NMR法
~核磁気共鳴分光法~
M1 岩本 貴大
NMR (Nuclear Magnetic Resonance)
核磁気共鳴
原子核のスピン状態に関係した現象であり、有機物に含まれる
水素や炭素の結合状態に関する有用な情報を与える
分子構造の解析に欠くことのできない手段の一つ
電子 核
+
原子核(正電荷)が
軸まわりに回転している
磁気双極子が生じ
磁石の性質をもつ
核スピン
(核磁気モーメント)
核スピンの
向きはランダム
核スピンは磁場と同じ
向きか逆向きになる
エネルギー
β スピン
ΔE
磁場の
ない状態
磁場を
かける
α スピン
外部磁場B0
磁場のないところでは核スピンの向きはランダムでバラバラであるが、磁場をかけると
その磁場と同じ向きの安定な状態(α状態)と逆向きの不安定な状態(β状態)に分かれる
Zeeman分裂
ラジオ波
エネルギー
β スピン
励起
α スピン
B0
ここでエネルギー差ΔEと一致したエネルギーを
もつラジオ波を照射することでα状態にある、
わずかに過剰な核スピンがエネルギーを吸収
し、β状態に跳ねあがる(励起)
励起した核スピンがエネルギーを放出し、
再び低いエネルギー準位に戻る(緩和)
励起・緩和という一連の過程を観測し、放出されたエネルギー(ラジオ波)を検出
スペクトル化
NMR法
エネルギー準位の分裂間隔の大きさΔEは
γ
ΔE = h 2π B0
エネルギー
β スピン
( )
ΔE
励起
α スピン
ラジオ波のエネルギーを hv とすると
B0
ラジオ波 hv
つまり、v =
hはプランク定数
磁気回転比 γ は原子核に固有の値
γ
ΔE = h 2π B0 = hv
( )
v : 周波数
γ
のラジオ波を照射することで励起・緩和を観測できる
2π B0
( )
v=
エネルギー
β スピン
ΔE
α スピン
B0
γ
2π B0
( )
α状態とβ状態のエネルギー差ΔE
緩和で放出され、検出されるラジオ波は
かけた磁場の強度B0に比例する
外部磁場B0 が強ければ検出感度が上昇する
現在、物質化学NMR室にある二つの装置(400MHz, 500MHz)
の違いは、かけられる外部磁場の強さが異なる。
表記はプロトン核の共鳴周波数で書かれている
実際どのようにしてラジオ波を照射・検出するのか…
M0 z
外部磁場中で原子核は円錐形を描きながら回転している
この原子核の運動をラーモアの歳差運動という
磁場B0によって
z軸上に磁化成分M0が生じる
ここでxy平面から歳差運動と同じ周波数の
ラジオ波を照射することで、歳差運動とラジオ波の
周波数が共鳴を起こし、磁化成分M0がxy平面に傾く
y
x
外部磁場B0
xy平面内で磁化の信号が検出される
(どの周波数のラジオ波で共鳴したかが分かる)
FT-NMR (フーリエ変換NMR) について
あらゆる周波数成分を含むラジオ波パルスを一度に照射し
その後、放出されてくるあらゆる周波数のNMRシグナルを一度に観測する
観測したい範囲のすべての周波数
を含むラジオパルス波をあてる
一定時間の間に緩和過程で
放出されるラジオ波を検出
昔は…
連続波(CW)分光法というNMR測定法を用いていた
→周波数を変えながら連続的に観測する
→異なった種類のプロトンはそれぞれ一種類ずつ共鳴を起こす
分解能
低
測定時間 長
自由誘導減衰 (Free Induction decay ; FID) について
パルス状のラジオ波によりエネルギーを吸収した核磁気モーメントが
元の状態へ戻る時に放出するラジオ波を、横軸に時間を取った
信号として観測すると、振動しながら減衰するようなシグナルとなる
シグナル強度
シグナル強度
フーリエ変換
時間
周波数
時間領域
周波数領域
FIDの横軸を時間領域から周波数領域への数学的変換を行う
実際には…
シグナルは単一ではなく複数であり、複雑な形となるため
イメージとして次のような作業を行っている
シグナル強度
シグナル強度
シグナル強度
分解
時間
時間
時間
フーリエ変換
シグナル強度
合わせる
周波数
周波数
11
シグナル強度
シグナル強度
周波数
化学シフトについて
内部標準物質に含まれるある核の共鳴周波数と
観測核の共鳴周波数の差を、その観測核の化学シフトと呼ぶ
化学シフトの値(ppm) =
基準物質の共鳴周波数からのずれ(Hz)
装置の操作周波数(MHz)
化学シフトは有機化合物において、構造や官能基により
