平成22年度版 (PDF)

スポーツ生命科学系
ふじ
い
やす
なり
氏 名
藤
井 康 成 教授
主な研究テーマ
□腱板、肩甲骨機能および胸鎖関節のmobilityに対する胸郭ストレッチの重要性
平成22年度の研究内容とその成果
投球スポーツにおける肩関節障害の原因
ト ネ ス の 評 価(combined abduction test
以下CAT:肩甲上腕関節での外転角度、
として、近年、体幹や肩甲骨の機能障害が
horizontal flexion test以下HFT:肩甲上腕
注目されています。体幹の一部である胸郭
関節での水平内転角度)、肩甲骨機能評価
は、肩甲骨運動の土台であり、その自由度
(正拳テスト、胸鎖関節mobility test以下
や正確性を高めるために重要な役割を担う
ことが予想されます(図1)。
SCMT)を行ったので報告します。
対象はスポーツ選手20名(男性16名、女
本研究の目的は、投球動作に対し、胸郭
性4名)で、平均年齢および競技歴は17.8
が如何なる貢献を果たしているかを明らか
歳、9.1年でした。競技種目は、野球10例
にすることです。具体的には、胸郭の柔
(50%)、バレーボール6例(30%)、投擲
軟性の向上により、肩関節や肩甲帯機能
4例(20%)で、1例を除いて、すべて右
の向上が得られるかを検討するため、胸
投げでした。20例中16例で投球側の肩ある
郭ストレッチ前後での肩関節後方のタイ
いは肘に痛みを有していたが、肘の1例を
除き、痛みは軽く、正拳テストは問題なく
行えました。
胸郭ストレッチ法は、脊椎に沿ってスト
レッチポール上に臥位を取らせ、その状態
で胸式の深呼吸を10回行ないます。その際、
介助者がいる場合は、胸郭の外上方の両烏
口突起付近を軽く外側下方へ伸ばすように
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補助させ、特に胸郭の上前方部を広げるよ
うに意識させます。呼吸法が腹式で行われ
ると腹部のストレッチが起こり、十分な効
果が得られません。必ず胸式、特に上方を
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ストレッチ前後における投球側のCAT、
HFT、正拳テスト、SCMTの陽性率の変化
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を統計学的に比較検討しました。統計学的
検 討 と し て、chi squareテ ス ト とFisher’s
exact probabilityテストを用い、有意水準
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意識させることがポイントです(図2)。
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ストレッチ前のCAT、HFT、正拳テスト、
SCMTの陽性率は、全例陽性で100%でし
た(図3、4、5)。
ストレッチ後の陽性率は、肩後方のタ
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CAT
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イトネスについては、CAT19例(95%)、
性が向上することで、肩甲骨の運動制限が
HFT19例、(95%)で、ストレッチ前後で
解除され自由に動けることは、腱板のもう
ほとんど変化を認めませんでした(図3)。
一方の停止部である上腕骨頭を中心として
腱板と肩甲骨機能については、正拳テス
肩甲骨が運動を行える状態となり、腱板の
ト4例(20%)、SCMT 0%で、いずれの
負担も減り、かつ肩関節の安定性もアップ
テストにおいても有意な改善を認めました
できます。
(図4、5)。また、正拳テストのストレッ
胸郭のストレッチが、肩甲骨の運動性の
チ後の陽性例は、いずれもストレッチ前よ
向上に影響する機序としては、1)胸郭の
り、パワー、肩甲骨の安定性ともに明らか
柔軟性アップにより、肩甲骨の胸郭上での
に改善し、陰性に近づきました。
動きがスムーズ化した、2)肋骨から肩甲
症例供覧
骨や上腕骨に付着している前鋸筋、大小胸
症例は、20歳男性、右投げである。CAT
筋などが、肋骨の運動による刺激により、
とHFTに お い て は、 ス ト レ ッ チ 前 後 で、
反射性のリラクセーションを起こした、3)
投球側に変化を認めませんでした(図6-
胸郭とともに胸椎も、ストレッチポール上
A)。
での運動や肋骨を介した肋椎関節の運動に
一方、正拳テストにおいては、ストレッ
よりストレッチされ、胸椎に付着する肩甲
チ前に認めた翼状肩甲が、ストレッチ後は
骨への筋群のリラクセーションを起こした
非投球側と同程度まで改善していました
などが考えられます。Theodoridisら(Clin
(図6-B)。SCMTにおいても、ストレッ
Biomaech、2002)は、肩の挙上動作時に、
チ前に比べ、明らかにストレッチ後に鎖骨
胸椎も伸展や回旋、側屈運動を行っている
の動きが非投球側と同程度に改善している
と報告しています。胸椎や胸郭の柔軟性も、
のがわかります(図6-C)。
肩の挙上運動に際して、重要な役割を担っ
ていると言えます。肋骨は、肩甲骨周囲筋
これからの研究の展望
である前鋸筋、小胸筋の起始部であり、ま
山口ら(肩関節、2009)は、肩甲骨と胸
た、鎖骨と直接鎖骨下筋を通して接続して
郭の動きが、肩関節のコンディションに大
います。これらの筋が、肋骨の柔軟性が上
きな影響を与えるとし、肩甲骨機能不全の
がることでストレッチされると、腱付着部
存在も投球障害肩の発症の一因と報告して
に多く存在するゴルジの腱器官が刺激さ
います。
れ、Ⅱb抑制がかかり、筋弛緩が起きます。
運動性低下に伴う肩甲骨のポジショニン
この弛緩が、肩甲骨の運動性の改善に影響
グが悪いと、骨頭の求心位を維持するため、
している可能性があります。僧帽筋や広背
腱板に大きな負担を負わせる結果となり、
筋、大小菱形筋などは、胸、腰椎に起始し
肩関節の不安定性につながる。胸郭の柔軟
ており、胸、腰椎の柔軟性の改善は、同じ
くⅡb抑制らの脊髄反射を通してこれらの
筋の緊張を変化させます。肩甲骨周囲筋群
全体の機能改善により、肩甲骨周囲筋の相
互作用が改善され、肩甲骨の運動性や安定
性が向上すると考えています。また、この
鎖骨や肩甲骨周囲筋の機能改善が、スト
レッチ前後での正拳テストやSCMTの成
績が大きく変化し、向上した要因と考えま
す。
結論
胸郭の柔軟性の向上は、投球スポーツ選
手の肩甲骨の運動性の改善に有用と考えま
す。