化学電池の起電力の温度依存性~熱力学パラメータの決定(熱力学) 目的 本実験では,市販の化学電池の起電力を19℃〜29℃の間で測定することで,起電力の温度依存性か らこの電池反応における標準ギブスエネルギー変化(標準反応ギブスエネルギー)・標準エンタルピー 変化(標準反応エンタルピー)・標準エントロピー変化(標準反応エントロピー)を求める。 理論 熱力学第一法則(エネルギー保存則)によると,ある過程(微小変化)に伴う系の内部エネルギー変 化 dU は, d𝑈 = d𝑞 + d𝑤 (1) であらわされる。ここで,dqは系が吸収した熱であり,dwは系にされた仕事をあらわす。また,熱力学 第二法則によると,ある過程に伴う系のエントロピー変化dSは, d𝑆 ≥ !! ! (2) であらわされる。Tは系の絶対温度である。また,不等号は不可逆過程(自発的過程)の場合に成立し, 等号は可逆過程(準静的過程)の場合に成立する。(1)式と(2)式より, 𝑇d𝑆 ≥ d𝑈 − d𝑤 (3) が得られ, (3)式はさらに定温という条件下で以下のように変形できる。 −d𝑤 ≤ −d 𝑈 − 𝑇𝑆 (4) ここで,U—TS=Aと置き換える。AはHelmholts (free) energyとよばれる状態関数である。(4)式は,定温条 件下では系は可逆的(準静的)に変化する場合に最大仕事をし,それはHelmholts (free) energyの減少分 に等しいことを示している。 次に,系がする仕事として,体積変化による仕事以外の仕事,具体的には化学系が電池を構成してお こなう“電気的仕事”welecも考える。そうすると,-dw = PdV + dwelecより(4)式は, 𝑃d𝑉 + d𝑤!"!# ≤ −d𝐴 −d𝑤!"!# ≥ d𝐴 + 𝑃d𝑉 (5) となる。ここで“定温下”という条件の他に“定圧下”という条件をつけ加えると,(5)式は, −d𝑤!"!# ≥ d𝐴 + d 𝑃𝑉 (6) とあらわされる。(6)式に,dA = dU — d(TS)を代入すると, −d𝑤!"!# ≥ d𝑈 − d 𝑇𝑆 + d 𝑃𝑉 −d𝑤!"!# ≥ d 𝑈 + 𝑃𝑉 − 𝑇𝑆 (7) ここで,Gibss (free) energy G=U+PV—TS = H—TSを導入すると,(7)式は, −d𝑤!"!# ≥ d𝐺 (8) となり,系が定温定圧条件下でおこなう電気的仕事の上限は系の Gibss (free) energy の減少分に等しい と結論される。 1 電気的仕事は「移動する電荷量×電荷が移動する経路の電位差」であらわされるので,有限量のGibss (free) energy変化について考えると,反応が可逆的(準静的)に進行する場合(各々の半電池反応が事実 上平衡状態にあり,無限大の時間をかけて電池内反応が進行する場合), −∆𝐺 = 𝑧𝐹∆𝐸 (9) となる。ここで,zは電池反応の電荷数,Fはファラデー定数,ΔEは起電力(可逆条件下での電位差) をあらわす。標準状態(1atm下)について考えると,(9)式は −∆𝐺° = 𝑧𝐹∆𝐸° (10) となる。(10)式の両辺を圧力一定下においてTで偏微分すると, − !∆!° !" ! = 𝑧𝐹 !∆!° !" ! = ∆𝑆° (11) となる*。さらにGの定義式より,定温定圧条件では, ∆𝐻° = ∆𝐺° + 𝑇∆𝑆° (12) と書ける。(10)式および(11)式を(12)式に代入すると, ∆𝐻° = −𝑧𝐹 ∆𝐸° − 𝑇 !∆!° !" ! (13) が得られる。 以上より,可逆電池の起電力を温度に対してプロットしたとき,ΔEo 298Kは,このプロットの近似直 線の298Kにおける値から求められ,それを用いて(10)式よりΔGo298Kが算出できる。さらに,このプロッ トの傾きである !∆!° !" ! からΔSo 298Kが求められ((11)式),ΔEo 298Kと !∆!° !" ! から(13)式よりΔHo 298Kを 求めることが出来る。 *Gの定義式より,Gの無限小変化は, dG=dU+PdV+VdP—TdS—SdTとあらわされるが,dU=dqrev+dwrev=TdS—PdVであるの で,これを上式に入れるとdG=—SdT+VdPが得られる。一定圧力下(dP = 0)では, dG = —SdTより ので,Gの変化分については,− !∆! !" ! !" !" ! = −𝑆 である = ∆𝑆 とあらわせる。 