予測することが可能で、構造決定の重要な手掛かりとなる
よく用いられる内部標準物質 : TMS(テトラメチルシラン) 0 ppm
○化学的に不活性なため、サンプルや溶媒と反応しない
○揮発性(b.p. 27℃)で、サンプルの回収が容易
○ほとんどの有機化合物より高磁場に単一シグナルとして検出される
核の電子的環境が化学シフトに影響する
磁場の影響で電子群が円運動を行う
局所磁場
磁力線
電子の運動により磁力線が生じる
核
円運動する電子
外部磁場に逆らって
弱い局所磁場ができる
外部磁場
磁気遮蔽
原子核に加えられる外部磁場が変化する
電子密度の大小で磁気遮蔽の程度が変化する
近くにある置換基の電気陰性度が電子密度を偏らせる
電気陰性度が小さい場合
電気陰性度が大きい場合
周囲の電子雲は引っぱられにくい
隣接する原子に電子雲が引き寄せられる
電子密度 大
電子密度 小
原子核
原子核
磁気遮蔽が強い
磁気遮蔽が弱い
高磁場(低周波数)側にシフト
プロトンの例
低磁場(高周波数)側にシフト
化合物
δ(ppm)
(CH3)2O
CH3F
RCOOH
3.27
4.30
約10.80
表の下にいくほどプロトンの電子が失われて
遮蔽効果が小さくなる
電子的環境は結合する炭素の混成状態・立体状態にも依存する
環流π電子
誘起磁力線
sp2炭素による環流π電子が生じる
外部磁場に反対向きの磁場を誘起する
(誘起磁力線)
アルケン部分のプロトンに注目すると…
外部磁場と誘起磁場の方向が一致している
実際に加わる磁場よりも低い外部磁場で共鳴する
(低磁場シフト)
外部磁場
δ(ppm)
化合物
R-CH2-CH3
0.8-1.0
R-CH=CH2
4.6-5.0
スピン-スピン分裂
核は隣接する核の影響をうける
隣接にプロトンが1個だけあれば、それがαかβスピン状態であるかの違いで
共鳴周波数が影響を受け、観測シグナルは2本に分裂する
スピン-スピン結合なし
Haのシグナル
Hbのシグナル
スピン-スピン結合あり
Haのシグナル
J値(Hz)
Hbのシグナル
ピーク間の周波数差
スピン-スピン結合によるピークの分裂数
隣接したグループのn個のスピン量子数Iの核によって2nI+1本の多重線に分裂する
隣接したグループ 隣接したグループの
の水素数:3つ
水素数:2つ
観測核がプロトン(I=1/2)の場合…
(隣接グループの水素数+1) 本
に分裂する
同じ幅で分裂していくため…
相対強度はパスカルの三角形に従う
1: 3 : 3 : 1
1 : 2 : 1
b
b
d
a
f
c
a
e
e
f
CDCl3
d
c
TMS
予備
磁場中に置かれた
核磁気モーメントμがもつエネルギーEは
β スピン
E = μB0
γ
= mh 2π B0
エネルギー
( )
ΔE
α スピン
B0
hはプランク定数
磁気回転比 γ は原子核に固有の値
mは核スピン量子数Iから得られ
I = 1 の場合
2
1 1
m = - 2 , 2 であるため
Eは二つの値をとる(α状態とβ状態のエネルギー)
γ
1
Eα = - 2 h 2π B0
( )
γ
Eβ = 12 h 2π B0
( )
γ
ΔE = h 2π B0
( )
予備
NMR装置 模式図
サンプル投入口
コンピューター
出力および
記憶装置
液体窒素
液体ヘリウム
A/D変換器
磁石コイル
(超電導磁石)
帯域フィルター
シム・コイル
シム
コントローラー
プローブ
磁場
安定装置
増幅器
位相検波器
レシーバー/
トランスミッター
パルス発生器
プロトン用
+
13
異核( C, 19Fなど)用
予備
ベンゼン環では
ベンゼン環の上下方の環流π電子ができるため
誘起磁場生じ、ベンゼン間の周りの位置では
誘起磁場と外部磁場の向きが一致
実際に加わる磁場よりも低い外部磁場で共鳴する
(低磁場シフト)
外部磁場
予備
アルキンの場合
環流π電子
誘起磁力線
外
部
磁
場
アルケンやベンゼンと異なり環流π電子が結合を回るように生じる
誘起磁力線が外部磁場と反対方向にできる
プロトンに注目すると、外部磁場と誘起磁場の向きが逆方向
磁気遮蔽により高磁場シフト
δ(ppm)
化合物
R-CH2-CH3
0.8-1.0
R-CH≡CH2
1.7-3.1
アルカンよりは低磁場である…
→π電子による誘起磁場の磁気遮蔽
→分子の配向によって遮蔽的か非遮蔽的か
が変わる(化学シフトは全配向の平均)