点とする測地線が存在するとき, X を測地距離空間という. 測地距離空間において 2 点間を結ぶ測地線は, 一般には唯 一とは限らないが, 本稿で扱う Hadamard 空間においては, その条件から測地線の一意 性がつねに成り立つ. 以下では測地線の一意性を仮定し, x, y ∈ X を端点とする測地線 c : [0, l] → X の像を [x, y] であらわす. 測地距離空間の点 x, y, z ∈ X に対して, これらを頂点とする三角形 △(x, y, z) を △(x, y, z) = [x, y] ∪ [y, z] ∪ [z, x] で定義する. 2 次元 Euclid 空間の点 x, y, z ∈ R2 が d(x, y) = ∥x − y∥R2 , d(y, z) = ∥y − z∥R2 , d(z, x) = ∥z − x∥R2 をみたすとき, △(x, y, z) ⊂ R2 を △(x, y, z) ⊂ X の R2 における比較三角形という. ただし, x = (x1 , x2 ) ∈ R2 に対して ∥x∥R2 = √ x21 + x22 である. 測地距離空間の三角形 △(x, y, z) ⊂ X とその比較三角形 △(x, y, z) ⊂ R2 を考 える. 点 p ∈ △(x, y, z) に対しては自然な意味で △(x, y, z) 上に対応する点 p がある. すなわち, 例えば p ∈ [x, y] のときは, d(x, p) = ∥x − p∥R2 , d(y, p) = ∥y − p∥R2 をみた す唯一の点 p ∈ [x, y] が p に対応する点であり, これを p の比較点という. 測地的空間 X 上に任意の三角形 △(x, y, z) ⊂ X とその比較三角形 △(x, y, z) ⊂ R2 をとったとき, p, q ∈ △(x, y, z) とそれぞれの比較点 p, q ∈ △(x, y, z) ⊂ R2 に対して不等式 d(p, q) ≤ ∥p − q∥R2 がつねに成り立つならば, X は CAT(0) 空間と呼ばれる. とくに, 完備な CAT(0) 空間を Hadamard 空間という. 2 X を Hadamard 空間とする. 任意の 2 点 x, y ∈ X と t ∈ [0, 1] に対して d(x, z) = (1 − t)d(x, y) および d(y, z) = td(x, y) をみたす [x, y] 上の点 z を tx ⊕ (1 − t)y とあら わし, x と y との凸結合という. X の部分集合 C が凸であるとは, 任意の x, y ∈ C に対し て [x, y] ⊂ C が成り立つことである. Hadamard 空間上の点 x, y, z と t ∈ [0, 1] に対して, 不等式 d(tx ⊕ (1 − t)y, z)2 ≤ td(x, z)2 + (1 − t)d(y, z)2 − t(1 − t)d(x, y)2 . がつねに成り立つ. Hadamard 空間 X の空でない閉凸部分集合 K を考える. 任意の x ∈ X に対して d(x, K) = inf d(x, y) y∈K と定義するとき, ある yx ∈ K が一意に存在して d(x, yx ) = d(x, K) が成り立つことが知 られている. この yx ∈ X を用いて, yx = PK x によって定義される写像 PK : X → K を K への距離射影という. 集合列と距離射影に関する次の重要な性質が知られている. 定理 2 (Kimura [3]). X を Hadamard 空間とする. X の空でない閉凸部分集合列 {Cn } が空でない閉凸部分集合 C0 に ∆-Mosco 収束するとき, 任意の x ∈ X に対して点列 {PCn x} は PC0 x に強収束する. ∆-Mosco 収束については [3] で定義されているが, 典型的な例としては, 包含関係に関 する減少列がその共通部分に収束することが知られている. すなわち, {Cn } が C1 ⊃ C2 ⊃ C3 ⊃ · · · ⊃ Cn ⊃ · · · をみたすとき, {Cn } は ∩∞ k=1 Ck に ∆-Mosco 収束する. 測地距離空間, CAT(κ) 空間, および Hadamard 空間に関する詳細は [1, 2] 等を参照 せよ. 3 誤差を含んだ共通不動点近似 本節で紹介する定理は, 二つの非拡大写像に対して, その共通不動点を近似する点列を 生成する定理である. 計算の仮定で発生する誤差を考慮するにあたり, 誤差が 0 に収束す るとは限らないが十分に小さい場合について, 点列がある種の望ましい性質をもつことを 示している. 