一太郎 11/10/9/8 文書

イカいしるに含まれるACE阻害活性ペプチドの単離と
その血圧降下作用
笹 木哲 也 *
油 谷美 幸 * * *
河 道真 理 * *
道畠俊英*
徳田耕二***
小栁喬*** *
中村靜夫* *
榎 本俊 樹 * * * *
緒言
石 川 県 奥 能 登 地 方 で は ,「 い し る , い し り , よ し る , よ し り 」 (以 下 , い し る )と 呼 ば れ て い る 魚 醤 油 が 古 く か
ら造られている。富山湾に面した能登内浦地区ではイカ,日本海に面した能登外浦地区ではイワシを主に原料
として生産されている。地元ではいしり鍋や一夜干しなどの料理 に使われてきたが,近年ではエスニック料理
の調味料,大手食品メーカの隠し味など用途が多様化している。我々は,いしるの成分や機能性について詳細
な解析を行ってきた。その結果,いしるには種々のアミノ酸,ペプチド,タウリンなどの栄養成分が多く含ま
れ , 優 れ た 機 能 性 (抗 酸 化 性 , 血 圧 降 下 作 用 )を 示 す こ と を 明 ら か に し て き た 。
血圧降下作用は乳飲料,カツオブシなどの様々な発酵食品 で確認されている。そのメカニズムは,発酵食品
に 含 ま れ る ペ プ チ ド が ,血 圧 上 昇 の 原 因 と な る ア ン ジ オ テ ン シ ン Ⅰ 変 換 酵 素 (ACE)の 働 き を 阻 害 す る た め で あ る
こ と が 明 ら か に な っ て い る 。 発 酵 食 品 か ら 単 離 し た ACE阻 害 活 性 ペ プ チ ド は , サ プ リ メ ン ト な ど の 機 能 性 食 品
として活用されている。これら機能性食品と同様に ,いしるは血圧降下作用 を持つ機能性素材として活用可能
である。
そ こ で , 本 研 究 で は , イ カ い し る に 含 ま れ る 新 規 の ACE阻 害 活 性 ペ プ チ ド を 単 離 , 同 定 し , 動 物 実 験 に よ る
血圧降下作用の 効果を検証した。
ACE阻 害活 性 ペ プ チ ドの 単 離
イカいしるをアセトニトリルで溶媒抽出し,エバポレー
ターで溶媒を留去した。残留物を超純水で溶解後,限外ろ
過 で 2000 Da以 下 の 成 分 を 回 収 し ,さ ら に 電 気 透 析 処 理 に よ
り 100-1000 Daの 成 分 を 回 収 し た 。 得 ら れ た 処 理 液 を 凍 結 乾
燥し,ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。分離
カ ラ ム は Sephadex LH-20カ ラ ム (18 × 700 mm)を 用 い , 流 速
10-20ml/hで 4mlご と に フ ラ ク シ ョ ン を 採 取 し ,各 フ ラ ク シ ョ
ン の 吸 光 度 (216, 280 nm)お よ び ACE阻 害 率 を 分 析 し た 。得 ら
れ た ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー を 図 1に 示 す 。フ ラ ク シ ョ ン 48が 最
も 高 い ACE阻 害 率 を 示 し た 。 こ の フ ラ ク シ ョ ン は 216 nmの
波 長 を 吸 収 し , 280 nmの 波 長 を 吸 収 し な い こ と か ら , 芳 香
族化合物を持たないペプチドであることが推察された。
ゲ ル ろ 過 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー の フ ラ ク シ ョ ン 48 を 凍 結 乾
燥後,液体クロマトグラフィーによる精製を行った。分離
カ ラ ム は ODSカ ラ ム (20 × 250 mm)を 用 い ,溶 離 液 は 超 純 水 -
図1
ゲルろ過クロマトグラフィー
アセトニトリル混合液を用い,アセトニトリルの混合割合
を 0%か ら 60分 間 で 50%へ 変 化 さ せ た 。 流 速 5 ml/minに て 1分 ご と に フ ラ ク シ ョ ン を 採 取 し , 各 フ ラ ク シ ョ ン の 吸
光 度 (216 nm)お よ び ACE阻 害 率 を 分 析 し た 。
*化 学 食 品 部
** 企 画 指 導 部
*** ㈱ 車 多 酒 造
*** * 石 川 県 立 大 学
得 ら れ た ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー を 図 2に 示 す 。溶 出 時 間 38分
