プロジェクトアドベンチャーにおける教育コミュニケーション実践

プロジェクトアドベンチャーにおける教育コミュニケーション実践 ~ファシリテーターの働きを中心に~ 小俣直由樹・楠亀倫明・菅原舞子・曽キン・田村尚基・原孝彰 1.研究の目的と問題の所在 私たちは,ファシリテーター(以下,FT と示す)が参加者とのコミュニケーションの間で発生したプロセ
スを利用しながら,課題を発見し,学習者が省察できるよう援助し,学んでいくプロジェクトアドベンチ
ャー(以下,PA と示す)における教育コミュニケーションの方法に興味を持った。 PA は,通常の授業における教授的な学びと比べて,参加者の主体性によるところも大きいため,場合に
よってはそこで得られる学びは少なくなる可能性も考えられる。 しかし,人間関係の形成や集団の雰囲気作りという点において,教授的な学びとはまた違った大きな魅
力のある教育コミュニケーション実践の形ではないかと考え,PA をテーマとして選択した。異なる FT が行
うファシリテーションの方法,目標,学習者の学びを比較しながら,PA における教育コミュニケーション
の方法について探求していく。 2.研究の方法 以下の3つのセッションで行った。 ①PA について先行研究と文献調査 ②PA を体験し,その過程をビデオで記録する。また PA 参加者にアンケートをとる。 ③グループでビデオを見て,分析し,省察する。 3.PA とは PA とは,仲間への気付きや信頼関係を通じて,人の「器」を大きくし,成長を目指すプログラムである。
基本理念として,“Full Value Contract”“Challenge by Choice”“Experimental Learning”の3つがあ
り,これらの下で体験活動を行い,そこで発生した抽象的な概念を観察・反省を通じて抽出し,次の場面
への適用を反復することで,よりよく生きるために必要な知恵を獲得する。PA の教育的意義は,自身の存
在感や安心感の確保,参加への主体性や意欲の向上をはじめ,目標設定や問題解決能力の向上,自己肯定
感や他者との信頼関係の構築など,心の成長に必要な要素を獲得できることである。 PA において参加者
参加・対話型教育
への主たる援助を行
うのが,FT である。
教育者を「形式・方
インストラクター
教⽰示者
法(縦軸)」「目的・
ファシリテーター
志向(横軸)」の2次
元で捉えた場合,FT
は以下図1で示すよ
コンテント志向
成果・結果尊重
うに,参加・対話型
プロセス志向
⼼心理理・関係的過程尊重
教授者
の教育を行い,心
コンサルタント
理・関係的過程を尊
伝達・指⽰示型教育
重する指導者と位置
づけることができる。 図1 4つのタイプの教育者 また FT が行うファシリテーションについて説明したのが図2である。津村、石田(2003)によるファシリ
テーションのプロセスを図式化した。ここにに示されるように,①FT が学習素材を準備し、これに学習者
を接近させることにより、プロセスを発生させることから開始し、②FT が活動を支援することにより、③
学習者は活動を実施する。④学習者自身がそこで起こっているプロセスに接近し、⑤FT は学習者が気づく
よう働きかけを行う。この際に⑥学習者はプロセスから何かの気づきを得て、自ら分析し,もしくは自ら
の課題を発見する。この気づき・分析・課題に対して、⑦FT は学習者の省察を促す支援を行う。具体的に
は言語・描画・造形などの作業がある。これを学習者が行うことにより、⑧省察が行われる。ここで得ら
れた省察を学習者は他の事象に、つまり生活や次の学習に⑨応用する。 図2 ファシリテーションのモデル 昨年度の研究では,FT はファシリテーション的立場の他にも,場面により他の立場を使い分けて臨機応
変な対応をしていることや,種々の立場は対立することなく共存していることが明らかとなった。 4.PA 体験とビデオリフレクション 4.1 第1回 PA 体験(11 月6日) 研究メンバー5名に加え,有志の参加者と共に計 12 名で2時間半の活動を行った。このときの FT は研
究メンバーの1人である。参加者の大半の人が顔見知りではあったが,中には全く面識のない人もいた。
PA を行った後,5時間に渡り,体験時に撮影したビデオを見て,リフレクションを行った。 11 月の PA 体験のリフレクションからは,自分自身を客観視することの歯がゆさや,自他をビデオを通
してさらに客観視することの興味深さが得られた。自分自身の性格をわかっていても,他者から見ればま
た違った一面が見えている場合もある。それをビデオリフレクションすることで,また新たな自分の再発
見にもつながることが分かった。 画像1「ビデオリフレクション」 4.2 第2回 PA 体験(12 月 15 日) 第2回 PA 体験は,職業 FT を迎え,野外で活動を行った。実施内容として,自身のモチベーションを示
