ウォール街を震撼させた「フラッシュ・ボーイズ」

藤戸レポート
ウォール街を震撼させた「フラッシュ・ボーイズ」
2014 年 4 月 28 日
マイケル・ルイス氏の最新作「フラッシュ・ボーイズ」が、ウォールストリート
ウォールストリートを震撼させた
を震撼させている。同氏の作品には、「ライアーズ・ポーカー」、「世紀の空
「フラッシュ・ボーイズ」
売り~世界経済の破綻に賭けた男達」、「マネー・ボール」等、実に興味深
いものが多い。そのテリトリーも、金融から MLB(メジャーリーグ)に至るまで
広範囲である。「フラッシュ・ボーイズ」は、HFT(高速高頻度取引)に焦点を
あてた極めて今様の物語だ。同氏はメディアにも積極的に出演し、「米国株
式市場は操作されており、投資家は八百長ゲームが行われているカジノへ
案内される間抜けな観光客のようなものだ」と辛辣な発言を繰り返している。
市場は公平・公正に運営されているというのが資本主義社会の大前提であ
る。ところが、「株価を始めとした情報の伝達スピードには格差が生じてお
り、HFT を利用する業者・ヘッジファンド等が優遇され、一般の投資家は不
利益を被っている」というのが、ルイス氏の主張だ。
「フラッシュ・ボーイズ」の主役の一人である株式トレーダーのブラッド・カ
HFT は不公平・不公正なのか
ツヤマ氏は、インテル株を買おうとして買いボタンを押した途端に、まるでマ
ーケットがカツヤマ氏の心を読んだように、売り注文が消えてしまう。この異
常な現象への疑念からストーリーは展開して行く。米国では公設の取引所
以外に、ダークプールと呼ばれる私設取引システムも活況だが、売買注文
の執行速度は一様ではない。IT 技術の進化に伴って、光ファイバー網や
マイクロ・ウェーブによって情報伝達の超高速化が進展した。今や、一刻で
も速く売買を行うために、証券取引所内に売買注文を行う証券会社のサー
バーが置かれる時代だ(コロケーションと呼ばれる)。東証によれば、「東証
の売買システム及び相場報道システムとの距離が極小化され、その結果、
気配情報の取得及び注文の送信にそれぞれ片道数十マイクロ秒(100 万
分の 1 秒)以下にまで短縮することが可能となります」と喧伝されている。
HFT の売買執行は、目のまばたきスピード以上に進化している。ルイス氏
は、HFT の業者等が情報伝達速度の格差を利用して、一般投資家の売買
注文が入ればその注文情報を補足し、いち早く売買を執行して利鞘を稼い
でいると指摘している。例えば、インテルの成り行き買い注文が入れば、先
行して買いを実行し、若干の利益を乗せた価格で一般投資家の買い注文
に売りをぶつけて稼いでいるとの疑念だ。一つのトレードでは薄利だが、1
日に何百万回も行えばリスクフリーで巨利を積み上げられるとしている。
ナスダック CEO の反論
つまり、これは古くからあるフロント・ランニング(顧客注文に先行する形
で証券自己の売買を行い、顧客注文にぶつけて利鞘を稼ぐ。もちろん不正
行為である)の IT バージョンとの解釈だ。一部では、インサイダー取引では
ないか、との指摘もある。これに対して、ナスダック OMX グループのグレイ
フェルド CEO(最高経営責任者)は、「ルイス氏は無責任な批判を続けてい
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35014042835M)
2014 年 4 月 28 日
ストラテジー
る。アカデミックと呼ぶには御粗末なロジックだ。我々の市場は、どの市場よ
りも徹底的な研究が行われており、極めて軽率な意見だ」と厳しく批判して
いる。また、HFT 業者が巨額の利益を挙げているという点も、過去のことだ
との批判もある。鞘取りノウハウが普及すれば、多くのライバルが台頭するこ
とになりサメとピラニアが喰い合う形となる。リーマン・ブラザーズの破綻でボ
ラティリティが異常だった 2009 年には、HFT 業者は約 50 億ドルの利益を
挙げていたとされるが、今はその数分の 1 と推測されている。物語には悪役
が必要だが、HFT 業者をダースベーダーに誇大化している面もある。
SEC、FBI も HFT を調査
欧州では規制強化を発動
モメンタム株の下落にも影響
ルイス氏の主張が、「ストーリーを面白くするための誇大表示」であれば、
笑って済まされる。ところが、「フラッシュ・ボーイズ」の提議した問題の根は
深く、米 SEC(証券取引委員会)や司法省、FBI までも調査に乗り出すと言
明している。最も敏感に反応したのは欧州で、HFT に関する初の規制を発
表した。EU(欧州連合)は欧州議会で、「金融商品市場指令」を改正し、①
マーケットメーカー(値付業者)に対して、営業日ごとに流動性提供、アルゴ
リズム売買の検査を義務付ける、②値動きの単位を過度に小さく設定するこ
とを規制する(薄利多売の鞘取り商いを規制する)、③ボラティリティが一定
レベルを超えた場合の取引停止、等を盛り込んだ。「HFT を制御可能なス
ピードに落とす」ことが、その趣旨となっている。また、SEC も、顧客注文を
