「武尊山水源の森」ネズミ類調査 ~過去8年間における個体群の比較検討~ 群馬県立尾瀬高等学校 はじめに 私 た ち 尾 瀬 高 校 理 科 部 で は 、 1997 年 よ り 群 馬 県 企 業 局 「 武 尊 山 水 源 の 森 」 に お い て 小 型哺乳類(主にネズミ類)の調査研究を継続している。 一般的にネズミ類は年によってその個体数を大きく変動させることが知られている。 そ こ で 本 研 究 で は 、 個 体 数 推 定 調 査 を 開 始 し た 2006 年 か ら の デ ー タ を も と に 、 ネ ズ ミ 類 の個体数および繁殖個体数の変動について月別、年次、および重要な餌資源であるブナ 堅果の着果状態に着目し、比較検討をおこなった。 方 法 1 分布調査 5 月 か ら 1 0 月 ま で 、 毎 月 1 回 の 頻 度 で 水 源 の 森 の 登 山 道 沿 い に 50 m 間 隔 で 生 け 捕 り 用 ト ラ ッ プ ( シ ャ ー マ ン ト ラ ッ プ ) を 50 基 設 置 し た 。 翌 日 、 捕 獲 さ れ た 動 物 の 個 体 計 測 (種類、性別、体重、頭胴長、尾長、後足長、繁殖状態等)を実施した。 2 生息密度調査 水 源 の 森 の 特 徴 的 な 環 境 ( ブ ナ が 優 占 す る 標 高 1550m の エ リ ア ) に シ ャ ー マ ン ト ラ ッ プ を 縦 横 10 基 ず つ 、 計 100 基 を そ れ ぞ れ が 10 m 間 隔 と な る よ う 格 子 状 に 設 置 し た 。 翌 日、捕獲された個体は個体計測の後、アニマルマーカーで標識放逐し、その翌日以降に 捕獲された総捕獲個体数と、標識個体数から調査区における推定個体数を算出した。本 調査は7月と9月にそれぞれ連続した3晩を設定し実施した。なお個体数の推定法には 複 数 回 の 捕 獲 を お こ な う た め Schnabel 法 ※ を 採 用 し た 。 ※ Schnabel 法 : N = Σ ( ni・Mi) / Σ mi (N ≒ ni・Mi / mi) ni: i 回 目 の 捕 獲 個 体 数 Mi: i 回 目 捕 獲 直 前 ま で の 全 標 識 個 体 数 mi: i 回 目 に 捕 獲 さ れ た 標 識 個 体 数 3 ブナ堅果の豊凶調査 森 林 総 合 研 究 所 ( 花 咲 地 区 、 沼 田 地 区 )、 群 馬 県 林 業 試 験 場 の デ ー タ お よ び 2012 年 か らは本校のリター調査の結果を利用した。 かつての研究では、ブナ堅果の豊凶状態は本校の観測と森林総合研究所のデータ等を 併用し判断をおこなっていたが、この場合、多少なりとも遠隔地のデータであるため、 実態に即した結果が得られない可能性がある。そのため、昨年度からは調査地内におい てリター調査を実施することにより、調査地の状態を適正に反映したデータを取得する ことが出来ると考えた。 結 果と考 察 180 アカネズミ ヒメネズミ 160 総捕獲数(頭) 140 120 100 ※2012年の5月調査は未実施のため、このデータについては 7年間の5月における平均捕獲個体数(アカネズミ 0.57頭、 ヒメネズミ 0.29頭)を加算し補正をおこなった。 80 40 20 { 60 ※ 0 5月 6月 7月 8月 9月 10月 調査月 図1 主なネズミ類の月別総捕獲数の推移(2006~2013年総計) 注)分布調査の結果より 8年 間 の 月 別 捕 獲 数 の 推 移 ( 図 1 参 照 ) よ り 、 積 雪 期 で あ る 5月 は 捕 獲 数 が 極めて少ないという結果が得られた。 研究対象種のネズミ類は冬眠をしな いことが知られている。積雪期および 残雪期の餌資源は秋季に貯食行動で 蓄えた堅果類や地中の昆虫類などが 主体であり、積雪下が活動の中心であ ると考えられた。アカネズミ、ヒメネズミ と も に 7月 に 捕 獲 数 の ピ ー ク が み ら れ 、 その後、秋期にかけて減少傾向がみら れた。 またアカネズミに比較し、ヒメネズミ の捕獲数の変動幅は緩やかであった。 推定個体数調査とブナ堅果の豊凶 調 査 ( 図 2 参 照 ) か ら は 2005年 と 2011 年など、いずれも前年のブナ堅果が 90 推定個体数( 頭/㌶) 60 50 40 30 20 9月欠測年 70 9月未実施年 調査開始前年 80 推定個体数調査は7月・9月の年2回実施。2006年は8月のみ実施 アカネズミ ヒメネズミ ハタネズミ 10 0 調査地 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 水源の森 ◎ × △ ○ △ △ ◎ × ◎ × ○ △ ○ × ◎ × ○ ― ― △ △ △ △ △ 片品村花咲地域 沼田地域 ◎ △ ― ― ― △ ◎ ― 凡例 ◎:豊作 ○:並作 △:凶作 ×:無作 -:調査未実施 ※:未公表 △ ○ ※ ※ 利根沼田全域 「水源の森」は2011年までは理科部の観測と外部データに基いたもの、2012年から豊凶の基準は下記に準じておこなった。 