急がれる財政再建への取り組み

 財政
急がれる財政再建への取り組み
─ アベノミクス第二幕の行方を左右するもう一つの重要課題 ─
政権発足から 2 年目に入った安倍内閣。第二幕を迎えたアベノミクスの最大の焦点
は、好調な企業収益を賃金上昇に結びつけ、さらに消費や投資が拡大する「経済の好
循環」を実現できるかどうかだ。しかし同時に、主要国の中で最悪とされる財政の立
て直しも待ったなしの状況にあり、一刻も早い具体的道筋の検討が望まれる。
今回の予算案は、財政再建に向けて政府が定めた
長期的な健全化が見通せない財政状況
ハードルをとりあえずクリアしている。昨年 8 月に
策定された中期財政計画では、政策にかかる経費を
1 月下旬に召集された通常国会では、4 月からの消
税収等でどれだけ賄えているかを示す基礎的財政収
費税率引き上げによる景気腰折れを回避するための
支(プライマリーバランス、以下 PB)について、2015
2013 年度補正予算案(5.5 兆円規模)が最優先で審議
年度に赤字の対 GDP 比を 2010 年度(6.6%)から半
され、2 月 6 日に可決・成立した。その後、主要議案は
減させ、2020 年度には黒字化するとの目標が示され
2014 年度予算案に移り、現在は参議院での審議が始
た。そして、その達成に向けて 2014 年度予算では一
まろうとしているところである。
般会計の PB を前年度から 4 兆円改善させるという
2014 年度予算案では、一般会計の総額が過去最高
ハードルを設けていたが、実際の予算案では5.2兆円
の95.9兆円にのぼった(図表1)。社会保障関係費が初
の改善をみた。今春の消費増税を乗り越えて日本経
めて 30 兆円を上回ったほか、公共事業関係費や防衛
済が順調に成長軌道をたどることが前提となるが、
関係費なども増額された。歳入をみると、消費増税や
法人・所得税収の大幅増によって 7 年ぶりに税収が
50 兆円台に回復する見込みで、新規国債の発行は前
年度から1.6兆円減額する格好となった。
「2015 年度の PB 赤字半減」の達成は視野に入ってき
たといえる。
しかし、その先の「2020 年度の PB 黒字化」につい
ては、実現の見通しが全く立っていない。内閣府の試
算によると、名目 3%程度の
●図表1 2014年度予算案の概要(一般会計)
高い経済成長率を想定した
(単位:兆円)
(歳入)
金額
前年差
50.0
+6.9
所得税
14.8
法人税
「経済再生ケース」でも、2020
金額
前年差
国債費
23.3
+1.0
+0.9
基礎的財政収支対象経費
72.6
+2.2
10.0
+1.3
社会保障関係費
30.5
+1.4
消費税
15.3
+4.7
地方交付税交付金等
16.1
▲0.3
その他収入
4.6
+0.6
公共事業関係費
6.0
+0.7
41.3
▲1.6
文教・科学振興費
5.4
+0.1
―
▲2.6
防衛関係費
4.9
+0.1
だけでもさらなる歳出抑制
95.9
+3.3
95.9
+3.3
や増税などの収支改善努力
(注1)
税収
国債
年金特例公債
合計
(歳出)
(注2)
(注3)
合計
(注)1.消費税率の引き上げに伴う税収増45,350億円を含む。
2.社会保障4経費の充実等3,789億円、高齢者医療負担軽減等3,918億円を含む。
3.社会資本整備事業特別会計の一般会計への統合に伴う増6,167億円を含む。
(資料)財務省資料などよりみずほ総合研究所作成
年度に GDP 比で 1.9%、金額
にして 11.9 兆円の PB 収支
ギャップが残り、黒字化には
至らない(図表 2)。PB 黒字化
は財政再建の一里塚にすぎ
ないが、それを達成するため
を要するのである。
9
財政
時から進められてきた「社会保障と税の一体改革」の
まずは政策経費の全体を総枠管理せよ
一環として、昨年 12 月には、社会保障改革の全体像
と進め方を示す通称「社会保障改革プログラム法」が