受けたブローカーに対して、情報開示義務を強化することを検討している。
米 SEC のホワイト委員長は、「米市場は不正操作されていない」と言明しな
がらも、「HFT によって、不公平な状況が醸成されているとの疑惑を真剣に
受け止めている。あらゆる問題を徹底的に調査している」と述べた。HFT 業
者のバーチュ・ファイナンシャルは、株式市場への新規公開を計画してい
た。ところが、ニューヨーク州のシュナイダーマン司法長官から情報提供を
求められたとして、IPO(新規株式公開)を無期限で延期すると発表した。一
部では、「バーチュの HFT トレードの勝率が異常に高かったことが問題に
なった」と報じられている。つまり、「高すぎる勝率と利益の裏には不公平が
あるのではないか」との疑念である。どうやら、「フラッシュ・ボーイズ」が与え
たインパクトは、規制当局にとって想定以上のものがあったようだ。
こうしたHFTを巡る論争が、単なる観念論であれば、投資家として別に騒
ぐことではない。規制当局と学者の間で喧々諤々の議論があったとしても、
実害は左程ない。ところが、欧州のようにHFT規制となれば、市場流動性の
低下という実害を招くことになるだろう。ルイス氏に悪党呼ばわりされるHFT
だが、市場の円滑な値付、流動性の供給では大きなプラスにもなっている。
また、「フラッシュ・ボーイズ」が話題になればなるほど、モメンタム株(勢いで
買い上がったハイ・グロース株)が崩れたことにも注意すべきである。ヘッジ
ファンド等のバイ・サイドがHFTを利用すれば、「まばたきの間」に株価の急
騰・急落が起こる。ボラティリティが収益源の彼らとしては、値動きの荒いモ
メンタム株とHFTは抜群の相性であった。最愛のツールと言っても良い。とこ
ろが、なにやら規制の雰囲気が漂い始めたことを警戒して、ここ 2 年ほどの
間に大化けしたネット・SNS関連株、バイオ関連株に、一気に利喰い売りが
入ってきた(グラフ 1)。ヘッジファンドは、何よりも規制を嫌い自由な運用を追
求する。既に、バリュエーション面で株価が成層圏にあったことも
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ストラテジー
(グラフ 1)
米バイオ関連株の下落が鮮明に
米株価指数の推移
110
ナスダック・バイオ
ナスダック総合
S&P 500
*3/5=100で指数化
105
100
95
90
85
FRB議長、QE3終了後
6ヶ月前後で利上げを
示唆(3/19)
80
75
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
70
11/1
11/26
12/20
1/16
2/11
3/7
4/1
4/25
あって、モメンタム株は大きく崩れることになった。その後、いかにも「それら
しい」動きで急反発も見せたが、一方的な下落局面から乱高下局面に移行
したと解釈すべきであろう。たとえば、ネットを通じて映画・TV番組を提供す
るネットフリックスは、3/6 高値 458.0 ドルから 4/12 安値 312.10 ドルまで
31.8%下落した。その後、決算が予想を上回ったこともあって 4/22 には
380.8 ドル・+22.0%まで戻したが、24 日には 334.8 ドル・▲12.1%と激しい動
きだ(グラフ 2)。ネットフリックスの場合には好決算がプラスとなったが、もしフ
ァンダメンタルズが期待を裏切れば、再び急落となる銘柄も出てくるだろう。
この乱高下こそが、ヘッジファンドやHFT業者の格好の食糧となるのだ。
(グラフ 2)
ハイ・ボラ銘柄が急落した
米国株式市場
(ドル)
ネットフリックスの株価推移
500
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
480
458.00
(3/6)
460
440
ネットフリックス
420
400
380.88
(4/22)
380
▲31.8%
360
340
320
319.07
(1/15)
300
280
11/1
11/27
12/24
1/22
312.10
(4/15)
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ストラテジー
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HFTの跳梁は、太平洋の彼方だけではない。何ら特別の材料が無くても、
日経平均先物で市場を振り回す
日経平均はしばしばブレを見せる。場況を書いている記者からは、日経平均
欧州系証券
が上下に動くたびにTELが入るが、「材料はない」のが事実なのだ。記者が
好きなファンダメンタルズや政治ネタでもあれば、記事が書きやすいのだろ
うが、実態はヘッジファンドのHFTを利用した鞘取りトレードが関与している
ことが多い。「論より証拠」で、以下の表を見ていただくことにしよう(表 1)。
(表 1)
高い先物シェアが続く
欧州系証券
