論 文 要 旨 氏名 下村 智子 学位論文 題名 Inverse associations between light-to-moderate alcohol intake and lipid-related indices in patients with diabetes. ( 糖尿病患者における少量及び中等量飲酒と血中脂質関連指標との間の 負の関連性 ) 【研究目的】 飲酒習慣は動脈硬化のリスク要因に対して陰陽両面の作用を有する。飲酒者では非飲酒 者に比べて血中 HDL コレステロールが高く、その結果、冠動脈疾患のリスクが低下する ことが知られている。一方、動脈硬化のリスク要因の一つである中性脂肪は多量飲酒に より上昇する。一般に、少量から中等量(エタノール換算で一日おおよそ 20〜30g 以下) の飲酒者では、非飲酒者に比べて心血管疾患のリスクが低下することから、この量の飲 酒は適正飲酒とされる。 糖尿病患者では血中脂質の異常を伴いやすく、また動脈硬化性疾患の合併が患者予後を 大きく左右するが、糖尿病患者における飲酒の是非については未だ明確な結論はない。 そこで本研究では、心血管疾患のリスク予知に用いられる古典的な動脈硬化指数である LDL コレステロール値と HDL コレステロール値との比(LDL-C/HDL-C)とともに、最近 その有用性が報告されている中性脂肪値と HDL コレステロール値との比(TG/HDL-C)お よび腹囲と中性脂肪値との積(LAP: lipid accumulation product)に及ぼす飲酒の影響に ついて、糖尿病患者を対象に検討した。 【方法】 事業所で実施された定期健康診断のデータベースの中から、35~70 歳の男性糖尿病患者 (n = 1477)を抽出した。尚、ヘモグロビン A1c 値が 6.5%以上の場合または 6.5%未満でも 糖尿病に対する薬物治療を受けている場合に糖尿病と判定した。対象者を非飲酒群、少 量飲酒群(1 日エタノール 22g 未満)、中等量飲酒群(1 日エタノール 22 g 以上 44g 未満) 、 多量飲酒群(1 日エタノール 44g 以上)の 4 群に分類した。なお、機会飲酒者は対象者 より除外した。腹囲および血中脂質を測定し、それらの測定値から脂質関連指数として LDL-C/HDL-C、TG/HDL-C、LAP を計算した。LAP は、次式により求めた: 〔LAP = TG (mmol/l)×(WC(cm)– 65) 〕 。 各飲酒群間での平均値の差は分散分析または共分散分析を用いて検定し、また飲酒と脂 質関連指数の高値との関係については対数回帰分析を用いて検討した。多変量解析では 年齢、喫煙、運動習慣、糖尿病に対する薬物治療歴を調整項目として用いた。また2群 間の比率の差はχ2 検定により検討した。各検定においてp値が 0.05 未満の場合に有意 と判定した。 【結果】 1)各飲酒群のプロフィール 中等量以上の飲酒群では非飲酒群に比べて喫煙率は有意に高かった。運動習慣を有する 者の比率には各群間で有意な差はなかった。糖尿病の治療歴を有する者の比率は、非飲 酒群に比べて多量飲酒群で有意に低かったが、他の飲酒群との間に有意な差は認められ なかった。HbA1c は非飲酒群に比べて中等量飲酒群で有意に低かったが、他の飲酒群と の間には有意差はなかった。 2)脂質関連指数の各構成要素(腹囲、中性脂肪、HDL-C、LDL-C)平均値の飲酒群間 での比較 腹囲は非飲酒群と比較して中等量飲酒群で有意に低く、全体として飲酒量との間で U 字 型の関係を認めた。中性脂肪は非飲酒群に比べ多量飲酒群で有意に高く、少量飲酒群で 低い傾向があり、全体で J 字型の関係を認めた。HDL-C は非飲酒群に比べ飲酒群では飲 酒量の増加とともに有意に高くなる傾向を示した。LDL-C は中等量以上の飲酒群で飲酒 量の増加とともに有意に低くなる傾向を認めた。 3)各脂質関連指数の平均値の飲酒群間での比較 LDL-C/HDL-C は飲酒量の増加とともに有意に低くなる傾向を示した。TG/HDL-C は非 飲酒群に比べ少量および中等量飲酒群で有意に低く、全体として逆 J 字型の関係を示し た。LAP は非飲酒群に比べ少量飲酒群で低い一方、多量飲酒群では高くなる傾向を示し、 全体として J 字型の関係を認めた。 4)非飲酒群に対する各飲酒群における脂質関連指数高値へのオッズ比 高 LDL-C/HDL-C へのオッズ比はいずれの飲酒群でも 1 より低く、飲酒量の増加ととも に低くなり、中等量以上の飲酒群で著明に低かった。また、高 TG/HDL-C へのオッズ比 はいずれの飲酒群においても1より有意に低く、少量飲酒群で最も低いオッズ比を示し た。高 LAP へのオッズ比は少量および中等量飲酒群で1より低く、多量飲酒群で1より 高い傾向を示した。 5)非飲酒群に対する各飲酒群における複数の脂質関連指数が高値を示す場合へのオッズ 比 2つ以上の脂質関連指数高値へのオッズ比は、少量および中等量飲酒群において1より 有意に低く、多量飲酒群でも低い傾向を示した。3つの脂質関連指数がすべて高値であ る場合へのオッズ比はいずれの飲酒群でも1より有意に低く、飲酒量の増加とともに低 くなる傾向を認めた。 【考察】 糖尿病を有する対象者において、飲酒との間で LDL-C/HDL-C は負の相関を、TG/HDL-C は逆 J 字型の関係を、LAP は J 字型の関係をそれぞれ示した。少量および中等量の飲酒 群では非飲酒群に比べて3つの指数はいずれも低い傾向を示し、適正飲酒では脂質関連 指数は低下すると考えられる。適正飲酒による心血管疾患リスクの低下は、一般集団と 同様に糖尿病患者においても報告されており、今回の研究結果から、糖尿病患者におい て、脂質代謝を介する抗動脈硬化作用が適正飲酒による心血管疾患リスクの低下に寄与 していることが示唆された。 飲酒と脂質関連指数の各構成要素との関係では、HDL-C と LDL-C はそれぞれ飲酒と正 および負の相関を示し、その結果、飲酒は LDL-C/HDL-C と強い負の相関を示した。飲 酒は中性脂肪と J 字型の関係を示し、これに HDL-C との正の相関関係が加わった結果、 TG/HDL-C とは逆 J 字型の関係を示した。一方、非飲酒者に比べ少量飲酒者では腹囲が 小さく、中性脂肪が低い傾向がある一方、多量飲酒者では非飲酒者と比べて腹囲には差 がないが、中性脂肪が高い傾向があり、その結果飲酒は LAP と J 字型の関係を示した。 このように飲酒と血中脂質の各項目および腹囲との関係の相違が、飲酒と各脂質関連指 数との関係の相違に反映されたと考えられる。 【結論】 糖尿病患者での飲酒と3つの脂質関連指数との関係は各指数により異なったが、いずれ の指数も少量から中等量の飲酒と負の関連性を示した。したがって、糖尿病患者におい ても適正飲酒は脂質代謝の面から動脈硬化の進展を抑制し、心血管疾患のリスクを低下 させることが示唆された。
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