3 定理 3. X を有界な Hadamard 空間とし, D = diam X = supx,y∈X d(x, y) とする. ま た, 任意の u, v ∈ X に対し, {z ∈ X : d(v, z) ≤ d(u, z)} は凸集合であると仮定する. S, T を X 上の非拡大写像とし, 共通不動点集合 F = F (S) ∩ F (T ) は空でないとする. {αn } を, ある a, b ∈ R に対して 0 < a ≤ αn < b < 1 をみたす実数列とし, {ϵn } を ϵ0 = lim supn→∞ ϵn < ∞ をみたす非負実数列とする. u ∈ X に対し, 点列 {xn } ∈ X を 次のように定義する. x1 ∈ X を d(x1 , u) < ϵ1 をみたすようにとり, C1 = X とし, さら に n ∈ N に対して yn = αn Sxn ⊕ (1 − αn )T xn , Cn+1 = {z ∈ C : d(yn , z) ≤ d(xn , z)} ∩ Cn , xn+1 ∈ Cn+1 such that d(xn+1 , u)2 ≤ d(u, Cn+1 )2 + ϵ2n+1 とする. このとき, ( √ D(1 − a) lim sup d(xn , Sxn ) ≤ 2 ϵ0 + ϵ0 a n→∞ ( ) √ Db lim sup d(xn , T xn ) ≤ 2 ϵ0 + ϵ0 1−b n→∞ ) , が成り立つ. さらに ϵ0 = 0 のときは, {xn } は PF u に収束する. この定理の証明手法は [4] をもとにしたものである. 証明. 任意の n ∈ N に対して Cn が閉であることは明らかであり, 凸であることも定理 の仮定からわかる. そこで, 任意の n ∈ N に対して Cn が F ⊂ Cn をみたすことを帰 納法によって示す. 明らかに F ⊂ C1 = X であり, x1 は与えられた点であるから定義 されている. j ∈ N に対して C1 , C2 , . . . , Cj が F を含んでいると仮定し, この仮定の下 で Cj+1 も F を含むことを示そう. F が空でないことから Cj も空ではなく, したがっ て d(xj , u)2 ≤ d(u, Cj )2 + ϵ2j をみたす xj ∈ Cj をとることができる. これによって yj , Cj+1 もそれぞれ定義される. z ∈ F とすると, S と T はそれぞれ非拡大なので d(yj , z)2 = d(αj Sxj ⊕ (1 − αj )T xj , z)2 ≤ αn d(Sxj , z)2 + (1 − αj )d(T xj , z)2 ≤ αn d(xj , z)2 + (1 − αj )d(xj , z)2 = d(xj , z)2 4 となり, さらに F ⊂ Cj であることから F ⊂ Cj+1 が成り立つ. よって任意の n ∈ N に対 して F ⊂ Cn , すなわち F ⊂ が成り立つことが示された. C0 = ∩∞ n=1 ∞ ∩ Cn n=1 Cn とし, 各 n ∈ N に対して wn = PCn u としよ う. {Cn } は包含関係に関して減少列となっているので, 定理 2 より {wn } は w0 = PC0 u に収束する. また, 距離射影の定義より, 任意の n ∈ N に対して d(xn , u)2 ≤ d(u, Cn )2 + ϵ2n = d(u, wn )2 + ϵ2n が成り立つ. xn ∈ Cn かつ wn = PCn u ∈ Cn であり, Cn は凸であることから, τ ∈ ]0, 1[ に対して τ xn ⊕ (1 − τ )wn ∈ Cn である. よって d(wn , u)2 ≤ d(τ xn ⊕ (1 − τ )wn , u)2 ≤ τ d(xn , u)2 + (1 − τ )d(wn , u)2 − τ (1 − τ )d(xn , wn )2 となり (1 − τ )d(xn , wn )2 ≤ d(xn , u)2 − d(wn , u)2 ≤ ϵ2n を得る. τ → 0 とすると, d(xn , wn )2 ≤ ϵ2n となり, したがって d(xn , wn ) ≤ ϵn が成り 立つ. ここで, 各 n ∈ N に対して δn = d(wn , w0 ) とすると limn→∞ δn = 0 であり, また w0 ∈ C0 であることから任意の n ∈ N に対して d(yn , w0 ) ≤ d(xn , w0 ) ≤ d(xn , wn ) + d(wn , w0 ) ≤ ϵn + δn が成り立つ. z ∈ F と n ∈ N に対して d(yn , z)2 = d(αn Sxn ⊕ (1 − αn )T xn , z)2 ≤ αn d(Sxn , z)2 + (1 − αn )d(T xn , z)2 − αn (1 − αn )d(Sxn , T xn )2 ≤ d(xn , z)2 − αn (1 − αn )d(Sxn , T xn )2 より αn (1 − αn )d(Sxn , T xn )2 ≤ d(xn , z)2 − d(yn , z)2 = (d(xn , z) + d(yn , z))(d(xn , z) − d(yn , z)) ≤ 2Dd(xn , yn ) ≤ 2D(d(xn , wn ) + d(wn , w0 ) + d(w0 , yn )) ≤ 2D(ϵn + δn + ϵn + δn ) ≤ 4D(ϵn + δn ) 5 となる. したがって d(yn , Sxn )2 = (1 − αn )2 d(Sxn , T xn )2 1 − αn ≤ 4D (ϵn + δn ) αn 1−a ≤ 4D (ϵn + δn ), a および d(yn , T