日経平均先物出来高と欧州系D証券のシェア
4/23
4/22
4/21
4/18
4/17
4/16
4/15
4/14
4/11
4/10
4/ 9
4/ 8
4/ 7
4/ 4
4/ 3
4/ 2
4/ 1
日中全出来高 26,948
31,557
31,194
21,120
46,655
50,481
33,368
37,267
65,521
51,301
70,117
49,715
42,427
22,935
47,017
54,614
39,717
売却
9,235
8,931
8,905
5,410
11,969
13,455
10,791
10,338
17,310
14,165
16,472
14,543
11,435
6,618
12,631
16,781
13,678
買入
7,266
7,848
6,818
4,257
11,142
12,041
8,464
12,239
18,756
15,283
18,703
15,768
11,694
5,893
11,936
16,662
13,271
差引
-1969
-1083
-2087
-1153
-827
-1414
-2327
1901
1446
1118
2231
1225
259
-725
-695
-119
-407
シェア%
34.2
28.3
28.5
25.6
25.6
26.6
32.3
32.8
28.6
29.7
26.6
31.7
27.5
28.8
26.8
30.7
34.4
*出所 QUICK シェアは売買いずれか多い方でカウント
シェアは恒常的に 3 割前後
ヘッジファンドの関与
この欧州系 D 証券は、日経平均先物の大口鞘取り売買を行うことで兜町
でも有名だ。日経平均先物(日中)の全出来高に対するシェアは、この 4 月
以降でも恒常的に 3 割前後をマークしている。おそらく、リスク・コントロール
の観点から、出来高に対するシェア 3 割を目途にしているものと思われる。
言葉を換えれば、自由主義世界第 2 位の市場で、特定の証券会社の売買
が市場を振り回していることになる。どういうタイミングで売買システムが発動
するかはブラック・ボックスの中だが、D 証券がアルゴリズムを利用した HFT
売買でいったん動き始めると、意味不明の上昇・下落が起きる。理由なき突
飛高・急落も珍しくない。そして「買いが入った」と提灯買いを行う向きが増え
てくると、今度は売りに転じる。「まばたきよりも速い」売買なのだ。通常の人
間が行う売買が付いて行ける筈がない。かつて殷賑を極めた古典的ディー
ラー(証券自己)が、今や「絶滅危惧種」に指定されているのは、人間の能
力を超えたIT売買が主流となっているためだ。「地合い」や「場味」は通用し
ない。基本は 1 日限りの日計りシステムだが、売買をイーブンに出来なかっ
た場合には、オーバーナイトも許容しているようだ。ある期間にわたってポジ
ションを傾斜させることから、D証券の自己売買だけではなく、ヘッジファンド
が最終投資家の可能性が高いように思える。実態は不明ながら、D証券の
手口が日経平均の動向に、大きな影響を与えているのは事実である(グラフ
3)。このHFTによる価格変動を、ファンダメンタルズや政治ネタで解釈しよう
とすれば、珍妙な場況記事となるのは避けられない。
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ストラテジー
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(グラフ 3)
めまぐるしくポジションが変わる
欧州系証券の先物ポジション
(枚)
日経平均と先物ポジション
(円)
18,000
140,000
(出所)AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
120,000
16,291
(12/30)
15,627
(5/22)
17,000
16,000
100,000
15,000
14,000
80,000
日経平均(右)
13,000
60,000
12,000
欧州系証券
先物ポジション
(日経平均:左)
40,000
11,000
10,000
20,000
9,000
0
8,000
-20,000
13/1/4
13/4/5
13/7/5
13/10/4
14/1/3
14/4/4
7,000
教科書的アプローチは通じない
景気、企業業績、為替動向、金利といったファンダメンタルズや政府・当
局の政策対応等で、株価は動くと教科書に書いてある。確かに、中長期的
に見た場合には、そうだろう。しかし、IT 技術を結集したアルゴリズムによる
HFT が、日経平均先物を振り回しているのが実態なのだ。実は D 証券以
外に、欧州系 E 証券も同様なアプローチを行っている。この 2 社を合計す
れば、4 割から極端な時には 5 割前後のシェアを占める場合もある。短期
的には教科書に書いてあるセオリーどおりには動かず、日経平均は意味不
明の無機的な値動きが続くケースが増えている。これに、イベント・ドリブン
