数ベクトル空間

数ベクトル空間
実数全部の集合を R で表し,複素数全部の集合を C で表す.K = R または K = C と
し,K の元を成分とする n 次元ベクトル (n dimensional vector) 全部の集合を K n で表す.
n 次元ベクトル
 
 
y1
x1
 y2 
 x2 
 
 
y =  .. 
x =  ..  ,
.
.
yn
xn
および c ∈ K に対して,和 (sum) x + y とスカラー倍 (定数倍, scalar multiplication) cx
を考える.

 

cx1
x1 + y1
 cx2 
 x2 + y2 


 
cx =  .. 
x + y =  ..  ,
 . 
 . 
xn + yn
cxn
すべての成分が 0 のベクトルを零ベクトル (zero vector) といい,0 で表す.
 
0
0
 
0 =  .. 
.
0
n 次元ベクトルの和とスカラー倍により,K n は K 上のベクトル空間 (線型空間)(vector
space) になる.K n を n 次元数ベクトル空間という.K n はもっとも基本的なベクトル空
間の例であり,そこにおいて部分空間,線型結合,線型独立,線型従属,基底などの概念
を理解しておくことは大切である.
K n の空集合でない部分集合 U が,
(1) x, y ∈ U ならば x + y ∈ U である.
(2) c ∈ K, x ∈ U ならば cx ∈ U である.
の 2 つの条件を満たすとき,U は K n の部分空間 (subspace) であるという.U は空集合で
はないから,U は少なくともひとつの元を含む.その元を x とすると,0 = 0x ∈ U だか
ら,部分空間 U は必ず零ベクトル 0 を含む.零ベクトルだけからなる集合 {0} および K n
自身は,部分空間の定義の 2 つの条件を満たすので K n の部分空間であるが,n ≥ 2 であ
れば K n の部分空間はこれらのほかにも無数にある.
有限個の n 次元ベクトルのスカラー倍の和を,これらのベクトルの線型結合 (linear
combination) または 1 次結合という.a1 , a2 , . . . , ak ∈ K n とし,aj の第 i 成分を aij で表
すことにする.
 
a1j
 a2j 
 
aj =  .. 
 . 
anj
1
a1 , a2 , . . . , ak の線型結合とは,c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak (cj ∈ K) の形の n 次元ベクトル
である.ベクトルの成分を用いて表せば,


a11 c1 + a12 c2 + · · · + a1k ck
 a21 c1 + a22 c2 + · · · + a2k ck 


c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = 
(1)

..


.
an1 c1 + an2 c2 + · · · + ank ck
となる.a1 , a2 , . . . , ak の線型結合全部の集合を,
span{a1 , a2 , . . . , ak },
⟨a1 , a2 , . . . , ak ⟩,
Ka1 + Ka2 + · · · + Kak
などで表す.span{a1 , a2 , . . . , ak } は K n の部分空間である.これを a1 , a2 , . . . , ak で張ら
れる部分空間 (subspace spanned by a1 , a2 , . . . , ak ),または a1 , a2 , . . . , ak で生成される
部分空間 (subspace generated by a1 , a2 , . . . , ak ) という.これは,a1 , a2 , . . . , ak を含むよ
うな K n の部分空間のうち最小のものである.
c1 = c2 = · · · = ck = 0 ならば,c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = 0 である.一方,
 
 
   
−2
2
0
4
2 −3 + 3  1  + (−1) −3 = 0
1
−5
0
−4
のように,a1 , a2 , . . . , ak によっては,c1 = c2 = · · · = ck = 0 ではなくても c1 a1 +
c2 a2 + · · · + ck ak = 0 が成り立つこともある.c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = 0 となるのが
c1 = c2 = · · · = ck = 0 の場合に限るとき,a1 , a2 , . . . , ak は線型独立 (linearly independent)
または 1 次独立であるという.線型独立でないとき,線型従属 (linearly dependent) また
は 1 次従属であるという.
第 j 列が aj である n × k 行列 A を,A = (a1 a2 · · · ak ) とも書く.
 
c1
 c2 
 
c =  .. 
.
ck
という k 次元ベクトルを考えると,(1) の右辺は n × k 行列 A と k 次元ベクトル c の積 Ac
に等しい.
c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = Ac
よって,b ∈ K n に対して
c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = b
⇐⇒
Ac = b
である.Ac = b は,c1 , c2 , . . . , ck が A を係数行列とする k 個の変数 x1 , x2 , . . . , xk に関す
る連立1次方程式

a11 x1 + a12 x2 + · · · + a1k xk = b1



a x + a x + · · · + a x = b
21 1
22 2
2k k
2
(2)