の フ ラ ク シ ョ ン が ACE阻 害 活 性 を 示 し た 。 そ こ で , 38分 の
フラクションを分取し,エバボレーターでアセトニトリル
を留去後,溶液の凍結乾燥を行った。
ペ プチ ド の 構 造決 定 と ACE阻 害 活性
精製試料の構造をペプチドシークエンサーにより分析し
た 結 果 , そ の 構 造 は ロ イ シ ン -ア ラ ニ ン -ア ル ギ ニ ン (LAR)で
あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 こ の ト リ ペ プ チ ド は , ACE 阻
害 活 性 を 示 す 新 規 の ペ プ チ ド で あ る 。 LARの ア ミ ノ 酸 配 列
を 論 文 検 索 サ イ ト で 検 索 し た 結 果 , イ カ の 眼 球 組 織 に LAR
の配列が存在することが判明した。イカいしるは眼球を含
む イ カ の 内 臓 を 原 料 に 使 用 し て お り , 今 回 単 離 し た LARも
イカの眼球に由来するものと予想できる。
LARの ACE阻 害 活 性 を 評 価 し た 結 果 ,IC 50 は 2.5 Mで あ っ
た。これまでの報告で,魚醤油から単離されたペプチドの
図2
ACE阻 害 活 性 は 1.8 - 147 Mで あ り , LARは 従 来 の ペ プ チ ド
液体クロマトグラフィー
の中ででも高い 活性を示すことが明らかとなった 。
動 物実 験 に よ る血 圧 降 下 作 用
単 離 さ れ た ト リ ペ プ チ ド LARの 血 圧 降 下 作 用 を 検 証
す る た め , 高 血 圧 自 然 発 症 性 ラ ッ ト (SHR)に よ る 動 物
実 験 を 行 っ た 。 LAR合 成 品 , 生 理 食 塩 水 , お よ び ジ ペ
プ チ ド の バ リ ン -チ ロ シ ン (VY)を , 各 グ ル ー プ 6匹 か ら
な る SHRに そ れ ぞ れ 経 口 投 与 し た 。VYは ,イ ワ シ よ り
単離された既に血圧効果作用が確認されているペプチ
ドであり,本 実験でポジティ ブコントロールとして用
い た 。 ま た , ペ プ チ ド の 投 与 量 は 10 mg/kgと し た 。 ペ
プ チ ド 投 与 後 の SHRの 血 圧 変 化 を 図 3に 示 す 。LAR投 与
グ ル ー プ に お い て , 投 与 後 4-12時 間 の SHRの 血 圧 は 優
位 に 降 下 し た 。 LARは 低 分 子 で あ る た め , 腸 で 容 易 に
吸収され,強い血圧効果作用を示したものと考えられ
る 。 一 方 , VY投 与 グ ル ー プ に お い て , SHRの 血 圧 は 4
図3
ペ プ チ ド 投 与 後 の SHRの 血 圧 変 化
※ 印 を 有 す る 場 合 は 、 コ ン ト ロ ー ル グ ル ー プ と 優 位 差 あ り (P < 0. 05)。
時 間 の み 降 下 し た 。 LARの 血 圧 効 果 作 用 は , VYよ り も 強 い 作 用 を 示 す こ と が 明 ら か と な っ た 。 こ の 結 果 は , イ
カ い し る よ り 単 離 し た LARが , 血 圧 降 下 の 機 能 性 食 品 と し て 活 用 で き る 可 能 性 が あ る こ と を 示 唆 し て い る 。
結言
(1) イ カ 魚 醤 油 (い し る )よ り 新 規 の ア ン ジ オ テ ン シ ン Ⅰ 変 換 酵 素 (ACE)阻 害 ペ プ チ ド Leu-Ala-Arg (LAR)を 単 離 し
た。
(2) LARの ACE阻 害 活 性 IC 50 は 2.5 Mで あ り , こ れ ま で に 報 告 さ れ て い る 魚 醤 油 中 の ACE阻 害 活 性 ペ プ チ ド の 中
で も 高 い 阻 害 活 性 を 示 し た 。 LARを 高 血 圧 自 然 発 症 ラ ッ ト に 経 口 摂 取 し た 結 果 , 血 圧 降 下 作 用 を 示 し た 。
論 文投 稿
Japanese Journal of Complementary and Alternatibe Medici ne 2013, vol. 10, no. 1, p.45-49.