型やグローバル・マクロ型といった異なるアプローチを行うヘッジファンドも
乱入して、いよいよ相場の先行きを見通すのが難しくなっている。ナイーブ
な教科書論では、対応しきれなくなっているのが現状だ。何故に、日経平
均は日銀金融政策決定会合前になれば上昇し、「現状維持」の会合後に
急落するのか?日本株のブル相場はヘッジファンドの本決算である 11 月
に始まり、5 月の中間決算期で急落するのはなぜか?こうした質問には、伝
統的な教科書的セオリーでは回答するのが困難になっている。ヘッジファ
ンドの運用の特性を把握した戦略が必要となってくるのは当然だ。
米規制となれば日本も後追いへ
今後の注目点は、米当局が欧州のように規制強化に走るか否かである。
「フラッシュ・ボーイズ」の売上が伸びれば伸びるほど、一般投資家は不満
の声を挙げるに違いない。「公正な取引を」との世論が形成されれば、規制
強化案が勢いを増すことになろう。しかし一方では、「金の卵を産む鶏を殺
すな」との意見も根強い。「ボルカールール」が、金融界の代弁者となるロビ
イストの暗躍で、膨大な時間と労力を要したことは知られている。おそらく、
現時点の予測では、「調査を行ったが不公平はなかった」となる可能性が高
いように思える。しかし、もし米 SEC が規制方向に舵取りを行えば、日本の
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ストラテジー
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規制当局も同様な措置を採る可能性が高まるだろう。となれば、ストレートに
D 社や E 社の売買動向に変化を促すことになる。証券会社としては考えた
くもないが、デリバティブの商い急減が流動性の低下に繋がり、兜町と北浜
に閑古鳥が居座ることになろう。欧州が規制に踏み切った今、日本市場は
流動性の豊かさ、決済の円滑さ、ボラティリティの高さもあって、デリバティブ
を多用するヘッジファンドにとっては、米国に次いで魅力的な市場である。
そのマネーが流出するか否かは、米規制当局の匙加減次第となろう。
「4/30 会合プレイ」は食傷気味
(グラフ 4)
日銀の政策決定会合を
挟んで日経平均が乱高下
4/8 の日銀政策決定会合が「現状維持」となった後、日経平均は 4/11、
14 両日にはザラ場で 13,885 円まで売り込まれる局面があった。しかし、そ
の後は、マーケットにとってポジティブな政治家のパフォーマンスやリップサ
ービスが続き、14,000 円台に回帰した。4/21 には 14,649 円にまで反発
し、直近ボトムからは+764 円の切り返しを見せた。例によって、「現状維持
後のブン投げ」局面から、「4/30 会合へ向けての思惑」が働く局面へ移行し
たものと思われる(グラフ 4)。
① 2/17 安値 14,214 円→3/7 高値 15,312 円で 1,098 円高。
② 3/17 安値 14,203 円→4/3 高値 15,164 円で 961 円高。
に比較すると上げ幅が足りない気がするが、4 月 2 度目の会合となると
やや食傷気味で、「会合プレイ」の動きが勢いを失くしている。間にイースタ
ーを挟み、日本の GW 接近もあって、ファンド勢の気合が乗らないようだ。
(兆円)
(円)
日経平均と東証1部売買金額
17,000
16.00
金融政策
決定会合
(1/21-22
16,320
(12/30)
14.00
(出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
金融政策
決定会合
(3/10-11)
金融政策
決定会合
(2/17-18
12.00
15,312
(3/7)
金融政策
決定会合
(4/7-8)
15,164
(4/3)
10.00
16,500
16,000
15,500
15,000
日経平均
(右メモリ)
14,500
8.00
14,000
6.00
13,995
(2/5)
13,885
(4/11)
13,500
4.00
13,000
2.00
12,500
東証1部売買金額(左メモリ)
0.00
12/13
「尖閣防衛」の明記は外交的勝利
1/10
2/3
2/25
3/18
4/9
12,000
また、政策決定会合前に、もう一つのイベントである日米首脳会談が開
催されたことが影響したのかもしれない。日米共同声明では、安全保障面
に大きな成果があった。日米安全保障条約の下でのコミットメント(関与)
が、「尖閣諸島を含め、日本の施政下にある全ての領域に及ぶ」とし、米国
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ストラテジー
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の「尖閣諸島防衛義務」を明記した点は大いに評価できよう。「日中は信頼
醸成措置を採るべきだ」とのヘッジ文言も付与されているが、米大統領の肉