·
·
·



an1 x1 + an2 x2 + · · · + ank xk = bn
2
の解であることを意味する.ただし,bi は b の第 i 成分である.
b = 0 の場合を考える.bi = 0 (1 ≤ i ≤ n) であれば x1 = x2 = · · · = xk = 0 は,aij に
かかわらず常に連立1次方程式 (2) の解である.これを自明な解という.a1 , a2 , . . . , ak が
線型独立であるとは,連立1次方程式 (2) の解が自明なものに限ることにほかならない.
連立1次方程式の理論によれば,b = 0 のとき連立1次方程式 (2) の解が自明なものに
限ることと,行列 A の階数 (rank) が k であることは同値である.よって,次の定理が成
り立つことがわかる.
定理 n 次元ベクトル a1 , a2 , . . . , ak が線型独立であるための必要十分条件は,aj を第
j 列とする n × k 行列の階数が k であることである.
系 k 個の n 次元ベクトル a1 , a2 , . . . , ak について,n < k ならば a1 , a2 , . . . , ak は線型
従属である.
一般の m × n 行列 A について,A の転置行列の階数は A の階数に一致する.A の階数
は,A の n 個ある列ベクトルのうちで線型独立であるものの個数の最大値であり,同時に
m 個ある行ベクトルのうちで線型独立であるものの個数の最大値である.
a1 , a2 , . . . , ak の中に零ベクトルが含まれているとする.たとえば a1 = 0 の場合,c1 ̸= 0,
c2 = c3 = · · · = ck = 0 とすれば,c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = 0 が成り立つ.すなわち,
a1 , a2 , . . . , ak のうちのどれかひとつでも零ベクトルならば,a1 , a2 , . . . , ak は線型従属で
ある.
a1 , a2 , . . . , ak が線型従属であれば,c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = 0 が成り立つような
c1 = c2 = · · · = ck = 0 以外の定数 c1 , c2 , . . . , ck が存在する.たとえば ck ̸= 0 とすれば,
ak = −
c1
c2
ck−1
a1 − a2 − · · · −
ak−1
ck
ck
ck
として,ak をそれ以外の a1 , a2 , . . . , ak−1 の線型結合で表すことができる.したがって,
span{a1 , . . . , ak−1 , ak } = span{a1 , . . . , ak−1 } が成り立つ.これは,いくつかのベクトル
が線型従属のとき,それらのベクトルには無駄があることを意味している.
a1 , a2 , . . . , ak が線型独立のとき,
c1 a1 + c2 a2 + · · · + ck ak = c′1 a1 + c′2 a2 + · · · + c′k ak
ならば
(c1 − c′1 )a1 + (c2 − c′2 )a2 + · · · + (ck − c′k )ak = 0
だから,a1 , a2 , . . . , ak が線型独立であることから,すべての j (1 ≤ j ≤ k) について cj = c′j
である.すなわち,a1 , a2 , . . . , ak の線型結合としての表し方は一意的である.
定義 U を K n の部分空間とする.a1 , a2 , . . . , as ∈ U が次の 2 つの条件を満たすとき,
{a1 , a2 , . . . , as } を U の基底 (basis) という.
(1) a1 , a2 , . . . , as は線型独立である.
(2) U = span{a1 , a2 , . . . , as } である.
U の基底は一意的ではないが,ひとつの基底を構成するベクトルの個数は基底によら
ず一定である.この一定の個数を U の次元 (dimension) といい,dim U で表す.
3
零ベクトルだけからなる部分空間 {0} の次元は 0 である.また dim U = 1 のときは,
任意の 0 ̸= a ∈ U について,a のスカラー倍全部の集合 Ka は U に一致する.
U ̸= {0} を K n の部分空間とし,v 1 , . . . , v r ∈ U は線型独立とする.span{v 1 , . . . , v r } =
U ならば,v 1 , . . . , v r は U の基底である.span{v 1 , . . . , v r } ̸= U ならば,span{v 1 , . . . , v r }
に含まれない U の元 v r+1 を任意にひとつとると,v 1 , . . . , v r , v r+1 は線型独立である.以
下同様の議論を続けて,v 1 , . . . , v r を含む U の基底 {v 1 , . . . , v r , v r+1 , . . . , v s } が得られる.
これとは逆に,U = span{a1 , . . . , am } ならば,a1 , . . . , am の中からいくつかのベクト
ルを選んで,{ai1 , . . . , ais } が U の基底になるようにできる.
dim U = s ならば,s + 1 個以上の U のベクトルは線型従属である.
注意 基底を扱うときは,基底を構成するベクトルを並べる順序も区別して考える.た
とえば {a1 , a2 , a3 , . . . , as } が U の基底のとき,a1 と a2 を入れかえた {a2 , a1 , a3 , . . . , as }
は,別の基底として扱う.
第 i 成分が 1 で,その他の成分がすべて 0 の n 次元ベクトル ei , i = 1, 2, . . . , n を,
n 次元基本ベクトルという.
 
