Γ = ⟨I, Ai,Ti, ui, p⟩ (i ∈ I ), I = {f, e}, Af = Ae = [0,∞), m∈ Tf ,v ∈ T e

経済学のためのゲーム理論入門
第 3 章 不完備情報の静学ゲーム
3.8
(Case1)線形均衡
まず,問題のダブルオークションを不完備情報ゲームとして以下のように定式化する.
Γ = ⟨I, Ai , Ti , ui , p ⟩ (i ∈ I), I = {f, e}, Af = Ae = [0, ∞),
m∈ Tf ,v ∈ Te ,m, e ∼ U [0, 1], i.i.d.
ここで,f は企業を,e は労働者を表している.p は各プレイヤーのタイプが事前に従う確率密
度関数であり*1 ,また,企業の戦略空間は Wf = {wf | wf : Tf → Af },労働者の戦略空間は
We = {we | we : Te → Ae } で定義する.各プレイヤーの利得は,
{
uf =
m−
0
{
ue =
wf +we
2
wf +we
2
( if wf ≥ we )
( otherwise ) ( if wf ≥ we )
( otherwise )
v
(1)
(2)
で表すことができる*2 .さらに,線形なベイジアン・ナッシュ均衡が存在すると仮定して,均衡で
の企業と労働者の戦略を各々,
wf (m) = af + cf m
(3)
we (v) = ae + ce v
(4)
とおくことにする.
ここで,企業の期待利得は,(1) 式より,
[
]
wf + E(we |wf ≥ we )
πf = m −
Prob(wf ≥ we )
2
(5)
と表せる.また,
Prob(wf ≥ we ) = Prob(v ≤
=
*1
*2
wf − ae
ce
wf − ae
)
ce
(6)
本問では,m,v ともに区間 [0,1] の一様分布に従っているので,確率密度関数は p(m) = 1 (0 ≤ m ≤ 1),
p(v) = 1 (0 ≤ v ≤ 1) となっている.
本問において,取引が成立する条件は wf ≥ we である.本書 3.2.C 節のダブルオークションの例では,買い手の
希望価格 pb が売り手の希望価格 ps 以上になった場合に取引が成立するルールだった.ここではそれと同じように,
企業を「労働力の購入者」
(すなわち買い手)
,労働者を「労働力の販売者」
(売り手)と見たてることによって,取引
の成立条件を考えている.さらに,本問においても本書 3.2.C 節の例同様,「取引する」と「取引しない」という 2
つの選択肢が無差別な場合には,両プレイヤーとも取引に参加すると仮定して分析を進める.また,一般に「ある所
得移転を伴う取引に参加しない場合にプレイヤーが得ることのできる効用」のことを「留保効用」と呼ぶ.この問題
では,労働者の留保効用は v で表されている.
1
経済学のためのゲーム理論入門
第 3 章 不完備情報の静学ゲーム
となること,さらに,
wf − ae
)
ce
wf − ae
= ae + ce · E(v|v ≤
)
ce
1 wf − ae
= ae + ce
2
ce
1
= (ae + wf )
2
E(we | wf ≥ we ) = E(ae + ce v | v ≤
(7)
なので,(6),(7) 式より,(5) 式は
1
wf − ae
3
πf = {m − wf − ae }
4
4
ce
(8)
と書き換えることができる.以上の議論から,πf を最大化するための 1 階条件は,
∂πf
=0
∂wf
2
1
⇔ wf = m + ae
3
3
(9)
となることがわかる.一方,労働者の期待利得は,
πe =
E(wf | wf ≥ we ) + we
Prob(wf ≥ we ) + v (1 − Prob(wf ≥ we ))
2
(10)
と書け,
we − af
)
cf
we − af
)
= 1 − Prob(m ≤
cf
af + cf − we
=
cf
Prob(wf ≥ we ) = Prob(m ≤
(11)
さらに,
we − af
)
cf
we − af
1
)
= af + cf · (1 +
2
cf
1
= (af + cf + we )
2
E(wf | wf ≥ we ) = E(af + cf m | m ≤
(12)
なので,(11),(12) 式より,(10) 式は,
3
1
af + cf − we
we − af
πe = { we + (af + cf )}
+v
4
4
cf
cf
2
(13)
経済学のためのゲーム理論入門
第 3 章 不完備情報の静学ゲーム
と書き換えることができる.以上の議論から,πe を最大化するための 1 階条件は,
∂πe
=0
∂we
2
1
⇔ we = v + (af + cf )
3
3
(14)
となることがわかる.