すエナジーチェックや,巨大シーソーを使ったホエールウォッチング,小さな板の上を行き来するウォー
クインバランスなどであった。 アクティビティの序盤では,お互い初対面ということもありよそよそしさが窺えたが,アクティビティ
を重ねるごとに打ち解けていった。中盤のホエールウォッチングでは,なかなか成功せずルールを変更し
た。しかし,このルール変更は全員が納得していなかったために成功はしたが,達成感があまり感じられ
なかった。それを受け,終盤のウォークインバランスではホエールウォッチング同様,なかなか達成でき
なかったが,ルールを変更することなく挑戦した。結果的に成功し,達成感を味わうことができた。 PA 後のアンケートでは,他者とのコミュニケーション力に関わることや他者への働きかけに関すること
など,自分から他者へ向けての視点が多いことが分かった。それを受け,ビデオリフレクションした結果,
参加者内で完全な合意が生まれていたわけではなかった点や,活動時には主体的に参加していたように感
じていたが,実際には FT に誘導された場面が多々あった点に気づいた。 画像2「ビデオリフレクション中の会議運営」 5.考察 5.1 ファシリテーションの比較 FT-A(第1回の FT)は学びの目標を広く想
定し,強い動機づけを行い,プロセスを観察
しながら,学習者が得た学びを尊重する。学
習者の活動に対して最小限の介入を行い,学
習者の省察を促す。参加者は自発的な学習意
識を持つ(図2参照)。目標への到達度は一定
していない。つまり、この場合のファシリテ
ーションは非構成的なプログラムとなってお
り、学習者は自ら意志決定する機会が増大す
ることにより、やる気が増し、自らの行動に
責任を感じ、自発的意欲的な学習が起こって
いたということである。図3で示した FT 活動
のプロセスに一致している。 図3 FT-A の目標設定 FT-B は学びの目標をある程度限定し,各アクティビティで目標とする学びの段階を FT が決める。活動
中においても,ある程度の提案,指示を行い,活動後は発生したプロセスを FT が解説し,学習者は学び
の段階を確認する。学びは明確化されるが,学習者は FT の思いや考えに同化されたように感じる(図4
参照)。目標への到達
度は高い。ここから、
FT-B のファシリテー
ションが一部で構造
化されていることが
判明した。つまり、
このプログラムには、
FT-B が目標とする解
答もしくは解答めい
たことがあり、それ
に向かって学習者が
自らの意志とは関係
無く進ませられる。
図3に示した FT 活
動のプロセスに一部
一致しないところが
ある。FT-B の想定す
る学びの目標と学習
者の到達段階を図示
図4 FT-B のファシリテーションモデル したものが図5である。 図5 FT-B の目標設定 5.2 ビデオリフレクション ビデオ視聴により,参加者(当事者)としての視点と,客観的な視点の両方を手に入れることできる。
特徴的な場面においては,メンバーのうちの特定の者に,その時の気持ちや考えを尋ねることができ,活
動中ではなかなか明らかにしにくい場面や見過ごした場面について,グループメンバーと,その内容につ
いて確認することができる。他者と討論するうちに,メタ視点を持つことになり,これにより省察が進む。
更には省察をしている自身についても認識することができる。 5.まとめ 以上,FT-A・B の2つのファシリテーションを見たとき,より参加や対話,活動の過程を重視する FT-A
のファシリテーションにおいては,個々の学びが重視される反面,参加者は学びを自ら意識する必要が生
じる。よって,個人の学びを促進する目的がある場合や,小学校高学年以上の児童・生徒及び,成人のよ
うな発達段階が高い参加者の集団を対象にした際に適したファシリテーションと言える。 一方,より集団間の目標達成を重視した FT-B のファシリテーションは,集団内で,ある程度共通の学
びが意識されているため,集団内の関わり合いが深くなる。したがって,個人の学びという面では,FT
に設定された学びの範囲でしか考えることができないため,FT-A が行う,自由な目標設定に基づいた学び
は促進されない。そのため,お互いに面識のない集団のアイスブレイクの場面や,小学校低学年のような
発達段階の低い集団を対象にした際に適したファシリテーションと言える。 PA は,自分自身や他者についての参加者自身の主体的な学びを生むことを目的とした教育活動である。
そのため,参加者同士が相互に理解することで,集団間の関係性の形成を構築していくという教育効果が
期待される。学校で,PA またはファシリテーションの技術を応用することは,学級などの集団内の関係性
を構築し,そこにおける活動をより促進するという点において活用できる,よりよい教育コミュニケーシ
ョンの形の一つと言えるのではないだろうか。 〈参考文献〉 津村俊允,石田祐久(2003)『ファシリテーター・トレーニング』,ナカニシヤ出版