豊作:ほとんどの木で結実、トラップ内に堅果を多く確認。 並作:大径木を中心に約半数の木に結実、トラップ内に堅果を確認。 凶作:わずかな木のみ結実、トラップ内に堅果を散見、又は確認せず。 無作:結実木なし。トラップ内に堅果を確認せず。 利根沼田全域のデータは県林業試験場、花咲地域と沼田地域については森林総合研究所タネダスのデータを使用。 図2 生息密度調査におけるネズミ類の年次変動とブナ堅果の作柄 繁殖個体 90 非繁殖個体 繁殖率 100 90 80 80 70 捕獲個体数( 頭) 60 50 50 40 40 30 年間平均繁殖率(%) 70 60 30 20 20 10 10 0 0 2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年 2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年 アカネズミ ヒメネズミ 図 アカネズミおよびヒメネズミの捕獲数と繁殖率の推移(年次比較) 図3 アカネズミおよびヒメネズミの捕獲数と繁殖率の推移(年次比較) 注)分布調査の結果より 表 1 過去8年間に捕獲されたネズミ類の平均体重 種 別 性 別 (♂) (♀) (♂) ヒメネズミ (♀) アカネズミ 60 55 50 45 体重(g) 40 35 30 25 アカネズミ (♂) アカネズミ (♀) ヒメネズミ (♂) 平均値±誤差範囲 42.2 39.7 20.8 20.7 ヒメネズミ (♀) ± ± ± ± 8.3 9.3 4.0 4.2 標本数 296 167 119 111 豊 作 で あ っ た 翌 年 は 7月 調 査 に お い て アカネズミ個体数が急激な増加を示す ことがわかった。 本結果より、冬眠をしないアカネズミ にとって、積雪期の主要な餌資源とし て、栄養価の高いブナの落下種子に 依存度が高く、豊作年は越冬個体と繁 殖状態に多大な影響を与える可能性 が示唆された。また豊作年以外の年に ついてみてみると、アカネズミの推定 個 体 数 は 多 少 前 後 す る も の の 、 1ヘ ク タ ー ル 当 た り の 平 均 頭 数 は 約 25± 10 頭前後であることがわかった。 た だ し 、 7月 に 急 激 な 増 加 が み ら れ て も 、 2か 月 後 の 同 年 9月 調 査 で は 大 幅に数を減じていることから、アカネズ ミは極めて短期間のうちに調査範囲外 から消失する特性も有しているといえ る。 更 に 2011年 の ブ ナ 堅 果 の 豊 凶 に つ いてみてみると周辺地域が豊作である にもかかわらず、「水源の森」より、直 線 距 離 で 1.5km程 離 れ た 花 咲 地 域 で は凶作となっていることから、調査地 域において実態に即したデータを収 集することが大切であることを再認識 した。 年間の総捕獲数に占める繁殖個体 数と繁殖率の推移を表した結果(図3 参照)からは、アカネズミについてブ ナ の 実 の 豊 作 年 で あ っ た 2011年 は 繁 殖個体が一時的に増加するが、翌年 は繁殖率が大きく低下するという傾向 がみられた。また年間平均繁殖率の 増減傾向についてはアカネズミ、ヒメ ネ ズ ミ と も に 2011年 を 除 け ば 、 ほ ぼ 同 じようなパターンを示す結果が得られ た。 豊作年翌年の繁殖率の低下につい ては若齢個体の増加による相対的な 繁殖率の低下によるもの、ないしは 密度効果によるものと2つの仮説を 立 て 検 証 を お こ な っ た 。そ の 結 果( 図 4参照)若齢個体の増加による繁殖 率の相対的な低下ではなく、密度効 果等による影響である可能性が示唆 された。 20 おわりに 「水源の森」のネズミ類(特にアカネ 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 ズミ)はブナの豊凶に強く連動して個 図44 ネズミ類個体群の平均体重とそのばらつき(年次比較) 図 ネズミ類個体群の平均体重とそのばらつき(年次比較) 体数を変動させる。その理由として ブナ堅果中の豊富なタンパク質や脂 質は生体の維持や成長だけでなく、繁殖に際し必要となるホルモン類の重要な構成要素 であることを考えれば、堅果摂取の多寡によって、繁殖状態が変動することも充分に考 えられる。今後、繁殖率の変動を探る際、裏付けを充実させるためには栄養学的な側面 と個体内部の生理的な研究アプローチも必要である。今回の研究においてはデータ間の 関連性を示す上で、必要に応じ自前の調査データを蓄積することや計測の精度、そして 過去から継続的におこなっている一つ一つの結果の積み重ねが重要であることを本研究 を通じて改めて強く感じた。 15 10 2006
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