声で尖閣問題に明瞭なスタンスを見せたことは極めて重要である。1950 年
1 月、ディーン・アチソン米国務長官は、「米国が責任を持つ防衛ラインは、
フィリピン-沖縄-日本-アリューシャン列島までである。それ以外の地域
は責任を持たない」と公言した(アチソン・ライン)。なんとも無責任な発言だ
が、これがソ連・スターリンと北朝鮮・金日成に、韓国侵攻を決断させる要因
にもなった。米国が関与しないと国務長官が述べれば、共産主義の統一国
家が出来るとの夢想が拡大するのも当然であろう。結果的には、朝鮮戦争
における米軍の死傷者は約 14 万人に達し、アチソン発言は高い代償を払
うことになった。将来的に中国が尖閣諸島を実効支配したいと誘惑された
時に、今回の共同声明が大きな抑止効果を持つことになろう。米民主党で
も最もリベラルなオバマ大統領に、「尖閣防衛」を明言させたことは、対中国
の観点からも外交的勝利と評価できる。
難行苦行の TPP
ただし、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉は、難行苦行の様相
を見せた。共同声明では、「TPP 合意に向けた大胆な措置を講じる決意」と
か、「日米は TPP 全体の交渉に弾みをつける」といった官僚的装飾に満ち
満ちた文言が盛られた。ところが、海外通信社が報じた米側高官の発言で
は、「TPP は合意に至っておらず、詳細は引き続き交渉」という味も素っ気も
無い言葉になっている。官僚的作文の極致との乖離は大きい。おそらく、実
態は米側高官の発言どおりなのだろう。今回の TPP 交渉で痛感されたの
は、規制緩和、特に「農業分野の規制緩和は至難である」ということだ。国
会で圧倒的多数の議席数を維持し、内閣支持率がなお高水準であり、米
側からの強い圧力にもかかわらず妥結できなかったとしたならば、いつ妥結
できるのだろうか?米側は、11 月の中間選挙に向けて、いよいよ妥協は難
しくなる。安易な妥協は、選挙戦での致命傷となりかねない。おそらく、越年
の可能性も高まったものと思われる。問題となるのは、TPP 交渉が規制緩和
全体の象徴になっていたことだ。6 月に発表される成長戦略の基本理念
は、規制緩和と構造改革だったはずである。「アベノミクス第 3 の矢」への期
待は、徐々に剥落しつつある。
「日本株が、どうもおかしい」
ロンドンの投資家(ロング・オンリーとヘッジファンドを併せ持つ)が、急遽
私を訪れた。社長に、「日本株の動向が、どうもおかしいので調査して来い
と言われた」とのことだ。ロンドンの投資家、特にロング・オンリーは「依然日
本株に楽観派が多い」とのことだが、年初来のパフォーマンス劣化に疑念を
持ち始めた投資家が増えている。第 1 の矢である財政出動による公共投資
は、現在進行形である。労賃の高騰・人手不足、建築資材の高騰を考えれ
ば、予算さえ付ければいいというものではない。そして第 3 の矢が挫折気味
となれば、残るのは日銀の追加緩和依存ということになる。その淡い期待が
剥落すれば、日経平均は再度落ち込むリスクがあろう。慎重に対処したい。
藤戸 則弘
投資情報部長
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・ 日本および外国の株式・債券への投資は、株価の変動や、発行者の経営・財務状況の変化及びそれらに関する
外部評価の変化、金利・為替の変動等により、投資元本を割り込むリスクがあります。
(手数料について)
・ 国内株式の売買取引には、約定代金に対し最大1.404%(税込み)の売買手数料をいただきます(ただし約定
代金が193,000円以下の場合は最大2,700円(税込み))。株式は、株価の変動等により、損失が生じるおそれ
があります。
・ 外国株式の売買取引には、現地委託手数料と国内取次手数料の両方がかかります。現地委託手数料等は、その
時々の市場状況、現地情勢等に応じて決定されますので、その金額等をあらかじめ記載することはできません。
詳細はお取引のある部店までお問合せください。国内取次手数料は、約定代金に対して最大0.864%(税込
み)の手数料が必要となります。外国株式は、為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。
・ 非上場債券(国債、地方債、政府保証債、社債)を当社が相手方となりお買付けいただく場合は、購入対価のみ
お支払いいただきます。債券は、金利水準の変動等により価格が上下し、損失を生じるおそれがあります。外国債
券は、為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。
(著作権について)
・ 本資料は当社の著作物であり、著作権法により保護されております。当社の事前の承諾なく、本資料の全部もしく
は一部引用または複製、転送等により使用することを禁じます。
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