有機反応の基礎(第二回) 薬化学教室 伊藤 喬 第7章 アルケンalkene アルケン:alkene オレフィンと呼ばれることもある。天然にも数多く存在している。 エテン(エチレン) α-ピネン エテン; 植物ホルモンとしてリンゴから多量に発生する。 リンゴのそばでバナナを保管すると成熟が早い。 ジャガイモをリンゴの側に置くと発芽が抑制される。 α-ピネン:多くの針葉樹に含まれる香り成分 アルケンalkene 二重結合を有する炭化水素化合物の総称 エテンethene(エチレンethylene) 最も低分子量のアルケン 6個の原子が全て同一平面上に存在する。 炭化水素を水蒸気と混合して800-900℃程度の高温で熱分解 し、生成物を蒸留分離してエチレンを生産する。 エチレンとプロペンは化学工業の中心原料 基本的な有機化合 物は全てエチレンと プロベンから合成さ れる。 7.2 不飽和度の計算 不飽和度:多重結合あるいは環の数を示す。 分子式と可能な構造式とを結びつける。 飽和非環状化合物の組成式はCnH2n+2 同じ炭素数のアルケンの組成式はCnH2n エテン ethene C2H4 エタン ethane C2H6 水素が減っているー不飽和 これ以上の水素は結合しない =飽和 例:C6H10 炭素が6個の飽和化合物はC6H14 水素4個減少=不飽和度2 C6H10 二重結合1個 水素が4個少ない 二重結合2個 環1個と二重結合1個 環構造2個 三重結合1個 C6H10 環1個 二重結合1個 C6H10 環2個 C6H10 三重結合1個 例2) C4H6を全て書いてみる C4H6 = C4H10-2H2 不飽和度2 1)二重結合2 2) 三重結合1 3) 二重結合1,環1 or 4) 環2 不飽和度計算のポイント ☆ ハロゲンを含む場合 = ハロゲンを水素に置き換えて考える 2つのBrを2つのHに置き換える C4H6Br2 = “ C 4H8 ” ☆ 酸素を含む場合 = そのまま取り除いて考えればよい 酸素を除いても不飽和度は変わらない C5H8O = “ C5H8 ” 窒素を含む場合の不飽和度 C5H9N = “C5H8” 不飽和度2 二重結合1と環1 窒素をn個含む場合 = 水素をn個減らした炭化水 素を考える 問題1 以下の分子式を持つ化合物の不飽和度を求めなさい。 1) C3H4 2) C3H6O 3) C5H5N 4) C6H5NO2 解答 1)炭素3個の飽和化合物はプロパンC3H8。 C3H4=C3H8-2H2なので不飽和度は2。 2)酸素原子は不飽和度の計算には関係しないので、C3H6の炭化 水素として考える。C3H6=C3H8-1H2 なので、不飽和度は1。 3)窒素原子が存在する場合は、Nと同時にHも1個取り除いた炭化 水素C5H4に対応。C5H4=C5H12-4H2 となり、不飽和度は4。 4)与えられた構造式から、まず不飽和度の計算に関係しない酸素 を除くとC6H5Nとなる。そしてNと1個の水素を除いた炭化水素C6H4 の不飽和度を考えればよい。 C6H4=C6H14-5H2 となり、不飽和度は5。 不飽和度から考えられる構造式の例 アセトン プロピン 1) C3H4 H H C C C H H HC C CH3 H 2) C3H6O H3C C O CH3 O H H C C H C OH H H H H H 4) C6H5NO2 3) C5H5N N ピリジン CH3CH2 C C C N O N H N O O ニトロベンゼン H C O 7.3 アルケン類(Alkenes)の命名法 Alkene 一般式 CnH2n (n:自然数) アルカンalkaneの語尾を変え、alkeneとして命名する。 例) エタンethane → エテン ethene プロパン propane → プロペンpropene ブタン butane → ブテン butene (ブテンから化合物が3種類になる) H H C H H CH2=CH2 H C H ethene エテン CH2=CH-CH3 = C CH3 propene プロペン H C H = C H H C = 2-butene 2-ブテン CH3CH=CHCH3 CH2=CHCH2CH3 CH2CH3 1-butene 1-ブテン H H C H3C H3 C C H C CH3 cis-2-butene H C CH3 trans-2-butene アルケン類の命名手順1 ① 母核となる二重結合を含む炭化水素に命名する。 両方の炭素を含む最も長い鎖を選び、接尾語 -エン(-ene)をつ ける。 ペンテン(炭素5個)として命名 二重結合の二つの炭素を含む ヘキセン(炭素6個)と命名 すると誤り。 二重結合の炭素の一方が 母核に含まれていない。 左が正しい; 2-エチル-1-ペンテン アルケン類の命名手順2 ② 二重結合に近い端から初めて、鎖中の炭素に番号を付ける。 二重結合が両端から等しい位置にある場合は、最初の分枝点に 近い端から始める。 ③ 置換基に番号を付け、アルファベット順に並べて名前を付ける。 ④ 二重結合の位置は、最初のアルケン炭素の番号で表す。 左: 2-ヘキセン(2-hexene) 右: 2-メチル-3-ヘキセン(2-methyl-3-hexene) アルケン類の命名手順3 ⑤ 二重結合が複数存在する場合は、ージエン(diene)、トリエン (triene)、テトラエン(tetraene)等と命名する。 