スライディングモード制御を用いた船舶の航路制御

平成 25 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集
計算システム工学分野
スライディングモード制御を用いた船舶の航路制御
学籍番号 24413532 氏名
坂 直樹
指導教員名 水野 直樹
1.はじめに
近年,船舶の運航は先進国での人件費の高騰や船
員の志願者不足,効率的運用や省エネルギー化など
の観点から,自動化が望まれている.船舶の自動操
船として最短時間操船法[1]が個人差のない客観的な
操船法の一つとして知られているが,フィードバッ
ク制御ではないため外乱の影響を大きく受ける実
海域においては有効でない.また,従来から船舶の
自動操船に用いられている制御手法である PID 制御
は,風や潮流といった外乱や船舶の非線形性の影響
により著しく制御性能が低下してしまう場合があ
る.
そこで,松本らは,このような問題を解決するた
めに,ロバスト性に優れたスライディングモード制
御に着目し,船舶の幅寄せ操船制御に適用する研究
が行われた[2].しかし,幅寄せ開始時に応答が遅れ,
幅寄せ終了後に大きくオーバーシュートしてしま
う問題があり,追従性能には改善の余地があった.
本研究では,以上の課題を解決するため,スライ
ディングモード制御器に未来の目標値を利用して
制御を行う予見制御を付加し,追従性能の向上を試
みた.また,船速の変化に伴い操舵特性が変化する
場合においても追従性能が低下する事を防ぐため,
適応同定則を付加し,制御対象パラメータのオンラ
イン同定機構を導入した.以上の手法を組み合わせ
た提案手法を船舶の幅寄せ操船制御に適用し, 有
効性を検討するため, 実船実験によって追従性能
を確認した.
2. 航路生成
2.1 幅寄せ操船
本研究では,幅寄せ操
船を行うための航路を生
成し,制御目標とする.
幅寄せ操船を,図 1 に示
すように,“一定速度で航
行している船舶をコース
ライン A から,y 方向に
任意距離 l[m]変位して,
コースライン B へとコー
スラインを変更する操船”
と定義する.図 1 中の
x[m], y[m]は船体位置座標,
u[m/s], v[m/s]は船体前後
方向速度,船体左右方向
速度,Ψ[deg]は回頭角度,
r[deg/s]は回頭角速度であ
図 1 幅寄せ操船
る.なお,入力として舵
角の指令値 δ*[deg]を船舶に与える.
2.2 エルミート補間とフィルタの適用
本研究では,松本らが提案した航路生成手法[2]を
採用する.この手法では,まず,エルミート補間を
用いる事により,次式で表される幾何学的な幅寄せ
操船の航路を求める.
𝑓(𝑥) = 𝑎𝑥 3 + 𝑏𝑥 2 + 𝑐𝑥 + 𝑑
(1)
その後,船舶の運動特性を考慮するため,フィルタ
リングを用いて船舶が追従可能な航路に修正する.
3. 制御系設計
3.1 予見スライディングモード制御[3]
エルミート補間およびフィルタを用いて導出し
た航路における回頭角度の時系列データを目標値
として,予見スライディングモード制御系を構成す
る.本研究では,制御対象として,船舶の運動を表
す非線形モデルを船速が一定とする事で線形化し
て得られる簡易的な船舶モデル(野本モデル[4])を
利用する.さらに, 野本モデルを離散化する事で,
離散時間系の状態方程式モデル式(2),(3)が得られる.
𝑥(𝑘 + 1) = 𝐴𝑥(𝑘) + 𝐵𝑢(𝑘)
(2)
𝑦 = 𝐶𝑥(𝑘)
(3)
つぎに,上記モデルを 1 形最適サーボ系に拡大する.
𝑒(𝑘 + 1)
𝐼 −𝐶𝐴 𝑒(𝑘)
][
[
]=[
]
∆𝑥(𝑘 + 1)
∆𝑥(𝑘)
0
𝐴
−𝐶𝐵
𝐼
+[
] ∆𝑢(𝑘) + [ ] ∆𝑅(𝑘 + 1)
0
𝐵
𝑋0 (𝑘 + 1) = 𝛷𝑋0 (𝑘) + 𝛤∆𝑢(𝑘)
+ 𝛤𝑅 𝛥𝑅(𝑘 + 1)
(4)
(5)
さらに,MR ステップ未来までの目標値が既知である
とし,未来目標値信号を含んだ拡大系を構成すると
以下の表現,
𝑋 (𝑘 + 1)
𝛷 𝛤𝑃𝑅 𝑋0 (𝑘)
[ 0
]=[
][
]
𝑋𝑅 (𝑘 + 1)
0 𝐴𝑅 𝑋𝑅 (𝑘)
(6)
𝛤
+ [ ] 𝛥𝑢(𝑘)
0
̅̅̅
̅ ̅̅̅̅
(7)
𝑋0 (𝑘 + 1) = 𝛷
𝑋0 + 𝛤̅ 𝛥𝑢(𝑘)
が得られる.なお,Φ, ΓPR, AR, Γ は制御対象の特性
によって決まる行列,X0(k)は誤差信号や状態量を含
んだベクトル, XR(k)は MR ステップ未来までの目標
値を含んだベクトルである.この拡大系に対して,
スライディングモード制御の切替関数,制御入力を
以下のように定義する.