実験装置 アルカリマンガン電池(ボタン型 Panasonic LR41),ニッケル水素電池(Panasonic eneloop),リード 線,恒温槽,冷却器,デジタルボルトメータ,プラスチック製シリンジ(クリップを使用して端子を組 み込んであり,セルホルダーとして使用),スタンド,クランプ,水銀温度計,ストップウォッチ 冷却器 デジタルボルトメータ 水銀温度計 冷却器 セルホルダー 恒温槽 写真1 実験装置(実際にはセルホルダーは二つ設置) 図1 セルホルダー(内部に電池) 2 実験方法 1) 水を入れた恒温槽内に冷却管を入れ,冷却器の運転を始める。恒温槽を29℃に設定し運転を始める。 2) プラスチックシリンジに電池を入れ,そのプラスチックシリンジを恒温槽内に入れる(アルカリマ ンガン電池・ニッケル水素電池の両方とも)。リード線を用いて電池の正極・負極をデジタルボル トメーターに接続する。電池の隣に水銀温度計を設置する。 3) 恒温槽の温度が29℃に到達してから,温度平衡になるまで10分待つ。 4) デジタルボルトメータに表示された起電力の値を読みとる(アルカリマンガン電池・ニッケル水素 電池の両方とも)。 5) 恒温槽の温度を2℃ずつ下げていく。目的温度に到達してから10分間待ったのち,その度(2℃低下) 毎に起電力の値を読みとる。測定は19℃までおこなう。 6) 次に温度を2℃ずつ上げていき,同様に起電力を測定する(29℃まで)。 結果の整理 1) 温度下降時・上昇時各々において,絶対温度に対して起電力をプロットしたグラフを作成する。 2) それぞれのグラフの近似直線からΔEo 298K(ニッケル水素電池についてはΔE 298K)を求める。 3) 求めたΔEo 298K(ΔE 298K)を使ってΔGo298K(ニッケル水素電池についてはΔG298K)を求める。 4) プロットの近似直線の傾きの値からΔSo298K(ニッケル水素電池についてはΔS298K)を求める。 5) さらに,ΔGo298K (ΔG298K) およびΔSo298K (ΔS298K)の値からΔHo 298K (ΔH298K)の値を求める。 6) 温度下降時・上昇時各々の値の平均値より, アルカリマンガン電池(ニッケル水素電池)のΔGo298K (ΔG298K),ΔSo298K(ΔS298K),ΔHo 298K (ΔH298K) を最終的に決定する。 課題 1) アルカリマンガン電池およびニッケル水素電池の電池図,半電池反応式,および全反応式を示しな さい。 2) 求めたΔGo298K(ΔG298K),ΔSo298K(ΔS298K),ΔHo 298K (ΔH298K)の値について考察しなさい(単 に,正とか負とかではダメ。その値(符号)から考察できる分子レベルの「化学」を説明しなさい)。 3) アルカリマンガン電池の電池反応に関する化学種の「標準生成エンタルピーΔHo f, 298K」「標準生 成ギブスエネルギーΔGo f, 298K」「標準エントロピーSo 298K」はMnOOH(オキシ水酸化マンガン)以 外については文献(化学便覧など)で調べる事ができる。それらの値と,本実験で求めたアルカリ マンガン電池の反応のΔGo298K,ΔSo298K,ΔHo 298Kの値を用いて,MnOOHの標準生成エンタルピー ΔHo f, 298K,標準生成ギブスエネルギーΔGo f, 298K,標準エントロピーSo 298Kを見積もりなさい。 4) ΔGo298Kは,標準ギブス自由エネルギーとよばれることがある(ただし国際純正・応用化学連合 IUPAC)による正式名称は「標準ギブスエネルギー」である)。 なぜ「自由エネルギー」と呼ば れてきたのか?この実験で求めたアルカリマンガン電池の反応のΔGo298K,ΔSo298K,ΔHo 298Kの値 を用いて考察しなさい。 本教材は,2013年度基礎学習開発専攻理科グループ(化学分野)卒業 0407有田 稜 氏の学士論文「化学電池を用いた 熱力学的物理量の測定」ならびに科学研究費補助金 基盤研究(C) 研究課題番号:22500797「見えない現象を観ることに 挑戦する『化学反応とエネルギー』に関する新規実験教材開発」 (研究代表者 田口 哲)の研究成果により作成された。 3
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