2-メチル-1.3-ブタジエン 2-methyl-1,3-butadiene 1,3,5,7-シクロオクタテトラエン 1,3,5,7-cyclooctatetraene シクロアルケン(環状アルケン)の命名法 シクロアルケンでは、二重結合がC1とC2の間にくるように番号 を付け、かつ最初の置換基位置を出来るだけ低い番号にする。 1-メチルシクロヘキセン 1-methylcyclohexene 1,4-シクロヘキサジエン 1,4-cyclohexadiene 1,5-ジメチルシクロペンテン 1,5-dimethylcyclopentene 3 は誤り 3 1,2-ジメチルシクロ ペンテンは誤り 問題2 次の化合物を命名しなさい。 (b) (c) (d) 解答 (b) 1 2 3 4 5 3,4,4-トリメチル-1-ペンテン 3,4,4-trimethyl-1-pentene (c) 1 2 3 4 5 8 4,7-ジメチル-2,5-オクタジエン 4,7-dimethyl-2,5-octadiene (d) 5 6 4 3 7 1 1,2-ジメチルシクロヘキセン 1,2-dimethylcyclohexene 6 7 2 4,4-ジメチルシクロヘプテン 4,4-dimethylcycloheptene 7.4 アルケンのシス-トランス異性 cis-2-ブテン trans-2-ブテン 二重結合が存在すると可能な構造が2つになる可能性がある。 cis-異性体:二つの置換基を二重結合の同じ側に持っている trans-異性体:二つの置換基を二重結合の反対側に持っている 二重結合が回転しない理由 90°回転 p軌道が直交してπ 結合は切れている 二重結合が回転する=π結合の切断を含む。 π結合を切断するためのエネルギーが必要 エネルギーを与えないと回転できない cis-trans異性はどんな場合に生じるか 二重結合の一方の炭素に同 じ置換基(D)があると、シス-ト ランス異性体は生じない。 二重結合のそれぞれの炭素 に異なる置換基がつくと、異 なる構造となる。 A≠B、D≠Eが必要条件。 A=D、B=Eであっても異性体が生じる。 7.5 アルケンの立体化学:EZ表示 シス-トランス異性は、置換基が三個以上の場合には使えない。 EZ表示法 置換基の優先順位を決め、優先順位の高い置換基が同じ側にあ るとき Z (zusammen 一緒に、共に)、 反対側にあるとき E (entgegen 反対の)とする 置換基の優先順位の決め方 RS表示と同じ規則が用いられる。(Cahn-Ingold-Prelog則) 順位則1 原子番号の大きい原子が優先する I > Br > Cl > F > O > N > C > D > H 順位則2 直接結合した原子で順位を決定できないときは、最初の違いが 見つかるまで二重結合から2番目、3番目と順に調べ、順位則1 を適用する。 優先順位 F > O > N 置換基の優先順位の決め方2 順位則3 多重結合は同数の単結合の原子が結合しているのと同じと見なす。 C(赤)は1個しかないが、 2つあると考える。 C(赤)の先にもう一度C(青) が結合する。 Z はダミー原子と呼ばれる記号 で優先順位最下位 問題3 以下のアルケンのE, Z配置を帰属しなさい。 (a) (b) (c) 解答 それぞれの炭素で赤丸で囲んだ置換基が優先 (E)-3-メチル-1,3-ペンタジエン 重要 (E)-1-ブロモ-2-イソプロピル1,3-ブタジエン 理由 (Z)-2-ヒドロキシメチル2-ブテン酸 7.6 アルケンの安定性 例1)シスとトランスではどちらが安定か cf. ボルツマン分布(教科書117ページ) ∆E = - RTlnK K:平衡定数 R:気体定数 ∆E:二つの系のエネルギー差 T:温度(K) シスとトランスの安定性の比較例2 cis-2-ブテン、trans-2-ブテン いずれも還元するとブタンに なる。 シスからの反応の方が発熱 量が多い。つまり、シス体の 方が不安定である。 水素化熱の反応式 シス体の方が4 kJ/mol多く発熱する すなわち 4 kJ/mol不安定 水素化熱はアルケンの安定性の指標として良く使用される。 例1)と例2)の間の値の違い 水素化熱: エンタルピー変化∆H エントロピーの寄与を考えない 平衡定数:ギブズの自由エネルギー変化∆G 平衡定数の方が正確だが、測定困難であるため水素化熱を使用。 一般的なアルケンの安定性 四置換 > 三置換 > 二置換 > 一置換 (223ページの表7.2参照) アルケンが生成する反応では、より多く置換されたアルケンが 主生成物となる。(ザイツェフ則) 二置換体81% 一置換体19% 安定性を決定する2つの要因 1)超共役 空のp軌道と、隣の電子対をもつC-Hσ結合軌道との間の安定化 相互作用 反結合性π結合に、結合性C-Hσ結 合の電子が流れ込んで安定化する (p223 図7.6) 2) 同じ単結合であっても結合距離が異なる。短い方が安定。 sp3-sp3 154 pm sp3-sp2 148 pm (sp2-sp2 134 pm)
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