 
 
1
0
0
0
1
0
 
 
 
e1 =  ..  ,
e2 =  ..  ,
... ,
en =  .. 
.
.
.
0
0
1
これらは線型独立であり,K n の任意のベクトルはこれらの線型結合として表せるの
で,{e1 , e2 , . . . , en } は K n の基底である.これを K n の標準基底 (standard basis) という.
このほかにも,K n の基底は多数ある.上記の定理により,n 次元ベクトル a1 , a2 , . . . , an
が K n の基底であるための必要十分条件は,aj を第 j 列とする n 次行列 A = (a1 a2 · · · an )
の階数が n であること,すなわち正則行列であることである.
たとえば,
{( ) ( )}
{( ) ( )}
{( ) ( )}
1
1
1
1
1
3
,
,
,
,
,
0
1
−1
1
2
4
はいずれも K 2 の基底であり,また
     
1
1 
 1
0 , 1 , 1 ,


0
0
1
はともに K 3 の基底である.
( )
( )
1
0
e1 =
, e2 =
,
0
1
      
−1
−1 
 1
−1 ,  1  , −1


−1
−1
1
(
)
1
,
−1
f1 =
( )
1
f2 =
,
1
( )
x1
x=
x2
とすると,{e1 , e2 } と {f 1 , f 2 } はどちらも K 2 の基底で,
x = x1 e1 + x2 e2 =
x1 − x2
x1 + x2
f1 +
f2
2
2
が成り立つ.{e1 , e2 } を基準にすれば 2 次元ベクトル x は 2 つの数の組 (x1 , x2 ) と対応し,
2 x1 +x2
, 2 ) と対応する.
{f 1 , f 2 } を基準にすれば x は ( x1 −x
2
4
問題
1. a1 , a2 , . . . , ak ∈ K n の線型結合全部の集合 span{a1 , a2 , . . . , ak } が K n の部分空間であ
ることを示せ.
2. U と W を K n の部分空間とする.次の集合が K n の部分空間であるかどうか確かめよ.
(1) U ∩ W
(2) U ∪ W
(3) U + W = {u + w | u ∈ U, w ∈ W }
3. U ̸= {0} を K n の部分空間とし,v 1 , . . . , v r ∈ U は線型独立で,span{v 1 , . . . , v r } =
̸ Uと
する.このとき,span{v 1 , . . . , v r } に含まれない U の任意の元 v r+1 について,v 1 , . . . , v r , v r+1
は線型独立であることを示せ.
4. 次の K 3 の部分集合が部分空間であるかどうか確かめよ.
 
 
}
}
{ x1
{ x1
3
3
(2) x2  ∈ K x2 = −1
(1) x2  ∈ K x3 = 0
x3
x3
{
(3)
{
(5)
 
}
x1
3
x2  ∈ K x1 − 2x2 + 3x3 = 0
x3
{
(4)
 
}
x1
x2  ∈ K 3 x1 2 + x2 2 + x3 2 ≤ 1
x3
{
(6)
 
}
x1
3
x2  ∈ K x1 − 2x2 + 3x3 = 4
x3
 
}
x1
x2  ∈ K 3 x1 x2 = 0
x3
5. 次の K 3 の 3 個のベクトルについて,線型独立かどうか判定せよ.
     
     
1
1
1
1
1
−2
(1) 0 , 1 , 1
(2) −5 , −1 , −2
0
0
1
7
2
1


 
 
 
1
−1
−2
1
6. a1 = −2, a2 =  1 , a3 =  1 , a4 =  1  から 3 個のベクトルを選ん
1
1
4
−1
3
で K の基底を作れ.
5
解答とヒント
1. U = span{a1 , a2 , . . . , ak } とおく.x と y がともに a1 , a2 , . . . , ak の線型結合ならば,
x + y も cx (c ∈ K) も a1 , a2 , . . . , ak の線型結合だから,U は K n の部分空間の定義の 2
つの条件を満たす.
2. (1) と (3) は,どちらも部分空間の定義の 2 つの条件を満たすので部分空間である.
U ⊂ W または W ⊂ U のときを除いて,u + w ̸∈ U ∪ W となるような u ∈ U と w ∈ W
が存在するので,(2) は部分空間ではない.
3. v 1 , . . . , v r , v r+1 が線型従属と仮定すると,c1 = · · · = cr+1 = 0 以外の定数 c1 , . . . , cr+1
で,c1 v 1 + · · · + cr+1 v r+1 = 0 となるものが存在する.cr+1 = 0 とすると,v 1 , . . . , v r が線
型独立であることに矛盾する.cr+1 ̸= 0 とすると,v r+1 は v 1 , . . . , v r の線型結合で表され
るので,v r+1 が span{v 1 , . . . , v r } に含まれないことに矛盾する.よって,v 1 , . . . , v r , v r+1
は線型独立である.
4. (1) と (3) は部分空間で,(2), (4), (5), (6) は部分空間ではない.


1 1 1
5. (1) 行列 0 1 1 の階数は 3,すなわち正則行列だから線型独立である.
0 0 1
 
   
1
1
−2
(2) −5 − 3 −1 = −2 だから線型従属である.
7
2
1
6. a1 , a2 , a4 は線型独立で,a1 +3a2 = a3 だから,{a1 , a2 , a4 }, {a1 , a3 , a4 }, {a2 , a3 , a4 }
は K 3 の基底である.これらの基底を構成するベクトルを並べかえたものも,K 3 の基底
である.
6