Institutions do matter

Institutions do matter !
―金融機関の行動が資産価格に及ぼす影響―
大 橋 和 彦
(証券アナリストジャーナル編集委員会委員)
1.はじめに
例えば、情報を持った投機家―が存在するなら、
経済学の伝統的なモデルでは市場参加者の合理
市場価格は速やかに真の価値に収斂せざるを得な
的な行動を前提とするが、現実世界における自分
いからである。つまり、非合理的に振る舞う個人
の振る舞いを顧みるとき、それらを全て合理的な
がいたとしても、それを食い物にできる合理的な
行動と言えるかどうか誰もが疑問に思うであろ
主体が自由に裁定取引を行えるのであれば、非合
う。では、市場参加者が合理的でない行いをする
理的な振る舞いの影響は取り除かれ、市場全体の
なら、その非合理的な行動はどのような経済的帰
動きは合理的な主体だけがいる場合と同じになっ
結を生むのだろうか。行動経済学や行動ファイナ
てしまうのである。
(このことは、市場参加者の
ンスは大変興味深いこの問題に取り組み、合理性
合理性を前提とする立場からの批判の主たる論点
を前提とする立場からの批判を浴びつつも研究成
でもあった。
)
果を積み上げ、2002年にはPrinceton大学のDaniel
よって、非合理的な投資家の行動が(市場に影
Kahneman教授が、そして2013年にはYale大学の
響を与え価格が真の価値から乖離するといった)
Robert Shiller教授がノーベル経済学賞を受賞する
非合理的な帰結を生むためには、合理的な主体が
に至っている。
いたとしても自由かつ無制限には裁定取引を行え
「非合理的な行動は非合理的な結果を生む。
」と
ないことが必要条件になる。つまり、この「裁定
言う話は分かりやすい。行動経済学や行動ファイ
の限界(limits of arbitrage)
」という仮定こそが、
ナンスが多くの人々に受け入れられているのも、
投資家の非合理的な行動という仮定に並び、行動
おそらくこのように理解されているからであろ
ファイナンスの分析が拠って立つ重要な前提条件
う。だが、非合理的な振る舞いをする個人がいれ
なのである。
ば市場の動きも非合理的になるのか―例えば、非
合理的な投資家がいれば市場価格は(ファンダメ
2.裁定の限界
ンタルズを反映する)真の価値から乖離するのか
「 裁 定 の 限 界 」 の 重 要 性 を 唱 え 始 め た の は、
―と問われれば、議論は必ずしもそう単純ではな
Shleifer and Vishney[1997]である。彼らは、裁
い。なぜならば、非合理的に振る舞う投資家が真
定取引が行われる現実の仕組みを考えると、その
の価値を無視した価格で売買したとしても、その
仕組みに内在する要因によって裁定取引が完全に
差額を利用して裁定取引を無制限に行える主体―
は行われない事態が生じ得ることを指摘する。さ
©日本証券アナリスト協会 2014
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