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MOEフォーラム 2014 講演要旨
親和性向上を目指した抗体の可変領域改変とその物理化学的特性
木吉真人 1, Jose M. M. Caaveiro1, 三浦恵梨 2, ○長門石曉 1, 中木戸誠 2,
曽我真司 3, 白井宏樹 3, 川畑茂樹 3, 津本浩平 1,2
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東京大学大学院工学系研究科, 2 東京大学医科学研究所疾患プロテオミクスラボラトリー
3 アステラス製薬株式会社分子医学研究所
抗体はモノクローナル抗体作製法と進化分子工学的手法の確立により、今やバイオ医薬品の主要を担
うにまで発展している。近年、既存のバイオ医薬品を改良し、機能や物性を向上させることで価値を高
めるバイオベター戦略の期待が急速に高まっている。しかし、本来の抗体作用を邪魔せずに、効果を足
し合わせることは難しく、バイオベター戦略によるモノクローナル抗体の機能・物性向上は喫緊の課題
である。従ってバイオ医薬展開を指向した抗体への変異導入とその物性の精査は、極めて重要な研究課
題となっている。
in silico における分子シミュレーションは、合理的設計の戦略において注目されており、親和性の向上
に成功した例も存在する。しかし、蛋白質-低分子に比べ、蛋白質-蛋白質間の改変後の分子の挙動の予測
は難しく、また、水分子の挙動や、蛋白質-蛋白質間における弱い相互作用を正確に記述することは困難
であり、合理的に機能、物性を向上させる技術は未だ確立されていない。本研究では、変異導入による
親和性へのエネルギー寄与を、in silico mutation experiment によって計算することで、抗体の合理的な親
和性の向上を試みた。改変を行うターゲットは、抗体-抗原複合体の結晶構造が明らかとなっており、か
つ、親和性向上の余地がありそうな抗体を PDB から探索し、単球の走化性因子である MCP-1(Monocyte
Chemoattractant Protein-1)に対する scFv(Single Chain Fv)を用いた。
アステラス製薬株式会社の曽我博士、白井博士、川畑博士らのグループによって、MOE により、抗体
の CDR ループにアミノ酸残基を変異導入した際の親和性へのエネルギー寄与を算出した。その結果、エ
ネルギー寄与が向上するとされた変異体は全て荷電残基の導入によるものであった (Figure 1)。これより
11K2 に関して 12 種類の scFv 変異体を設計・調製した。各抗体の親和性については、表面プラズモン共
鳴(SPR)を用いて速度論的、熱力学的な観点から詳細に解析を行った (Figure 2, 3)。
Figure 1. (A) 代表的な 2 つの残基 N31 と S53 における各変異体の野生型に比べたエネルギー差
(B) 抗 MCP-1 抗体 11K2 の変異を導入した部位
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SPR を用いて、11K2 scFv と、その抗原
である MCP-1 間の結合親和性と速度論的
な解析を行った。その結果、L 鎖に変異を
導入したいくつかの変異体において親和
性の向上を確認できた。SPR のセンサグ
ラムより、解離速度定数 koff が低下してい
ることが分かった。したがって親和性の
向上は、解離速度定数(koff)の低下に起因し
ていた (Figure 2)。
Figure 2. 野生型及び変異体における SPR センサグラム
温度変化による SPR を用いた解析により、
親和性の向上した変異体は、全てエンタルピ
ー寄与が大きく増大していた。さらに遷移状
態における相互作用エンタルピーや構造エン
トロピーなどの熱力学的パラメータを求めた
ところ、野生型 WT と変異体とを比較しても、
遷移状態として乗り越える自由エネルギー障
壁はほとんど変わらないが、導入された荷電
残基が抗原と新たな相互作用を形成し、遷移
状態におけるエンタルピー障壁が低下してい
ることが明らかとなった。
Figure 3. 抗原-抗体における結合前、遷移状態、
複合体形成後のエンタルピーダイアグラム
本研究によって、
1) 抗原-抗体間の静電相互作用の増強を目的とした分子設計が、in silico における分子シミュレーション
を用いることでより効率的に行える。
2) 実際に変異導入した抗体の親和性測定したところ、速度解離定数の低下に起因する親和性の向上を確
認できた。
3) 更なる熱力学的な解析の結果、親和性の向上はエンタルピー寄与の増加、すなわち、より強固な抗原抗体相互作用に起因することが明らかとなった。
4) 活性化エネルギーを算出した結果、変異体は遷移状態において抗原と強く相互作用できる、すなわち、
荷電残基を変異導入することで、活性化エンタルピー障壁を顕著に下げることができる。
以上の知見を得ることができた。このように、in silico と in vitro との手法を組み合わせることで、バイ
オベター戦略における新たな分子設計を提案できることが示された。
【参考文献】
Kiyoshi M, Caaveiro JM, Miura E, Nagatoishi S, Nakakido M, Soga S, Shirai H, Kawabata S, Tsumoto K.
PLoS One. (2014) 9, e87099. doi: 10.1371/journal.pone.0087099.
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