𝜎̅(𝑘) = 𝑆̅ ̅̅̅
𝑋0 (𝑘)
̅ − 𝐼)𝑋
̅̅̅0 (𝑘)
𝛥𝑢(𝑘) = −(𝑆̅ 𝛤̅)−1 𝑆̅(𝛷
−1
̅
̅
− 𝜂(𝑆 𝛤 ) 𝜎̅(𝑘)
(8)
(9)
ここで,𝑆̅は次の式(10)に示す評価関数を最小にす
る最適レギュレータ問題を解く事で得られる.
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計算システム工学分野
∞
𝐽=
∑
𝑘=−𝑀𝑅 +1
𝑄
{[𝑋0 𝑇 (𝑘) 𝑋𝑅 𝑇 (𝑘)] [
0
0 𝑋0 (𝑘)
][
]
0 𝑋𝑅 (𝑘)
+ ∆𝑢𝑇 (𝑘)𝐻∆𝑢(𝑘)}
3.2 目標回頭角度の補正
予見スライディング
イモード制御では回頭
角度のみを目標値とし
て追従させる.そのた
め,外乱等の影響によ
り目標航路から外れた
際に復帰できず,航路
への追従が達成できな
いという問題がある.
(10)
(xr k+1,yr k+1)
x
ψr
Δ
ψC
(xr k,yr k)
ψd
e
y
(x,y)
図 3 実験結果
図 2 回頭角度の補正
そこで,
図 2 のように目標回頭角度を補正する[5].
図 2 において,
e は現在位置と目標航路との距離[m],
Ψr は目標回頭角度[deg],Ψc は補正角度[deg],Ψd は
補正後の目標回頭角度[deg],Δ は任意の定数[m]であ
る.
また,予見スライディングモード制御では,MR
ステップ未来までの目標値を利用するため,(MR+1)
個の目標回頭角度を 1 ステップ毎に用意しておく必
要がある.そこで,補正角度 Ψc を指数関数的に減少
させていく指数減衰針路法[6]を用いて,回頭角度補
正を予見スライディングモードに適用する.
実験を行った結果,予見スライディングモード制御
を用いたとき,従来手法と比較して目標航路との誤
差を 46%少なくする事ができた.また,入力である
舵角の振動を 33%少なくする事ができた.しかし,
適応同定則を付加すると,幅寄せ終了後において従
来手法より大きくオーバーシュートする結果とな
った.これは,適応同定則に使われるゲイン行列の
初期値を大きく設定してしまった事により,パラメ
ータの同定が適切に行われなかった事が原因であ
ると考えられる.
3.3 適応同定則によるオンライン同定
船舶は舵を切って曲がる時,船体が流体抵抗を受
ける事によって速度が減少するという特性を持つ.
速度が変化すると船舶の操舵特性も変化するため,
モデル化誤差が大きくなってしまい,制御性能が低
下してしまう事が考えられる.そこで,適応同定則
を用いて制御対象(式(2)における A,B)をオンライ
ンで同定しながら制御を行う制御系を設計した.な
お,適応同定則には,固定トレース適応則[7]を採用
した.
5. まとめ
本研究では,スライディングモード制御に予見制
御を付加した提案手法を用いる事で,追従性能の向
上を試みた.その結果,従来手法と比較して,追従
性能を向上させる事ができた.しかし,適応同定則
を付加すると幅寄せ終了後に大きくオーバーシュ
ートしてしまう結果となった.この問題を解決する
には,適応同定則の計算に用いられるゲイン行列の
初期値をより小さい値に設定する事や,雑音の影響
を受けにくい適応同定則(例えば,逐次最小二乗法
など)を用いる事が考えられる.
4. 実船実験
4.1 実験条件
提案手法の有効性を検討するため,東京海洋大学
所有の小型練習船”汐路丸”を制御対象として,2014
年 1 月 22 日に千葉県館山湾にて実船実験を行った.
なお,実験条件として,制御周期を 1 秒,実験時間
を 200 秒,初期船速を 10 ノット(約 5.0m/s),幅寄
せ距離を 100m とした.制御手法として,従来手法
と提案手法を用いて実船実験を行い,それらの追従
性能を比較した.
4.2 実験結果
実験結果((a)船体位置,(b)舵角,(c)回頭角度,(d)
回頭角速度,(e)船体位置と目標航路との誤差,(f)風
向,(g)風速)を図 3 に示す.なお,黒色の実線は目
標航路,青色の点線は従来手法による実験結果,赤
色の実線は予見スライディングモード制御による
実験結果,緑色の破線は適応同定則を付加した予見
スライディングモード制御による実験結果を表す.
6. 参考文献
[1] 大津;非線形計画法による最短時間操船の数値解法,造
船学会論文集,第 196 号,99-104,(2004)
[2] N. Mizuno & S. Matsumoto; Design and Evaluation of
Simple Ship’s Automatic Maneuvering System Using
Sliding Mode Controller, Proceedings of the 9th IFAC
Conference on Control Applications in Marine
Systems,(2013)
[3] 池戸,野波;六脚ロボット COMET- III の予見スライディ
ングモード歩行制御,日本機械学会論文集(C 編),70 巻 700
号,122-130,(2004)
[4] 野本,田口;船の操縦性に就いて(2),造船協會論文集
(101),57-66,(1957)
[5] Thor.I.Fossen;Handbook of Marine Craft Hydrodynamics
and Motion Control,John Wiley&Sons,257-264,(2011)
[6] 田丸;可変ゲイン最適制御法による船舶の操縦に関する
研究,東京商船大学大学院博士論文,37-38,(2002)
[7] 新中;適応アルゴリズム-離散と連続,真髄へのアプロ
ーチ-,産業図書,(1990)