以上,(3),(4),(9),(14) 式を踏まえると,af =
1
12 ,cf
= 23 ,ae = 41 ,ce =
2
3
とわかるので,こ
れらの値を各々 (3),(4) 式に代入することにより,ベイジアン・ナッシュ均衡における戦略の組
2
1
m+
3
12
2
1
we∗ (v) = v +
3
4
wf∗ (m) =
(15)
(16)
を,以上のように導くことができる*3 .
また,(15),(16) 式で求めた両者の戦略(af =
1
12 ,cf
= 23 ,ae = 14 ,ce = 23 )を期待利得の式
(8),(13) に代入することにより,均衡での企業と労働者の期待利得は各々,
1 2 1
m − m+
2
4
1 2 1
∗
πe (v) = v + v +
2
4
πf∗ (m) =
1
32
9
32
(17)
(18)
と求めることができる.
(Case2)ゲーム I
′
企業 f の行動「承諾」を A で,
「拒否を」D で表し,労働者 e の行動「承諾」を A ,
「拒否」を D
′
で表すことにする.このゲームにおいては,企業も労働者も自然によってランダムに選択された w
を承諾するか拒否するかを決めるだけであり,よって両者の意思決定は相手の行動の出方に全く依
存しない*4 .そして,w を所与とした場合の企業の(最適な)行動は,
{
A
D
(if m ≥ w)
(if m < w)
*3
(19)
労働者について,期待利得の形が本書 3.2.C 節と異なっているにも関わらず,結果的にベイジアン・ナッシュ均衡に
おける戦略が同じになっているのは,一見不思議なことのようにも思える.まずは,数式の上でその理由をを説明し
てみる.p を取引が成立する確率,α を取引が成立する時の利得,v を留保効用とすると,本書 3.2.C 節のダブル
オークションの例では,売り手の期待利得が p(α − v) = pα − pv で表されるのに対し,本問 3.8 の例では労働者の
期待利得が pα + (1 − p)v = pα − pv + v となっているが,両者とも最大化に関係する部分(p と α を含む部分)
が共通なので,均衡を計算する際に結局同じ最大化問題を解いていることがわかる.よって,期待利得の形が異なる
にも関わらず,均衡での戦略は同じ形になる.次に,数式に頼らず直観的に,両者の均衡での戦略が同じになる理由
を説明する.本問 3.8 において留保効用 v を「取引が成立した場合の機会費用」と見なすことにする.すると,取引
が成立した場合の利得が α − v ,取引が成立しなかった場合の利得が 0(便益も取引成立時の機会費用も 0 であるた
め)となるので,期待利得の定式化が本書 3.2.C 節の例と全く同じになる.このことからも,均衡での戦略が 2 つの
場合で全く同じになっている理由を説明することができる.
*4 この場合,各プレイヤーの意思決定は相手の行動と独立に決まることになるため,厳密にはこの「ゲーム I」はゲー
ム(戦略的状況)とは言えない.
3
経済学のためのゲーム理論入門
第 3 章 不完備情報の静学ゲーム
一方で,w を所与とした場合の労働者の(最適な)行動は,
{
′
A
′
D
(if w ≥ v)
(if w < v)
(20)
となっている*5 .そして,取引の行われるタイプの組は,本書 p159 の図 3.2.1 と同じものにな
る*6 .ここで,取引の成立することの必要十分条件が [「m ≥ w」かつ「w ≥ v 」] であることに注
意すれば,取引の成立する確率は,
Prob(m ≥ w) · Prob(w ≥ v) = Prob(w < m) · (1 − Prob(w < v))
= m(1 − v)
= m − mv
(21)
と計算することができる*7 .よって,期待利得の和は,取引が成立した時の利得の和が w,取引が
成立しなかった場合の利得の和が 0 になることに留意して,
m(m − mv) + v(1 − m + mv) = m2 − m2 v + v − mv + mv 2
(22)
と求めることができる.取引が成立した時,しない時のいずれも両者の利得の和が w に依存しな
い.よって,w の値に依存せず,常に期待利得の和は (22) 式の値になる.
(Case3)ゲーム II
後ろ向き帰納法によってこのゲームの均衡を計算する.まず,wf を所与とした場合の労働者の行
動について考えたい.労働者の最適な行動はゲーム I の時と同じで,以下のようになる.