歳出の抑制を図る方法として、シンプルながらも
成立した。医療や介護に関して、
「痛みを伴う」自己負
有効とみられるのが、国債の償還・利払いを除く政策
担の引き上げを含む諸改革の実施時期を定めた点
経費(基礎的財政収支対象経費)の全体に上限を設け
で、同法には一定の評価が与えられる。ただ、例えば
る「総枠管理」のアプローチだ。こうした制約を課し
社会保障費の抑制に有効とされる年金の支給開始年
た上で、夏の概算要求基準でより細かな予算要求の
齢の引き上げが盛り込まれていないなど、積み残さ
指針を定めることによって、予算の順位付けや所要
れた課題も少なくない。今年は 5 年に一度の年金財
の制度改正が促される効果を期待できる。
政の将来見通しが行われる。その結果も踏まえ、公的
時計の針を数年前に戻すと、民主党政権は、先行き
年金制度と、基礎年金の2分の1を国庫負担する財政
3 年間にわたる予算編成の指針として「中期財政フ
制度をともに持続可能とするような解を導き出す必
レーム」を策定し、基礎的財政収支対象経費を実質的
要がある。
に横ばいに抑える目標を立てた。2011 年 3 月の東日
もっとも、改革を通じて社会保障費の伸びを抑制
本大震災によって復旧・復興にかかる支出増を余儀
することはできても、
社会保障費を全体として減らし
なくされた点を除けば、この仕組みによって歳出の
ていくのは現実的とはいえない。公共事業費をはじ
膨張に一定の歯止めがかけられた。
めとする他の予算に大胆に切り込むのは当然として、
かたや安倍政権は、2014 年度予算編成において
「総枠管理」の手法をとらなかった。その結果、先述し
2016 年以降の消費税率の再引き上げを含む税収確保
策の検討も避けては通れなくなるであろう。
たように歳出規模の十分な抑制が図られたとは言い
また、より効率的・効果的な予算配分につなげる観
難い予算案となった。この点は次年度以降の予算編
点からすると、個別事業の成果や問題点を外部有識
成に向けた反省材料とすべきであろう。
者も交えて検証する「行政事業レビュー」や、大括り
の施策ごとに役所が自己評価する
「政策評価」といっ
さらなる社会保障制度改革も不可避
たPDCA(Plan-Do-Check-Action)の取り組みも重要
だ。わが国では施策の見直しや予算編成に PDCA を
国の予算を主要経費ごとにみた場合、財政再建の
カギを握るのが、高齢化により毎年 1 兆円規模で増
活用する歴史がまだ浅いものの、試行錯誤を続けて
より良い仕組みを構築することが求められる。
加し続ける社会保障関係費の抑制である。
社会保障制度の抜本改革は道半ばだ。民主党政権
●図表2 国・地方の基礎的財政収支の中長期試算
20年度目標
黒字化
(対名目GDP比、%)
0
▲3.2%
(実質2%、名目3%の成長)
(▲16.4兆円)
▲2
▲1.9%
(▲11.9兆円)
15年度目標
▲3.3%
▲3
▲4
▲3.1%
(▲17.4兆円)
▲3.4%
参考ケース
(▲17.4兆円)
(実質1%、名目2%の成長)
▲5
▲6
安倍政権における経済政策の司令塔である経済財
政諮問会議は、2020 年度の PB 黒字化に向けた具体
的な道筋を 2015 年度になってから検討する方針で、
経済再生ケース
▲1
2014年を
「財政再建元年」と定めよ
当面は歳出増加要因の分析等に取り組むとしてい
る。これはいささか悠長すぎるのではないか。
「経済
再生なくして財政再建なし」
とは安倍首相の言だが、
「経済が再生しても(それだけで)財政再建は成し得
ない」という表現がより正確だ。今年を「財政再建元
年」と定め、長期的に持続可能な財政に向けた具体策
の検討を一刻も早く始めるべきである。
10年度実績
▲6.6%
▲7
▲8
2008
みずほ総合研究所 政策調査部
10
12
15
20
(資料)内閣府
「中長期の経済財政に関する試算」
(2014年1月)
10
23 (年度)
上席主任研究員 野田彰彦
[email protected]