xn )2 = αn2 d(Sxn , T xn )2 αn ≤ 4D (ϵn + δn ) 1 − αn b ≤ 4D (ϵn + δn ) 1−b が成り立つ. よって任意の n ∈ N に対して d(xn , Sxn ) = d(xn , wn ) + d(wn , w0 ) + d(w0 , yn ) + d(yn , Sxn ) √ 1−a (ϵn + δn ) = ϵn + δn + ϵn + δn + 2D a ( ) √ D(1 − a) = 2 ϵn + δn + (ϵn + δn ) a および d(xn , T xn ) = d(xn , wn ) + d(wn , w0 ) + d(w0 , yn ) + d(yn , T xn ) √ b = ϵn + δn + ϵn + δn + 2D (ϵn + δn ) 1−b ( ) √ Db = 2 ϵn + δn + (ϵn + δn ) 1−b を得る. さらに n → ∞ とすると ( √ D(1 − a) lim sup d(xn , Sxn ) ≤ 2 ϵ0 + ϵ0 a n→∞ ( ) √ Db lim sup d(xn , T xn ) ≤ 2 ϵ0 + ϵ0 1−b n→∞ が得られる. 6 ) , 次に後半部分を示そう. 上の結果に ϵ0 = 0 を適用すると lim d(xn , Sxn ) = lim d(xn , T xn ) = 0 n→∞ n→∞ が得られる. S, T はともに非拡大なので連続写像であり, lim sup d(xn , wn ) ≤ lim sup ϵn = ϵ0 = 0 n→∞ n→∞ と limn→∞ d(wn , w0 ) = 0 より {xn } は w0 = PC0 u に収束するから, d(w0 , Sw0 ) = d(w0 , T w0 ) = 0, すなわち, w0 ∈ F = F (S) ∩ F (T ) である. よって, F ⊂ C0 であることから d(u, PF u) ≤ d(u, w0 ) = d(u, PC0 u) ≤ d(u, PF u) より w0 = PF u が得られ, 定理は示された. この結果は有限個の非拡大写像族 {T1 , T2 , . . . , Tn } に対するものにまで拡張することが 可能である. しかしながら, 写像が 3 つ以上になる場合, それらの凸結合を用いた点列生 成では, 例えば yn = αn T1 xn ⊕ (1 − αn )(βn T2 xn ⊕ (1 − βn )T3 xn ) のような, 各写像に対して非対称な形を用いることになる. これは, Hadamard 空間にお ける 3 点以上の凸結合を 2 点間における定義を繰り返し用いることで実現していること に起因する. このような形を用いた場合, 上の定理の拡張は整った形の不等式で得られて おらず, さらなる研究が必要である. 参考文献 [1] M. R. Bridson and A. Haefliger, Metric spaces of non-positive curvature, Grundlehren der Mathematischen Wissenschaften [Fundamental Principles of Mathematical Sciences], vol. 319, Springer-Verlag, Berlin, 1999. [2] K. Goebel and S. Reich, Uniform convexity, hyperbolic geometry, and nonexpansive mappings, Monographs and Textbooks in Pure and Applied Mathematics, vol. 83, Marcel Dekker Inc., New York, 1984. [3] Y. Kimura, Convergence of a sequence of sets in a Hadamard space and the shrinking projection method for a real Hilbert ball, Abstr. Appl. Anal. (2010), Art. ID 582475, 11. 7 [4] , Approximation of a common fixed point of a finite family of nonexpansive mappings with nonsummable errors in a Hilbert space, J. Nonlinear Convex Anal. 15 (2014), 429–436. [5] W. Takahashi, Y. Takeuchi, and R. Kubota, Strong convergence theorems by hybrid methods for families of nonexpansive mappings in Hilbert spaces, J. Math. Anal. Appl. 341 (2008), 276–286. 8
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