{
′
A
′
D
(if wf ≥ v)
(if wf < v)
(23)
つまり,提示された wf に対して,それが v よりも大きければ「承諾」を選択して取引に参加する,
v よりも小さければ「拒否」を選択して取引に参加しない,というものである.次に,この労働者
の行動を所与とした場合の企業の最適な行動について考えて行きたい.
今,w を提示した企業が取引を成立させることのできる確率を F (w) で,タイプ m の企業が取引
を成立させることのできる確率を H(m) で表すものとする.また,F (w) の導関数を f (w),H(m)
の導関数を h(m) で表すことにする.この時,後手の労働者の行動を踏まえれば,企業の期待利得
は次のように定式化される.
πf = (m − wf )F (wf )
*5
(24)
両プレイヤーが与えられた w に対して,それぞれ最適に反応していることが Nash 均衡であるための必要十分条件
であることに注意されたい.
*6 本書の図 3.2.1 の「x」を「w 」に,
「vb 」を「m」に,
「vs 」を「v 」にそれぞれ書き換えてやることにより,所望の
図を得ることができる.
*7 w が区間 [0, 1] の一様分布に従うことを仮定している.
4
経済学のためのゲーム理論入門
第 3 章 不完備情報の静学ゲーム
πf を最大化するための 1 階条件は,
′
∂πf
= (m − wf (m))F (wf (m)) − F (wf (m)) = 0
∂wf
′
(25)
′
F (wf (m)) = H(m) と F (wf (m)) wf (m) = h(m) に留意して (25) 式を変形していくと,
′
(m − wf (m))F (wf (m)) − F (wf (m)) = 0
′
⇒ (m − wf (m))F (wf (m)) = F (wf (m))
h(m)
= H(m)
⇒ (m − wf (m)) ′
wf (m)
′
⇒ (m − wf (m))h( w) = H(m) wf (m)
′
⇒ h(m)wf (m) + h(m)wf (m) = m h(m)
(26)
(26) 式に対して,両辺 0 から m までの範囲で積分することにより
∫ m
H(m)wf (m) =
xh(x) dx
0
これを変形して,
∫m
0
wf (m) =
xh(x) dx
H(m)
(27)
を得る*8 .ベイジアン・ナッシュ均衡における企業の戦略は,上の (27) 式を満たしている必要が
ある.ここで,線形なベイジアン・ナッシュ均衡 wf (m) = αm + β を仮定して,均衡を計算して
いくことにする.取引が成立するための必要十分条件が v ≤ wf (m) であることに留意すると,そ
の実現確率 H(m) は,
H(m) = Prob(v ≤ wf (m)) = wf (m)
(28)
と計算できる*9 .h(m) = wf′ (m) = α であることに注意して,これを (27) 式に代入して整理す
ると,
∫
{wf (m)} =
2
m
x h(x) dx
0
⇔ α2 m2 + 2αβm + β 2 =
1
αm2
2
(29)
(29) 式は,全ての m に対して恒等的に成立するので,m2 の項,m の項の係数,定数項を比較し
てやることにより,
α=
1
2
,
*8
β=0
(30)
解答 3.6 の一位価格オークションの場合と全く同じ形をしたベイジアン・ナッシュ均衡を求めることに気づかれた
い.
*9 v が区間 [0,1] の一様分布に従っているため.
5
経済学のためのゲーム理論入門
第 3 章 不完備情報の静学ゲーム
を得ることができる.以上の議論より,ゲーム II のベイジアン・ナッシュ均衡における両者の戦略
は,まとめると以下のように整理できる.
企業の戦略:wf∗∗ (m) =
{
労働者の戦略:
受諾
拒否
1
m
2
(if wf∗∗ (m) = 21 m ≥ v)
(if wf∗∗ (m) = 12 m < v)
企業の期待利得は,wf∗∗ (m) = 21 m と F (wf (m)) = H(m) = 12 m を (24) 式に代入することにより
πf∗∗ =
1 2
m
4
(31)
労働者の期待利得は,m が区間 [0,1] の一様分布に従っていることに注意して,
1
1
πe∗∗ = E[m · Prob( m ≥ v ) + v {1 − Prob( m ≥ v )}]
2
2
= E(m)(1 − Prob(m < 2v)) + v · Prob(m < 2v)
1
= (1 − 2v) + v · 2v
2
1
= 2v 2 − v +
2
(32)
と計算することができる*10 .よって,均衡での企業と労働者の期待利得の総和は,
1 2
1
m + 2v 2 − v +
4
2
(33)
と計算できる.
*10
m が区間 [0,1] の一様分布に従うことから,事前の期待値が E(m) =
6
1
2
になることを用いている.